第1〜3章は、湯川秀樹監修、井上健訳「アインシュタイン選集T」共立出版(1971年刊)より引用した。
第4章は、米沢冨美子著「物理学OnePoint 27 ブラウン運動」共立出版(1986年刊)より引用した。
ただし、解りやすくする為に、私どもが、適当に章、節、項に分け、式変形を(矢印記入場所に)追記し、さらに(灰色囲み記事の)補足説明、等々・・・を付け加え、また文章の改行、段落分けに関してもかなり改変しています。そのため元の表現は別稿で引用している原本でご確認下さい。
[補足説明1]
上記の “両者の運動エネルギーの値は5桁ほどのくい違いをしめすことになり、分子運動論の正しさを確認するに至らなかった。” のM.Exnerの議論に付いては、江沢文献7.第6章§23.をご覧下さい。
[補足説明2]
また、上記で井上氏が言われる “アインシュタインの理論の成功の秘密は、この問題点が回避されていた点にあった” の意味は、Einsteinが ブラウン運動粒子の変位や、その変位速度 を2.§4で説明する意味で捉えた事を指します。すなわち、2.§4.[補足説明2]で説明する事柄に関係します。
上記の陳述は自伝的ノート(1947年)の第3段落で行われているものです。第3段落の全文を別稿で引用。
[補足説明1]
Einsteinは、1905年5月18日(または25日)付けの友人のハビヒト宛書簡に、以下の様に記しています。
そのため、この論文を書いた時点のEinsteinは、彼が晩年に記した自伝ノートの記述(記憶)とは違って、ブラウン運動の詳細を十分把握していたと思われます。
実際、2.§5.[補足説明1]で行っている計算例の適切さを見ると、ブラウン運動を示す微粒子の大きさ(1μm=1/1000mm程度)やその移動の様子も極めて的確に見極めていたことが解ります。
[補足説明1] 次に述べられている事柄に関しては2.§4.[補足説明2]をご覧下さい。
上記の “ブランクによる高温における輻射法則からの正確な分子量の決定” に付いては、別稿「アボガドロ数の測定法」1.[補足説明2]で説明しましたように、Einsteinはプランクのこの仕事の価値を極めて高く評価していました。
上記 Einsteinの学位論文 2) の日本語訳は 参考文献2. の中に翻訳・収録されていますので参照されて下さい。
文中の“グラム分子”とは、高校化学や高校物理で習う“モル数”のことです。
[補足説明1]
ここは、懸濁粒子に付いても“滲透圧の法則”が成り立つだろうと言っている。そのとき n/N が体積 V* 中の懸濁粒子もモル数です。また ν が単位体積中の懸濁粒子の数です。
[補足説明1]
§2.で言っていることは、滲透圧の法則に関して、溶質の場合と懸濁粒子の場合では粒子の大きさに極めて大きな違いがあるが、希釈度が大きい場合、同じ個数の溶質分子と懸濁粒子は同じ滲透圧効果を生じると言うことです。
この結果が次の§3.1.で必要になります。そのことは懸濁粒子に対してもそこの(1)式あるいは(1’)式が成り立つ事を意味します。そして(1)式あるいは(1’)式が成り立てば懸濁粒子程度の大きさの微粒子の集合体に付いても(その大きさが巨大でも)熱平衡状態では懸濁粒子に対しても“エネルギー等分配法則”が成り立つ事を意味します。そこの所は、Einstein論文では当然のこととして省略されていますので解りにくいのですが、江沢文献7.第6章§23. と ファインマン文献11.第15章 などを復習されてご確認下さい。
実際、Jean Perrinは1908年に、懸濁粒子の重力場中での分布平衡を観測することにより、熱平衡状態では懸濁粒子に対しても(その大きさが巨大でも)エネルギー等分配法則が成り立つ事を確かめています。このことについては4.(4)を参照。この実験は浸透圧の法則の確認ではではありませんが、それは(1)式あるいは(1’)式が成り立つ事を示す実験だと言えますので、間接的に懸濁粒子についての浸透圧法則を確かめる実験であると言っても良いのです。
[補足説明1]
§4.の最後の[補足説明6]で確認しますが、Einsteinの本論文の独創性は下記§3.の考察にあります。ただし、ここの説明は極めて解りにくい。
何故難解かといいますと、§3の考察は【ブラウン運動とは全く関係が無い事柄(現象)を用いて】拡散方程式の拡散定数Dを測定可能な物理定数の関数で表そうとしているからです。ブラウン運動とは全く関係無い事に留意して以下の説明をお読み下さい。
ここの解説について、吉田文献6.の第3章の解説は解りやすくて秀逸です。別稿で引用していますので、別ウインドウで開かれて対比しながら読まれる事を勧めます。第1章(3)の井上氏の解説や、引用はしていませんが米沢文献8.4ー2〜4ー4も同じ事を説明しています。
上記説明は途中の計算を省略しているので解りにくい。省略せずに説明すると別ページ引用の様になります。
[補足説明1]
ここの議論も解りにくいところです。イメージとしては、垂直に設置された細長い容器の中に気体分子を注ぎ入れた場合に、大気が積み重なる様子を説明する理論です。大気分子はその重さの為に下に向かって落下しますが、下層ほど圧縮されて高密度になります。その為大気の圧力の勾配と粒子密度がつり合っているという考え方と同じです。
Einsteinは熱力学的な考察を用いて平衡状態における釣り合いを表す微分方程式(1)式を最もらしく導いていますが、(1)式を導くメカニズムは4.(3)で説明しているように、ある高さの層の圧力は、その層の上に積み重なっている気体粒子の総重量で決まると言うことを用いているにすぎません。
あるいは、(1)式を重力場中での垂直方向の分布に関する方程式と考えると
となります。上記の“mは浮力の効果を差し引いた粒子質量”の意味は4.(4)の(5.7)式を参照されて下さい。
