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フィゾーが運動媒質中の光速度(随伴係数)を測定した方法(1851年)

 フィゾーが媒質の運動が光の伝播速度に影響することを明らかにした実験を説明します。これはやがて特殊相対性理論に繋がるきわめて重要な実験です。
 参考文献4と、文献2の英訳版(文献3)を参考にされながらお読み下さい。

1.導入

)光を伝える媒質としてのエーテル

 17世紀のホイヘンスやニュートン以来、光が“粒子”であるのか“波動”であるのかについて永い論争と検証の歴史がある。そういった流れの中で、1820年ころ行われたヤング(英)やフレネル(仏)の実験や考察によって、光はほぼ波動であろうという考え方が定まってきたのが1850年代です。
 フーコーは、空気中と水中における光速度の相対値の測定(1850年)から、空気中よりも水中の伝播速度が遅くなることを明らかにした。そのとき、空気中と水中の伝播速度の比は、光の屈折を“波動論”のホイヘンスの原理によって説明するときに導かれる伝播速度の比にまさしく一致したのです。これは光の波動説の正当性を強く示唆する実験でした。

 ちなみに、ウェーバーとコールラウシュが電磁気学の単位系に現れる“謎の定数(速度の次元を持つ)c”の値の測定に成功するのが1856年であり、地上における光速度の測定にフィゾーが初めて成功するのが1849年、フーコーが精密に測定するのが1862年です。
 そして、光の波動説に決定的な根拠を与えることになる“光と電磁波の同等性”にマックスウェルが気付くのは1861年頃です。マックスウェルは1861年10月のファラデーへの手紙で、“この一致は単に数値のうえだけのことではありません。私の見るところでは、いまや、私の理論が正しいかどうかを問わず、光の媒質と電磁的な媒質とはひとつのものであると信ずべき十分な理由が有ります。”と述べるのはまさにこの時代です。

[補足説明]
 Maxwellがこの当たりに気付いた手順については文献10.広重徹著「物理学史U」培風館p29〜や、Pais文献(p82〜83)、等をご覧下さい。
 Paisが文献中で引用しているMaxwellの1864年大論文“A Dynamical Theory of the Electromagnetic Field”はネットから無料ダウンロードできるMaxwellの論文集“scientific paper,Vol.1,Vol.2”でご覧下さい。またcの電磁気学的測定に付いてはこちらを参照、光速度の測定はこちらを参照して下さい。
 
 Maxwellは1873年出版の”Treatise”でも波動方程式を導き出して、それから伝播速度がc=(ε0μ0-0.5に相当する式になることを説明しています。
 波動方程式に現れる比例定数c2が波の伝播速度に関係することは別稿「波動方程式と一般解」や「電磁波の伝播」を参照されて下さい。

 マックスウェルやヘルツにより光が電磁波の一種であると言うことが確立した19世紀末には、光が横波であるという波動説は確定的になります。光の波動説が確立すると、必然的にその波動を伝える媒質は何かということが問題になります。その媒質として想定されたのが“エーテル”です。
 エーテルの起源は古く、アリストテレスが天体を構成する霊的な第5元素をアイテール(αιθηρ)と呼んだ事に由来し、以来、物質的あるいは非物質的な精妙な宇宙媒質を意味する名称として用いられてきた。
 光の伝達媒質としてこの名称を最初に用いたのは17世紀後半のフックやホイヘンスであろう。19世紀に入ってからは、光の波は、力学に於ける連続体の弾性理論と関連して研究されていく。光が横波であることはエーテルが弾性固体の様な物であり、縦波が存在しないことはそれが非圧縮性で在ることを意味する。そしてさらに物体はそのエーテル中をほとんど抵抗なく通り抜けなければ成らない。
 このようにして、様々な光学現象を説明するためにエーテルの性質が予想され検討されていきます。エーテルが備えるべき性質に関して、Maxwellは、参考文献7.「ブリタニカ第9版(1875年)」の“エーテル”の項目で的確に説明しています。当時の状況が明快に記載されていますので御覧下さい。

 いずれにしても、こう言った状況下にあった光の“波動説”に取って一番重要な事は、光の波を伝える媒質とは何か、その媒質はどのような性質を持つべきかと言うことです。1850年ころ光を伝える媒質と考えられていた“エーテル”の性質に関して三つの仮説がありました。

 

)エーテルの性質

仮説1] エーテルは自由で独立しており、物体が運動してもこれに引きずられることはない。

 これは光の“粒子説”では、ごく自然に受け入れられられるものです。実際、ブラッドリーによる光行差の説明も粒子説に立脚して、光の速度と地球の運動は互いに独立であるという前提の下に説明されていました。
 また、“波動説”によって光行差の現象を説明するためには必要不可欠の仮説です。光は絶対静止の空間に静止しているエーテル中を一定の速度で伝播し、地球は絶対静止の空間に静止しているエーテルの中を何の抵抗も受けずにすり抜けていると考え無ければ、光行差の現象は旨く説明できません。
 つまり地球の運動はエーテルに対して何の影響を与えないし、エーテルも地球の運動に何の影響もあたえない。まさにエーテルは幽霊の様な存在であると言っている。これはとても不思議なことです。 

 

