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熱機関の効率(ガス動力サイクル)

 熱機関は熱力学の最も重要で興味深い応用分野です。できるだけ解りやすく説明します。
 絶対温度・エントロピー・効率について馴染みの無い方は、先に別項「絶対温度とは何か(積分因子とは何か)」をお読み下さい。ここでの議論はそこの「まとめ」で説明した、最初からt=T、dT/dt=1と置くものです。そのためここでの温度は、すべて-273.15℃を0Kと置く絶対温度Tです。
 また以下の議論は作業物質の単位質量当たりについてのものです。そのことを明示するために絶対温度T以外の物理量は小文字で記します。大文字は装置全体についての量だと思って下さい。
 物理学では定圧比熱cpと定積比熱cvの比をγ(ガンマ)を用いて表しますが、工学では、圧縮比:r=vmax/vminとの混同を防ぐために、κ(カッパ)を用います。ここでは工学の慣習に従って比熱比:κ=cp/cvとする。
 蒸気動力サイクル冷凍サイクルにつきましては別稿「蒸気動力サイクル」「冷凍サイクル」を御覧下さい。

[補足説明]
 読者の方から、工学では遂行係数という言い方はしないと言うご助言を受けて、遂行係数(c.p.)と書いていた所を全て成績係数に置換(2015年5月)しました。ただし図中のc.p.に関しては書き換えが面倒なのでそのままにしています。COPに読み替えてください。

1.導入・準備

)ダイアグラムの解析に於ける重要な仮定

 熱機関はダイアグラムの解析によって本質が説明されますが、なかなか解りにくい。それは、利用するダイアグラムになされている様々な理想化の仮定が、十分に説明されていないからだからだと思う。そのために、まず理想化の内容を説明します。

.摩擦無し、熱漏れ無しの仮定

 熱機関は動力機関(熱を仕事に変える機関)と冷凍機・熱ポンプ(仕事を加えて熱を移動させる機関)に大別される。それらを実現する機構としてシリンダーやピストン、タービン、燃焼機、ボイラー、凝縮器、等々などがある。それらの可動部は摩擦無しに働くとする。また、作動流体がそれらのパーツや、それらのパーツを繋ぐパイプを流れるとき周囲の壁との間に摩擦は無いとする。また流体内部の粘性に伴う摩擦も無視している。従ってそういった連結パイプ内での圧力降下は無いとする。
 またそれらのパーツやパーツを繋ぐパイプはすべてよく断熱されていて、それらの壁面からの熱漏れは無いとする。
 これらの理想化は特に説明しなくても納得してもらえると思う。

 

.作動流体の運動エネルギー・ポテンシャルエネルギーの変化の無視

 動力サイクルの解析を単純化するために、作動流体の運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの変化は熱や仕事の変化量に対して無視できるとする。
 タービン、コンプレッサー、ポンプ等の装置内に於ける作動流体自身のエネルギー変化は、やり取りされる仕事や熱量の絶対量に比べてかなり小さい。そのため、これは合理的な仮定である。
 復水器・ボイラー・混合室などの装置中では流速は一般に遅く速度変化は無視できる。これらの項を考慮しなければならないのは、速度が大きく変化するノズル(吹き出し口)ディフューザ(拡散器)のような部分を含む場合だけです。[1.(4)2.参照

 