これはある意味で、液体中に浮遊する粒子の数(数密度)がその(浮力を調整した上での)位置エネルギーと運動エネルギー(kT)の両者を考慮した“エネルギー等分配則”を満たす様に分布している事を表しています。
微分方程式(1’)式の解がどの様になるのかは、 4.(3) と 4.(4) の説明をご覧下さい。そこの(5.2)式が上記微分方程式(1’)に相当します。そして、その解が(5.4)式です。いずれにしても鉛直方向の圧力分布、あるいは粒子数密度分布は高さと共に指数関数的に減少する関数となります。
ここも解りにくいところです。江沢文献7.第6章§23. と ファインマン文献11.第15章 を別ページで引用しておきますのでご覧下さい。
つまり、Einsteinが言う(1)式あるいは(1’)式がブラウン運動サイズの微粒子(懸濁粒子)に対しても成り立つと言うことは、このサイズの微粒子(懸濁粒子)に対してもファインマン文献や江沢文献の言う統計力学の原理が成り立っていると言うことを仮定していると言うことです。
いずれにしても、Einsteinの大胆な所は、“エネルギー等分配則”が普通の溶液中に溶けている溶質分子に比較してはるかに巨大な大きさの“ブラウン運動粒子”(より正確に言うと熱平衡状態にある“懸濁粒子”)に対してもそれが適用できるとしたところです。
実際のところ、Perrinはブラウン運動粒子の大きさの粒子の集合体も(1’)式の方程式の解を満たす事を実験によって確かめて、アインシュタインが用いた(1’)式ひいては(1)式の正当性を検証しています。そのことに付いては4.(4)をご覧下さい。
ここの議論が重要なのは、4.(5)3.(1)で説明する様に、Perrinが上記の事柄を確認する過程で、4.(3)で導いた(5.6c)式に4.(4)で説明した(5.7)式を代入すれば、アボガドロ数を決定できることに気付いた事です。
おそらくEinstein自身はここの議論がそこまで発展できることは1905年の本論文の段階では気付いていなかったと思います。
いずれにしても、Perrinは4.(4)で述べる方法によって、実際にかなり正確なアボガドロ数の測定に成功します。このことはノーベル委員会の【受賞の言葉】のなかでも特に強調されています。
もう少し補足しますと、この方法でアボガドロ数を測定できることに最初に気付いたのはEinsteinです。本論文に続くブラウン運動論の第2論文(1905年12月)3.§2.でその事を示しています。そこの式
がそれです。しかし、Perrinの(第4章(4)で説明する)独創的な実験方法が全然見えていないこの段階(1905年12月)で、この式を用いて実際にアボガドロ数を測定することは見通せなかったと思います。
このことは、第2論文であげているもう一つのアボガドロ数測定法(回転のブラウン運動を用いる方法)についても言えます。当時の状況では実際、これによってアボガドロ数が測定できる観測が可能かどうかは全く見通せません。後にEinsteinは『回転運動のブラウン運動の観測からアボガドロ数を求めることが可能であるとは思ってもいませんでした。』と言う内容の手紙をPerrinに送っているのですから。そのため、この第2論文で2種類のアボガドロ数測定法を提案しているのですが、その主張を読み取るのは難しい。
それに対して本章で紹介する第1論文で展開するアボガロ数測定法については、ハッキリとアボガドロ数が測定できるだろうと宣言して、誰かそれを実行して欲しいと投げかけています。
実際、当時まで観測されていたブラウン運動の観測経験から、微小粒子の半径を測定し、その変位の2乗の平均値を顕微鏡観測から求めることは十分可能だとEinstein自身も思っていたのでしょう。
[補足説明1]
上記文節は□囲み記事中のT.の効果についての説明です。
最初の式は粘性係数kの流体中を速度vで運動する半径Pの球体が受ける抵抗力Kを表す流体力学の“ストークスの法則”です。つまり
となります。これを用いると単位時間当たり単位断面積を通過する粒子数は
となります。
このとき注意して欲しいのですが、いま粒子の落下する方向が垂直下向きの場合には K=mg ですが、この場合の m は浮力の効果を差し引いた個々の粒子の質量と考えなければなりません。つまり次で出てくる μ とは異なります。
[補足説明2]
上記文節は□囲み記事中のU.の効果についての説明です。
分子の熱運動による粒子の無秩序な運動の結果による拡散現象は以下の拡散方程式を満足する。このとき時刻tの場所xにおける粒子密度をν(x,t)としています。
拡散方程式の導き方に付いては2.§4を、あるいは別稿「熱伝導方程式(拡散方程式)とその解法」1.を参照して下さい。これは一次元の“拡散方程式”ですが、これは以下の様に変形すると“粒子の濃度勾配にもとずく拡散過程を表す方程式”に変形できます。すなわち
となります。この式は“フィックの法則”と呼ばれることもあるようですが、この方程式をわざわざ“拡散方程式”から導いたのは、この式中の係数Dが拡散方程式のDと同じものである事を確認する為です。
実際のところ別稿「熱伝導方程式(拡散方程式)とその解法」を復習されれば解るように、最初に掲げた“拡散方程式”(熱伝導方程式)は最後に導かれた関係式(粒子数分布の勾配∝粒子の移動量)を組み合わせて導かれます。両方程式の関係は是非上記別稿でご確認下さい。
上記の方程式に付いて更に補足します。まず、最初の拡散方程式の解は§4.で説明していますように、時刻t=0にx=0の部分にDiracのδ関数的な分布をしている初期条件の場合、ν(x,t)の分布関数は時間と共に下図の様に変化していきます。
次に、この解曲線ν(x,t)に付いて補足します。
拡散方程式
の右辺の x の二階導関数 ∂2ν/∂x2 は、場所 x における解曲線の曲がり具合が 上に凸であるか凹であるか を示しています。また拡散方程式の左辺の t の一階導関数 ∂ν/∂t は場所 x の位置において νの大きさ が時間的に増大あるいは減少する 速度 を表しています。