仮説2] エーテルには付着性があり、物体の分子に固定されていて、物体が運動すれば物体と共に動く。

 これは光の伝播の現象を“波動説”によって説明するとき、最も当然と考えられる仮説です。実際、波動説のホイヘンスの原理による屈折の説明には媒質中での光速度が真空中よりも遅くなることが当然のごとく仮定されていました。それは1850年のフーコーの実験によって初めて実証されるのですが、波動説ではそれ以前からそのようになると考えられていました。
 光の速度が媒質の存在によって変わるというのなら、光は音の波と同じように媒質中を波となって伝播すると考えるのが自然です。そのとき光の伝播媒質であるエーテルも物質と共に動いていくと考えるのは当然です。音波の伝播速度がそれを伝える媒質の速度に影響されるのと同じように、光の速度もエーテルの運動、それはエーテルを含んでいる物質の運動でもあるのですが、その動きに影響されるはずです。

補足説明1
 この仮説では、光行差の現象を説明するとき大きな困難に直面します。地球は大気に取り囲まれています。そのとき光を伝えるエーテルが、地球の大気と共に運動すると、エーテルを伝わる波としての光に関しては光行差は生じないことになるからです。
 実際には光行差は生じているのですから、仮説1の様にエーテルは地球大気の運動とは関係なく、絶対静止の空間に対して静止しており、地球大気はそれを何の抵抗も受けることなくすり抜けていると考えなければならない。
 英国のストークスは、力学的にかなり恣意的な仮定を置くことで、仮説2の立場で光行差が起こることを説明しようと試みています。しかし、これは今日の目から見てとうてい論理的に受け入れられる様な物ではありませんのでここでは言及しません。

補足説明2
 後に、マイケルソンの実験(1881年)、およびマイケルソンとモーリーによる実験(1887年)が仮説1を確かめるために行われた。つまり地球の運動に対するエーテルの運動を確かめるために行われた。ところが、その結果はあたかも仮説2が正しく見える実験結果でした。つまりエーテルは地球と共に動いているとするのと同じ結論が得られたのです。これは非常に不思議なことです。

補足説明3
 ローレンツは、このマイケルソン・モーリーの実験結果(1887年)を次のようにして説明(1892年)します。それは、“仮説1は正しい”。また上記のマイケルソン・モーリーの実験結果も正しい。エーテルがあたかも地球と共に動いているように見えるのは、“実験に用いられた装置が運動方向(静止エーテルに対する)に縮む”ためである。測定装置が縮むために見かけ上地球の運動方向と、それに直角な方向で光速度に差は無いように見えるのだと言うものです。
 実はこれが正しい解釈だったのですが、このように物体が運動方向に縮む現象をローレンツの“短縮仮説”といい、その様な現象が生じる事を明らかにしたのが“ローレンツの電子論”です。
 物質が運動方向に縮むというのは、とても奇妙に思えますが、分子間に働く力も電気的なものであり、電気的な力はその電場の様子に依存することを理解すれば納得できます。マックスウェルの方程式は電場が進行方向に対してゆがむ事を示しており、物質を構成する原子・分子の間隔もそれに依存して変化するのは当然の帰結なのです。

 だから、光の速度の問題は電子論ときわめて密接に関係しており、“特殊相対性理論”の習得には“電子論”の理解が不可欠です

 

仮説3] エーテルの一部は自由であり、他の一部分は物体の分子に固定されていて、その部分だけが物体とその運動を共有する。 

 この仮説は“光行差の現象”“1810年のアラゴのプリズム実験[星からの光の示す屈折が地球の運動によって影響されない]”の両方の現象を旨く説明するためにフレネルが1818年に考え出したものです。
 エーテルのある割合が物質の運動に伴われて移動する。そのとき、物質に伴われていくエーテルの割合は光が通過する透明媒体の屈折率の関数となる。この割合を示す量を“フレネルの随伴係数”と言います。
 アラゴの実験とフレネルの随伴係数の理論は別稿「フレネルが提唱した“エーテルの随伴説”(1818年)」で説明しておりますのでそちらを御覧下さい。

補足説明1
 アラゴのプリズム実験と同様な実験が1871年に行われたエアリーの水望遠鏡実験です。これは元々、1766年にボスコヴィッチ(R.G.Boscovich 1711〜1787年)が、屈折率が1よりも大きな透明媒質を通して見た恒星は、その物質中の光の速度が空気中より遅くなるために、少し異なった光行差を示すはずだと予想して、鏡筒を水でみたした望遠鏡で光行差を観測することを提案していたことに由来する。
 この提案は約100年後にエアリー(Airy)によって実施(1871年)された。その結果は光行差は望遠鏡に水を入れようが入れまいが全く変化しなかったのです。これも“フレネルの随伴係数”の理論によって旨く説明されます。

補足説明2
 今日、媒質中に入射した光の速度が遅くなるメカニズムについて、電子論では以下のように説明している。光を伝える物質は、中心電荷(+)のまわりに電子(−)が弾性的に結びつけられている電気双極子が密に並んでいるようなものであると考える。そのとき媒質の境界面に垂直に光の電磁波(平面波)が入射すると境界面に並んでいる電気双極子を揺さぶり共鳴振動を誘発する。そのとき別稿「線形振動子(電気双極子)による電磁波の放出」で説明したように振動する双極子は周囲に電磁波を放出する。ただしその時放出する電磁波は元の入射した電磁波よりも少し位相の遅れたものになる。そのためその様にして放射される二次電磁波と元々の電磁波が重ね合わさって新たな平面ができ、それがさらに、隣の面に並んでいる媒質(電気双極子の並び)に作用することになる。隣の媒質、その隣の媒質、さらにその隣の媒質、・・・・・についても同様な事が次々と起こる。
 それらの元々の波と二次波の重ね合わせの結果として、媒質中に進入した電磁波の伝播速度は遅くなるように見えるのです。この当たりはファインマン物理 第U巻 第6章に解りやすい説明があるので引用しておきます。
 以上のように媒質との相互作用のために光の速度が遅くなるのであって、そういった電気双極子の間を占める空間部分を進む光(電磁波)の速度そのものが遅くなるわけではないのです。そのため“波動説”に立脚しても、媒質原子の中の空間部分を進む光の速度が遅くなる必要はないし、ましてや媒質の移動速度にリンクする必要は無いのです。
  そのように[光が伝播する絶対静止のエーテル][光を吸収・放出する物質(原子や分子)]を完全に切り離したのが“ローレンツの電子論”の本質です。それは、光(電磁波)と物質の相互作用であらゆる電気的現象・光学的現象が説明できるというもので、19世紀末に完成されます。