.断熱的な膨張・圧縮過程は可逆

 シリンダーに詰めた気体を断熱的に圧縮、あるいは膨張する場合、ピストンに加えられる力がそのときの気体の圧力と無限小の違いで実行される場合は、その断熱的な変化が急激に行われても可逆な過程であると見なすことができる。それは一部で生じた圧縮されたという状況がほとんど瞬時に全体に伝えられ、系全体として平衡状態を保ちながら変化できるからです。ピストンを断熱的に急激に圧縮しても、その力を取り除けば気体は反発して直ちに元の状態にもどる事を思い起こせば納得できる。
 だから可逆過程は準静的な過程であるというが、準静的でなくても可逆な過程はあるといって良い。熱機関の中で起こる断熱的な膨張・圧縮過程は、準静的ではないが、多くの場合ほぼ可逆過程と見なせる。
 もちろんこれも程度問題で、上記のピストンをあまりにも急激に押してゆくとピストン前面の圧力が全体に波及するのが遅れるので、この場合には準静的な圧縮よりも余分な仕事が必要になる。また逆に膨張する場合も早すぎると気体の拡散が追いつかないので準静的な場合よりも少ない仕事しか外部に対してできなくなる。これらの不可逆性は現実のタービンやコンプレッサーに常に存在するが、簡単な議論ではそれらを無視すると言うことです。

 

.熱伝達における内的可逆性と全体的可逆性

 熱機関のダイアグラムの解析で最も重要なことは内的可逆性の仮定です。内的可逆性とは、例えばシリンダー内の気体が全体として均一に平衡状態を維持しながら変化するような場合を考える。そのときシリンダー境界面を通じて外部と熱のやり取りが行われるが、外界との温度差か無限に小さい状況で熱量移動が起これば外的にも可逆であると言える。
 しかし、実際の熱機関ではシリンダー内気体の温度に対して外部熱源の温度が不連続に高かったり低かったりする場合が多い。その場合でも気体境界面付近では温度が連続に変化する温度勾配領域が存在し、シリンダー内の気体はその気体の温度とごく僅か異なる熱源と熱をやり取りしていると考えることができる。つまり、全体としては不可逆過程(外的不可逆性)を含んでいるが、内的には可逆であると考える。これは工学的な理論解析で利用されるとても重要な仮定です。
 熱源と熱機関を含めた系については不可逆な現象が起こっていると、熱源と熱機関を含めた系に関してのエントロピー変化を見積もることは難しいが、熱機関のみに着目すると熱機関の状態変化は熱の出入りも含めて可逆な過程で変化していると考えることができる。熱源を外界と考え、エントロピーを考える系として熱機関のみを取り出せば、内的可逆な系の境界面を通して出入りするd’Q/Tを積算する事によって、状態量としてのエントロピーは定義・計算できる
 この当たりの詳細は別稿「絶対温度とは何か(積分因子とは何か)」6.(5)2.で説明しておりますので是非御覧下さい。

 この当たりは、なかなか解りにくいので例で説明する。

 例えば下図の様な、定圧での水−水蒸気の相変化を考える。その際定圧だから当然等温で相変化(20℃)します。このとき左側は無限小温度差の熱源(20.0・・・01°)から、右側は30℃の熱源から熱をもらうとする。そのとき、シリンダー内の状況変化が同じように起こったとする。

 左右の状態が同じなのだから、当然シリンダー内の状態量であるエントロピー変化は左右で同じである。このとき右の変化は不可逆過程を含んでいるので、シリンダーと熱浴を合わせた全体のエントロピー変化を見積もるのは難しいが、シリンダー内のみに関してはエントロピー変化は計算できる。その部分に関しては左図と右図とは全く同じ状態だとみなせるので、左図の状態変化で計算した値がまさに右図のシリンダー内のエントロピー変化値となる。

つまり内的には可逆なのでエントロピーが定義・計算できる。

 例えば下図の様な断熱壁で囲まれた部屋の中の空気を考える。空気の温度を、電熱線(左図)か、プロペラの撹拌(右図)によって15℃から40℃に温めるとする。

 このとき電熱線の発熱は明らかに不可逆過程です。なぜなら電熱線に熱を与えて電流を造り出すことはできないから。同様にプロペラの摩擦熱も不可逆過程です。電流による電力の流入だろうと、シャフトによる仕事の伝達だろうと、それらのエネルギー流入そのものがエントロピーの増大を引き起こすわけではありません。[別稿参照]しかし、ジュール熱や摩擦熱などの不可逆な過程が生じるとエントロピーの増大を引き起こす。
 このときの温度変化は不可逆な過程によるものですが、部屋の中の空気塊のみに着目すれば、このとき生じる変化と同じ結果が内的に可逆な方法で達成できる。
 今、部屋の膨張は無いので