上記の 解曲線ν(x,t) が場所的・時間的に変化する様子を検討されれば、“拡散方程式”が表している状況とこの解曲線の変化の様子が旨く対応していることがお解りになります。
そのとき、上記で求めた濃度勾配にもとずく拡散過程を表す“フィックの方程式”
が何を表しているかを、上記図の時刻t=27sのグラフ
を例にして説明しますと、図の任意の x座標 において、x軸に垂直な単位面積を単位時間に通過する粒子数(ν・v) が、その地点の粒子密度のx軸方向の変化勾配 ∂ν/∂x に比例する事を示しています。その比例定数が拡散係数−D に一致すると言うことです。
Einsteinが上記文節で述べているのは、その事の説明です。
[補足説明3]
ここも解りにくいところです。この場合も前項1.の場合と同様に、垂直に設置された細長い容器の中に気体分子を注ぎ入れた場合に、大気が積み重なる様子を説明する理論なのですが、Einsteinは前項とは違う別のメカニズムで説明できることに気付いたと言うことです。そこのところをもう少し解りやすく説明しますと、
今垂直に立てた長い円筒に水を見たし、その中にブラウン運動粒子程度の極微小な粒子を多数溶かします。その微少粒子の密度が水よりも大きい場合、粒子は円筒の底の方に貯まります。そのとき拡散運動の為に粒子はその数密度が薄い上方へ拡散して移動しようとします。そのとき同時に微粒子は溶媒である水よりも少し重いとしていますので重力の為に下方へ落下してゆきます。そのときストークスの定理により、ある一定速度で落下していくでしょう。
所で、時間的にしばらく放置しておくと水中に分散した微粒子はある指数関数的な分布で落ち着き平衡状態となります。Einsteinはそのような平衡状態が実現されたときには、拡散力による粒子の上方への拡散速度とストークスの定理で定まる粒子の沈降速度がつり合っていて、分子の流量が見かけ上ゼロとなり、大気分子の分布と同じ様にブラウン運動粒子の分布が決まるだろうと言っています。
【補足しますと、ここは田崎文献9.の3.2(p13)の様に、まずそこの(21)式を導いて、その左辺∂ρ/∂t=0の場合であると説明しなければならないのかも知れません。そうすれば、ここで“つり合い”と言っている事の意味が納得できます。実際、(21)式の左辺を 0 と置いた式が上記の (2)式 なのですから。】
しかし実際のところ、ストークスの定理は流体力学的な球体粒子に対して理論的・実験的に確かめられているとはいえ、それと比較して極微小な球体であるブラウン運動粒子に対しても成り立つ保証などはありません。このことには検証が必要です。
このようなこじつけが許されるのかなんとも言いがたいところですが、このこじつけに気付いたと言うことがEinsteinの大胆かつ独創的な所なのでしょう。
[補足説明1]
§3.の最初の[補足説明1]で強調した事ですが、Einsteinの本論文の独創性は拡散係数Dを測定可能な物理定数で表すために用いることができる二種類のメカニズムに気付いた所にあります。これらのメカニズムに気付く事で初めて拡散係数を測定可能な物理量で表すことができたのですから。
ただし、この二種類のメカニズムの論理は本当だろうかと思わせるものです。おそらく、Einsteinは§5で示す計算(当時解っていたアボガドロ数Nを用いてブラウン運動粒子の変位の平均値λxを計算)をして見て、その値λxが実際のブラウン運動の様子を定性的に説明することから、このメカニズムの正当性を確信したのでしょう。
しかし、実際のところ、この二つのメカニズム理論に含まれる仮定が、当時の物理学者にすんなり受け入れられたわけでは無いようです。その当たりの説明を、江沢文献7.§29.p282〜283 から引用しておきます。
この当たりの述懐については、Perrinの「Solvay会議報告」§32の 注4)なども参照されたし。
さらに1.(2)[補足説明1]と、そこで挙げた江沢文献7.第6章§23.などもご覧下さい。
上記の(第23節を見よ)はこちらを参照。
上記の説明と同じ事なのですが、米沢文献8.p63 からの引用です。
つまり、(1)式の正当性が問われるのですが、このことをPerrinは4.(3)〜(4)で説明する様にして検証した。
上記の“滲透圧の公式は、原子の存在とそれにまつわる等エネルギー則とを基盤にしている。”についてはファインマン文献11.第15章 を復習して下さい。
ここは、(2)式の正当性が問われるのですが、このことをPerrinは4.(2)で説明する様にして検証した。
江沢文献や米沢文献で言及されているペランとその協力者達の実験の詳細は第4章で紹介します。
[補足説明1]
関数φ(Δ)の意味は解りにくいが、個々の拡散粒子が時間間隔τ 経ったときにτ=0の時の位置に対して変異 Δ の位置にいる“確率の分布関数”です。もちろんτ=0の時には拡散粒子はΔ=0の位置にディラックのδ関数的な確率分布関数で分布しているとしています。
[補足説明2]
上記の“拡散方程式”(1)式は、フーリエ以来よく知られたものです。フーリエは熱が広がってゆく有様をしめす熱伝導方程式として導きその解法を示したのですが、粒子数密度関数が時間と共に広がってゆく様子を表すいわゆる拡散現象の拡散方程式とみなすこともできます。
だから§4.(1)式は物理学者には良く知られた方程式です。そのため§4の議論が特に独創的と言うわけでは有りません。アインシュシタインが独創的だったのは、それまで熱量の分布の拡散や物質粒子の分布の拡散をあらわす方程式としてしか、認識されていなかった(1)式を、ただ1個のブランウ運動粒子の存在確率密度分布の時間的な変化を表す方程式だとみなした所にあります。上記の議論もその様に見なせる事を理由づける為の議論でしかありません。ある意味こじつけの説明です。