補足説明3
 “フレネルの随伴係数”をマクスウェルの電磁気学によって説明したのが“ローレンツの電子論”ですが、それは1892年のローレンツの論文「Maxwellの電磁理論とその運動物体への応用」の中で証明されます。
 ローレンツの電子論は物質中の光(電磁波)の伝播に関して光(電磁波)を伝える真空の場(それは絶対静止の空間そのものと言ってよい)と光を吸収・放射する物体(電子を含む)とを完全に分離するものです。電子論によると物質中の光の伝播は[補足説明2]のように説明されます。そのとき、光を透過させる透明媒体が動いているときには、物質原子が光を吸収してから放出するまでの時間的遅れの間に原子そのものも移動しているのですからフレネルの随伴説も旨く説明できるのです。
 その意味において、光が一定速度で伝わる真空の場(絶対静止の空間)の存在を明らかにした“ローレンツの電子論”は、“光速度不変の原理”を基礎に置く“特殊相対性理論”の発見にきわめて重要な役割を果たしたといえます。 

 

)フィゾーの実験の意義

 フィゾーの実験は光を伝える媒質であるエーテルに関する[三つの仮説]のどれが正しいのかを検証する実験です。その実験結果は、仮説3すなわち“フレネルの随伴係数の理論”がほぼ正しい事を証明するものでした。
 フレネルの理論が正しければ“光行差の現象”“アラゴのプリズム実験”“エアリーの水望遠鏡実験”も全て旨く説明できるのですから、その意味においてきわめて重要な検証実験と言って良いでしょう。
 そして、この随伴係数のメカニズムを真に正しく説明する理論が“ローレンツの電子論”です。
 ローレンツの電子論は“物質の短縮仮説”も導きますので、それを用いれば“マイケルソン・モーレーの実験結果”も旨く説明できます。
 そのため、ローレンツの理論は18世紀から19世紀にかけて多くの物理学者を悩ましてきた光の伝播に関する多くの難問を見事に解決してくれるものでした。

 ローレンツが最初に展開した電子論は素朴で近似的なものでしたが、ポアンカレの論評を受けながら改良・発展して最終的に“ローレンツ・ポアンカレの理論”として結実します。この理論は、その数学的な面だけを見るとアインシュタインが後に提唱する“特殊相対性理論”と完全に一致するものです。そのため、[フィゾーが1851年に行なった随伴係数の検証実験]は、[1887年のマイケルソン・モーリーの実験]と共に、アインシュタインの特殊相対性理論につながるきわめて重要な“実証実験”といって良いでしょう。
 実際の所、アインシュタインは、彼の特殊相対性理論をエーテルと光速度の関係の探求実験やその考察から導いたのでは無いのですが、アインシュタインはローレンツの1892年の論文や1895年の小冊子までの内容は良く知っていました(ただし、これ以後のローレンツ・ポアンカレの理論については知らなかったようです[文献11.のp267〜268参照])。そしてローレンツの電子論が意味する所も良く理解しており、光速度・エーテル・電磁気学の間に存在する種々の問題点については充分な考察を行っていました。だから、アインシュタインの特殊相対性理論の完成にはローレンツの電子論的な考察が重要な役割を果たしたといって良いでしょう。
 実際、ShanklandがEinsteinと交わした会話の報告[“Conversations with Albert Einstein”, Am. j. Phys., 31, p47〜57, 1963年]によると、アインシュタインはフィゾーの測定は、空間と時間の相対論的認識への実験的支持において“were enough”と言っていたそうです。この言葉の意味についてはAbraham Paisの解説(p142〜149)をご覧下さい。
 そのため、我々が特殊相対性理論を理解するには、やはり光速度とエーテルの理論から入る方が良いように思いますので、さっそくフィゾーの実験の説明に入りましょう。

 

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2.運動する水の中を伝播する光

 光の速度は、我々が物体に与える速度に比べて途方もなく大きいのですが、それにもかかわらず、1850年頃には光の速度を非常に細かいところまで測定する方法が見つかっていました。フィゾーは直接的な実験によって、運動物体が光の速度に対して実際にどれほどの影響を及ぼすかを測定することができた。

)実験装置

 フィゾーが用いた方法はアラゴが用いた光の干渉現象を利用するものです。下図のように太陽光線を望遠鏡に導きます。光線はレンズの焦点を過ぎてその近くに45度の角度で設置され透明ガラスによって右方向に反射される。それは図のような光学系により二つに別けられた後に二本の管に入る。その管の長さは1.487m、直径5.3mmであり、その中は水で満たされています。2本の管の内容積はπ×(0.00265m)2×1.487×2m=6.6×10-53=66cm3程度であることに注意してください。装置の両端で用いられている望遠鏡と反射器はフィゾーが1849年の光速度測定に用いたものを流用したようです。