となる。つまり、部屋の内部の空気塊は内的に可逆なのでエントロピー変化は定義・計算できる。

 今後は、内的にのみ可逆な場合を内的可逆サイクル、内的にも外的にも可逆な過程のみからできているサイクルを全体的可逆サイクルと言うことにする。

 もう一つ例として、可逆機関であるカルノーサイクルを考えます。そしてどちらも絶対温度600Kの高温熱源と絶対温度300Kの低温熱源の間で働くとします。
 このときは熱源との接触部分に欠陥があって(あるいは運転速度が速すぎて)、Aの内部では高温熱源からは500Kの温度でしか可逆的(内部では温度差は無い)に熱を受け取れず、同じく内部的には可逆でも低温熱源では400Kとして温度差がなければ熱を排出できないとします。一方は高温熱源と600Kで等温可逆的に、低温熱源とは300Kで等温可逆的に熱をやり取りするとします。
 今、AとBの両方に高温熱源から5000Jの熱量が流れ込んだとします。そのときはカルノーサイクルですから低温熱源に5000J×(300/600)=2500Jの熱を捨てるだけで、5000-2500=2500Jの仕事が外部に対してできます。だから、その効率はη=0.5です。一方もカルノーサイクルですから5000J×(400/500)=4000Jの熱を捨てなければ5000−4000=1000Jの仕事をすることができません。当然Aの効率はη=0.2となります。[これらの数値計算については別稿「絶対温度とは何か」6.(1)〜(4)を参照]

 このとき、図に示すようにAもBも可逆機関ですから一サイクルを実行してもそれらの熱機関のエントロピーの変化はありません。ところが、高温熱源では両方の場合に−8.33J/Kだけエントロピーは減少しています。一方、低温熱源に関してはの場合は+8.33J/Kだけ、の場合は+13.3J/Kだけ増大しています。
 そのため、に関してはカルノーサイクルと熱源を合わせた全体系に於いてエントロピーの変化はゼロで、全体的可逆です。一方、に関しては、カルノーサイクルのみについてはエントロピー変化はゼロで内的には可逆ですが、全体系のエントロピーは−8.33+0+13.33=5.00J/K>0だけ増大していおり、全体的には不可逆です。
 だからカルノーサイクルAはそういった意味で可逆サイクルでは無くなります。内的な部分についても可逆的に動かすことはできません。300K→400Kや500K→600Kの熱移動はできないからです。
 
 つまり、このHPの大半の議論はAの場合の議論だと言うことです。今後様々な熱機関を考察しますが、それらは一部の場合を除いてすべて可逆機関として取り扱われています。今後T-s線図を繰り返し用いますが、可逆機関としているからこそT-s線図が描けるのです。どのT-s線図も閉じたサイクルですから、一サイクルが終わったときにはエントロピーは元の値に戻りΔS=0になります。
 今後の議論では必ずしも等温変化ではありませんが、Aに似た状況の効率を議論するわけです。いずれの場合もBの状況で働かせることはできていないので、そういった意味で効率は悪いのですが、可逆機関としての効率の議論であることは間違いありません。

 

)熱効率と成績係数

.熱効率η

 動力機関の性能は熱効率η(thermal efficiency)で議論される。高温熱源(絶対温度TH)から得た熱量をQH、低温熱源(絶対温度TL)に排出した熱量をQLとすると熱効率は

で定義される。
 熱効率とは、熱機関が外部にした仕事を熱機関が吸収した熱量で割ったもので、この値が大きいほど良い機関であるといえる。

 

.成績係数c.p.

