マクスウェルの速度分布則は熱・統計力学を学ぶときに必須のトピックスです。しかし、教科書によって様々なやり方で紹介されており、何が本質か良く解りません。マクスウェル自身は、この法則を色々な方法で繰り返し証明していますが、その繰り返しの過程の中に統計力学が発展していく様子が現れているように思います。
この稿は1860年に発表された気体分子運動論に関する有名な論文
J. C. Maxwell, “Illustrations of the Dynamical Theory of Gases”, Phil.
Mag., (4)vol.19, p19〜32(PartT), vol.20, p21〜33(PartU), p33〜37(PartV), 1860年;
Scientific Papers, Vol. 1, p377〜409 (Dover pub.)
の第T部“完全弾性球の運動と衝突について”を解りやすく紹介するものです。ただし、第U部 と 第V部 については、引用のみで中身の解説はしていません。
節題目の( )内の記載は、マクスウェル論文中の対応する命題番号です。
視力の衰えた方のために[図・数式の拡大版]を作りましたのでご利用下さい。
“導入”
マクスウェルは、ベルヌーイ、ヘラパス、ジュール、クレーニヒ、クラウジウスなどの先人の業績を参考にして、気体分子運動論における画期的な考察を1859年にアバディーンで開催された大英学術協会の会合で発表します。それを印刷・公表したのが、上記論文です。
そこで核心となる考え方は、クラウジウスが示した[気体粒子間の平均距離λ]、[衝突時の二粒子間距離ρ(本稿のs)]と[平均自由行程l ]の間に成り立つ関係式です。当時、これらの距離のどれも確かめる手段は無かったのですが、マクスウェルは、これらの量は気体の【内部摩擦】や【熱伝導】や【拡散現象】に深く関係するはずだと考えます。
そのため、もし《粘性係数》・《熱伝導係数》・《拡散係数》などの量と[平均自由行程l ]を結び付けることができれば、“平均自由行程”の具体的な値が導けるに違いないと推測します。これは偉大な着想で、その値はやがて原子・分子の大きさや数を見積もる事を可能にします(このことについては、別稿「アボガドロ数の測定法」4.特に[補足説明1]を参照)。
その着想を実行する過程で、彼は有名な“マクスウェルの速度分布則”を導きます。これも偉大な発見です。
ここで引用している第T部で《粘性係数》と[平均自由行程l ]の関係を論ています。《熱伝導係数》と[平均自由行程l ]の関係、及び《拡散係数》と[平均自由行程l ]の関係は第U部で論じています。また、第V部では球形でない分子の並進運動と回転運動の関係を論じています。ただし、本稿では第U部、第V部は引用のみで解説はしていません。
平均自由行程は気体分子の衝突と密接に関係します。そのとき、衝突の状況により分子の速度は衝突の前後で変化します。最初全ての分子の速さが一定だったとしても衝突の為に分子の速度分布が変わってしまいます。つまり平均よりも大きい速さや小さい速さの分子が生じる。方向にについても同様です。
そのとき時間が経てば、速度の分布はある一定の分布に近づくであろう。それはどのような分布であろうか。マクスウェルはこの分布を決めるために、衝突によってどのようなことが生じるかを考察します。
A0O、B0Oが衝突前の分子AとBの速度を表す。分子間の衝突が無ければ、O点を通過した1秒後にそれらはAとBの位置に居る。線分A0B0を質量の逆数で内分する点をG0、および線分AB上の同様な点を点Gとすると、それらは二分子の重心を表す。O点で衝突が起こったとしても、運動量保存則により、重心の移動は衝突に影響されることなくG0→O→Gと移動していく。
下図2は、重心Gと共に動いていく座標系(重心系と呼ぶ)から見た、O点における衝突の瞬間の分子AとBの位置関係を表している。重心系から見ているので、分子AとBは質量に逆比例する速度で、互いに逆方向から近づき衝突する。衝突時の二球の中心を結ぶ直線(今後中心線と呼ぶ)をNとする。このとき、中心線Nが上図1の三角形OA0B0が構成する面内に在るとは限らないことに注意すべきです。また中心線に垂直な衝突面がOA0B0面に垂直であるわけではない。 つまり下図2の速度ベクトルBQとAPが両方とも同じ紙面上にあるのではなく、紙面の上下にずれてすれ違っている場合もあるということです。ただしその場合も速度ベクトルBQとAPが平行になることに変わりはない。
