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熱力学関数(状態方程式曲面)の性質

 状態方程式曲面を中心にして統一的に眺めると、熱力学の偏微分関係式の意味が良く解ります。
 このページは、別稿「絶対温度とは何か(積分因子とは何か)」8.“熱力学第二法則の応用”の続きです。その稿の一部としてお読みください。また、別稿「ファン・デル・ワールスの状態方程式」も利用します。

1.d’Q=dU+PdV、積分因子Tと状態量S

)系と状態量

.取り上げる系

 “系”とは物質の集まりのことで、それ以上の意味はありません。話を簡単にするために、ここでは最も単純な系を考える。状態量が測定され、定められている“系”として、圧力が任意に変化できるピストンで外界と接しており、また任意の温度の熱浴と自由に接続・断絶できる側壁を持つシリンダーに詰めた“nモルの均質な物質”を取り上げる。
 この様な系を考えるときには、系と熱や仕事をやり取りする外界は、そのやり取りが準静的(可逆的)に行えるように、圧力や温度が連続的に変化する“無限個の仕事浴”“無限個の熱浴”からできていると暗黙の内に仮定されている。なぜこんな考え方が必要なのかは次項の箇条書き4.を参照されたし。
 準静的(可逆的)な熱のやり取りであって初めてエントロピーの移動が測定でき、系の状態量であるエントロピーの値を確定できたことを忘れないでください。この当たりの前提を忘れてしまうと、熱力学理論は訳が解らなくなります。

 具体的な状況としては別稿6.(1)2.で取り上げたカルノーサイクルのシリンダー内の物質を考えればよい。そのとき、無限に細かい間隔で設置された棚に微少な重りが沢山載せられており、その重りを摩擦なしにピストン頂部のテーブルに載せたり取り除いたりできるメカニズムを持った仕事浴と、無限に小さな力で、シリンダーと接続・切断できる連続的な温度分布を持つ多数の熱浴からなる外界を考えればよい。

補足説明1
  今考察しているのは、シリンダー内のnモルの物質の状態が定まれば様々な状態量がその系に対して一意に定まる場合です。別稿「ガス動力サイクル」「蒸気動力サイクル」「冷凍サイクル」をご覧になれば解りますが、ほとんどの熱機関がここで取り上げた系で説明できます
 系の状態量の変化が外界とやり取りする熱や仕事とどのように関係するのか、またそれらの関係について熱力学第一法則(エネルギー保存則)、第二法則(d’Q=TdS)からどんなことが言えるのかを考察します。

補足説明2
 熱機関などの実際の系では、[外界と温度差がある熱の移動][外界と圧力差のある仕事のやり取り]が行われます。
 それにも関わらず、ここでの議論が役に立つのは、“内的可逆性の仮定”の元で熱機関の性能が議論できるからです。そのことについては別稿「ガス動力サイクル」1.(1)4.や別稿「絶対温度とは何か(積分因子とは何か)」6.(5)2.などをご覧ください。

 

.状態量

 熱力学で最も重要な事は状態量という言葉の意味です。“状態量”とは系を構成する物質の集まり(前項で説明したシリンダー内の物質)の状態が決まれば一意に決まる物理量の事です。圧力、体積、温度、内部エネルギー、エントロピー、ギブズの自由エネルギー、ヘルムホルツの自由エネルギー、エンタルピー、等々・・・・がすべて状態量と言われるものです。これに関する注意事項を箇条書きする。

  1.  様々な状態量は互いに関連しあっている。ある系の一つの状態に於いて、例えば圧力と体積が決まれば、温度は勝手な値となることはなくある一つの値に決まります。もちろん圧力、体積、温度、・・・と決まれば、その状態に対して内部エネルギー、エントロピー、その他すべての状態量のセットは系の状態ごとに一意に決まります
  2.  系(物質の集まり)の状態が決まれば一意に定まっている状態量は、系が“外界”と熱や仕事のやり取りをする事によってのみ変化できる外界と熱や仕事のやり取りをしなければ系の状態、例えば圧力や体積を変えることはできない。そうして新しい状態の圧力や体積に変えたときに、当然温度も新しい状態に変化していきます。その温度になるように熱や仕事がやり取りされているからです。
  3.  系の状態は外界と熱や仕事のやり取りをすることで変化していくのだが、そのとき系に付随するあらゆる状態量が互いに関連しながらワンセットとなって連続的に変化していく。例えば系のエントロピーは温度や体積と共に関連しながら変化していきますから、状態量の組(S,T,V)を、その三つの量を座標値とする三次元直交座標内の点で表すと、状態変化と共にその点は三次元空間内を移動して一つの曲線を描く。もっと厳密に言うと、それらの状態変化の曲線群全体は一つの曲面を構成する。この曲面の事を“状態方程式曲面”と呼ぶ。つまり、状態量は“他の状態量”を変数とした関数になる
  4.  上記の様にして、外界と熱や仕事をやり取りして系の状態量が決まるのだが、外界とそれらのやり取りをした後に系の状態量が確定するのにタイムラグがある
     例えば系に熱が加えられたときに、その熱量が系全体へ行き渡るには時間が掛かる。熱を加えた効果が系全体に及ぶには系内に生じた温度差によって熱が系全体に行き渡って行かねばならない。あるいは系が圧縮されて体積が減少したとすると、その体積が減少した事実が系全体へ行き渡るには気体分子の衝突を繰り返して体積が減少した事実が行き渡らねばならない。そうして初めて系の圧力や温度が一つの定まった値となる。そのタイムラグの間に生じる変化は、いわゆる“不可逆過程”と言われるものです。
     系の状態で定まる状態量の変化を知ることで、系が外界とやり取りした熱や仕事を知りたい。あるいは系が外界とやり取りした熱や仕事でもって系の状態変化を知りたい。しかし、それは不可逆過程に伴うタイムラグがあるので系内の状態量が確定するのを待たなければならない
     だから、系の状態を考えるとき外界とのやり取りはすべて“準静的可逆過程”で行われると考える。そして前項の様な“無限仕事浴”“無限熱浴”が暗黙の内に仮定される。
     平衡状態の熱力学で不可逆過程が議論の対象になるのは、系の状態変化のタイムラグを考察する所だけだと言うことに注意してください。不可逆な化学反応、不可逆な相変化、不可逆な熱伝導・拡散・混合もすべてそういった意味でとらえればよい
     ここは解りにくい所ですが、“準静的可逆過程”という言葉のなかには、外界の熱浴・仕事浴との温度・圧力差を無限に小さくすれば、外界との熱の移動・仕事の移動が逆転できて元の状態が実現できるという事を含んでいます。そのとき、系が相変化したり化学反応を起こして化学種の分率が変化するような事が起こっても外界との熱や仕事のやり取りを逆転させれば相変化や化学反応変化が逆転できる様な変化であると言うことです。この変化には熱伝導・拡散・混合などが伴いますし、転移熱の発生や消滅(他の形のエネルギーへの変化)が生じますが、これらはいずれも可逆的に実現されます。
     ここで言う状態方程式曲面は、外界との熱のやり取り、仕事のやり取りを通じてのみ決定できるもので、熱や仕事のやり取りを逆転させれば同じ曲面上を状態点は逆にたどれるのです。つまり系内では、外界との熱と仕事のやり取りで系の状態がすべてが逆転可能で常に一意に決定できるような変化しか系内で起こらない場合の話です。これを“平衡状態の熱力学”と言います。
     そのとき、外界の熱浴・仕事浴との熱や仕事のやり取りをしているときに、例えば系内で“機械的な摩擦による発熱”や、“内部電流によるジュール熱の発生”の様な事が起こると、状態方程式曲面は定まりません。外界との熱や仕事のやり取りを逆転させても、元の過程を逆にたどることはできないからです。これらの現象を含む場合は非可逆過程を含む“非平衡状態の熱力学”になり、全く別な取り扱いを行わなければならない[Sommerfeld「熱力学および統計力学」§21]。
  5.  系の状態に応じて系に付随する状態量のセットは互いに関係しており、系の状態点ごとに状態量のセットが一意に定まっている。状態量のセットは互いに関連しながら系の状態とともに変化していく。だから箇条書き3.で述べたように、系の状態量は必ず他の状態量を変数とする関数となるのでした。
     そのとき、例えばエントロピーSを表すのにS(T,V)、S(T,P)、S(V,P)、・・・など変数を変えても、同じ状態に付随している状態量エントロピーSの値はすべて同じ一つの値になります。つまり状態量を表す関数の変数は自由に変えても良いのです。
     普通、内部エネルギーはU(S,V)、ギブズの自由エネルギーはG(T,P)、ヘルムホルツの自由エネルギーはF(T,V)、エンタルピーはH(S,P)の様な変数の組で表しますが、例えば内部エネルギーをU(T,P)=U(T,V)=U(S,P)=U(G,S)=U(F,H)=・・・等々どのように表しても良い。変数が変われば関数の形は変わりますが、同じ一つの状態の状態量セット(U,G,F,H,S,T,P,V,・・・・・)の値を代入すればすべて同一の内部エネルギー値Uを表します。[詳細は3.(2)を参照
     どの状態量を変数に選んで状態変化を表すかの選択は単純さと便利さからなされればよい。特に便利なのはV-P図、T-S図、V-S図、T-P図です。V-P曲線図の状態量変化V1→V2についての積分は系が外部になした仕事を意味し、T-S曲線図の状態量変化S1→S2についての積分は系に流入した熱量を意味するからです。また、V-S曲線図は多数の相が共存している系の解析に便利です。それはVとSの両方が示量性状態量(加算的状態量)だからです[詳細は4.(1)1.参照]。さらに、相図で二相共存領域を表すT-P曲線図の変数としてTとPは重要です。二相平衡状態では示強性状態量であるTとPが二相で共通となるからです[詳細は別稿「ギブズの自由エネルギー(化学ポテンシャル)とは何か」1.(2)3.2.参照]。
  6.  外界との熱のやり取りは温度差があり、仕事のやり取りには圧力差があるのが普通です。そのため現実の熱機関は系の表面での温度・圧力でもって系の変化と熱や仕事の関係を議論する。これを“内的可逆過程の仮定”といいます。これは前項の[補足説明2]で説明したことです。
  7.  熱力学は系の状態変化をのやり取りと供に研究する学問です。系がやり取りする熱量に関係する状態量が系の持つ“エントロピー”です。このエントロピーという状態量を発見したことから、熱力学のすべてが始まりました。
     そのとき、エントロピーの発見は積分因子としての絶対温度の発見と極めて密接に関係しています。このことに付いては別稿「Clausiusの熱力学第1論文(1850年)」「Clausiusの熱力学1854年論文」「Clausiusの熱力学1865年論文」などをご覧下さい。
  8.  内部エネルギーから“ルジャンドル変換”によって、様々な“自由エネルギー”と呼ばれる〔エネルギーの次元を持つ〕状態量を導入できる。ルジャンドル変換はそれらの状態量を表す独立変数を様々に変換できる所に大きな意味がある。それらの量はそれらの独立変数の変化に関係する現象の解析にとても便利です。
     このとき、注意して欲しいことは状態方程式曲面の曲面勾配も系の状態を表す状態量と成っていることです。だからこそルジャンドル変換で状態量を表す独立変数を様々に変えることができるのです。

 この箇条書きに熱力学に現れる重要な言葉がすべて現れており、この文章にすべてが凝縮されています。

 

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(2)S(T,V)