 それぞれの管の他端から出た光は望遠鏡の軸と垂直な反射鏡m’に当たり、反射を受けて逆向きに対物レンズの方へ送り返される。このとき、この反射の作用によって、2本の光線は互いに行路を交換する。そして管を通過して2度目の行程をすませた後に、2本の光速は再び最初の望遠鏡に入り、ちょうど焦点の位置で干渉する。焦点の位置には目盛りを刻んだ透明ガラスが設置してあり、目盛りの位置に結像する干渉縞を望遠鏡を通して観測する。

 焦点の位置に設置してある目盛りつきガラスに結像する干渉縞は、パイプ中を流れる水の流速の大きさに応じて移動する。

 光の速度に比べて、パイプの中の水の速度はきわめて小さいが、このような干渉縞の移動を測定することで、水の流速が光の速度へ影響するのを測定することができるのです。

 装置全体は下図の様に、パイプ1は2リットルの密閉容器C1とB1に、パイプ2は容器B2とC2に接続されていました。そしてC1とB2はパイプM’を経由してバルブR’とつながり、B1とC2はパイプを経由してバルブとつながっていました。バルブRとR’は圧搾空気(約2気圧)を封入した15リットルの容器に接続されており、その容器内の空気圧で2リットル容器内の水をパイプの中に押し込み環流させるようになっていた[http://archive.org/details/traitdoptique02mascgoog]。

 M. E. Mascart,“Traite d'optique”, p103〜104の説明によると、例えば上図矢印の方向に水を環流させるためには、コックR、R’を下図のように開閉する。

 そうすると容器C1とB2が圧搾空気により加圧されて、その中の水がパイプA1とA2を通って、それぞれ容器B1とC2に流れ出る。そのとき容器B1とC2はパイプM→コックR→外気の経路で外気に開放されており、容器内の空気を外に逃がすことができる。
 容器C1とB2の水がパイプの中に流れきると、最後には水を圧入していた圧搾空気がパイプの中に侵入してくる。そうなるとパイプの端に接続されているガラス球に空気が入り込み所定の量(2リットル)の水が流れきったことが確認できる。つまり、水を流し始めてから最後の水がパイプを通過するまでの時間は管端のガラス球への空気の出入りを確認することで測定した。その様にして決まった量の水を押し込みかつ全てが流れきるまでの時間を計測することで水の環流速度を計算した。
 流速が7m/s程度の場合には管断面を単位時間に通過する流量はπ×(0.00265m)2×7m/s=1.54×10-43/s=154cm3/s程度になります。だから2リットルの水は約13秒程度で流れきることになる。つまりこの13秒程度の間に観測を行うわけです。流速の調整は、圧力容器の圧力を加減することで行った。
 上記の実験が終了すると、容器C1とB2が空に成り容器B1とC2が所定の量(2リットル)の水で満たされることになる。そうするとコックRとR’の役割を交換すれば、引き続いて逆向きに環流させる実験を行なうことができる。以下同様にして何度でも実験を繰り返すことができる。

 

)観察結果

 管内の水が流れているときには、干渉縞は移動する。二本の管のうち右側の管で水が観測者の手前から遠ざかるように流れ、左側の管の中で観測者に向かって近づくように流れるときには、干渉縞は右の方へ移動した。また、水の流れを逆にすると干渉縞は左に移動した。
 測定の大半は流速7.059m/sで行なわれたが、5.515m/sと3.7m/sでも行った。それらは全て流速7.069に換算直して計算処理された。
 干渉縞の移動量は流速が増大すれば、それに伴って増大した。水が静止した状況から流速7.069m/sへ増大すると、干渉縞の移動量は、干渉縞の間隔を1単位として測定すると、0.23であった。平均の観測誤差は下表右欄に示すように±0.02程度で、最大誤差も観測平均値の1/13を越える事はなかった。

 同様に流速が−7.069m/sの場合と+7.069m/sの場合の干渉縞の移動量は、ちょうど前記の値の二倍の0.46となった。

 

)仮説の検証

 フィゾーの文献3.では

    :真空中の光速度(=315400000m/s)[フレネルの論文ではvと置いている]
   v’:静止している水の中での光速度
    :光に平行な方向に動く水の速度(=7.059m/s)

と置いているのですが、解りやすくするために以下で定義する現代的な記号に置き換えて説明します。フィゾーの原論文と比較されるときに注意されて下さい。

このページでは、以下のように置くことにする。
    :真空中の光速度(=315400000m/s)
      [論文中には明記されていませんが、フィゾーは真空中の光速度として
       彼が1849年に測定した値 c=3.154×108m/s を用いている様です。]
   c’:静止している水の中での光速度
    :光に平行な方向に動く水の速度(=7.059m/s)
    :ガラス円柱の長さ(=1.4875m)
ただし、光速度については4.(1)の注意を参照して下さい。

.仮説1(絶対静止エーテル)の場合

 水の運動によって干渉縞の移動が起こることは、光の速度が水の運動に対して完全に独立ではない事を意味するので、仮説1は直ちに否定される
 以下で、観察される干渉縞の移動量を仮説2、及び仮説3から導かれる移動量と比較してみる。

 