そのとき運動量保存則から衝突に伴って、中心線に平行(衝突面に垂直)な速度成分は厳密に逆転し、中心線に垂直(衝突面に平行)な速度成分は変化を受けない。これらの速度を再び合成すれば、重心系からみた各球の速度は衝突の前後で同じ大きさであり、衝突前後の方向は中心線を含む平面内にあり中心線に対して同じ角度をなすことが解る。その様子を下図2は示している。
図2に示されている速度ベクトルPaとQbが図1の速度ベクトルGaとGbであるが、これらは三角形OAB(あるいはOA0B0)が作る平面(紙面)上にあるとは限らないことに注意。その場合でも∠NGA=∠NGa、∠NGB=∠NGb、GA=Ga、GB=Gbとなることは確かである。静止系から見た速度ベクトルは、これらの速度ベクトルとベクトルOA、OBを合成したOaとObとなる。
衝突後の相対速度ベクトルの方向確率を見るために上図2を下図3の様に書き直してみる。
図から明らかなように、衝突が起こるためには一方の球の運動の進路は他の球の中心から半径sの円盤面内を通過しなければならない。sは二つの球の半径の和です。この円の内部では全ての位置が同等に可能であるから、中心からrとr+drの間の円環を通過する確率は、半径πs2の円内を通過する確率を1とすると、
となる。
そのとき、半径1の球上に於いて反跳された極角度がφとφ+dφの間にある球帯の面積は2π・sinφ・dφとなる。
図4では単位球の中心OがQやP点と異なっているが、単位球の半径1に比べてQPの距離は非常に小さいので、点Q,P,Oは全て同一の点に収束しているとみなせる。
このとき、この球帯内を通過して反跳される確率が(1/2)sinφ・dφであった。そのため、もしωを半径1の球面上の任意の小さな面積とすると、反跳の方向がこの面積ωを通過する確率は
となる。ところで、半径1の球面の全面積は4πであるから、上記の結論は衝突によって反跳するときに向かう方向は全方向に等確率で起こることを示している。
前節の考察を受けて、マクスウェルは非常に多数の同等の球状粒子が完全弾性容器の中で運動するならば、粒子の運動は方向に関してはあらゆる方向に均一に分布し、速度の大きさにおいてもある範囲内にある粒子数の分布は定まったものになるだろうと考えます。
そして、分子の三方向の速度分布は、互いの方向に関して独立であると仮定して速度分布則を導きます。
いま、N個の分子のうち速度成分が
の間にあるものの数を
とする。速度分布はどの方向についても全く同等であるから、F(vx,vy,vz)は速度ベクトルvの大きさ(従ってv2)だけに依存するはずで、F(v2)と書ける。三方向の速度分布が互いに独立であると仮定したので、x方向の速度成分がvxとvx+dvxの間にある分子の数はf(vx)と書けるはずです。y方向、z方向についても同様であるから
が満足されるはずです。
ここで
として、前式でvy=0、vz=0とおくと
となる。これらを、前式に代入すると、左辺の関数も含めて全てが同一の関数型となる。すなわち
となる。この式の両辺をηで一度偏微分して、その結果の式でη=ζ=0と置くと
となる。
この微分方程式は簡単にとけて、積分定数をCとすれぱ
となる。これはN個の分子のうち速度成分がvx,vy,vzとvx+dvx,vy+dvy,vz+dvzの間にある分子数を表す分布関数です。
定数Aとαは分子全体の数がN個であることや、エネルギー(運動エネルギー)がEである事から決まるのですが、幾つか注意すべき事があります。
[補足説明1]
この論文で、マクスウェルは、分子の三方向の速度分布は、互いの方向に関して独立であると仮定して速度分布則を導きます。得られた結論は正しいものだったのですが、これを導く過程は手品を見るようで、そこで用いられている仮定が正しいのか疑問が残ります。そのため彼は後に異なった方法でこの分布則を繰り返し証明しています。
別稿 「プランクの熱輻射法則(1900年)」9.(1) や 戸田盛和著「物理入門コース7 熱・統計力学」§5-5 にて、統計理論に“ラグランジュの未定乗数法”を適用する方法を紹介していますのでご覧下さい。
[補足説明2]
Maxwellは、この論文の段階では、式中の定数αについては何も述べていません。しかし、やがてT.6.で説明する考察を展開してαを 絶対温度T、ボルツマン定数kB、粒子質量m に結び付けることに成功します。それは
というものです。
さらに補足しますと、式中の定数Aは、T.2.(3)で説明されている様に、全ての分子数がNであることを用いると定数Aを定数αと全粒子数Nで表現できますので、上記αを代入すると
となります。
以下の議論で必要な場合には、上記の値を適宜利用して下さい。