ブラウン運動粒子の“存在確率密度分布関数”を、通常の拡散方程式(熱伝導方程式)の“粒子密度数分布関数”や、“熱量分布関数”と同じ様に見なして、確率分布関数の勾配が確率密度の移動量に比例すると考えて、通常の導き方で(1)式を導けば良いことです。この当たりは別稿「熱伝導方程式(拡散方程式)とその解法」を復習されてください。
もちろんブラウン運動する懸濁粒子の運動が拡散現象によって粒子が変位していくメカニズムと同じである。あるいは、その移動位置の確率密度分布関数が、時刻t=0に於いて、x=0の位置に(Diracのδ関数の様に)集中して存在していた熱量が熱伝導現象により、その熱量の分布が周囲に広がってゆく現象と同じであると言うことに気付く事は重要です。
Einsteinはその事を明確に理解していたと言うことです。つまり確率論的過程である 《粒子の平均2乗変位》 が実際の熱量の分布や物質粒子の分布の拡散過程を表す 《拡散係数D》 で表されると言うことが最重要です。
だからこそ§4のブラウン運動に関係する拡散係数を実物の拡散過程(熱平衡状態ではありますが)の拡散係数表現で置き換える事ができるのです。
そのとき、注意しなければ成らないのは、拡散方程式が想定する粒子密度分布の変化や、熱伝導方程式が想定する熱エネルギー分布の変化では無くて、ブラウン運動では、ただ一つの粒子の存在位置の確率分布関数が拡散方程式(熱伝導方程式)に従うと言うことです【この当たりについては、吉田文献5.のp120〜123を参照して下さい】。
このとき問題となるのは、【その様に読み替えたときの拡散係数が§3で出てきた力学的熱平衡状態における拡散方程式の拡散係数Dと全く同じものであると見なせるのかどうか?】と言うところに有ります。このことは検証が必要です。
検証理論の発展に付いては1.(3)[補足説明1]を参照。Einsteinの本論文では、その検証がなされていないのですが、これが、1.(2)[補足説明2]の“アインシュタインの理論の成功の秘密は、この問題点が回避されていた点にあった” の意味することです。
[補足説明3]
上式が“拡散方程式”§4.(1)式の解である事は代入して見れば直ちに確かめられます。
§4.(1)式の左辺は
となり、右辺は
となるので、確かに方程式§4.(1)式を満たしている。
上記の解はt=0の時、すべての粒子がx=0の1点に集中して存在しているという初期条件の元で解かれた、時刻tに於ける粒子密度を表す解ですが、1個の粒子がブラウン運動でふらついて位置を変える現象の場合、その存在する場所の確率密度分布が時間と共に変化していく様子を表しているとみなすことができます。この関数の具体的な変化の様子は§3.2.でグラフ表示していますので参照して下さい。
“拡散方程式”の解法に付いては別稿「熱伝導方程式(拡散方程式)とその解法」を参照されて下さい。また、解の初期状態として仮定される“Diracのδ関数”に付いては別稿「Diracのδ関数(impulse function)」をご覧下さい。
[補足説明4]
上記の関係式を証明します。
ここで用いた 積分公式 は、別稿「マックスウェルの速度分布則1(1860年)」2.(2)を復習されたし。
[補足説明5]
上記の3次元的な合成変位の2乗平均値の表現式の証明は下記の通りです。
上記で求めた関係式は1次元当たりのものですが、次元が増えた場合
の様に考えれば良い。ただし、以下の積分公式を用いた。
ここの関係式のもう少し簡単な説明は別稿「音速の理論2(分子速度と比熱比)」1.(1)をご覧下さい。ここは、江沢文献7.6章§22のp235 でも説明されていますが、この考え方は重要です。
[補足説明6]
§4.の説明は、懸濁粒子の変位の確率分布は、拡散方程式で決まるだろうと言うことは十分考えられる事だと言っている。実際、フーリエが“熱伝導方程式”(拡散方程式)の考え方を提出し、その解法についても詳細な考察を進めた事は、物理学を学ぶ人なら承知していました。実際フーリエの著書『熱の解析的理論』が発刊されたのは1822年ですから。
そのため、ブラウン運動する懸濁粒子存在確率分布関数が、“拡散方程式”が示す多数の粒子の粒子密度の分布関数と同じになると気付いていた人はいたかも知れません。
Einsteinが大胆だったのは、迷うこと無くそうだと言い切ったことです。ただ一つのブラウン運動粒子の存在確率密度分布の時間的な変化を表す関数(懸濁粒子のある時刻 t に生じている変位の頻度分布)
は拡散方程式の解として直ちに導く事ができるとした。もちろんこの解は、時刻t=0に於いてx=0の点に懸濁粒子が“Diracのδ関数的な分布”で存在しているという初期条件の下での時刻tでの(1個の)ブラウン運動粒子の存在確立分布を表す関数の解です。
この解が解れば、上記で説明されている様に、直ちに、x方向の変位の2乗の相加平均の平方根は
と計算できます。そしてこの量λxは実験によって測定することができます。
そのため、実験・観察によるλxの測定値から逆にこの問題の現象(ブラウン運動)の拡散係数Dを求める事ができます。
しかし、このような段階のレベルに留まっていたのでは、何等新しい事実を予言することはできません。問題は上式中に出てくる“拡散係数”D を、【測定可能な物理量の関数として表す事】ができないのだろうかと言うところに有ります。
Einsteinが偉大だったのは、このブラウン運動の現象を説明する拡散方程式の拡散係数Dを測定可能な物理量に関係付けるメカニズムが存在する事に気付いたことです。それが§3.で展開されている説明です。
なぜ、このメカニズムが重要なのかと言いますと、このメカニズムは原子レベルの大きさや数が絡む現象とマクロの現象との中間状態での現象だからです。
別稿「アボガドロ数の測定法」導入、“アボガドロ数測定の核心”で説明した様に