.積分因子Tと状態量Sの導入

 別稿5.(6)“エントロピーの導入”で説明したように、前節で取り上げた系に流入する熱量の微少増分d’Qは完全微分ではありません。そのとき、熱量の移動によって生じる系の状態変化を表す状態量Sを導入するに際して、dSを完全微分にする為の積分因子が絶対温度Tでした。
 ただし、独立変数がでは不便なので、系の実用温度t体積Vに変換する。

 これが、熱力学第二法則の数式表現 d’Q=TdS です。以下の説明を読まれれば解るように、すべての議論はdSが完全微分であることから始まります

補足説明
 老婆心ながら、Sが状態量である事の意味をここでもう一度説明しておきます。
 いま(U,V)の二次元直行平面座標上の二点(U1,V1)、(U2,V2)で今考察している系の状態を定めます。そのとき系へ熱を出し入れしたり、仕事をやり取りしたりして、系の状態を(U1,V1)→(U2,V2)へ変化させます。そのとき系の状態が変化していく様子は、(U,V)二次元直交平面座標上の点(U1,V1)と点(U2,V2)を結ぶ一つの曲線で表せます。
 状態点が、その曲線に沿って変分(dU,dV)だけ変化したとき系に流入する熱量がd’Q=dU+PdVです。もちろんPの値は(U,V)の値と供に変化していますから、各点での値を用いなければなりません。そのとき(U,V)二次元直行平面座標に垂直にQ’軸をとって流入した熱量を表すことにする。つまり変分(dU,dV)によって流入した熱量d’Qを状態変化曲線に沿ってQ’軸方向に積み上げていくわけです。このあたりの事情は別稿「保存力」3.の図を参照されてください。このとき同じ(U1,V1)→(U2,V2)であっても、状態変化の経路が違えばd’Qの積算値は異なる。これは −d’W=−PdV で計算する仕事量についても同様です。
 ところがd’Qを、その熱量が出入りしたときの絶対温度Tで割った量dS=d’Q/Tを積算した値。つまり(U,V)二次元直行平面座標に垂直にS軸をとって表示した系に流入したエントロピーの積算値は、その状態変化の経路によらないのです。つまりSはU、V、P、Tと同じ様に系の状態が決まれば一意にきまる“状態量”となる。[2.(3)のS(V,U)曲面を参照されたし。]
 系にがどのような経路に従って出入りしても、系の最初(U1,V1)と最後(U2,V2)の状態が決まれば、常に一意に決まる量が存在する事が解ったことは大発見でした。だからこそ、熱力学研究者は系のエントロピー値を(T,V,P)の関数として知ることに努力する。このエントロピー値の変化を調べれば、系の熱の出入りや仕事の出入りで系の状態はどのように変化するのか、また系への熱の出入りと仕事の出入りはどのように関係するのか等の情報がすべて導き出せるのです。
 
 この事情は、前節で注意したように、独立変数を変えてS(U,V)、S(T,P)、S(P,V)、・・・としてもまったく同様です。T,P,V,・・・等々もすべて状態量ですから、(U,V)のすべての点に於いてT、P、Vの値は一意に決まっています。だからどの変数を用いてもSが状態量である事実は変わりません。このあたりは1.(3)1.(4)2.(3)、節等々をご覧ください。ただし、それらの曲面がすべて役に立つと言うわけではありません。UとSが直接測定することができない量であるということから、それらの曲面の有用性が決まってきます。

 そのとき、別稿6.(4)“絶対温度と積分因子の関係”で述べたように、N(t,V)をN(t)と置ける。さらに、別稿7.(4)“まとめ”に述べた方針に従って、dT/dt=1としてt→Tで置き換え、N(t)→Tと書くことにする。
 独立変数をとすると、上記の関係は

となります。
 これはd’Q=TdSでありdSが完全微分であることを表している。それは、系の状態量Sが(S、T、V)空間で一つの状態方程式曲面S(T,V)を構成することを意味する。曲面上の微少変分dSに対して別稿「絶対温度とは何か(積分因子とは何か)」5.(2)で説明した様に、dSが完全微分である条件から

が得られる。

 このとき“定積熱容量”Cvは、その定義から

となります。この式を前記の式に適用すると

となります。これは直接測定できない系のエントロピーの定積下に於ける温度依存性を、測定可能なデータで表す重要な式です。また、これは[エントロピー][絶対温度][熱量]の関係から言ってある意味当然の式です
 さらに、“定圧熱容量”Cpはその定義から

となります。
 この式に前記の定積熱容量を適用すると、“定圧熱容量”Cp“定積熱容量”Cvの差は

と表せます。これらの量は、熱機関が外界と熱や仕事をやり取りするのを考察するとき重要です。
 この式を前記の式に適用すると

が得られる。これは直接測定できない系のエントロピーの等温下に於ける体積依存性を、測定可能なデータで表す重要な式です。さらに補足しますと、上記の関係式は事項1.(2)2.で求める“Maxwellの関係式”です。
 右辺の(∂V/∂T)pは、実測可能な“(P,V,T)状態方程式曲面”が求まっていれば直ちに計算できる量です。例えば理想気体V=nRT/Pの場合は(∂V/∂T)p=nR/Pとなります。上記式中の

で定義される量は“定圧熱膨張係数(体積熱膨張率)”αと言われるものですが、理想気体ではα=1/Tとなります。

 

.完全微分の必要十分条件

 エントロピーSは系の状態量でdSは変数TとVに関して完全微分です。そのため別稿5.(2)“完全微分方程式”で述べたように、dSが完全微分であるための必要十分条件より
 
が成り立ちます。[別稿7.(1)も参照されたし。]

 この式はさらに

と変形できる。この形を“Helmholtzの式”といい有益です。例えば理想気体P/T=nR/Vを代入すると、“理想気体の内部エネルギーは温度が一定ならば体積によらない”事が導ける。[別項のp99も参照されたし。]

 前項でdSの完全微分表示から得られた式に上式を適用すると

が得られる。これは“Maxwellの関係式”と言われるものの一つで、元々はエントロピーの完全微分性から得られるものです。別稿5.(1)などを参照されたし。
 右辺の(∂P/∂T)vは、実測可能な“(P,V,T)状態方程式曲面”が求まっていれば直ちに計算できる量です。例えば理想気体P=nRT/Vの場合はnR/Vとなります。上記式中の

で定義される量は“定積圧力係数”αpと言われるが、理想気体ではαp=1/Tとなります。

 前記の式を用いると、前項で求めた“定圧熱容量”Cp“定積熱容量”Cvの差は

で表せます。内部エネルギーの様に直接測定できない量を含まない、この形の方が便利です。なぜなら、直接測定できる(P,V,T)で表された系(物体)の状態方程式が一般に良く知られているからです。

 これらの関係式は重要です。なぜなら、直接測定できない系の内部エネルギーやエントロピーの等温下での体積依存性を、直接測定できる(P,V,T)状態方程式と関係づけてくれるからです。
 実際、これらの結論から

が得られるので、これを積分して

を、適当な積分径路に沿って積分すればエントロピーの変化が計算できる。後で述べる応用例で、実際に観測可能な(P,V,T)状態方程式を用いてU(V,T)曲面やS(V,T)曲面を導きます。

 さらに補足します。上記のdSの二通りの表現に於けるdVの係数を等値したものに、先ほど求めたMaxwellの関係式を用いると

が得られますが、さきに求めたCVの関係式と一緒にすると

が得られる。これは、直接測定する事が不可能な内部エネルギーUの変化を知ることができる事を意味する。
 つまり、適当な積分径路に沿ってこの積分を実施すれば内部エネルギーの変化が計算できる

 この当たりに付いては文献5.「図説応用熱力学」オーム社(1997年刊)の4章§4-4(p155〜162)も参照されたし。

補足説明1
 このとき、系への熱の出入りと関係する“定圧熱容量”“定積熱量量”の差が“(P,V,T)状態方程式曲面”の形に関係するのは不思議な気がしますが、もともと“(P,V,T)状態方程式曲面”は、系への熱の出入り、仕事の出入りを通して定まるものであることを思い出せば納得できます。
 系へ熱や仕事を出入りさせて始めて様々な温度や体積での圧力が実現できるのですから。このことは、“(P,V,T)状態方程式曲面”の意味を考えるとき忘れてはならないことです。

補足説明2
 いまから、様々な偏微分関係式がずらずら出てきますが、[熱力学の基本法則から得られ、任意の物質系に対して厳密に成り立つ、偏微分関係式]と、[具体的な物質系で近似的にしか成り立たない(P,V,T)状態方程式]、[比熱や圧縮率などの定義だけを意味する定義関係式]、[単なる数学公式を意味する関係式]を混同しないでください。それらを混同すると訳が解らなくなります。

補足説明3
 以下で、(P,V,T)状態方程式曲面の関係を論じますが、定圧、定積、等温の各変化に於ける物質の変化性状を示す三個の係数は互いに独立ではなくて次の関係式で結び付けられます。
 均質な物体系では、三つの状態量P、V、Tに対して状態方程式曲面 P=f(T,V) や V=f’(T,P) が存在する。 f(T,V) を P(V,T) 、 f’(T,P) を V(T,P) と書くと、dPやdVは“完全微分”なので

となる。dT(P,V)の完全微分性を利用しても同様な関係式が得られる。[“完全微分”の意味については別稿5.(2)を参照されたし。]
 これらの式の意味は、例えば理想気体状態方程式曲面のΔV,ΔT,ΔPを見れば明らかです。

 これは、理想気体に限らず任意の物質の連続・滑らかな状態方程式曲面で成り立つ、多変数関数の数学公式です。そのため、後で出て来るU(S,V)、G(T,P)、・・・等々の任意の熱力学関数についても成り立ちます。
 ただし、“連続・滑らかな条件”が満たせない相変化が生じるような領域では成り立たないので注意が必要です。[別稿「気体の断熱変化」3.などを参照されたし。]

補足説明4
 以下の関係式も数学公式です。後で繰り返し利用します。
 完全微分を表す式

に於いて、従属変数を(x,y)から、例えば(y,z)に変えると

となるが、完全微分の意味から

が当然成り立つ。

 

.応用例(理想気体)

 1.(2)2.で求めた関係式に、“理想気体”の状態方程式を適用すと

となり、理想気体の内部エネルギーは体積に依存しない温度のみの関数である事が導かれる。ただしこの言い方には、別稿7.(1)2.で説明したように、注意が必要です。
 
 さらに、理想気体の場合には

となります。理想気体の定積熱容量Cを温度に依存しない一定値としていることに付いては別稿4.(2)3.をご覧下さい。[別稿6.(4)3.も参照されたし。]
 
 前記の“定圧熱容量”Cp“定積熱容量”Cvの差を表す式に、“理想気体”の状態方程式を適用すると

となり、お馴染みの“マイヤーの関係式”が得られます。[別稿4.(2)も参照されたし。]
 
 理想気体の“定圧熱容量”Cp“定積熱容量”Cvは、温度、体積に無関係な定数としているので、断熱変化曲線を表す式は(断熱だからdS=0)

となり、お馴染みの式が得られます。これらの式は、理想気体の集まりに仕事を加えたり、逆に取り出したりしたりしたとき、系がどのように変化するかを表しています。[別稿4.(3)1.別稿「気体の断熱変化」も参照されたし。また、工学でガス動力サイクルの効率を考察するときなどでも重要です。]
 
 以下で定義される 等温圧縮率κ’断熱圧縮率κ” について、理想気体の場合を求めてみる。
κ’ は(V,T,P)のみに関係していますので (P,V,T)状態方程式 が解っていれば直ちに求まります。