後の議論で用いる積分公式です。
この公式を証明する下記説明はこちらから引用した。
この巧妙な方法については別稿「重積分の変数変換とヤコビアン(リーマン空間における多重積分)」2.(4) も参照。
[補足説明1]
上記の公式を一般的に表現すると以下のようになる。
nが偶数の場合
となります。同様にして
nが奇数の場合
となります。
さらに補足しますと、nが偶数の場合、 n を 2n に置き換えて下記の様な表現もできます。
この当たりの証明については別稿「積分公式1」も参照されたし。
全ての分子数がNであることを用いると定数Aを定数αと全粒子数Nで表現できます。つまり
となる。
マクスウェルは、定数αを全エネルギーEと関係づけることや絶対温度Tと結びつける事はしていません。定数αを速度分布則式に残したままでそれ以降の議論を進めています。
一般の統計力学の教科書ではαを全エネルギーEとの関係で定めているのですが、ここではマクスウェルに従ってαをそのままにして話を進めます。ただし、マクスウェルの論文ではここでのαを1/α2と置いていますので、比較するときに注意してください。
その場合“速度分布則”は
となる。これはN個の分子のうち速度成分が(vx,vy,vz)と(vx+dvx,vy+dvy,vz+dvz)の間にある分子の数を表しています。
[補足説明]
ここで上式を
と表して、vxが関係する部分のグラフを描いてみる。
0℃に於ける窒素ガスについては下図の様になる。窒素ガスについてのα値は、5.(2)で説明する関係式を用いて、窒素ガスの0℃に於けるボイル・マリオットの法則の比例定数をから求めることができる。
分子速度の方向は問題にしないで、速さがvとv+dvの間にある分子数を求める。そのためにはF(vx,vy,vz)dvxdvydvzをvとv+dvの間にある部分についてvx,vy,vzの積分をすればよい。
上図の球殻の体積は4πv2dvであるから、この球殻に含まれる分子数は
となる。
この関数のグラフは下図のようになる。F(v)が極大を取るvの値はdF(v)/dv=0より求まる。
実在気体の具体的な分布グラフは6.(3)を参照されたし。
[補足説明1]
上式を用いると分子の平均の速さ<v>は
となる。
[補足説明2]
同様にして速度の二乗平均値<v2>は
となる。
ところで
となる。
さらに、[速度の平均値]は[速度の二乗平均値の平方根]の
倍となり、両者は異なることが解る。
[補足説明3]
一方向に付いての関係式を補足しておきます。
一方
だから
となります。
質量が異なる二種類の分子からなる混合気体を考察する。第1の粒子はN個、第2の粒子はN’個あるとする。そうすると粒子対の総数はNN’となる。
簡単の為にx方向のみを考える。前節の決論により、第1の粒子の内その速度がvxとvx+dvxの間にある数は
である。第2の粒子の内その速度がvx+vx’とvx+vx’+dvx’の間にある数は
である。ここでβは第2の系に対するαの値である。
両方の条件を満足する粒子対の数は両者の積
となる。
vxは、vx’とvx’+dvx’の間にある速度の差に矛盾なく対応して−∞から+∞までの任意の値を取り得るから、vxについてこの範囲で積分すると、速度の差がvx’とvx’+dvx’の間にある粒子対の全数は
となる。
この式は
の置き換えをすると最初の式と同じ形をしている。そのため相対速度の分布は速度そのものの分布則と同じ法則で規定されることを示している。
そのとき前節の結論
を鑑みると明らかなように
となることを示している。すなわち、相対速度の平均値は二つの系の平均速度の二乗の和の平方根である。
一方の系の全ての粒子の運動方向は速度の分布を変えることなく逆にすることができるから、別々の系に属する二つの粒子の速度を合成した速度も、相対速度と同じ公式
に従って分布することとなる。
二つの粒子系が同じ容器の中で運動しているときに、各粒子の平均運動エネルギーの変化を考察してみよう。第1の粒子系の粒子質量をm、第2の粒子系の粒子質量をMとしよう。v0、v0’を衝突前の二つの系における平均速度とし、v、v’を衝突後の平均速度としよう。
下図の様にOA=v0、OB=v0’とする。いま簡単のために∠AOBが直角に衝突した場合を考える。
この図に於いて、ABは平均相対速度、OGは重心の平均速度となる。1.(2)で証明したように、衝突後の互いの反跳方向は全ての方向に均等に起こる。今は、その中のaGbの方向がOGに直角な場合を例として取り出して考察する。