『アボガドロ数が数えられるということは、目に見えないほど小さくて軽い原子や分子の一粒一粒の大きさや、質量が測定できることと同義です。だからアボガドロ数の測定法には様々ありますが、どの測定法でもその測定理論のどこかで原子レベルの大きさ、質量、電気素量また原子数を直接、または間接的に測定する事が必要です。
すなわち、アボガドロ数を求めるには、原子がいかに小さくても一つ一つの原子が引きおこす微細な現象をどこかの段階でとらえることが必要です。しかし原子や分子はあまりにも小さく、あまりにも軽い。だから原子レベルの微少量を直接測定するのは不可能です。不可能なのに、特別な工夫をすることにより、測定可能な量で代用することができる。そこに各アボガドロ数測定法の独創性がある。』
と言うことです。
まさに、ブラウン運動粒子は、原子レベルとマクロレベルを繋ぐ接続例の一つです。その接続物の本質は、その大きさ(1μm=1/1000mm程度)が正確に測定できており、粒の大きさがそろった、多量の球状物体を作り出すことができるかどうかです。それが示すブラウン運動現象は、2.§3.3.[補足説明1]で説明した様に、原子・分子よりもはるかに大きく、流体力学で扱うマクロな物体よりもはるかに小さい、中間の接続領域の物体が示す現象です。
[補足説明1]
Einsteinが本論文を書いた1905年当時には、 ロシュミットの測定法(1865年) と プランクの測定法(1900年) によって、アボガドロ数Nが 6×1023 程度になる事は知られていました(上記以外の測定法が発見・発展するのは1908年以降です)。
そのため、当時解っていたアボガドロ数N を用いれば λx の大きさを見積もれます。もちろん懸濁粒子の大きさとしては当時知られていたブラウン運動現象を示す代表的な大きさを仮定します。そうすると、
となります。そして、これは当時実際に観測されているブラウン運動の様子を定性的に説明するようだと示唆しています。
補足しますと、17℃ における水の粘性係数の値ですが、今日の値 k=1.08×10-3Pa・sあるいはkg/m・s(17℃での値) からいくと、上記本文中の 1.35×10-2g/cm・s は1.08×10-3kg/m・s となるが、Einsteinは cgs単位系 を用いているので kg/m・s=10×g/cm・s のために×10-2 となっています。
上記の数値計算例に付いては4.(5)1.[補足説明1-1]の解説もご覧下さい。おそらくEinstein自身は当時ブラウン運動に付いてかなり的確な情報を持っていて、実際のブラウン運動の変位量と一致する値が得られたことから、§3と§4で展開したブラウン運動理論の正しさは確信していたのでしょう。その確信が、これに続く文節の表現になったのだと思います。
更に補足しますと、1906年にブラウン運動についての第2論文を記した時、このように記しています。この文の下線部の記述は興味深い。この記述からは1905年のブラウン運動の第1論文を記述した時点でギイ(Gouy)教授達が明らかにしていたブラウン運動に付いての性質1.〜7.を知っていたかどうかは判別できませんが、わざわざこの注意書きを記したのは、1905年の第1論文を書くときには、Einstein自身もすでにその詳細を知っていた事をほのめかすためだったのかもしれません。。
もし、1905年の第1論文を執筆した時点で知っていたら、2.§5.で求めたλxの最終的な式表現 は ブラウン運動に付いての性質1.〜7. の3.〜7.の性質と極めて良くマッチするのですから、その事からも自らが得た結論に自信を深めたかもしれません。
いずれにしても、この計算値を見たPerrinは、旨く実験を行えば、Einsteinの示唆する数値を確認できるかも知れないと思ったのでしょう。当時のペランはコロイド溶液(乳濁液)研究の専門家でしたから、Einsteinの提案する観測が実現できる自信はあったことでしょう。
この数値が確認できれば、次に述べられている様に、逆に“アボガドロ数を求める新たなる方法”が確立することになる。もし、そうして得られるアボガドロ数が当時他の方法で知られていたアボガドロ数と一致すればアインシュタインの理論の正しさが同時に検証できます。
[補足説明2]
今日のアボガドロ数(ロシュミット数)Nの値は6.02×1023個/molですから、Perrin達は、20%程度以下の誤差でアボガドロ数を得ることができたと言える。Perrinがこの値を求めた1909年当時には他の方法に依るアボガドロ数測定法が様々実施されていたが、他の方法の値とも良い一致を示した。
ペランの論文
Annales de Chimie et de Physique 18, p1〜114, 1909年
の英語抄訳が下記URLに在ります。
http://web.lemoyne.edu/~giunta/perrin.html
また、英語全訳版のpdfファイルはこちらに在ります。これは100ページ近い大部な論文なので日本語訳はありません。
また、ペランは第1回ソルヴェイ会議(1911年)で“分子の実在性の証明”のテーマで上記論文の内容を報告しています。その中で様々なアボガドロ数の測定法についても報告しています。
この日本語訳が
物理科学の古典8「第1回ソルベイ会議報告」東海大学出版会(1983年刊)
にあります。これは別稿で引用していますのでご覧下さい。ただし、これも100ページを越える大部なものです。
この1906年論文の上記下線部の記述は興味深い。この記述からは1905年のブラウン運動の第1論文を記述した時点でギイ(Gouy)教授達が明らかにしていたブラウン運動に付いての性質1.〜7.を知っていたかどうかは判別できませんが、わざわざこの注意書きを記したと言うことは、Einsteinは1905年の段階ですでに知っていたのではないでしょうか?