κ” については前記の断熱変化曲線を用いればよい。

 この両者の違いが、P−V平面に於ける等温曲線と断熱曲線の勾配の違いを表している。[別稿「気体の断熱変化」2.の立体図を参照されたし。]
 体積弾性率は圧縮率の逆数です。だから κ’κ”逆数はそれぞれ 等温体積弾性率 κ 断熱体積弾性率 になりますが、これが気体の音速に関係した。この両者の違いが別稿「音速の理論」3.(1)ニュートン理論(2)ラプラスの理論の違いです。そして正しいのはγ培が絡んだ断熱体積弾性率を用いるラプラスの理論だった。
 
 理想気体は現実には存在しない仮想的な気体なので、これらの式が求まってもあまり意味はないと思われるかもしれません。ところが、ガス動力サイクルは理想気体近似で議論できますので、そこではかなり役に立ちます。

 

.応用例(ファン・デル・ワールス気体)

 実在気体を良く近似するファン・デル・ワールス気体はさらに重要です。ここではすべてn=1molとして議論する。ファン・デル・ワールスの状態方程式中のaやbは普通モル当たりの値として与えられているからです。そのため、Cpも1モル当たりの値とする。そのとき

となります。ファン・デル・ワールス気体の内部エネルギーは等温下での体積変化(当然、熱は系に出入りする)で体積の逆二乗に比例して変化します。[別稿2.(2)も参照されたし。]
 
 “定積熱容量”Cvを表す

は一般的に成り立つ式なので、前記の式も利用すると、内部エネルギーの変化分dUは

となります。
 内部エネルギーU(T、V)は状態量ですから、dUの線積分で求めた二点間の差U(T,V)−U(T0,V0)は積分路に依存しません。そのため右辺第一項をV0=一定の下で(T0,V0)から(T,V0)まで積分したものに、第二項をT=一定の下で(T,V0)から(T,V)まで積分したものを加えておけばよい。

“定積熱容量”Cv(T,V)の定積V0下での実験的なデータがあれば、上記の積分を実施することにより内部エネルギーU(T,V)曲面の形を求めることができます。
 
 エントロピーS(T,V)についても同様で

となりますから、“定積熱容量”Cv(T,V)の定積V0下での実験的なデータがあれば、

上記の積分を実行して、エントロピーS(T,V)曲面の形を求める事ができる。別稿2.(4)も参照されたし。]
 
 ただしファン・デル・ワールス方程式は近似的な式です。だからaとbの値で実際の気体の様子を厳密に再現できるわけではありません。そのため実在の物質について厳密なU(T,V)、S(T,V)曲面を知りたいときは、元の根源的な関係式に立ち返って、そこに関わる物理量を測定しなければなりません。
 例えば実在気体である空気の“定積熱容量”Cv(T,P)や“定圧熱容量”Cp(T,P)の実測値はこの様な曲面ですが、このデータを実験的に得るには膨大な労力が必要です。
 具体的なU(T,V)、S(T,V)曲面の形は、別稿の冷媒の蒸気表水の蒸気表などをご覧ください。
 
 “定圧熱容量”Cp“定積熱容量”Cvの差を表す式に、“ファン・デル・ワールス気体”の状態方程式を適用すと

が得られます。[別稿2.(3)も参照されたし。]
 上記の式を利用すると、ファン・デル・ワールス気体の(V,P,T)点に於ける 定圧熱膨張係数(体積熱膨張率)α も求まります。[別稿2.(1)も参照されたし。]

 同様に、ファン・デル・ワールス気体の 等温圧縮率κ’等温体積弾性率κ も直ちに求まる。

 ところでγ 等温圧縮率κ’断熱圧縮率κ” の間には2.(2)3.で説明するように簡単な関係が成り立つ。

これを用いると“断熱体積弾性率”を計算することができる。

となる。
 これを別稿「音速の理論」2.の(11)式に代入するとファン・デル・ワールス気体の音速を表す式が得られる。

 
 一般にCvは(T,V)の関数ですが、vが一定と見なされる領域に限れば、理想気体と同様にファン・デル・ワールス気体の断熱過程を表す式が得られます。すなわち

となり、理想気体の断熱変化曲線と良く似た式になる。
 しかし、すでに見たようにCp−Cvはa、b、Vの複雑な関数となるので、理想気体のようにCp/Cv=γの簡単な関数になるわけでもないし、vに加えてCpも一定と見なされる領域は、元々理想気体近似が成り立つ領域ですからこの式にそんなに意味があるわけではない。
 
 実在物質(ファン・デル・ワールス気体もその一例)の場合にはv、Cp、κ’、κ”・・・等々は(T,V)に依存しますから、理想気体のように基礎方程式を単純に積分してU(T,V)曲面やS(T,V)曲面を求めることはできません。実測によりv、Cp、κ’、κ”・・・等々の値を求めてから、状態方程式曲面を決定しなければなりません。

 

.応用例

 同じような議論ですが、私にとって解り易かった
Yunus A.Cengel、Michael A.Boles共著「図説応用熱力学」オーム社(1997年刊) 4章§4-4(p155〜162)の説明
を引用しておきます。
 ここで、内部エネルギー、エンタルピー、エントロピーの変化を圧力、比容積、温度、比熱、等々の測定可能な量で表す一般関係式が導かれています。この関係式から、内部エネルギー、エンタルピー、エントロピーなどの状態量の変化を計算することが可能になります。
 ただし、この様に書かれるとdSの完全微分性からすべてが始まった事が読み取りにくくなります。その当たりに Maxwellの関係式の功罪がありますので、その点に注意されてお読みください。

 

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(3)S(T,P)

 変数を(T,P)にしても、まったく同様な事が言えます。

.変数の変換(U,V)→(T,P)

 独立変数をに取れば

となる。
 このdSが完全微分であることの条件から直ちに

が得られる。

 このとき“定積熱容量”Cv

となります。
 さらに、“定圧熱容量”Cp

となります。この式を前記の式に適用すると

が得られる。これは直接測定できない系のエントロピーの定圧下に於ける温度依存性を、測定可能なデータで表す重要な式です。また、これは[エントロピー][絶対温度][熱量]の関係から言ってある意味当然の式です。[別稿5.(1)などを参照されたし。]
 ここで求めた式から、“定圧熱容量”Cp“定積熱容量”Cvの差を表すと

となりますが、これは1.(2)2.で求めた関係式と同じことを次項で示します。
 この式を前記の式に適用すると

が得られる。これも直接測定できない系のエントロピーの等温下に於ける圧力依存性を、測定可能なデータで表す重要な式です。さらに補足しますと、上記の関係式は事項1.(3)2.で求める“Maxwellの関係式”です。

 

.完全微分の必要十分条件

 エントロピーSは系の状態量ですから、dSが完全微分であることの必要十分条件より

が成り立ちます。
 完全微分表示から得られた前項の式に、上式を適用すると

が得られる。これも“Maxwellの関係式”と言われるものの一つで、元々はエントロピーの完全微分性から得られるものです。別稿5.(1)などを参照されたし。

 前記の式を用いると、前項で求めた“定圧熱容量”Cp“定積熱容量”Cvの差は

となり、1.(2)2.で求めた関係式と同じことが証明できる。

 これらも、直接測定できない系の内部エネルギーやエントロピーの等温下での圧力依存性を、直接測定できる(P,V,T)の状態方程式と関係づけてくれる重要な関係式です。
 実際、これらの結論から

が得られるので、これを積分して

を、適当な積分径路に沿って積分すればエントロピーの変化が計算できる。後で述べる応用例で、実際に観測可能な(P,V,T)状態方程式を用いてS(P,T)曲面を導きます。

 ついでに補足しておきます。先ほど求めたMaxwellの関係式を用いると、エンタルピーH(T,P)の変化dHも測定可能な物理量で表すことができます。
 1.(2)〜(4)で、Sの変数を S(T,V)、S(T,P)、S(P,V) と自由に変換できることを説明していますが、それと同様に H(S,P)→H(T,P) へ変換すると

が得られます。これを積分すれば、直接測定する事が不可能なエンタルピーHの変化を知ることができる。

すなわち、適当な積分径路に沿って上記の積分を実施すればエンタルピーH(T,P)の変化量が計算できる

 この当たりに付いては文献5.「図説応用熱力学」オーム社(1997年刊)の4章§4-4(p155〜162)も参照されたし。

[応用例]
 例えば、系を構成する物質が理想気体の場合には、

となるので、理想気体の内部エネルギーUは等温下での圧力変化(そのとき外界と“熱”や“仕事”はやり取りされる)で圧力が変わっても一定に保たれる事がわかる。
 ファン・デル・ワールス気体の場合には、その(P,V,T)状態方程式を右辺に適用して議論すれば良い。ファン・デル・ワールスの状態方程式中のaやbは普通モル当たりの値として与えられているからここでも、すべてn=1molとして議論する。

 

HOME TとS)()()(4)  2.U(S,V))()()()  3.G・F・H)()()()  4.G(T,P))()() 5.文献

(4)S(P,V)

 変数を(P,V)にしても同様です。

.変数の変換(U,V)→(P,V)

 独立変数をに取れば

となる。
 この完全微分表示から直ちに

が得られる。

 このとき“定積熱容量”Cv

となる。この式を前記の式に適用すると

となる。これは直接測定できない系のエントロピーの定積下に於ける圧力依存性を、測定可能なデータで表す重要な式です。
 さらに、“定圧熱容量”Cp

となります。この式を前記の式に適用すると

となります。これは直接測定できない系のエントロピーの定圧下に於ける体積依存性を、測定可能なデータで表す重要な式です。
 ここで求めた式から“定圧熱容量”Cp“定積熱容量”Cvの差を表すと

となりますが、これは1.(2)2.で求めた関係式と同じことを次項で示します

 

.完全微分の必要十分条件

 エントロピーSは系の状態量ですから、dSが完全微分であることの必要十分条件より

が成り立ちます。
 この式に、前項で完全微分表示から得られた式を適用すると

が得られる。
 これらは、直接測定できない系の内部エネルギーやエントロピーの等積下での圧力依存性や等圧下での体積依存性を、直接測定できる(P,V,T)の状態方程式と関係づけてくれます

 上記の式を用いると前項の“定圧熱容量”Cp“定積熱容量”Cvの差は

となり、1.(2)2.で求めた関係式と同じことが証明できた。

 

HOME TとS)()()()  2.U(S,V)(1)()()()  3.G・F・H)()()()  4.G(T,P))()() 5.文献

2.状態方程式曲面U(S,V)の性質

 前章ではU曲面、S曲面(P,V,T)状態方程式曲面との関係を考察しました。ここでは、最も根源的で、最も需要状態量曲面U(S,V)そのものの性質を調べる。[状態量U(S,V)曲面については別稿8.(2)も復習されたし。]

)内部エネルギーU(S,V)曲面

 1.(2)1.で導入した系の内部エネルギーU(S,V)のU−V−S空間に於ける状態方程式曲面を考察する。今考察している系の最初の状態(基準状態)が(U0,S0,V0)であるとする。そのときの示強的状態量TとPの値はT0とP0とする。
 熱力学第一法則(エネルギー保存則)の数式表現dU=d’Q−PdVに、第二法則の数式表現d’Q=TdSを適用した