1.(1)で証明したようにaG=AG、bG=BGであるから、OGとGaから合成されるOaは衝突後の粒子mの平均速度である。同様にObが衝突後のMの平均速度である。
ここで1.(命題1〜3)で得られた結論を用いると、今仮定している衝突の幾何学的状況から
であるから
となり
が成り立つ。従ってmv2−Mv’2なる量はこの衝突によって減少する。今はaGbとOGのなす角が90度の特別な場合を考察したが、その角度が様々変化する全ての場合を考慮してもトータルとしての結果はmv2−Mv’2なる量が衝突を繰り返すにつれて次第に減少していくことが解る。結局、多くの衝突の後には平均として零になると考えて良い。
これは、平衡状態に達したときに平均的に
が成り立つことを意味している。すなわち、第1の系の粒子mの平均運動エネルギーと第2の系の粒子Mの平均運動エネルギーは等しくなる。これは、粒子の質量が異なっていても平衡状態では両者へエネルギーが等分配されることを示している。
この当たりは1867年の論文でもっと厳密かつ徹底的に論じられる[文献3.参照]。
1個の粒子が一群の粒子に相対的に速度vで運動しているとする。いま粒子半径の二倍をs、粒子群の単位体積当たりの粒子数をNとする。粒子の進路を軸としてsなる半径で長さがvの円筒状領域に含まれる粒子数は
となる。実際には衝突のたびに着目する粒子の進路はジグザグに折れ曲がりますが、それをまっすぐに伸ばしたものが上記の円筒状領域だと考えて下さい。
図の幾何学的な状況から明らかなように、速度vで運動している粒子が単位時間に他の粒子に衝突する回数は Nπs2v となる。
これから、一つの粒子が衝突してから次の衝突が起こるまでの時間の平均値(平均自由時間τと言う)は
となる。
着目する1個の粒子が2.(3)で求めた分布速度で運動しているとしたとき、この粒子に対する相対速度が、v’とv’+dv’の間にある粒子数を見いだす。系内の1個の粒子の速度をu、着目する基準粒子の速度をv、それらの相対速度をv’とし、vとv’の間の角度をθとすると
となる。
今全ての粒子が原点から同時に出発するとする。単位時間後の、距離vのところに中心がある半径v’、厚さdv’の殻内の粒子数を導く。単位時間後距離uにおける密度(単位体積当たりの粒子数)は
であるから、単位時間後の上記球殻中の粒子数を求めるには、dθとdφに関する積分を実施すればよい。すなわち
となる。これが着目する1個の粒子(速度vを持つ)に対して相対速度v’を持つ粒子の数である。
[系]
このとき、上式をdv’をv’=0からv’=∞まで積分すれば当然全粒子数Nでなければならないので、次の数学的関係式が得られる。
二組の粒子の集団が3.(2)(命題5)の速度分布式に従って運動しているとき、単位時間内に距離s以内に接近する粒子対の数をみいだそう。第2の種類の粒子の内で速度の大きさがvとv+dvの間にあるものの数は
である。
一方、第1の種類の粒子の内で第2の粒子に対する相対速度がv’とv’+dv’の間にあるものの数は(命題8)により
である。
そのため、単位時間内にs以内の距離に接近する粒子対の数は
である。
これをv’に関して0→∞、vに関しても0→∞まで積分すると、単位体積内において異なった種類の粒子の間で単位時間当たりに生じる衝突の数は
となる。ここでsは衝突の際の(粒子1と粒子2の)中心間距離です。
第1の種類の粒子同士の衝突数(単位体積内・単位時間内)は、前節の結論でN’=N,β=αとおくと
となる。ただしs1は第1の粒子の衝突距離(半径の二倍=直径)である。
全く同様に第2の種類の粒子同士の衝突数(単位体積内・単位時間内)は、s2を衝突距離とすると
となる。
2つの系における粒子の平均速度はそれぞれ
であるから、それぞれの各衝突の間に第1と第2の系の粒子が進む平均の距離をl1とl2とするならば
となる。
ここで
であることを考慮すると上式は
となる。
さらに第1の粒子と第2の粒子が同じ場合には
となる。
1個の粒子が、dxの距離だけ通過する間に衝突する確率をpdxと仮定しよう。つまりpは単位の距離通過する間に衝突する確率です。
このとき、N個の粒子が距離xに到達するとしたなら、その内でNpdx個の粒子は距離x+dxに到達する前に衝突して取り除かれることになる。これを数学的に表現すると
となる。これが距離x進む間に衝突することなく存在する粒子の数である。
今仮にx=0の時N=N0=1とおけば、1個の粒子が他の粒子と衝突することなく距離xに到達する確率としてe-pxが求まる。そのため各粒子が衝突する前に進む平均距離(平均自由行程)l は
となる。
《着目する粒子以外が静止している場合》