.仮説2(完全随伴説)の場合

 前記の様にそれぞれの速度を定めると
   c’+v :水が光線と同じ方向に動くときの光速度
   c’−v :水が光線と反対方向に動くときの光速度
となる。
 ここでΔを左右に別れた光線が干渉面に到着したときの行路長の差分、E(=2L)を光線が通過する水の円柱の長さとすると

となる。行路長(光路長optical path length)の定義と上式の意味については別稿「偏光とは何か」5.(1)を参照されたし。
 ところで水の速度(=7.059m/s)は水中の光速度c’(=3.154×108÷n=236600000m/s :n=屈折率=4/3程度)の1/33000000程度だから、以下のように近似できる。

 ここでn=c/c’“水の空気(真空)に対する屈折率”とすると、上式はさらに

と変形できる。これが仮説2に基づく二つの光線の行路の差です。

 この実験で用いられている太陽光線の中心波長はλ=0.000526mm=5.26×10-7程度であることは、当時回折格子の干渉実験から測定できていた。
 その値を用いると

が、仮説2にもとずく干渉縞の移動量(干渉縞の幅を単位としたとき)となる。[上式が干渉縞の幅を単位としたときに移動量になるのは、Δ/λ=波数の差 となるからです。この事については別稿「偏光とは何か」5.(1)を参照されたし。]
 しかし、この値は実際の観測値0.23と全く合わない。そのため仮説2は否定される

 

.仮説3(フレネルの仮説−部分随伴説)の場合

 最後に仮説3を検証してみる。我々は屈折の現象は物体中での光の伝播速度が真空中よりも遅くなることに基づく事を知っている。フレネルは、その速度の変化を物質中のエーテルの密度が真空中のそれよりも大きいために生じると仮定した。

 まず、フレネルは、D’をそれぞれ真空と物体(水)中のエーテルの密度とすると、それら値はそれぞれの光の伝播速度c’と次の関係にあると仮定した。

これから直ちに次の関係が導ける。

この右側の式は媒質(水)中のエーテル密度の真空に対する過剰分を意味する。
 ここで、物体(水)が運動するときには真空のエーテルに対する過剰分のエーテル(すなわちD’−Dの部分)のみが物体と共に運ばれると仮定する。そして残りの部分(すなわちの部分)は物体の運動に引きずられることなく静止している考えるのである。[この当たりは別稿「フレネルが提唱した“エーテルの随伴説”(1818年)」2.の説明も参照されて下さい。]

 このとき、移動あるいは移動しないエーテルの構成部分を光は如何なる速度で伝播するのだろという疑問が生じるが、フレネルは、そのことに関して次式のように、エーテルの静止部分(真空に付随)と物体と共に動く部分の重心の移動速度分だけ光の伝播速度が増加すると仮定した。すなわち物体の移動速度をvとすると

となる。これは前記の関係式を用いると直ちに

と変形できる。
 すなわち、媒質が光の伝播方向に動く場合の光の伝播速度

となり、媒質が光の伝播方向とは逆に動く場合の光の伝播速度

となる。

 直前の二式を用いると(3)2.の場合と全く同様にして、仮説3に基づく二つの光線の行路の差は

となる。
 この行路差を、実験で用いられている太陽光線の中心波長はλ=0.000526mm=5.26×10-7で割れば、仮説3に基づく干渉縞の移動量(干渉縞の幅を単位として測定)が求まる。

が、仮説2にもとずく干渉縞の移動量(干渉縞の幅を単位としたとき)となる。
 しかし、この値は実際の観測値0.23にほぼ一致する。

 このとき、観測値との不一致の原因としては、流速の見積もりの誤差が考えられる。特にパイプの中央付近の流れに対して、パイプ側面の流れは摩擦の為に遅くなる。前述の方法で測定された流速は平均的なものですが、式中のvの値は光線の通過するパイプの中心での値でなければならない。そのためvは平均的な流速よりも少し速く、7.059m/sよりも少し大きめの値を代入しなければならないだろう。
 実際他の流体力学的な観察から中央付近の速度は平均流速の1.11〜1.23培程度であることが解っています。それで上記の計算値0.201.1培、1.15培、1.20培してみるとそれぞれ、0.22、0.23、0.24となる。これは観測値0.23にきわめて良く一致する結果となる。
 結論として、干渉縞の移動は水の移動の為に生じる。そして、それは仮説3のフレネルの理論により良く説明できる

 

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3.運動する空気の中を伝播する光

)実験内容

 フィゾーは、流水の実験に先立って、流れる空気中での光速変化も測定しました。これも水の場合と同様に互いに反対方向に流れる空気中を透過した二つの光線の干渉を利用するものでした。
 両端をガラスで閉じられた二本の銅製のチューブ(直径1cm、長さ1.495m)に二つのフイゴを接続して、このフイゴを重りと梃子により駆動させて空気を強制的に押し流す様にした。マノメータで測定した空気の駆動圧力は水銀柱て3cmで、二本のチューブの中を互いに反対方向に空気が流れるようにしてありました。
 空気の流速はパイプの中を流れる気体速度を表す法則に従って、圧力とチューブの大きさから計算されました。また、この流速はフイゴの容積とフイゴの単位時間当たりの作動回数からもチェックされました。測定された流速は25m/sでした。
 干渉縞の移動を前述の方法で観測したのですが、空気の速度を0m/sから25m/sまで変化させても、認めうるような干渉縞の移動は観測できなかった

 

)仮説の検証

.仮説2の場合

 10℃における空気の屈折率の二乗値2=1.000567を用いると、空気流速25m/sのときの仮説2による行路差は

となる。
 この値を、実験に用いた黄色の光線の波長λで割ると、干渉縞の移動量(縞の幅を単位として)