から出発する。この式のTdSは系が外界と準静的にやり取りする熱量を、PdVは外界と準静的にやり取りする仕事を意味する。
 もちろんそれらのやり取りが生じると系の温度や圧力は変化していくので、準静的なやり取りを続ける為には、常に系の温度や圧力と等しい熱浴や仕事浴に切り替えていく必要がある。準静的な場合でないとTdSが系と外界がやり取りする熱量の意味にならないし、仕事も準静的可逆なやり取りにはならない。また、その様に外界と準静的にやり取りする熱量でもってのみ系の持つエントロピーの変化を計算することができるし、内部エネルギーの変化が計算できる。ここに熱力学第一、第二法則が関係している。
 その様にして、系は状態(U0,S0,V0)から新たな状態(U,V,S)に移行していくのだが、その様な外界との熱や仕事のやり取りによって生じる状態点の変動はU−V−S空間の一つの曲面U(V,S)を構成する。

 今、(U0,S0,V0)の状態からVを固定(つまり定積的に)して、系に準静的に熱d’Q=TdSを加えていくとする。熱を加えると供に系の内部エネルギーとエントロピーは増大していくのだが、その状態変化の様子はU(S,V)曲面のV=一定(=V0)の切り口曲線で表現できる。
 熱力学第二法則により、その切り口曲線U(S,V0)はSに関して単調増加関数であると同時に、必ず下に凸のカーブとなる(下図参照)
 
 なぜなら、切り口曲線の勾配は(∂U/∂S)=T(絶対温度)だからです。外部に仕事をすることなく(V=一定の元で)熱が加えられて、内部エネルギーが増大(エントロピーが増大)した状況は必ず温度が高い状態となります。もし系に熱(エントロピー)を加えると温度が下がるような物質が存在したら、それこそ“第二種永久機関”をつくることができます。だから、その様なことは決して起こりません。
 系に熱(エントロピー)が加えられて温度が上がるとすぐに外界からの熱の流入は止まってしまいます。熱は必ず温度が高いところから低いところへしか流れないというのが熱力学第二法則です。そのため系に熱(エントロピー)が流入し続けるためには、外界の熱浴をより温度が高いものにつなぎ替えなければなりません。そのとき、温度が高い状態と言うことは、切り口曲線の勾配(∂U/∂S)v=T(絶対温度)が大きくなっていることを意味します。
 以上の事から、同じ内部エネルギー変化を生じるエントロピーの流入は、温度が高い状態での流入ほどより少ない流入ですむのです。そのため(∂U/∂S)=Tは系のエントロピー増大と供に必ず増大していきます。

 
 その当たりの事情は下図を検討すれば明らかです。これが熱力学第二法則dU=d’Q=TdSが教えてくれることです。熱力学第二法則は、まさしくV一定のもとでの内部エネルギー曲面のエントロピー依存性を示す勾配が絶対温度であると言っています。上記の結論は、熱は高温物体から低温物体にしか流れることはないという熱力学第二法則の必然の結果です。また、絶対温度(下限=0)が正の値であることも、熱力学第二法則の必然の結果だったことを思い出してください。
 dU=d’Q=TdSが熱力学第二法則そのものであることは、別稿「絶対温度とは何か(積分因子とは何か)」第6章あるいは7.(4)“まとめ”を復習されると解ります。

 全く同様に、(U0,S0,V0)の状態からSを固定(つまり断熱的に)して、系から準静的に仕事−d’W=−PdVを取り出すとする。仕事を取り出すと供に系の内部エネルギーは減少していくのだが、その状態変化の様子はU(S,V)曲面のS=一定(=S0)の切り口曲線で表現できる。
 熱力学第一法則(エネルギー保存則)により、その切り口曲線U(S0,V)はVに関して単調減少関数であると同時に、必ず下に凸のカーブとなる(下図参照)
 
 なぜなら、切り口曲線の勾配は(∂U/∂V)=−Pだからです。外部と熱のやり取りをすることなく(S=一定の元で)仕事がとりだされて、内部エネルギーが減少したら系の圧力は必ず下がります。もし、系から仕事を取り出したとき、系の圧力が上がる様な物質が存在したら、それこそ“第一種永久機関”を作ることができます。だから、その様な事は決して起こりません。
 系から仕事を取り出すと系の圧力は下がってしまうのですぐに系から仕事が取り出せなくなります。系から仕事を取り出し続けるには外界の仕事浴をより圧力の低いものに取り替えないといけません。つまり断熱状況で系から仕事が取り出し続けることができると言うことは系の圧力は系の体積膨張と共に必ず減少していきます。
 圧力が低い状態と言うことは、切り口曲線の勾配(∂U/∂V)s=−Pの絶対値が小さくなっていることを意味します。そのとき同じ内部エネルギー変化を生じる仕事の取り出し(体積の膨張)は、圧力が低い状態での取り出しほどより大きな体積膨張が必要なのです。そのため、(∂U/∂V)=−Pは系の体積増加とともに必ず減少していきます。

 
 その当たりの事情は下図を検討すれば明らかです。これが熱力学第一法則(エネルギー保存則)dU=−d’W=−PdVが教えてくれることです。

 温度を上げると縮むゴムの様な物質や、0℃〜4℃の水のように温度を上げると体積が減少するような物質もありますが、圧力体積に関しては上記の不等式は必ず成り立ちます。もし、系から仕事を取り出したとき、系の圧力が上がる様な物質が存在したら、それこそ“第一種永久機関”が作れてエネルギー保存則が破れます。

 結局のところ以下の様に言えます。下記の(2)や(3)が成り立つことは、(1)の曲面を座標軸を回転させて眺めてみれば明らかです。

 熱力学第一法則と熱力学第二法則から次の事柄が一般的に成り立つ。
 
(1)状態方程式曲面U(V,S)はVとともに単調に減少してしかも下に凸となる。またU(V,S)はSと共に単調に増大してしかも下に凸となる。
 
(2)状態方程式曲面S(V,U)はVと共に単調に増大してしかも上に凸となる。またS(V,U)はUとともに単調に増大してしてしかも上に凸となる。
 
(3)状態方程式曲面V(U,S)はUとともに単調に減少してしかも下に凸となる。またV(U,S)はSと共に単調に増大してしかも下に凸となる。

補足説明1
 このことは、“系”を構成する物質がいかなるものでも一般的に成り立ちます。
 例えば0℃〜4℃の水の様に熱を加えて(つまり内部エネルギーUを増大させる)と体積が減少するような場合でも成り立ちます。また、シリンダーの中に詰めた物質が相変化を起こして、系内で多相が共存するような場合でも成り立ちます。そのとき、0℃の氷に熱を加えると0℃の水となり体積が減少するような場合でも、もちろん成り立ちます。もし成り立たなかったら“永久機関”を作ることができます。[別稿の説明なども参照されたし。]
 多相が共存する場合のU(V,S)曲面の形は4.(1)2.で詳しく説明します。 

補足説明2
  “系”を構成する物質が“理想気体”の場合には、上記の事柄を簡単に確認できます。別稿6.(4)3.で説明したS(T,V)曲面を思い出せばよい。
 理想気体の場合には内部エネルギーは絶対温度のみの関数でした。熱力学だけからはUがTに単純に比例するかどうかは導けませんが、統計力学を援用すると理想気体の内部エネルギーは絶対温度に比例する量であることが解っています。そのため6.(4)3.の曲面図のT座標をU座標に置き換えればS(V,U)曲面となります。

 このグラフの座標軸を回転して、変数が(V,S)の曲面U(V,S)のグラフとして見れば、前述の事柄が確かに成り立っているのが了解できます。
 ただし、このとき次のことに注意してください。系を構成する物質が理想気体のとき、内部エネルギーが同じなら体積によらず同じ温度(上図のU=一定のラインに沿ったすべての点に於けるS方向の曲面勾配が同じ)でしたが、多くの物質は内部エネルギーが同じでも体積が変われば温度(S方向の曲面勾配)は変わります。だから、以下で説明する(U,V,S)曲面の性質が、理想気体のように(T,V,S)曲面にリンクしているわけではありません。
 絶対温度Tは状態量であるエントロピーSを導入するための積分因子だったことを忘れないでください。外界と仕事のやり取りをすることなく系のエントロピーが増大したときの内部エネルギーの変化勾配が、系の絶対温度だったのです。積分因子Tとともに導入されたエントロピーですから定積下でのエントロピー増大(熱の流入)と供に温度が下がるような物質はありません。このd’Q(=定積下でのdU)とTとdSの関係の中に熱力学の本質があります。

補足説明3
 以下でU(V,S)曲面の特性から得られる結論を説明しますが、そこで示している曲面図は、その傾向を理解をしやすいように系を構成する物体が理想気体の場合を例示しているのであって、実際の系を構成する物質の曲面はもっといびつに歪んでいます。
 実用的に重要なのは、[ガス動力サイクルにおける空気]、[冷凍サイクルにおける冷媒気体]、[蒸気動力サイクルにおける水(水蒸気)]の場合です。実際の形状は別稿の冷媒の蒸気表水の蒸気表などをご覧ください。これらの表から描かれるU(V,S)曲面はかなり歪んでいますが、前記の特性を満たしているのは確かです。
 これらの表はガス動力サイクル、冷凍サイクル、蒸気動力サイクルを解析するとき必須の情報ですが、これらのデータは実験的にしか求まりません。この表を作成するために膨大な労力と費用がつぎ込まれています。

補足説明4
 教科書によっては、上記の結論を系内に生じる不可逆過程に伴うエントロピー増大法則に関係するような説明をしているものもあります[例えば、ランダウ・リフシッ「統計物理学」上巻§21]。確かに、系の表面を通して外界から流入した熱が系全体に広がるのは不可逆過程ですし、エントロピーという物理量は系の中で不可逆過程が生じると増大する性質があります。しかし、その当たりは1.(1)2.の箇条書き2〜4の項で説明したことですが、状態量曲面の形は、外界との熱や仕事のやり取りを通じてのみ形成され定まるものです。その状態量曲面上を状態点が移動する過程で系内に生じる不可逆過程は状態量曲面そのものの性質とはまったく関係ありません。
 熱は温度が高いところから低い所へしか流れないと言うのが熱力学第二法則です。系に熱が流入するとやがて系の温度は熱浴の温度と一致し熱は流れ込まなくなります。系に、準静的可逆過程で熱を流し込み続けるにはさらに温度の高い熱浴につなぎ替えなければなりません。
 また、仕事は圧力の低い外界に対してしかできません。外部へ仕事をすると系の圧力は下がっていきますから、仕事を取り出し続けるには外部の仕事浴を圧力の低いものに切り替えていかなければなりません。
 準静的可逆過程で熱が外界から系へ流入するという事実、仕事が外部に対して行われるという事実を熱力学第一、第二法則で解釈したとき得られるものが、ここで言っていることです。
 内部エネルギー、エントロピー、体積、温度、圧力は系の状態が定まれば一意に定まる状態量ですから、U(V,S)曲面の性質は外界と熱や仕事の可逆的なやり取りを通じてのみ説明できるものです。(1.(1)2.箇条書き4)で述べた意味で系内での不可逆過程の存在とは関係ありません。ここは熱力学理論でもっとも解りにくい所ですから注意してください。

補足説明5
 別稿「ルジャンドル変換とは何か」1.(1)[補足説明]で注意したように、U(S,V)曲面凸関数であることは“ルジャンドル変換”3.(1)で説明)が適用できるための必要不可欠な条件です。

 

HOME TとS)()()()  2.U(S,V))(2)()()  3.G・F・H)()()()  4.G(T,P))()() 5.文献

(2)U(V,S)曲面の性質

 U(V,S)曲面の状態量UもSも直接測定できない量なのですが、曲面のV方向の勾配が圧力Pに関係し、S方向の勾配が温度Tに関係している。そのため座標の体積Vと相まって、実測可能な状態量変数V,T,P最も簡明な形で曲面の形成に関わっている。そのため熱力学を論じるときに最も重要で根源的な“状態方程式曲面”です。