このときには
なる関係があるので、1つの着目する粒子が単位時間当たりに(つまり距離v通過する間に)衝突する回数はNπs2vとなる。ただしNは単位体積中の粒子数です。
そのため、1個の粒子が単位の距離を通過する間に衝突する確率pは
となる。
《全ての粒子が平均速度vで動き回る場合》
このときは、前節(4)の結論をp=1/l のl に代入すれば
となる。
ただし、マクスウェルは命題10.の説明の最後で、クラウジウスはこの値として
としたことを注意しています。
いずれにしても、これらの式から平均自由行程l は密度Nと分子の大きさsのみで決まり、温度(分子速度)によらないことが解る。これは注目すべき結論です。
[補足説明]
クラウジウスは、 Phil. Mag., 19,
p434〜486, 1860年の論文で、マクスウェルの命題10.における《全ての粒子が平均速度vで動き回る場合》の議論は間違っており、ここは
となるべきだと言ってそうなる根拠を説明しています。
私自身[マクスウェルの前記4.(2)〜(5)の説明]と、[上記引用論文のクラウジウスの説明]のどちらが正しいのか良く解りません。そのため、以下の議論ではマクスウェルの結論をそのまま用いています。
単位体積内に第1の粒子がN1個、第2の粒子がN2個あるとする。第1の粒子群に属する2つの粒子が衝突する際の中心距離をs1、第2の粒子群のそれをs2とし、異なる粒子群に属する粒子同志が衝突する際のそれをsとする。各粒子の速度をv1、v2、質量をm1、m2とする。
前節(5)と前々節(4)の結論を用いると、第1の粒子が、同じ種類の他の粒子と衝突しないで距離xに到達する確率は
である。
また第1の粒子が第2の粒子と衝突しないで距離xに到達する確率は
である。
従って、第1の粒子が第1および第2の粒子と衝突しないで距離xに到達する確率は上記二式の積
となる。
第2の粒子についての同様な量は、それぞれ
となる。
前々節(4)と前節(5)の結論から明らかなように、第1の粒子が同じ種類の粒子と衝突せずに進む平均自由行程l11 と、第1の粒子が第2の粒子と衝突せずに進む平均自由行程l12 は
となる。
全く同様にして、第2の粒子が第1の粒子と衝突せずに進む平均自由行程l21 と、第2の粒子が同じ種子類の粒子と衝突せずに進む平均自由行程l22 はそれぞれ
となる。
また第1の粒子が第1および第2の粒子に衝突せずに進む平均自由行程l1 と、第2の粒子が第1および第2の粒子に衝突せずに進む平均自由行程l2 は
と表される。
ここで
と置くならば、第1の粒子の平均密度はm1N1=ρ1であり、第2の粒子の平均密度はm2N2=ρ2であるから
となるので
が得られる。
粒子が容器壁に衝突することによって生じる単位面積当たりの力(圧力)を求める。
N=単位体積内の粒子数
m=粒子の質量
v=粒子の平均速度
l=平均自由行程
とすると、単位断面積、厚さdzの層内の粒子数は
となる。
単位時間内にこれらの粒子が互いに衝突する回数は
である。
衝突後にnl と(n+dn)l の間の距離に到達する粒子の数は
である。
これらの粒子の内で距離zにある単位面積に衝突する粒子の比率は
であり、これらの粒子のz方向の平均速度は
である。
上記の3式とmを全て掛け合わせる事により、衝突の際のz方向の運動量が
であることが解る。
別稿で説明したように、圧力は単位面積・単位時間当たり壁に及ぼされる運動量の変化に等しい。そのため圧力は上記の値を2倍(衝突により運動量は逆転するので)してzについて0→nl まで、nについて0→∞まで積分すればよい。
となるので、多くの先人が導いたのと同様な式
が得られる。
ここで、圧力pは平均自由行程l の長さに依存しないことに注意。
[補足説明]
分布則を考慮したこの節の説明は厳密かも知れませんが、正直に言って解りにくい。本当にこの手順で良いのかと思うところもあります。
我々にはクラウジウスなどの説明や高校物理で採用されている簡単な説明の方が解りやすい。
上記の結論を、温度が一定の場合に成り立つ単位体積の気体に対する“ボイル・マリオットの法則”
と比較すると
となる。ボイル・マリオットの法則の比例定数は絶対温度Tに比例することが知られているので、粒子速度の2乗が絶対温度Tに比例することを意味する。また温度Tが一定の場合は粒子速度vの2乗は気体の密度ρに逆比例する事を意味する。
上記の結論と3.(1)(命題4)で求めた<v2>=3/2αを用いると、マクスウェルの分布法則に現れる定数αをボイル・マリオットの法則の定数(温度と気体の種類に依存する)で表すことができる。すなわち