が得られるが、空気流についても仮説2は実験結果を説明できないことが解った。

 

.仮説3(フレネルの仮説)の場合

 フレネルの仮説3に従って、同様な計算をすると

となり、干渉縞の移動量は縞の幅の1/3000以下となる。
 すなわち、仮説3による予測値は、干渉縞の移動がほとんど認められなかった観測結果と一致する

 

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4.結論

 前章までに述べた、運動する水と空気の中での光速度の変化は、“光行差の現象”と“アラゴの実験”を説明するためにフレネルが導入した仮説3の正当性を強く裏付ける。つまり光の伝播速度は、光が伝播する媒質の運動に引きずられて増加する。その時の速度増加量は光が伝播する媒質の屈折率に関係する。速度が引きずられる割合(1−1/n2“フレネルの随伴係数”という。
 この事をもう少し明確に言えば、光を伝える媒質としてのエーテルは絶対静止の空間に静止している。その時、エーテルに対して光を伝える媒質が運動すると、光の伝播速度はフレネルの随伴係数(フィゾーが実験により確かめた)に従って媒質の運動方向の速度成分が付け加わったものになる。
 この速度が随伴する効果の為に、地上の媒質が絶対静止のエーテルに対して相対運動していても、その運動は屈折の現象に対して何の効果も及ぼさないことが説明できる。[詳細は別稿「フレネルが提唱した“エーテルの随伴説”(1818年)」を参照されたし]

[補足説明]
 1886年にマイケルソンはモーリーと共同で、フィゾーの実験を一層精密に繰り返します。結果はフレネルの随伴係数の理論をさらに高い精度で確認するものでした。
 ちなみに、水の屈折率はn=1.333ですから、水の場合の随伴係数は

となります。マイケルソンとモーリーが1886年の実験で得た水の随伴係数はf=0.434±0.02ですからきわめて良い一致が得られたと言えます。

A. A. Michelson and E. W. Morley, “Influence of motion of the medium on the motion of light”, Am. J. Science, 31, p377〜386, 1886年 この論文は下記URLにあります
http://en.wikisource.org/wiki/Influence_of_Motion_of_the_Medium_on_the_Velocity_of_Light
 
 ローレンツは1892年の論文「Maxwellの電磁理論とその運動物体への応用」で、彼が展開する電子論により、静止エーテルを理論の基礎に置いて全ての粒子が並進運動を共有するような系の内部での光の伝播を考察して、フレネルの随伴係数が導き出されることを証明します。この部分の簡単な解説は別項の第X章§12をご覧下さい。
 
 ローレンツの考察はアインシュタインの特殊相対性理論につながるもので、フレネルの随伴係数は、最終的にアインシュタインの特殊相対性理論によって正確に説明されます。

 

)装置全体の運動についての注意

 フレネルの仮定した光を伝える媒質としてのエーテルは絶対静止の宇宙空間に対して静止しているとしている。
 このとき、フィゾーの実験装置全体は地球と共に動いています。地球は太陽のまわりの公転や自転、あるいは太陽系全体としての運動の為に、ここで仮定されている絶対静止の宇宙空間に対して動いています。だからフィゾーの実験装置の絶対静止の空間に対する向きや、運動速度は刻々と変化していきます。その移動速度は、光速度に比較したら小さなものですが、パイプの中を流れる水の流速よりもはるかに大きなものです。
 ところで、フィゾーが理論式の中で定義している真空中の光速度cは当然絶対静止の空間に対する速度ですから、今実験している実験装置のパイプの動く方向によって行きと帰りでcの速度は異なってきます。
 しかし、フィゾーの実験では干渉する二つの光線はどちらも同じ距離を行きと帰りで取りますので、そのことによる速度差の効果は、干渉する二つの光線では同じに効いてきます。そのため、その効果が干渉縞の移動量に効いてくるのは、(v/c)の二次以上の効果となりますので無視できます。以下でこの当たりを確認しておきます。

 フィゾーの実験では装置の中に水が詰められているが、簡単の為に装置は真空の中に置かれ、パイプの中に水は無い場合を考える。光は装置の中の同一の道(長さLとする)を往復するものとする。絶対静止のエーテルの中を光が伝播する速度をとし、パイプの長さをとします。
 このとき、正確に測定できるのは往復する間の平均速度のみです。装置がエーテルに対して静止している場合の平均速度と、装置がパイプの方向に速度vで運動している場合の平均速度を比較してみる。
 光がパイプの運動方向に沿って往路を進むのに必要な時間はL/(c−v)であり、復路の所要時間はL/(c+v)だから、全所要時間は

となる。平均速度は2Lをこの時間で割ったものだから

となる。これと装置がエーテルに対して静止している場合の平均速度cとの違いは(v/c)の2次の量となる。

 そのため、装置全体の移動の効果はΔの測定値にはほとんど効いてこず、装置の速度は最初から無視してあたかも装置全体が絶対静止空間に静止しているものと見なして議論することができます。論文中には特に断られていませんが、フィゾーもその当たりの事情は充分理解していたと思います。
 [この二次の量の差を直接測定しようとしたのが1881年のマイケルソンの実験であり、1887年のマイケルソンとモーリーの実験です。]

 

)Hoekの実験(1868年)

 少し時代が下った1868年ヘック(M.Hoek)は、装置全体が地球の公転運動のために絶対静止空間に対して動く事を利用して、1.(2)で説明した三つの仮説のどれが正しいのかを検証する実験を行いました[文献6.参照]。