もし、1905年の第1論文を執筆した時点で知っていたら、そこの2.§5.で求まったλxの最終的な式表現 は ブラウン運動に付いての性質1.〜7. の3.〜7.の性質と極めて良くマッチするのですから、その事からも自らが得た結論に自信を深めたことでしょう。
[補足説明1]
Einsteinは明記していませんが、上記の式はアボガドロ数測定法として新しい方法を提案するものです。
実際に、独創的な実験・観測法を考えてこの式を用いてアボガドロ数を求めたのはPerrinです。その事に付いては 2.§3.1.[補足説明1]の後半部 と 4.(5)3.(1) をご覧下さい。
[補足説明1]
Einsteinは明記していませんが、上記の式はアボガドロ数測定法として新しい方法を提案するものです。
実際に、独創的な実験・観測法を考えてこの式を用いてアボガドロ数を求めたのはPerrinたちです。その事に付いては 2.§3.1.[補足説明1]の後半部 と 4.(5)3.(3) をご覧下さい。
以下は、米沢冨美子著「物理学OnePoint 27 ブラウン運動」共立出版(1986年刊)第5章より引用した。ただし、少し改変しています。ここは別稿で引用しているPerrinのSolvay会議報告(1911年)を別ウィンドウで開かれて、そこのV〜X章と対比しながら読まれる事を勧めます。
[補足説明]
懸濁粒子の密度はブラウン運動理論の最終的な式
の中には関係してきませんが、2.§3の議論の正当性を確かめるための実験である4.(2)や4.(3)の実験解析には必要であることに注意されたし。
[補足説明1]
ここは、何を意図しているのか解りにくいかも知れませんが、2.§3.2.[補足説明3]で説明した様に、Einsteinが用いた(2)式の正当性を検証しているのです。つまり、ストークスの法則をブラウン運動レベルの粒子に対して利用することの正当性の検証です。
(2)式はEinsteinのブラウン運動理論を支える二つの重要な関係式【(1)式と(2)式】の内の一つなのですから、このPerrinの検証実験は重要です。
ただしPerrinも注意している様に、このことが言えるのは液体中のブラウン粒子に対してであって、気体中のブラウン粒子の大きさに対してはもはや成り立ちません。PerrinのSolvey会議報告 U§16.を参照。
このことは、2.§3.1.[補足説明1]で説明した様に、Einsteinが用いた(1)式の正当性を検証するために必要です。
上記赤囲み記事の意味に付いては、江沢文献§23.1.を復習されたし。
(5.6b)式については、別稿 ファインマン文献11.第15章 などを復習されて下さい。
[ペランの説明]
上記の“重いものほど下に集まっているはずである。”は重要です。上記の気体分子よりも1000倍も大きい(重さでは109倍重い)ブラウン運動微粒子になり、しかも気体媒質中ではなく液体媒質中に分散したブラウン粒子になると、その分布は次節(4)で説明する様に、顕微鏡のブレパラートの厚さレベルになります。
そのため、焦点深度の浅い顕微鏡を用いれば、粒子の分布数の高度による変化を数える事ができます。そのとき鍵になるのは大きさ(重さ)と形のそろった安定的な(しかもその大きさと重さが測定できる)微粒子を如何にして大量に作るかです。そこにPerrinの測定実験の最大の独創性があります。
[補足説明1]
ここは、何を意図しているのか解りにくいかも知れませんが、2.§3.1.でEinsteintが求めた微分方程式(1)式あるいは(1’)式の解を求めているのです。そこの微分方程式(1’)式が上記説明の(5.2)式に相当します。
このことは、別稿「二次元・非圧縮性・完全流体の力学」3.(5)4.で求めた、等温大気の気圧高度分布を求める議論と同じですから、そこの議論などを参照しながらお読み下さい。そこでは “エネルギー保存則” を用いて導いており、2.§3.1.[補足説明1]で説明した “エネルギー等分配則” に通じるやり方ですから、その意味では解りやすいと思います。
また、別稿で引用している 江沢文献7.第6章§23. と ファインマン文献11.第15章§1.[補足説明1]、[補足説明2] もご覧下さい。
さらに、補足しますと上記(5.2)式あるいは(1’)式は別稿で引用している江沢文献7.第4章§16.の意味で理解して下さい。
[補足説明1]
上記(5.7)式について補足します。
液体の密度ρ0よりもブラウン粒子の密度ρの方が小さい場合には、ブラウン粒子は液体中を上方に浮き上がります。その場合には、ブラウン粒子は液体表面付近に沢山存在し、深さ方向にその数密度が指数関数的に減少することになります。ちょうど図5−5を上下逆にした状況が実現します。
実際の所、4.(5)3.[測定の詳細]で説明する様に、ペラン達は液体密度よりも軽いブラウン粒子に付いても測定実験を行って、同様な結果を得ています。
[補足説明2]
上記2例の測定値に関しては別稿「Perrinのソルヴェイ会議報告(1911年)」V.§20.を参照されたし。
[補足説明3]