となる。
マクスウェルはこれ以上の説明をしていないが、この定数は次節で説明するようにkBT/mです。
前節の結論はmNv2の値が、同じ温度・圧力・体積であればあらゆる気体に於いて同じになることを示している。ところでmv2の値は3.(3)(命題6)で証明したように気体の種類によらず同じであった。そのためNが気体の種類によらず同じになることを示している。
つまり、“同温・同圧・同体積を占める気体中には、気体の種類にかかわらず同じ数の粒子が含まれる”という“アボガドロの法則”を示している。
マクスウェルの論文中ではαを絶対温度Tと結びつけることはしていないのですが、“気体の状態方程式”
と比較すれば、それが実行できる。気体定数Rの具体的な数値は別稿参照。
内部自由度を持たない単原子気体に限れば、各々の分子は
の運動エネルギーのみを持っている。
そのときには気体が持つ全エネルギーは運動エネルギーの和そのものですから、定数αは全エネルギーEと結びつけられて
となる。
ところで、気体分子が内部自由度を持たない単原子気体に限れば、全エネルギーEを絶対温度Tに結びつけることができます。
別稿「音速の理論2(分子速度と比熱比)」1.(1)で説明したように初等的分子運動論により
が言えますので、PVを気体の全エネルギーで表現できる。この式を変形すると
となる。このとき速度分布則を使っていないが、平均操作の結果として様々な速度を持つ分子全体について速度分布が考慮されていることに注意してください。
この式を理想気体の状態方程式と比較すると
が得られる。
この式を、前述のエネルギーEで表したα表現式に代入すれば
となる。
[補足説明]
ここで、前述の式を
と書き直してみれば解るように、一つの分子が持つ平均的な運動エネルギーが(1/2)kBTの3倍である事を意味している。
単原子分子(希ガス)は内部自由度を持たないから、これは並進運動の3つの自由度(x,y,zの三方向)の一つづつに平均的に(1/2)kBTのエネルギーが等分配されている事を示している。
気体が内部自由度を持つ多原子分子の場合には、前節の様にPVを単純に全エネルギーEの2/3倍とすることはできない。
Eの中には回転や振動のエネルギーも含まれるのでEの何割が運動エネルギー分であるかを表す係数が掛かってきます。つまり
となるであろう。
この係数は常温付近では、おおざっぱに言って
となる。
これらの係数を用いると
となる。
これを理想気体の状態方程式PV=nRTと比較すると
となる。これが別稿「気体の断熱変化」の(2’)式で注意したことの内容です。
ただし、等分配されるメカニズムがより一般な自由度である回転・振動エネルギーに関しても成り立つのかどうかについてはさらに進んだ統計力学的考察と量子論が必要です。しかし、その当たりの説明は省略します。
6.(1)で求めたα値は、そこを復習すれば解るように並進運動のエネルギーのみを持つ単原子気体について求められたものでした。ところが、前述の等分配則が一般的に成り立つもので在れば、同じ議論を内部自由度を持つ気体についても適用できる。
すなわち、Eが全エネルギーを表すとすると
とすれば良いのです。この式を用いると
となり、結局全ての場合で係数値αは同じ値になる。
つまり、前述のα表現式は内部自由度を持つ多原子分子の場合にも成り立つと考えることができる。実際、そのことは次の[補足説明]の考察からも裏付けられる。
[補足説明]
定数αを絶対温度Tと結びつけるのに、気体の持つ全エネルギーEを仲介にしないで、気体分子が壁に衝突するときの運動量の変化が圧力Pであるとして直接PVと結びつけて求めることもできる。つまり、圧力を生じるのは運動エネルギーに関係するものだけであって、回転や振動の内部エネルギーに分配されるエネルギーは関係ない。
別稿「音速の理論2(分子速度と比熱比)」1.(1)の議論を参照すると、一辺Lの立方体中に存在する気体分子が一つの壁面L2に及ぼす力F合は
となる。そのため
となる。
これを理想気体の状態方程式
と比較すると
となり、単原子気体の場合と全く同じ結論が得られる。
ここの議論は、気体が内部自由度を持っていて、気体分子が回転や振動のエネルギーを持っていても適用できることに注意してください。
定数Aと、ここで求めた定数αの関係式を用いると速度分布則は
となる。これが理想気体に対する“マクスウェルの速度分布則”と言われているものです。
これは粒子の大きさが無限小で分子間力が働かないと見なせて理想気体の状態方程式が成り立つならば、内部自由度をもつ多原子分子においても正しい式です。この点は多くの解説書で曖昧なままになっている所なので特に注意しておきます。