.U(V,S)曲面


 dUの完全微分の定義から[完全微分の意味については別稿参照

である。

 

.曲面の性質

 これと、前節の結論(1)より直ちに

が言える。これらのT>0、P>0は、前節で述べたように熱力学第一、第二法則からの必然の結果です。

 さらにUの二次偏導関数が曲線勾配の変化の様子を表すことから、同じく結論(1)より

が言える。左側の結論は体積一定でエントロピーが増大(つまり系に熱を加えたら)温度が上がる事を意味する。また右側の結論は、断熱的に膨張する(つまり外界に仕事をする)と圧力が下がる事を意味している。これらは一番最初に指摘した事です。
 これらの関係式は 定積熱容量Cv断熱圧縮率κ”常に正であることを意味する。

これらは経験事実とも一致する結論ですが、熱力学第一、第二法則が正しいならば必ずそうでなければならない。

 dUを高次の項まで展開した

に於いて、結論(1)はU(V,S)曲面が下に凸になることを言っているので

が成り立つ。このとき(dS/dV)に関する二次方程式の判別式が負でなければならないことから、直ちに

が求まる。

 

.完全微分の必要十分条件

 dUが完全微分であるための必要十分条件(これもMaxwellの関係式の一つ)から

が言えます。

 この式を、前項最後の不等式に適用すると

が得られる。
 ところで、1.(2)2.[補足説明3]で説明した数学公式を、1.(2)S(T,V)曲面、あるいは1.(4)S(P,V)曲面に適用すると

が得られる。
 同じく、1.(2)2.[補足説明4]で説明した数学公式を、P(V,S)→P(V,T)、あるいはT(S,V)→T(S,P)の変数変換に適用すると

となる。

 これらを前記の不等式に適用すると

となり、“等温圧縮率”κ’常に正であることが導ける。
 そのため、この逆数である“等温体積弾性率”κ常に正となります。

 さらにまた、

となり、“定圧熱容量”Cp常に正であることが導ける。
 これらは経験事実とも一致する結論ですが、熱力学第一、第二法則が正しいならば必ずそうでなければならない。

 ここで、熱容量比(比熱比)γ圧縮率との関係を導いておく。1.(2)2.[補足説明3][補足説明4]の数学公式を用いると

となるが、これらは熱容量や圧縮率の定義の関係を表しているに過ぎず、熱力学の基本法則とは関係ありません。

 以上をまとめると以下のようになります。赤不等号は、熱力学第一、第二法則から任意の物質系に対して成り立つことを示している。
 熱容量に関して

となります。単位質量当たり、単位モル当たりの熱容量である“比熱”に直すには、これらの値を質量やモル数で割ればよい。
 また、等温や断熱の元での圧力と体積の関係を示す係数に関して

が成り立ちます。これら係数を負の符号を付けて定義しているのは係数を正にするためです。圧力が増加すれば容積が減少し(∂V/∂P)が負になるからです。それ以上の意味はありませんが、式を解釈するときに注意してください。

 

.定圧熱膨張係数と定積圧力係数

 1.(2)1.で説明した 定圧熱膨張係数(体積熱膨張率)α

については不等号を確定できません
 実際、0℃〜4℃の水やゴムの様に熱を加えて(つまり内部エネルギーUを増大して)温度が上がると体積が減少するような物質もあります。
 さらに、1.(2)2.で説明した 定積圧力係数αp

についても不等号は定まりません
 そのとき 定積圧力係数αp定圧熱膨張係数(体積熱膨張率)α の定義は以下の関係にあります。そのため、どちらも正負の符号が確定しませんが、互いに同符号で無ければならない事は言えます。

これは以下のように変形した方が解りやすいかもしれない。1.(2)2.[補足説明3]で説明した数学公式を変形すると

となる。同じ式でも見方を変えると見通しが良くなる。

 上式を、1.(2)2.熱力学法則によって求めた 定圧熱容量Cp定積熱容量Cv の差を表す式に適用すると

となる。
 これは 定圧熱容量Cp定積熱容量Cv よりも常に大きい事を意味する。つまり定圧下で加熱すると、加熱に伴って膨張して外界に仕事をするため系のエネルギーを失う。そのため、同じ温度上昇を達成するにはより沢山の熱を加えなければならないと言うことです。これはある意味当たり前の様に思うかもしれませんが、よく考えると2.(1)で説明したU(S,V)曲面の性質から導かれるものであることが解ります。
 また絶対温度Tが零に近づくと両者の差は零に近づくことが解る。

 1.(4)1.で求めた関係式より

となる。左辺の量の正負は解らないが ααp と符号が同じであることは言える。

 さらに、dUが完全微分であるための必要十分条件(Maxwellの関係式の一つ)と、1.(2)2.[補足説明4]の数学公式を用いると

が言える。この関係式を前述の式に代入すると

が言える。“熱膨張率”の正負の符号は定まらないが、その大きさには上限があることを示している。

 

.圧縮率の差

 等温圧縮率κ’断熱圧縮率κ” の差は、その定義と、1.(2)2.[補足説明4]の数学公式を用いると

と書ける。

 これに、すでに求めている熱力学法則の結論を適用すると

となる。
 これは 等温圧縮率κ’断熱圧縮率κ” よりも常に大きい事を意味する。つまり、等温下で圧縮すると系から熱が外界へ逃げていくために、同じ圧力増加でより沢山圧縮できると言うことです。これはある意味当たり前の様に思うかもしれませんが、よく考えると2.(1)で説明したU(S,V)曲面の性質から導かれるものであることが解ります。
 また絶対温度Tが零に近づくと両者の差は零に近づくことが解る。

 また、 定圧熱容量Cp定積熱容量Cv の差を表す式と比較すると

となり、すでに求めている関係式が再び得られる。

 

.まとめ

U(S,V)曲面に於いて成り立つ一般的な性質をまとめておく。

 これらの関係式は熱力学第一、第二法則を表す。とくに最後の式はMaxwellの関係式と呼ばれる。また、青色熱力学係数との関係は定義式から導かれる。さらに、赤色不等号熱力学第一、第二法則から導かれる
 最後の式の正負は解らない。赤不等号の条件が成り立つ曲面でも、最後の式が正負のどちらにでもなる曲面があることは、偏微分の意味を考えれば直ちに解る。
 また、その様な曲面を考えたときにαの大きさに上限が生じることも了解できる。野放図に|α|を大きくすると、元の赤色不等号が成り立たなくなる。  

 

HOME TとS)()()()  2.U(S,V))()(3)()  3.G・F・H)()()()  4.G(T,P))()() 5.文献

(3)S(V,U)曲面の性質

 U(V,S)曲面の見方を変えてS(V,U)曲面として見ても2.(1)の結論(2)から同様な議論ができる。ただし、状態量Uが直接測定できる量では無いし、曲面勾配もTとPの複雑な関数となるのであまり役に立ちません。

.S(V,U)曲面


 S(V,U)曲面についてdSの完全微分の定義から

となる。

 

.曲面の性質

 2.(1)の結論(2)より直ちに

が言える。これは前項で得られたP>0、T>0の当然の結論です。

 さらにSの二次偏導関数が曲線勾配の変化の様子を表すことから、2.(1)の結論(2)より

が言える。右側の結論は、定積の元で系の内部エネルギーが上がれば温度が上がることを意味している。定積の元で系の内部エネルギーを挙げるには熱を加えなければならないのだが、熱を加えれば温度が上がることを意味している。

 dSを高次の項まで展開した

に於いて、結論(2)はS(V,U)曲面が上に凸になることを言っているので

が成り立つ。このとき(dV/dU)に関する二次方程式の判別式が負でなければならないことから、直ちに

が求まる。

 

.完全微分の必要十分条件

 dSが完全微分であるための必要十分条件から

が言えます。

 

HOME TとS)()()()  2.U(S,V))()()(4)  3.G・F・H)()()()  4.G(T,P))()() 5.文献

(4)V(S,U)曲面の性質

 U(V,S)曲面の見方を変えてV(U,S)曲面として見ても2.(1)の結論(3)から同様な議論ができる。ただし、この曲面は状態量UもSも直接測定できる量では無いし、曲面勾配もTとPの複雑な関数となるのでほとんど役に立ちません。

.V(U,S)曲面


V(U,S)曲面についてdVの完全微分の定義から

である。

 

.曲面の性質

 2.(1)の結論(3)より直ちに

が言える。これは前項で得られたP>0、T>0の当然の結論です。

 さらにVの二次偏導関数が曲線勾配の変化の様子を表すことから、2.(1)の結論(3)より

が言える。右側の結論は断熱的に系の圧力が上がれば内部エネルギーが増大する事を言っている。圧力を上げるためには断熱的に圧縮して系に仕事を加えなければならないので、この結論は当然です。

 dSを高次の項まで展開した

に於いて、結論(2)はS(V,U)曲面が上に凸になることを言っているので

が成り立つ。このとき(dV/dU)に関する二次方程式の判別式が負でなければならないことから、直ちに

が求まる。

 

.完全微分の必要十分条件

 dVが完全微分であるための必要十分条件から

が言えます。

 

HOME TとS)()()()  2.U(S,V))()()()  3.G・F・H(1)()()()  4.G(T,P))()() 5.文献

3.熱力学関数G(T,P)、F(T,V)、H(S、P)

 導入として、ネット上で紹介されている“単原子理想気体”の状態方程式曲面のグラフ表示例を引用[ただし、引用したF(V,T)のグラフについてはV,T座標軸の目盛りについて特殊な置き方がされています]。

)G,F,Hの導入

.ルジャンドル変換

 内部エネルギーU(S,V)“ルジャンドル変換”を施すことによって新たに導入される熱力学関数G(T,P)、F(T,V)、H(S、P)の性質について説明します。これらの状態量はいずれもエネルギーの次元を持ち、“自由エネルギー”(熱力学特性関数)と呼ばれる。

 別稿「ルジャンドル変換とは何か」4.で説明したように、これらの熱力学関数は以下の意味を持つ。

  1.  三次元空間(U,V,S)に於ける曲面U(V,S)の状態点(V0,S0)に於ける“ギブズの自由エネルギー”値G0(V0,S0)は、曲面U(V,S)上の点(U0,V0,S0)に於ける接平面がU軸を切る点のU値です。
  2.  同じく、曲面U(V,S)の状態点(V0,S0)に於ける“ヘルムホルツの自由エネルギー”値F0(V0,S0)は、曲面U(V,S)上の点(U0,V0,S0)に於ける接平面とV=V0の平面の交線がU-V平面と交わる点のU値です。
  3.  さらに同じく、曲面U(V,S)の状態点(V0,S0)に於ける“エンタルピー”値H0(V0,S0)は、曲面U(V,S)上の点(U0,V0,S0)に於ける接平面とS=S0の平面の交線がU-S平面と交わる点のU値です。


 これらの状態量が物理的に何を意味するのかを理解するのは容易ではないが、これらの値は系が(U0,V0,S0)で表される状態にあるとき、系が持つ一種の状態量(エネルギーの次元)であることは確かです。
 また、その状態点(U0,V0,S0)には系の圧力P0=−(∂U/∂V)sや絶対温度T0=(∂U/∂S)vなどの示強性状態量も同時に付属しています。

 