.実験の内容と結果

 ヘックが用いた装置の原理はフィゾーの干渉計と同じです。薄く銀メッキされたハーフミラーPにより二分割された光線は経路1と経路2を通って望遠鏡Fの位置に集光する。
 二つの経路を通過した光線は、論文の図から明らかなように、Fに於いて互いに交差して、望遠鏡の視野中に干渉縞が現れます。その干渉縞の移動量を観察するのです。

 ここでは簡単のために、静止エーテルに対する装置の運動方向をAからBの方向であるとし、その運動速度をとする。そのさい干渉縞を生じる位相差Δは光線1と2が各々、管の長さABと空間距離CDを通過するのに要する時間t1とt2の差によって生じる。残りの通路AS1PCおよびBS23D上では両光線はまったく同等ですからこれらの部分は位相差Δには効いてきません。
 ヘックは上記の状況で干渉縞の位置を定めた後に、装置全体を180度回転しました。そうすると上記の時間t1とt2の関係は逆転しますから、干渉縞は移動するはずです。ところが彼は干渉縞の移動を観測することはできなかったのです。すなわち、装置を180度回転しても干渉縞はまったく動かなかったのです。この結果を三つの仮説とつきあわして、どれが正しいのか確認してみましょう。
 管の中に中に入れた透明物体W(例えば水)の屈折率をn=c/c’とし、ABとCDの長さをとします。以下の説明ではどの仮説の場合も、空気中の光の伝播は真空中と同じで、空気の移動によってエーテルが随伴的に引きずられることは無いとしています。そのため媒質W中の随伴のみが問題となります。

.仮説1の場合

 仮説1ではエーテルが装置中の物体Wにまったく引きずられることは無いので、経路1と経路2に別れた光線が干渉面に到着したときの行路の差分Δ

となる。
 まったく同様にして装置全体を180度回転したときの経路1と経路2の差分Δ’

となる。つまり反対方向に同じ量だけずれる。
 そのため最初の状態と180度回転した状態での干渉縞の位置を比較すると、用いた光の波長をλとして、干渉縞の移動量を干渉縞の幅を単位として表すと

だけずれることになる。装置全体が絶対静止空間に対して動く速度vはフィゾーの実験の流速vよりもはるかに大きい(公転速度は3.0×104m/sのオーダ)のですから、観測精度はフィゾーの実験よりもはるかに良くなっています。ところがその様な干渉縞の移動は観測できなかったのですから、仮説1は否定されます

.仮説2の場合

 仮説2ではエーテルが装置中の媒質WのAB部分では物体とともに動くとしています。それに対してCDの部分ではひきずられることはありません。そのため前節の式は

まったく同様にして

となりますので、干渉縞の幅を単位としたときの干渉縞の移動量は

となります。この場合も、もしこの仮説が正しいのなら、観測可能な移動が生じます。
 この場合にも干渉縞は移動しなければなりませんが、観測結果はそうならなかったのですから仮説2も否定されます

.仮説3(フレネルの随伴説)の場合

 2.(3)3.で説明したように、フレネルに従って運動する物体中の光速は随伴係数に従った割合で変化するとします。

 このとき注意して欲しいことは、経路1について絶対静止の空間(エーテルに対して止まっている)から見て、媒質Wの中を伝播する光の速度は

となることです。ところがここの計算で必要なのは屈折率Wの媒質と共に動く系から見たときに長さLを伝播する光の速度です。それは当然上記の値から媒質の速度vを引いた

となります。
 また、CDの部分では絶対静止空間から見た光の速度はcのままですから、装置と共に動きながら見たCDの部分についての相対速度はc+vとなります。ここでは光は逆向きに進むことに注意して下さい。

 経路2についても同様に考えれば、媒質Wの中を伝播する光を絶対静止の空間から見たときの速度は

となります。これを媒質Wとともに動く系から見たときの光の伝播速度は

となります。
 また、CDの部分についてはc−vとなります。

 だからΔ

となります。これはフィゾーの実験の場合の式と異なりますので注意して下さい。フィゾーの実験の運動する媒質中の光速度はあくまで絶対静止の空間から見た速度(フレネルの随伴効果を考慮した)でした。ヘックの実験の場合には

となります。

 装置を180度回した時には単に経路1と経路2が入れ替わっただけですから、Δ’

となり、この場合も当然ゼロとなります。

.結論

 すなわち、装置を絶対静止の空間(エーテル)に対してどのように動かしても干渉縞の移動はないことになり、ヘックの実験観察結果と一致します。つまり、ヘックの実験でも、(v/c)の一次の効果までを考慮した限りではフレネルの随伴説が正しい事が再び検証されたのです。

[補足説明]
 エーテルの風を仮定してもフレネルの随伴係数の理論が有ればこの実験結果を説明することはできるのですが、それは一つの解釈に過ぎず、もっと根源的な解釈が有ることを否定するものではありません
  この実験では(v/c)の一次の効果までしか確認できないが、有る意味1887年に行われるマイケルソンとモーリーの実験の先がけとも言える。つまり、地球に対するエーテルの風は観測できないことを(v/c)の一次のレベルで確認する実験だと言っても良い。装置をどの方向に向けてもエーテルの風が確認できないというのならこの実験結果はしごく当然の帰結ですから。
 