今日解っている分子質量を用いて幾つかの気体の速度分布を図示してみる。
ボルツマン定数kB=1.381×10-23J/K
水素分子 m=2.0÷(6.02×1026)kg
ヘリウム m=4.0÷(6.02×1026)kg
窒素分子 m=28.0÷(6.02×1026)kg
アルゴン m=40.0÷(6.02×1026)kg
気体の異なった層が異なった速度でお互いに滑る場合には、この滑りを妨げようとする接線方向の力を互いに及ぼし合う。それは丁度、同じ仕方で滑っている2つの固体表面の間の摩擦に似た結果となる。
この稿での仮説に従って気体の摩擦を説明すると、気体の1つの層に属する粒子が一定の並進平均速度を持ってその層から出て異なった並進速度を持つ他の層の中へ入り、第2の層の粒子と衝突することにより衝突した粒子に気体の内部摩擦を構成する接線方向の力を及ぼすということになる。1つの平面によって分離された気体の2つの部分の間の全摩擦はこの平面の一方の側にある全ての層と他の側の全ての層との間の作用全体に依存する。
運動分子からなる系をxy平面に平行な層に分割する。各層のx方向の並進運動をvxとしvx=A+Bzとしよう。xy平面の正の側にある層と負の側の層との間の相互作用を考える。zの位置の単位面積・厚さdzの体積要素と−z’の位置の単位面積・厚さdz’の体積要素の間の作用を考察する。
dzから出発して単位時間内にnl と(n+dn)l の間の距離に到達する粒子の数は5.(1)の結果から
となる。ただし、N=単位体積内の粒子数、 v=粒子の平均速度、 l=平均自由行程
その進路の末端が層dz’の中にある粒子の数は
である。これらの 各粒子のx方向の平均速度=vx は衝突前にはA+Bzであり、衝突後はA+Bz’である。粒子の質量=m とすると、平均運動量=mB(z−z’) が各粒子によってzの層からz’の層へ伝達される。
従ってこれらの衝突による全作用は
でとなる。
まず、z’に関してz’=0 から z’=(z−nl) の間で積分すると、層dzとxy平面よりしたの全ての層との間の相互作用として
が得られる。
xy平面の単位面積に働く全摩擦力Fは上式のzについて 0→nl まで積分し、nについて 0→∞ まで積分すれば得られる。すなわち
となる。
上式を粘性流体に於ける内部摩擦係数(粘性係数)ηの定義と比較すると粘性係数の表現式として
が得られる。上記の最後の式変形に用いた p=1/l は 4.(5)で説明した1個の粒子が単位の距離を通過する間に衝突する確率pです。5.(1)で用いた圧力を表す p と混同しないで下さい。
ここでさらに、3.(1)[補足説明1]で説明した関係式に、5.(2)で求めた関係式を用いると、粒子の平均速度v=<v>は
と表される。ただし、Maxwellの原論文を参照される時には、本稿の α を 1/α2 と置いている事に注意されたし。
この関係式を先ほどの式に代入すると
となる。ただし、 m:気体分子の質量、 s:気体分子の直径 です。
上式最後の形から解るように、気体の占める体積(圧力)を変えても粘性係数ηの値は変化しない、つまり粘性係数ηは気体の密度(圧力)に依らない。
これは注目すべき結論です。実際、Maxwellは本論文の第T部の最後に
と述べている。
ただし、残念ながら本稿では、“平均自由行程”と【拡散】あるいは【熱伝導】との関係を論じた、この後に続く第U部、及び、球形でない分子の並進運動と回転運動の関係を論じた第V部の解説は省略しています。
以下は上記文節の前半の部分に関係する補足説明です。
[補足説明1]
この結論はO.E.Meyer(マイヤー1834〜1909年)の1861年の実験で裏書きされた。
さらに、マクスウェルはみずから1866年の実験[参考文献2.参照]で確かめている。彼は圧力を水銀柱1/2インチから30インチまで変えて、気体の粘性係数が密度(圧力)に依らないことを確かめた。これは、分子運動論の正しさを裏付け確信させる画期的な実験です。また、この実験の遂行を、Maxwellの妻キャサリンが献身的に支えたことは良く知られています。
もう少し補足しますと、s2が分母に入っていることから解るように、粒子質量が変わらないままで粒子径が大きくなると平均自由行程が短くなり、気体の粘性係数は小さくなる。粒子径が大きくなると衝突しやすくなるので粘性係数は大きくなるよう思いますが、それよりも平均自由行程が短くなる効果の方が効いてきます。