.グラフでの説明

 前項の事実を、この稿で用いているU(V,S)グラフで説明する。このとき、2.(1)で注意したようにU(V,S)曲面が下向きに凸関数である事を思い出されて以下の図をご覧ください。
 2.(2)1.で利用したグラフの座標軸を回転させて、(V0,S0)=(1,1.5)における接平面で考えると、U0,G0,F0,H0は図中に示される位置のU値です。
 ちなみに図中の数値例ではU0=4.48、G0=2.24、F0=-2.24、H0=8.96となる。

 接線との関係を解りやすくするために、V=V0(一定値)の平面で切った切り口と、S=S0(一定)の平面で切った切り口を示すと下図のようになる。

 

.U,G,F,Hの大小関係

 2.(1)で説明したU(S,V)曲面の性質と、それぞれの自由エネルギー値の幾何学的な意味から、下記の大小関係が成り立つことが直ちに解る。

 この大小関係は、1.(1)2.の箇条書き5.から明らかなように、同一の状態に付随するそれらの量をどの変数を用いて表しても必ず成り立つ。このとき、UとGの大小関係は状況により、一意に定まらない

補足説明
 エントロピーSの正負は今までの議論からは定まらない。そのとき、最初の基準となる状態のエントロピー値を適当に決めてすべての状態でのエントロピー値を正にすることができます。
 実際、エントロピーはすべて正の値であるとして初めて、上記の不等式は成り立つ。なぜなら前項のグラフ中のS=0(一定)の平面がU0(V0,S0)点よりも左側にある(つまり0<0)ならばF>UG>Hとなるからです。

 これらの大小関係は、エントロピーは必ず正の値であるとする場合には、前章2.の結論(P,V,T>0)と自由エネルギーの定義から簡単に証明できます。

 実際、ここまでの段階で、エントロピーとは何なのかを説明していませんので、上記の説明は何のことか惑われると思います。
 そのうち、エントロピーの意味エントロピーは必ず正の値でなければならないことを説明します。
 これは熱力学第三法則として定式化される事柄ですが、それらの事柄に付いては別稿「電気化学ポテンシャルと熱力学第三法則(ネルンストの熱定理)」で説明します。

 

HOME TとS)()()()  2.U(S,V))()()()  3.G・F・H)(2)()()  4.G(T,P))()() 5.文献

(2)G,F,H関数曲面と変数変換 

.G(S,V),F(S,V),H(S,V)のグラフ

 自由エネルギーの値0、F0、H0前節グラフ上では状態点(U0,V0,S0)とは違う位置で示されているが、状態(U0,V0,S0)に付属するものであることを忘れないでください。
 独立変数を(S,V)とする G(S,V),F(S,V),H(S,V)のグラフ を描くと下図の様になる。

 点(V0,S0)=(1.0,1.5)における値を確認すると、確かに前節図中のG0=2.24、F0=-2.24、H0=8.96になっていることに注意されたし。
 また(V,S)のあらゆる点で、前節で注意したF<G<Hが、成り立っていることが確認できる。ただし、もちろんここでもS>0の範囲での話です。
 これらのグラフ例の計算手順はこちらです。

 

.G(T,P),F(T,V),H(S,P)のグラフ

 別稿「ルジャンドル変換とは何か」4.で説明したやり方で変数変換したグラフを描くと下図のようになる。
 このとき、上図に示したV=0〜3、S=0〜5の範囲で、TやPは、ほぼ0〜∞まで変化するが、TとPに関しては0〜10の範囲のグラフを示す。

 前節の(V0,S0)=(1.0,1.5)に於ける圧力P0=−(∂U/∂V)sと絶対温度T0=(∂U/∂S)vの値は、それぞれP0=4.48とT0=4.48となる。
 そのとき、グラフ上の値はG0(T0,P0)=G0(4.48,4.48)=2.24、F0(T0,V0)=F0(4.48,1.0)=−2.24、H0(S0,P0)=H0(1.5,4.48)=8.96となり、前述の値となっている。
 これらのグラフ例の計算手順はこちらです。

補足説明1
 次節(3)1.[補足説明1]、[補足説明2]で説明する様に、物質のエントロピー値が“熱力学第三法則”を満足する(つまり、T→0とともにS→0となる)場合にはG(T,P)のグラフで(∂G/∂T)p>0の領域は無くなり、T→0となる部分では正しいG(T,P)曲面はP-G座標面に垂直に交わります。なぜなら、(∂G/∂T)p=−S→0(T→0)だからです。
 
 さらに、H(S,P)のグラフに於いても、(∂H/∂S)p=Tですから、“熱力学第三法則”が正しい限り、S→0とともにT→0となり、(∂H/∂S)p→0とならねば成りません。つまり、正しいH(S,T)のグラフはH-P座標平面に垂直に交わります。だから上図のH(S,P)曲面もその様に修正されねば成りません
 
 その時、G(T,P)曲面がP-G座標面を切る切り口の形は上右図のH(S,P)図のS→0(つまりT→0)の切り口に一致します。なぜなら G(T,P)=H(T,P)−TS(T,P) ですから T→0、S→0 で G(0,P)=H(0,P) となるからです。
 
 そのとき、物質のSはTの増大と共に増加しますから、H(S,P)のグラフはH(T,P)のグラフと似た形になります。つまり先ほどの図の右端図H(S,P)のグラフはH(T,P)に置き換えて、左端の図G(T,P)の図と重ね合わせる事ができる。
 そのため、H(T,P)とG(T,P)を重ね合わせた図のP=一定の切り口における、純物質のギブズの自由エネルギーG(T)曲線とエンタルピーH(T)曲線の温度による変化の様子は下図の様になります。これは3.(4)で説明する“ギブズ・ヘルムホルツの式”の図的な表現です。

 このとき、T→0となると物質の持つ運動エネルギーは0となりますが、ポテンシャルエネルギーは零には成りません。そのためエネルギー値の零点に関しては任意性が残ります。その当たりは別稿「電気化学ポテンシャルと熱力学第三法則(ネルンストの熱定理)」3.(4)1.[補足説明1〜3]を参照されたし。
 
 同じ事がF(T,V)曲面とU(S,V)曲面に対しても言えます。“熱力学第三法則”が正しい限りF(T,V)曲面の(∂F/∂T)v>0の領域は無くなり、F(T,V)曲面はT→0となるときF-V座標平面と垂直に交わらねば成りません。なぜなら(∂F/∂T)v=−S→0(T→0)だからです。
 U(S,V)曲面もT→0とともに(∂U/∂S)v=T→0ですから、U-V座標平面と垂直に交わります。
 そしてF(T,V)曲面のF-V座標平面における切り口とU(S,V)曲面[あるいはU(T,V)曲面]のU-V座標平面における切り口は互いに一致します。なぜならF(T,V)=U(T,V)−TS(T,V)ですからT→0、S→0でF(0,V)=U(0,V)となるからです。
 
 ネルンストは、電気化学の実験的な考察からG(T)曲線とH(T)曲線[あるいはF(T)曲線とU(T)曲線]のT→0に於ける振る舞いを推測して、熱力学第三法則に繋がる“ネルンストの熱定理”を提唱(1906年)した。その当たりは 別稿「電気化学ポテンシャルと熱力学第三法則(ネルンストの熱定理)」3.文献3.の第33章の図33.1(QとAが上図のHとGから導かれる−ΔHと−ΔGに相当) を参照されたし。

補足説明2
 前記[補足説明1]に述べたU(V,S)曲面F(V,T)曲面の関係、およびH(P,S)曲面G(P,T)曲面の関係は、別稿「ルジャンドル変換とは何か」2.(2)1.のグラフ

と、2.(2)2_Bのグラフ

の関係に相当する。
 このとき、u(x,y)曲面のy=0の平面に於ける切り口曲線と、ωxu(x,η)曲面のη=-1.0の平面に於ける切り口曲線が一致していることに注意されたし。そしてu(x,y)曲面のx方向の形状はyが増大しても、ωxu(x,η)曲面のx方向の形状のηが増大したものへ引き継がれていることも注意されたし。
 そこでは、S→0でT→0の条件に相当する、y→0でη→0の条件が満たされていない。そのため、u(x,y)曲面とωxu(x,η)曲面が交差する所のy座標とη座標値が一致していない。また、そこでも両曲面は接するのではなくて交差している。
 もしu(x,y)曲面をy→0で(∂u/∂y)x=η→0を満足するようなものに変えると、前記[補足説明1]で述べた状況になり、両曲面はy=η=0の位置で接するようにして一致するであろう。
 このことは、以下で述べるU(V,S)曲面F(V,T)曲面の関係、およびH(P,S)曲面G(P,T)曲面の関係についても同様です。
 
 
 U(V,S)曲面F(V,T)曲面の関係については

の置き換えをしたものに相当する。

 
 
 H(P,S)曲面G(P,T)曲面の関係については

の置き換えをしたものに相当する。

 
 
 以上の考察から解るように、次節(3)で説明するG、F、H曲面の勾配の正負に関するすべての性質は、2.章で述べたU(S,V)曲面の勾配の性質からでてくるものです。

 

HOME TとS)()()()  2.U(S,V))()()()  3.G・F・H)()(3)()  4.G(T,P))()() 5.文献

(3)G,F,H曲面の性質

 前項の自由エネルギー曲面上のの微少変分は下記の様に表される

 このことと第2章で得られた結論を利用すると、これらの曲面の性質について以下の結論が導ける。前節の熱力学関数曲面に関して、<0 or >0に関する性質が成り立っている事を確認されたし。

.G(T,P)曲面


 この中で(∂G/∂T)p=−Sの符号はSの正負に依存する。実際、3.(2)2.のグラフで(∂G/∂T)p>0となっている領域ではS<0となっている。そのときS=0の境目はP=T2のカーブとなる。Sが必ず正値となるように基準状態での定数を調整すれば(∂G/∂T)p>0の領域は無くすることができる。そうして初めて3.(1)3.の不等式が成り立つ
 また、最後のMaxwellの関係式に関係する項の正負は定まらない。

 ギブズの自由エネルギーが一定の曲線はdG=0と置くことにより

となる。

補足説明1
 ここの説明を読まれればお解りのように、や(次に述べる)の曲面の性質を論じるときにエントロピーの絶対的な値が不確かであることは、絶対温度Tに関係してとても困った事を生じます。熱力学が完成の域に達したと思っていた20世紀初頭の物理学者や化学者にとって、エントロピーの絶対的な値が定まらないという事は新たな悩ましい問題になって来たのです。
 そのとき、ネルンストは、電気化学的な研究を通じて、エントロピーの絶対値を評価する鍵となる重要な着相(1906年)に思い至ります。そして、それは最終的に“熱力学第三法則”に結実します。
 それは次節(4)のギブズ・ヘルムホルツの式に関係する事柄なのですが、詳細は別稿「電気化学ポテンシャルと熱力学第三法則(ネルンストの熱定理)」3.で説明します。

補足説明2
 別稿「電気化学ポテンシャルと熱力学第三法則(ネルンストの熱定理)」3.で説明する熱力学第三法則が正しいかぎり、U(S,V)曲面のS→0の極限でT→0でなければなりません。そのため例として挙げた曲面は正しくありません。その当たりを修正(つまり曲面勾配がS→0(T→0)で0になるように調整)した曲面にする必要があります。
 
 まず、U(S,V)曲面に関してはV=一定の断面に於けるS方向の曲面勾配が(∂U/∂S)V=Tですから、T→0とともにS→0に成らねばならないことから、U(S,V)曲面がU-V座標平面に垂直に交わるように修正されねばならない。
 