ここも、何を意図しているのか解りにくいかも知れませんが、2.§3.1.[補足説明1]で説明した様に、Einsteinが用いた(1’)式あるいは(1)式の正当性を検証しているのです。
上記の実験観察が(1’)式あるいは(1)式の検証になることは、別ページで引用している江沢文献7.第6章§23. と、ファインマン文献11.第15章§1.[補足説明1]、[補足説明2] をご覧下さい。
(1)式はEinsteinのブラウン運動理論を支える二つの重要な関係式【(1)式と(2)式】の内の一つなのですから、このPerrinの実験は重要です。
さらに補足しますと、このようなブラウン粒子の数密度の鉛直方向の分布の様子を測定することによって、“アボガドロ数”NAを算出することができます。そのことに付いては4.(5)3.(1)で説明されています。
これは、ペランがその大きさがそろった球形微粒子を大量に作る方法を確立するとともに、焦点深度の浅い顕微鏡観察を利用することで初めて可能になった、“アボガドロ数”算出法として全く新しいものです。そのため、これはある意味で独創的な業績でして、実際ペランの業績の中で最も高い評価を受けています。
[補足説明1-1]
上記実験に付いては、別稿「Perrinのソルヴェイ会議報告(1911年)」X.§31.をご覧下さい。
上の図5ー6は文献3.§30(英訳版ではp64)で紹介されている超有名な図です。以下は、この図に付いての補足説明です。
まず注意して欲しい事は、この図は30秒ごとの粒子の位置をプロットしたものですが、図5-6のように飛び飛びに動いているわけではありません。つまり現実のブラウン運動粒子の移動の様子を表すものではありません。
実際の運動は下図左側の様に、時間的には連続的にゴニョゴニョ、モゾモゾと動いていきます。
それを一定の時間間隔で区切ってその位置をプロットした右側の図に相当するのが図5ー6です。実際に変位の2乗の平均値を計算するためにその様に時間的に区切ったデータを採取したと言うことです。そのことは以下の[補足説明1-2]と[補足説明1-3]をご覧になれば納得できます。
さらに補足しますと、偶然なのですが、図5ー6の折れ線の長さの平均値がEinsteinが1905年論文2.§5.[補足説明1]で見積もった λx の値つまり √<x2> に相当します。
もちろんそこでは 30秒 ではなく 1分=60秒 とし、球の半径は 0.53μm ではなくて 0.5μm とし、2次元ではなく1次元での計算値ですから、完全に対応するわけではないのですが、その事を考慮した補正をすると、Einsteinの見積値との一致がとても良い事に注目して下さい。
[補足説明1-2]
上記の “多数の粒子について測定すると√tの関数になる” とは、下図の左側のグラフの多数を平均化すると右側のグラフになるという意味です。
このことに付いて更に補足しますと、江沢文献7.§29.p284〜285で紹介されている様に、ペランはアインシュタインのブラウン運動理論の検証を √<x2>∝√t を確認することから始めたのです。以下はその紹介文です。
このとき用いるデータは図5ー6に相当するデータです。もちろんそのとき、変位量をX方向に射影した成分を変位のX(t)成分として計測します。
具体的な測定データは文献3.§29(p59〜61)で紹介されていますので論文pdfファイルを開かれてご確認下さい。それをグラフ化したものが下図です。
[補足説明1-3]
ペランは図5ー6のデータを用いてブラウン運動粒子の“変位の分布関数”を求めます。その事の説明を江沢文献7.§29.p285〜287から引用しておきます。
ここで紹介されている数値の元データは 文献3.§30(p62〜65) や 別稿「PerrinのSolvay会議報告」X.§31.の前半 に記されていますので参照されて下さい。
[補足説明2]
上記の実験に付いては別稿「Perrinのソルヴェイ会議報告(1911年)」V.§37.をご覧下さい。
上記アインシュタインの式(4.11a)とは
の事です。
また、下記文節の分布関数(4.10)式とは
の事です。
これらはいずれも、アインシュタインが論文中の2.§4に於いて“拡散方程式”(1)式の解として導いていたものです。
また下記の実験に付いては別稿「Perrinのソルヴェイ会議報告(1911年)」V.§31.の後半の実験をご覧下さい。ただし、そこでは2次元のデータとしてカウントされていますので、x軸に射影した変位の1次元データとしてカウントし直す必要があります。
[補足説明3]
2.§4.[補足説明2]でも注意しましたように、アインシュタインに取って、ブラウン運動粒子の時刻tでの存在確率の分布関数が拡散方程式の解で表されると言うことは確信していたことですから、実際の実験結果に依ってその事が裏付けられたからと言っても、Einsteinにとってその事自体の重要度は低かったと思います。
むしろ、次項4.(5)2.[補足説明2]で説明する意味に於いて、非平衡状態である拡散による統計的描像が実験的に裏付けられることの方が重要です。
[補足説明1]