もちろん粒子径が大きくなると一般に粒子質量mも大きくなるので、粘性係数自体がそのまま単純に小さくなるわけでは在りません。
[補足説明2]
ここの関係式は別稿「アボガドロ数の測定法」4.(3)でもっと初等的な方法で導いていますので参照されたし。ただしそこでは平均自由行程をλで表している。
[補足説明3]
マクスウェルは特に注意していないが、6.(2)で求めた定数αの値を用いると粘性係数ηは
と表される。4.(5)で注意したように平均自由行程l は温度(分子速度)によらないので、粘性係数ηは絶対温度Tの平方根に比例することになる。補足ですが、音速は絶対温度の平方根に比例します。
しかし、1866年の実験[参考文献2]はむしろη∝Tを示唆していた。そこでマクスウェルは1967年の論文「気体の動力学的理論」[参考文献3]において、分子を弾性球とみなすのをやめ、距離のn乗に逆比例する中心力を及ぼしあうものと仮定して一般的な輸送現象の理論を展開した。
彼の得た結論は、n=5のときにちょうど粘性係数ηが絶対温度Tに比例するという事であった。そのために、マクスウェルは分子間力として逆5乗力を採用して、他のいろいろな輸送現象を論じた。しかし、その後の実験から粘性係数の温度依存性はもっと複雑であることが解ります。
参考までに、今日知られている空気の“動粘性係数”と、“粘性係数” の温度依存性の測定グラフを示すと以下の様になります。
前節の関係式を用いると、“平均自由行程”を実測可能な量と結びつける事ができる。すなわち
となる。
マクスウェルはStokesが測定した空気の (粘性係数/密度)0.5 の実測値
と、60℃の空気に対する[ボイル・マリオットの法則の定数]0.5=930[ft/s]を用いて、空気粒子の 平均速度v=1505ft/s=458m/s と 平均自由行程l=1/447000inch=5.6×10-8m を求めています。
これらの値を用いると空気分子は1秒間に8.0772×109回衝突することになる。
[補足説明1]
ここで求めることができた平均自由行程の値こそが、1865年にロシュミットが原子・分子の大きさやロシュミット数(アボガドロ数)を見積もることを可能にしたものです。別稿「アボガドロ数の測定法」4.参照。
[補足説明2]
マクスウェルが引用しているStokesの数値は誤植の可能性がある。今日の測定値を考慮すると、おそらく
となり、今日知られている空気の0℃付近に於ける動粘性係数=η/ρ=1.3×10-5m2/sに近い値となる。ただし、この値を用いても平均速度や平均自由行程の値はマクスウェルが求めている値と少し異なる。
彼は温度が何度のときの値であるのか明記していないので、その当たりの温度調節のために異なった値になったのかも知れない。
以下の第U部、第V部は引用のみで解説はしていません。
ただし、第V部は並進運動と回転運動の比熱の関係式がそれまでのエネルギー等分配則原理による考察と矛盾する事を指摘している。これは量子論の発見が無ければ解決できない問題ですが、Maxwellの指摘は、そのことのかなり早い段階での認識の一例です。
Einsteinが1907年に展開した比熱の理論は、気体ではなくて固体比熱の低温領域における温度依存性を量子論によって説明したものですが、それもある意味上記の気体比熱理論の矛盾の解決と同じものだと言えます。
[補足説明]
上記の“まとめ”に書かれていることが、本稿最初の“導入”で説明した事柄です。
ここで特に注意して欲しい事は、“まとめ”の最後に述べている事柄です。これは並進運動と回転運動とを比較して見ると、いわゆるエネルギー等分配則が成り立たなくなり、比熱の説明が旨くできなくなる事を言っている。
これは、別稿「ファインマン物理U」§15-6で説明した様に、比熱の理論が古典物理学に於いて破綻する事を指摘しています。このことは19世紀後半の物理学者を悩ました問題ですが、Maxwellも1860年という早い段階でそのことを認識していたと言うことです。
このことに付いては別稿「音速の理論2(分子速度と比熱比)」2.(4)の Joule論文(1851年) も参照されたし。
正直なところ、マクスウェルの論文には私自身よく解らない所やこの解釈でよいのだろうかと思うところが多々ありますが、とりあえず自分なりに理解に努めました。
マクスウェルはここで紹介した1860年の文献1.に続いて有名な論文を2つ書いています。それが1867年の文献3.と1879年の文献4.です。マックスウェルの論文はネットから無料ダウンロードできる論文集に収録されていますので、それを参照されながらこの稿をお読みください。
参考文献追記(2021年9月)