 つぎに、G(T,P)曲面に関してはP=一定の断面に於けるT方向の曲面勾配が(∂G/∂T)P=−Sですから、T→0とともにS→0に成らねばならないことから、G(S,V)曲面の(∂G/∂T)P>0の領域が無くなり、しかもG-P座標平面に垂直に交わるように修正されねばならない。
 
 つぎに、F(T,V)曲面に関してはV=一定の断面に於けるT方向の曲面勾配が(∂F/∂T)V=−Sですから、T→0とともにS→0に成らねばならないことから、F(T,V)曲面の(∂F/∂T)V>0の領域が無くなり、しかもF-V座標平面に垂直に交わるように修正されねばならない。
 
 さらに、H(S,P)曲面に関してはP=一定の断面に於けるS方向の曲面勾配が(∂H/∂S)P=Tですから、T→0とともにS→0に成らねばならないことから、H(S,P)曲面がH-P座標平面に垂直に交わるように修正されねばならない。

 

補足説明3
 一成分系が温度一定の条件下で状態が1から2の状態へ変化したときのギブズの自由エネルギーの変化ΔGは

を用いて計算できる。すなわちG(T,P)曲面のT=一定の切り口のP方向の勾配がVなので、各圧力に於ける体積の測定値を用いて

で計算すればよい。体積は必ず正であるから、一定温度では物質のギブズの自由エネルギーは圧力が増加すると必ず増加し、増加の程度は体積に依ってきまる。この当たりは前々節の図のU軸切片(G値)前節のグラフで T=一定の線 に沿って状態点を動かしてみることからも読み取れる。
 そのため、系を構成する物質が気体の場合には、理想気体の近似V=nRT/Pが使えるので

で大体の所は計算できる。
 また、系を構成する物体が液体や固体の場合には、体積は圧力が変化してもほとんど変化せずほぼ一定と見なせるので

となる。
 これらの関係式を図示すると下図の様になる。気体の場合、圧力が低いときには自由エネルギーの変化率が特に大きくなることに注意されたし。

 この当たりを具体的な例で計算してみる。
 例えば25℃において水と酸素の1モルを1気圧から10気圧まで変化させたとき(そのとき系は外界と熱や仕事のやり取りをしている)のΔGは

となる。つまり、気体の自由エネルギーの変化が液体のそれに比較して圧倒的に大きい。そうなることは、同じモル数では気体の体積が液体・固体の体積よりも1000倍以上大きい事からも納得できる。
 
 もう一つ身近な例として、1気圧・0℃付近の氷と水の自由エネルギーGが圧力によって変化する様子を示す。

良く知られているように、0℃付近の単位モル当たりの体積はV>VだからΔG>ΔGとなる。1atm以上では水の方の自由エネルギーが低くなる。そのため圧力を上げると氷は溶けて水となる。圧力が高いときには、体積が小さい相が安定となるル・シャトリエの法則である。

補足説明4
 ところで、もう一つの式

からは、[補足説明2]の事実を適用するとエントロピーは0K以上で必ず正であるから、物質の自由エネルギーは、圧力一定の条件下で温度と共に必ず減少することが解る。そのあたりは、前節のグラフ[補足説明2]に従って描き直した曲面でP=一定の線に沿って状態点を動かしてみれば読み取れる。
 エントロピーが直接測定できる量ではないので、Sの温度依存性が比熱のデータなどから求まらないと実のある結論は導けないが、温度変化が小さいときにはSがほぼ一定と近似できて

の式が使える。一般に気体のエントロピーは液体や固体に比べて大きいので、温度Tの変化に対するGの変化の様子は下図の様になる。

 温度変化が大きくなると、3.(4)で説明する“ギブズ・ヘルムホルツの式”を利用して比熱のデータから求まる反応熱の情報を用いてΔGの温度による変化を求めます。その当たりは別稿「電気化学ポテンシャルと熱力学第三法則(ネルンストの熱定理)」4.(3)2.をご覧下さい。

補足説明5
 G(T,P)曲面のP=一定の切り口のT方向の勾配が−Sであり、G(T,P)曲面のT=一定の切り口のP方向の勾配がVです。今、二つの相AとB(二つの物質AとBでもよい)が平衡状態にある(T0,P0)点で、1モル当たりのエントロピーとモル体積が(SA、VA)と(SB、VB)であるとしよう。
 そして、両者に極わずかな違いがあってA>SB、VA>VBであったとしよう。その場合には、前述の説明から明らかなように、平衡点(T0,P0)付近に於けるGA(T,P)曲面とGB(T,P)曲面は下図の様になる。

 図から直ちに次の関係が導ける。

これは相AとBが共存する圧力と温度の関係(“共存曲線”)を与えるもので、“クラウジウス・クラペイロンの式”そのものです。
 
 例えば、として単斜イオウとして斜方イオウを当てはめると、実際にと成っている。つまり、平衡点(T0,P0)より高温側ではエントロピーが大きい方の相(単斜イオウ)が安定になり、より高圧側ではモル体積が小さい方(斜方イオウ)が安定になる。
 実際のP一定(1atm)での曲面切り口の様子は別稿1.(2)3−1のグラフを、P-T座標平面状での共存曲線の様子は別稿1.(2)3−3の図を参照されたし。
 
 二つのG(T,P)曲面が同じ様に交差することは液相−気相平衡の場合についても言える。一般に気相のエントロピーやモル体積は液相に比べて大きいので同じ事情となる。[ファン・デル・ワールス気体のG(T,P)曲面

 

.F(T,V)曲面


 この中で(∂F/∂T)=−Sの符号はSの正負に依存する。実際、3.(2)2.のグラフで(∂F/∂T)v>0となっている領域ではS<0となっているそのときS=0の境目はV=1/Tのカーブとなる。Sが必ず正値となるように基準状態での定数を調整すれば(∂F/∂T)v>0の領域は無くすることができる。そうして初めて3.(1)3.の不等式が成り立つ
 また、最後のMaxwellの関係式に関係する項の正負は定まらない。

 ヘルムホルツの自由エネルギーが一定の曲線はdF=0と置くことにより

となる。

補足説明1
 一成分系が温度一定のもとで状態が1から2の状態へ変化したときのヘルムホルツの自由エネルギーの変化ΔFは

を用いて計算できる。すなわち各体積に於ける圧力の測定値を用いて

で計算すればよい。
 例えば、系を構成する物質が気体の場合で理想気体近似P=nRT/Vが使えれば

となる。
 ところで、もう一つの式

からは、エントロピーが直接測定できる量ではないので簡単な実のある結論は導けないが、次節(4)で説明するようにF/Tと内部エネルギーUとの重要な関係式が得られる。

 

.H(S,P)曲面


 最後のMaxwellの関係式に関係する項の正負は定まらない。

 エンタルピーが一定の曲線はdH=0と置くことにより

となる。エンタルピーH=一定の状態変化ではエントロピーS(P)の変化は圧力の変化と逆になる。つまり圧力に関して単調減少関数となる。

補足説明1
 1.(2)〜(4)で、Sの変数をS(T,V)、S(T,P)、S(P,V)と自由に変換できることを説明した。それと同様にH(S,P)→H(T,P)へ変換すると

となる。
 これから得られる

の関係式は、HのTやPの偏微分係数を実験的に測定可能な量に関係づけてくれます。そのため、実際の物質の任意の温度・圧力に於けるH(T,P)値を標準状態H(T0、P0)値から計算するときに役に立ちます。
 この様に、H=U+PVのルジャンドル変換において変数を機械的に(S,P)とするのは必ずしも得策ではありません。(T、P)の方が便利な場合もあります。

 

HOME TとS)()()()  2.U(S,V))()()()  3.G・F・H)()()(4)  4.G(T,P))()() 5.文献

(4)ギブズ・ヘルムホルツの式

 以下で説明する“ギブズ・ヘルムホルツの式”については、文献3.の第33章T“化学親和力と自由エネルギー”を是非参照されて下さい。

.定積条件下

 ヘルムホルツの自由エネルギーの定義より

が得られる。これは(F/T)の一定体積の元での温度依存性が解れば内部エネルギーUが決定される事を意味している。
 ただし、その逆は言えません。U(T)が解ったからといって、それをTで積分してF(T)が完全に決定できるわけではありません。積分定数だけの不定性が残ります。その不定性を取り除く仮説が“ネルンストの熱定理”です。

 

.定圧条件下

 同様に、ギブズの自由エネルギーの定義より

が得られる。これは(G/T)の一定圧力の元での温度依存性が解ればエンタルピーHが決定される事を意味している。
 ただし、その逆は言えません。H(T)が解ったからといって、それをTで積分してG(T)が完全に決定できるわけではありません。積分定数だけの不定性が残ります。その不定性を取り除く仮説が“ネルンストの熱定理”です。

 

.熱力学第三法則

 これらの式を“ギブズ・ヘルムホルツの式”といいますが、ネルンストが熱定理(やがて熱力学第三法則となる)を導くときに重要な働きをします。
  また、これらの関係式に於いて、実際に実験(CvゃCpの測定)に依って決定できるのはU(T,V)H(T,P)です。だから熱力学第三法則が成り立って初めてF(T,V)やG(T,P)が意味を持っことになります。
 これらの事柄については別稿「電気化学ポテンシャルと熱力学第三法則(ネルンストの熱定理)」3.と4.で説明します。

 

HOME TとS)()()()  2.U(S,V))()()()  3.G・F・H)()()()  4.G(T,P)(1)()() 5.文献

4.熱力学関数G(T,P)の意味

 ルジャンドル変換により導入した熱力学関数が物理的に何を意味するのかを理解することが大切です。熱力学関数G(T,P)は、ギブズの熱力学に関する第二論文(1873年12月)で導入されたもので、こんにちギブズの自由エネルギーと呼ばれています。
 ギブズがいかなる理由でこの量を導入したかは、山本文献3.第32章Uが詳しい。以下でその内容を紹介します。

)U(V,S)曲面

 ギブズの自由エネルギーの理解にはU(V,S)曲面に立ち返る必要がある。

.V-S座標面の性質

 一つの系の中で多相が共存するときに、外界から圧力一定の元で、熱を加えたり取り除いたりすると相変化が起こり各相のモル数(質量)の割合は変化し、系の体積も変化する。そのとき温度と圧力は一定のまま保たれることはよく知られている。 ギブズは、“相変化が起こっている過程に於いて温度と圧力が一定であるという条件以外に如何なる条件が必要なのか?”と言う疑問を追求する過程で、Gが一定に保たれる量であることを発見した。ギブズの論理展開はおよそ次のようなものです。

 熱力学の根本法則dU=TdS−PdVから構成されるU(S,V)曲面に於いて、V,S,Uがすべて加算的な量であることが重要です。加算的な量とは、系を構成する物質量(質量)が2倍、3倍、・・・に成れば、それに応じてV、S、Uが2倍、3倍、・・・に成ると言うことです。
 そのために、系の物質量を増減させても曲面の形は変わらない。系の物質量を増減させればそれに応じて曲面の大きさは拡大縮小されるが、その形は互いに相似な形を保つ。そのとき、その曲面勾配からから決まる強度的な量である圧力P0=−(∂U/∂V)sや絶対温度T0=(∂U/∂S)vは物質量の増減でその値を変えることはない
 そのとき、系が多数の相を含んでいて互いに相変化してもU(S,V)曲面は決定できる。もちろんその曲面を知るには、系に対して熱を加えたり、仕事を取り出したりして系の持つエントロピー値や体積を変えて、各状態における体積、圧力、温度、等々の変化を追跡しなければならないが、とにかくその様な曲面は決定できます。
 三相が共存する状態から、熱のやり取りや仕事のやり取りをして系の圧力、体積、温度等を変化させると系内の物質がすべて固相になったときの状態点U(S,V)、すべてが液相になったときの状態点U(S,V)、すべてが気相になったときの状態点Ug(Sg,Vg)が定まる。[下図参照]