 その解釈に従って、後にアインシュタインが導き出した特殊相対性理論における速度合成則は以下のようになる。

ここでは静止した観測者(地球)に対して速度で動く[絶対静止のエーテルの場]を考える。静止系(地球)から観測したときの光の速度を、エーテル場から観測したときの粒子(光)の速度をv’としている。ただしは相対論で言うところの光速不変の原理での光速です。
 記号の置き方は前項までとは変わっていることに注意して下さい。地球から見た光の速度がで、エーテル空間から見た地球の速度は−Vです。エーテル空間における光の速度をv’=c としています。
 上式の記号をここでの説明で置き換えると

となります。つまり光速はどのような移動速度で観測しても常に一定値cとなります。
 実は、こうなることは当たり前で、もともと相対論的速度合成則「光速不変の原理(光速度は光源の速度に依存せず、どのように動いている観測者から見ても一定値cとなる)」が成り立つように作られたのですから。

 

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5.参考文献

 フィゾーの実験を解りやすく説明した本やHPが見あたらないので、大いに努力して解りやすくしました。このページを作るに当たって参考にした文献を挙げておきます。

  1. Armand Hippolyte Louis Fizeau, “Sur les hypotheses relative a lether lumineux, et sur une experience qui parait demonstrer que le mouvement des corps change la vitesse avec laquelle la lumiere se propage dans leur interieur”, Comptes Rendus, t.33,p349〜355, 1851年
     この論文は http://www.academie-sciences.fr/activite/archive/dossiers/Fizeau/Fizeau_publi2.htm からダウンロードできます。この日本語訳が文献 4.です。
     これはまた、Phil. Mag., December, p568〜573 ,1851年に英訳されています。これもGoogleBooksからダウンロード可です。また、下記URLにもこれの英訳版が有ります。http://en.wikisource.org/wiki/The_Hypotheses_Relating_to_the_Luminous_Aether
     この実験の詳細はParisian Academy of Sciences, Sept. 29, 1851年に報告されたのですが、上記文献はその要約版です。この詳細版の方は後に文献2.として再出版されています。
  2. Armand Hippolyte Louis Fizeau, “Sur les hypotheses relative a lether lumineux, et sur une experience qui parait demonstrer que le mouvement des corps change la vitesse avec laquelle la lumiere se propage dans leur interieur”,Annales de Physique et Chimie 57, p385〜404, 1859年
     これは、文献1.の詳細報告版を再出版したものです。この論文はGoogleBooksからダウンロード可。
     この論文の英語訳が文献3.です。
  3. M. H. Fizeau, “On the Effect of the Motion of a Body upon the Velocity with which it is traversed by Light”, Philosophical Magazine and Journal of Science, 19, April, p245〜260, 1860年
    文献2.の英訳版です。これはGoogleBooksからダウンロード可です。こちらの方が読みやすいので、これを引用しておきます
     この英訳版は下記URLにもあります。
    http://en.wikisource.org/wiki/Hypotheses_on_luminous_ether
    または、
    http://en.wikisource.org/wiki/
    On_the_Effect_of_the_Motion_of_a_Body_upon_the_Velocity_with_which_it_is_traversed_by_Light
  4. 大野陽朗監修「近代科学の源流−物理学篇U」北大図書刊行会(1976年刊)p269〜274
    “光のエーテルに関する幾つかの仮説について、および、物体の運動がその物体の内部を伝播する光の速度を変化させることを証明しているように思われる実験について”,1851年
    これは、文献1.部分訳です。
  5. フィゾーが実験に用いた装置の図は
    M. F. Billet著, “Traite d'Optique Physique”, t.1, Paris, 1858年
    巻末にあります文献4のなかで、引用されているものです。
    また、M. E. Mascart著,“Traite d'Optique”, p103, Paris, 1889年にもあります。
    http://archive.org/details/traitdoptique02mascgoog
  6. M. Hoek, “Determination de la vitesse avec laquelle est entrainee une onde lumineuse traversant un milieu en mouvement”, Verslagen en mededeelingen, p189〜194, 1868年
  7. J. C. Maxwell著「ブリタニカ第9版(1875年)」の“エーテル”の項目
    百科事典ブリタニカの為に書かれた、当時のエーテルの状況を説明する文章です。
  8. C.メラー著「相対性理論」みすず書房(1970年刊)第T章§8 HoekおよびFizeauの実験
  9. M.ボルン著「アインシュタインの相対性理論」東京図書(1972年刊)第W章9. 物質による光の随伴
     この本のp125〜128で、ヘック(Hoek)の実験結果をエーテル理論で説明する場合には、随伴係数の形が(1−1/n2)とならなければならい事が説明されています。(v/c)の二次以上の効果を無視する条件でエーテル理論を救うにはそれ以外の解は無いと言うことです。これがヘックの論文の内容なのですが、この稿では解りやすくするために随伴係数を仮定して説明しました。
     また、この本のp120〜122に、マックスウェルが文献7.p368で提案(1879年)している、“太陽系に対するエーテルの相対速度を直接検証するためには、木星が地球に対して黄道上のほぼ正反対の点に見られるときに、木星の衛星の食に生じる時間的な遅れの積算値を観測して、レーマーの方法によって求まる光速度の値を比較すればよい。”ということの詳細が説明されています。
  10. 広重徹 著「物理学史U」培風館(1979年刊)のp62〜88 12章 相対性理論
    フィゾーの実験の歴史的位置づけが良く解ります。
  11. 広重徹著(西尾成子編)「広重徹科学史論文集T 相対論の形成」みすず書房(1980年刊)
    光速度とエーテルに関する実験・考察と特殊相対性理論との関係が良く解ります。
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