上記(5.8)式と、下記Seddigの実験(1908年)に付いては、別稿「Perrinのソルヴェイ会議報告(1911年)」X.§32.をご覧下さい。
[補足説明2]
ここの意味は解りにくい所なので補足します。
Einsteinの1905年論文2.§3.の拡散係数は、そこをご覧頂ければ解るように、力学的に導出した拡散係数は、流体中で熱力学的に平衡状態にある多数のブラウン粒子の分布状況に対して拡散方程式を適用して求めた拡散係数の表現式です。
一方、2.§4.の拡散係数は、ただ一つのブラウン粒子が拡散方程式に従って液体中で運動していく非平衡状態の現象におけるただ一個の粒子の存在確率分布を説明する意味での拡散係数です。
両方とも同じ形の拡散方程式に従う場合の同じ拡散係数だからといって、両者が等価であるという保証はありません。そのとき、Perrinはセディグの実験によってその事が確かめられると考えた。
なぜなら拡散係数が粘性係数や絶対温度の関数として表されるというのは力学的な考察から導かれたものですが、その場合には上記の関係式が成り立つはずです。ならばブラウン粒子の存在確率分布を表す解に付いても、それが成り立つ事を確かめれば上記の等価性が検証できるだろうと言うことです
(1)高さごとの分配による方法 【Einstein3.§2】
別稿で引用しているPerrinのSolvay会議報告のV§21〜§23をご覧下さい。実際、Perrinの業績で最も高い評価を受けているのは、このことにもとずくアボガドロ数の測定実験です。このことはノーベル委員会の【受賞の言葉】でご確認下さい。
ただし、この方法に依るアボガドロ数測定法を最初に提案したのはEinsteinの1906年論文です。しかし、Perrinの独創的な研究法が知られていない段階で、その論文の記述からその事を読み取るのは難しい。
(2)粒子の変位の大きさによる方法 【Einstein2.§5】
上記(4.12)、(5.10)式はEinsteinの1905年論文2.§5の式
の事です。そこの記号がλx2→σ2、k→η、a→Pに対応します。
(3)粒子の回転の大きさによる方法 【Einstein3.§4】
アインシュタインは、1906年の論文で、粒子の“回転のブラウン運動”によっても“アボガドロ数”NAが決定できる事を示したのですが、実のところ回転のブラウン運動については実験的な測定が可能であるとは思っていなかったようです。
1909年11月11日にアインシュシタインはペランに手紙を書き『回転を測定できるとは思いませんでした。その運動はあまりにも小さすぎて、測定できないと思っていたのです』と述べて、Perrinたちが測定に成功した事に驚いています。(文献2.のp202参照)
[測定の詳細] PerrinのSolvay会議報告 X.§38.を参照されたし。
[補足説明1]
ノーベル委員会の【受賞の言葉】をお読みになると解るように、上記3種類の全く新しいアボガドロ数測定法の確立と、実際に測定を実施したことが、ノーベル賞の対象となったと言って良いでしょう。
私どもの感想も、米沢氏が文献8.§5ー7に書かれている、『ブラウン運動の理論というのはまさに“アインシュタインとペランの連携プレイ”だった!』と同じです。
私は、今までにブラウン運動を説明する多くの解説書を読みました。しかしどれを読んでも今一つで、ブラウン運動の理論とペランの実験との関係が良く解らなかったのです。それが、このたび《アインシュタインの原論文》と《ペランのSolvay会議報告》を読んでみて、ペランの業績の意味が良く解りました。
それは、第4章で引用した米沢氏によるペラン業績紹介文の中に、私どもが追記した(赤二重線で囲む) 4.(2)[補足説明1] 、 4.(4)[補足説明3] 、 4.(5)2.[補足説明2] に関係します。そしてさらに、ノーベル委員会の【受賞の言葉】の内容に関係します。
すなわち、それらの[補足説明]に記しましたように、ペランの検証実験の成功が無ければ、アインシュタインのブラウン運動の理論は砂上の楼閣です。ペランの検証実験があって初めて、アインシュタインの用いた大胆な仮説が確認されたと言って良い。
その事を逆に捉えれば、それほどアインシュタインのブラウン運動理論は革新的だったと言うことです。それ以後の非平衡統計力学理論の進むべき方向を指し示したものだと言われるのも宜なるかなです。
つまり、ペランの偉大な検証実験があって初めて、アインシュタインの大胆な仮説が偉大な理論と言われることになった。その事が、このページを作ってみて良く解りました。
それらに付け加えて以下の事柄に関係します。
ちなみに、Jean Perrin がノーベル賞を受賞するのは1926年です。Einsteinは1921年に光量子仮説の業績ですでにノーベル賞を受賞していますが、ペランの業績はその多くをアインシュタインのブラウン運動理論に基づいており、それの検証実験の意味合いがあるのに何故アインシュタインが共同受賞に値しないのかも疑問でしたが、ノーベル賞委員会の推薦理由書を読んでペランの業績の立ち位置が良く解りました。すなわち、ペランの業績はノーベル委員会の【受賞の言葉】の通りです。これは別稿で引用していますので、是非ご覧ください。