 そこでいま、固相(質量ms)、液相(質量m)、気相(質量mg=M−ms−ml)の共存状態を考えると系の体積VとエントロピーSは、それらの量が示量的変数であることから

となる。
 そのときの(S,V)値は図中A,B,C点に質量ms、m、mgが置かれてるときの重心の位置になる。そして、その状態点に状態量である系の質量Mが付属している。
 従って上図[灰色三角形部分]固相・液相・気相が共存する状態を表している。[緑線部分]固相・液相共存状態[青線部分]固相・液相共存状態[赤線部分]固相・気相共存状態に相当する。

 参考として、これらの状態を(P,V,T)空間内の状態方程式曲面上で示すと、それぞれ下図の色線に対応する。

 すなわち、V-S平面上で三相共存する状態を表す灰色三角形領域は、“(P,V,T)状態方程式曲面”P-T平面上では1点に、V-T平面、P−V平面上では一本の直線に縮退している。PとTが“示強性状態量”であることに注意。
 この様に、(P,V,T)状態方程式曲面上では縮退が生じるために、相が共存する現象を解析するには適当ではない。U、S、Vのすべてが“示量性状態量”である“U(V,S)曲面”の方がはるかに優れている。ただし、UもSも直接測定できる量ではないのがもどかしい所です。[単純圧縮系の場合で、UとSを求める方法はこちらを参照]

 

.U(V,S)曲面の性質

 V-S平面上で三角形領域となる三相共存領域をU(V,S)曲面上で表示すると下図[灰色三角形領域]となる。

 この図で成り立つことを箇条書きする。

  1.  4.(1)1.で述べたV-S平面上の三相共存領域は、U(S,V)曲面上で[灰色着色]した平面三角形領域となる。なぜなら三相共存領域では、圧力一定の元で外界と熱や仕事をやり取りしてその相の存在比を変えると系の温度もつねに一定に保たれるからです。
     温度TはU(S,V)曲面のS軸方向の勾配、圧力PはU(S,V)曲面のV軸方向の勾配でしたから、それらが一定に保たれると言うことから三角形領域は一つの“三角平面”を構成する。
     ところで、V-S平面上の三相共存領域は直線の辺で区切られていましたから、それをU(S,V)曲面上へ射影すると、U(S,V)曲面での勾配が一定であることと相まって、曲面上での境界線も直線となります。
  2.  三相共存領域は平面を構成するので、この領域内に存在する状態点の接平面は、その状態点が三角領域内のどの位置に移動しても常に同一となる。3.(1)2.で説明したように、その接平面がU軸を切る点のU値が“ギブズの自由エネルギー”でした。
     そのため、三相共存状態では、三相がどの様な割合で存在するかにかかわらず、常にギブズの自由エネルギーが一定に保たれる(これこそ、ギブズが “G” なる状態量を思いつくに至った経緯です。)
  3.  図中の[空色領域]が液相-気相共存領域です。その中の“薄青色直線”が、系が圧力・温度一定の元で外界と熱や仕事をやり取りして、系中の二相の割合が変化していくときにたどる状態変化直線です。承知のように、系が液相-気相共存状態にある時は、系と熱や仕事をやり取りしても圧力・温度が一定のまま状態変化できます。
     そのとき、各薄青色直線に接する接平面は、同温度・同圧力で相変化が起こっている間は常に同じになります。その接平面がU軸を切る値であるギブズの自由エネルギーは常に一定に保たれる。その様な、“薄青色直線”の集まりから構成される曲面が二相共存領域です。
     このことは、固相-液相共存領域([黄緑色領域])や固相-気相共存領域([ピンク色領域])についても同様です。その中の“薄緑色直線”“薄赤色直線”の集まりにより、それら領域が構成される。
  4.  二相共存領域に於いて系の圧力・温度を調整して別な圧力・温度の元で相変化をさせると、それは元の状態変化直線に隣接する別な状態直線上での相変化となる。その新たな直線に対する接平面は、当然元の接平面とは少し勾配が異なってきます。そのため、新たな接平面がU軸を切る値であるギブズの自由エネルギー値も変わってきます。ギブズの自由エネルギー値は変わるが、新たな圧力・温度のもとでの相変化(当然外界と熱や仕事のやり取りをしながら)では、その新たなギブズの自由エネルギー値が一定に保たれる
  5.  三相共存、二相共存、単相のいずれの場合も系の状態はU(S,V)曲面上の一点で表される。その一点に系の状態量である総質量Mを初めとして、圧力、温度、体積、U、S、G、F、H、・・・などのあらゆる状態量が付属している。
  6.  U(S,V)曲面のS方向の勾配が “温度T” 、V方向の勾配が “圧力P” に関係していました。そのため系が外界と熱や仕事をやり取りして状態変化して状態点がU(S,V)曲面上を移動していくとき、温度と圧力は必ず連続的に変化して行き不連続にジャンプする事はありません。
     曲面の勾配が連続的に変化するのですから、U(S,V)曲面自体はS方向にも、V方向にも連続的かつ滑らかに変化しています。このことはU(S,V)曲面上のあらゆる領域に於いてなりたつ。三相共存領域と二相共存領域の接続直線部でも、二相共存領域と単相領域の接続曲線部でも連続かつ滑らかです
     この様なことは、U(S,V)曲面だから言える事であって一般の状態方程式曲面で成り立つとは限りません。例えば4.(1)1.で取り上げた(P,V,T)曲面では、相が変わる境界線上で急角度で折れ曲がっている。
  7.  1.で注意したことだが、三相共存領域でもU(S,V)曲面上ではある広がりを持った領域となる。しかしP(V,T)曲面ではそうなりませんでした。三相共存領域が状態方程式曲面上である広がりを持った領域として表されるということこそ、系へのの出入りに関係するSを独立変数の一つとして採用できたことの現れです。
     そのとき注意して欲しいのですが、系への熱の出入りそのものを系の状態を表す状態方程式の独立変数にすることはできません。なぜなら“熱”は状態量ではないからです。“エントロピー”と言う状態量の発見によって初めて可能になったことです。
     Sが状態量(dSが完全微分)であると言うことは、Sが状態方程式曲面を表す変数になり得る事と表裏一体です。このことに付いては1.(2)1.[補足説明]を復習されたし。
     その意味でU(S,V)曲面は熱力学に於いて最も重要で根源的な状態方程式曲面です。ただし、UもSも直接測定できない所がいかんともしがたい所です。その当たりは第1章で繰り返し注意しましたが、このことも熱力学が抽象的で理解するのが難いと感じる理由でしょう。

 

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(2)クラウジウス・クラペイロンの式

 状態方程式曲面U(S,V)の威力を実感するために、“クラウジウス・クラペイロンの式”を導いてみます。以下の説明は、Gibbsが、彼の1873年論文の中で、状態方程式曲面の幾何学的性質から導いているものの紹介です。原論文の説明はこちらで引用しています。
 二相共存領域の状態変化直線a−bと、それと平衡温度・圧力がわずかに異なる二相共存状態変化直線a’−b’を考える。状態変化直線と熱力学諸量との関係は下図のようになる。

 この図中の、直線a-bでU(S,V)曲面に接する接平面をALV、平衡温度と圧力がa-bΔTΔPだけ異なる直線a’-b’でU(S,V)曲面に接する接平面をA’LVとする。a-bからa’-b’へ遷移するにつれて接平面の傾きが下図の様に変化するのは明らかです。
 図の意味から直ちに“クラウジウス・クラペイロンの式”が導ける。

 図中の文字AA’BCLVはギブズの熱力学第二論文中の記号(下記ページ参照)

と同じにしているので、上に引用したギブズの説明と比較してみられたし。[上記ページの日本語訳はこちらで引用]
 ただし、ギブズはエントロピーSを文字ηで表していることに注意されたし。
 また、このU(S,V)曲面上での議論と、3.(3)1.[補足説明5]で述べたG(T,P)曲面上での議論を比較してみられたし。

 

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(3)化学ポテンシャルの導入

 ギブスは4.(1)2.の考察で導入した“ギブスの自由エネルギー”を多成分系に適用する際、“化学ポテンシャル”の概念に思い至った。これこそが、熱力学を化学反応へ応用する道を開いた偉大な発見です。
 その詳細説明は
   別稿「ギブズの自由エネルギー(化学ポテンシャル)とは何か」
   別稿「平衡状態の熱力学(気体の化学反応)」
でします。
 さらに、自由エネルギーの一種である“エンタルピー”が深く関係する、一定圧力の元での化学反応についての
   別稿「反応熱と熱化学方程式」
や、“ヘルムホルツの自由エネルギー”が深く関係する、一定温度の元で生じる化学変化(相変化)については
   別稿「電気化学ポテンシャルと熱力学第三法則(ネルンストの熱定理)」
も合わせて御覧下さい。

 

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5.参考文献

 このページは以下の文献に依存しています。その内容をできるだけ解りやすくすることに勤めました。1章は主に文献1.を、2、3章は主に文献2.を、4章は主に文献3.を参照しました。

  1. マックス・プランク著、芝亀吉訳「熱力学」岩波書店(1941年刊)特に§153〜§164、§177
    原本はMax Planck著「Vorlesungen u¨ber Thermodynamik 8 Auf.(1927)(初版は1897年) 
  2. 富永昭著「誕生と変遷にまなぶ平衡系の熱力学」第2章“自由エネルギーの幾何学的性質”
     熱力学関数曲面については、この本が一番解りやすい。この著作は以下のURLからダウンロードできます。
    http://www.amsd.mech.tohoku.ac.jp/Thermoacoustics/contents04.html
  3. 山本義隆著「熱学思想の史的展開3 熱とエントロピー」筑摩学芸文庫(2009年刊)第32章
     ギブズの業績、特に熱力学に関する第一論文(1873年4月)、第二論文(1873年12月)、第三論文(1976、1978年)について解りやすい解説があります。ルジャンドル変換の幾何学的意味に注意されて読まれると良く解ります。
     上記のギブズの熱力学に関する三論文を合わせて1冊にした翻訳本か2019年に発刊されました。それが
    廣政直彦・林春雄訳「ギブス 不均一物質の平衡について」東海大学出版部(2019年刊)
    です。どうぞ購入されてご覧下さい。
  4. [参考文献の追記(2023年8月)]
     3.で説明されているギブズの熱力学に関する第一論文(1873年4月)、第二論文(1873年12月)、第三論文(1976、1978年)を合わせて1冊にした翻訳本か2019年に発刊されました。それが
    廣政直彦・林春雄訳「ギブス 不均一物質の平衡について」東海大学出版部(2019年刊)
    です。どうぞ購入されてご覧下さい。
  5. Yunus A.Cengel、Michael A.Boles共著「図説応用熱力学」オーム社(1997年刊)
     この本の4章§4-4(p155〜162)に、内部エネルギー、エンタルピー、エントロピーの変化を圧力、比容積、温度、比熱、等々の測定可能な量で表す一般関係式が導かれています。この関係式から、内部エネルギー、エンタルピー、エントロピーなどの状態量の変化を計算することが可能になる。
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