 一方、冷凍機(対象を冷やす)熱ポンプ(対象を暖める)の性能は成績係数c.p.(coefficient of performance)によって議論される。低温熱源(絶対温度TL)から得た熱量をQL、高温熱源(絶対温度TH)に排出した熱量をQHとすると成績係数は

で定義される。
 冷凍機や熱ポンプは、最小の仕事で最大の熱移動を生み出すことが目的なので、その値が大きいほど良い機関であるといえる。このとき定義から明らかなように、成績係数は1よりも大きくなり得る。THゃTLの値にもよるが、実際の冷凍機やヒートポンプは成績係数が2〜3で運転されている。
 また、両成績係数間には

の関係がある。

[補足説明]
 私が昔勉強した本では成績係数(c.p.)と書かれていたのですが、最近の本ではこれを成績係数(COP)と言うようです。以下の説明ではその様に読み替えて下さい。(2013年4月追記)

 

)カルノーサイクル

熱機関を考察するときに基礎になるサイクルです。別項「絶対温度とは何か」で説明したのでここでは簡単に復習します。

.メカニズム

 カルノーサイクルはもともと下図の様な閉じた系で動作する流れの無いサイクルです。
 そのとき、断熱膨張や断熱圧縮はある程度の速度で行っても可逆性を達成できるが、等温膨張、等温圧縮の部分は無限小の温度差でもって無限にゆっくり行なわなければ可逆性を達成することはできない。

 流れのないサイクルは熱機関の考察には不便なので、カルノーサイクルも下図の様な定常流のあるサイクルに置き換える場合がある。つまり、各過程を管で繋がった別々の部分で起こさせ、作業流体を移動させることでサイクルを構成する。

 この場合も等エントロピーコンプレッサー(断熱圧縮)等エントロピータービン(断熱膨張)は現実的な速度で動かしても可逆性を近似的に実現することはできる。しかし、等温コンプッサー(等温圧縮)等温タービン(等温膨張)で可逆的な熱移動を実現することは難しい。大規模な熱交換機を用い、極めて長い時間をかける必要があるからです。したがって、このタイプのカルノーサイクルも実現する事は不可能で仮想的なものです。

 多くの実用的な熱機関はこのような定常流サイクルで説明されるが、等温コンプッサー等温タービンを現実的な速度で可逆的に動かすことは難しい。そのため実用的な熱機関の効率低下の大部分はこの過程で生じる。つまり1(1)4.の最後の例で論じたBの効率ではなくてAの効率になると言うことです。

 

.ダイヤグラム(インジケーター図)

 カルノーサイクルのp-v線図、T-s線図は下図の様になる。これは動力機関の場合で、冷凍機・熱ポンプとして働かせるには熱の出入りと経路の進行方向を逆にする必要がある。

 別稿で述べたようにp-v線図の下側面積は出入りする仕事wを表し、T-s線図の下側面積は出入りする熱量qを表す。そのためサークルで囲まれた黄色の部分の面積が正味の仕事量wnetを表すことになる。とくにT-s図では熱効率・成績係数と絶対温度の対応が非常に分かりやすくなり、それらの考察に威力を発揮する。

 インジケーター図の表現方法について、 p−v図 よりも T−s図 の重要性に気付き、その形の使用を最初に推し進めたのはW.Gibbsの熱力学第一論文(1873年4月)に始まる様です。

 

.熱効率と成績係数

 カルノーサイクルの熱効率は

となる。
 別稿で証明したように、可逆機関であるカルノーサイクルは絶対温度THの高温熱源と、絶対温度TLの低温熱源の間で作動する熱機関の中で「最も効率の良い動力熱機関」です。「その効率は熱源の絶対温度のみで決まり、できるだけ大きな温度差を持つ熱源間で働かすほど熱効率は良くなる」。これは熱力学理論から得られる最大の成果です。

  可逆機関であるカルノーサイクルは逆向きに運転することができる。つまり仕事を用いて熱を移動させる冷凍機や熱ポンプとして働かすことができる。そのときカルノーサイクルの成績係数は

となる。
 カルノーサイクルは温度THの高温熱源と、TLの低温熱源の間で作動する冷凍機・熱ポンプとしては「最も効率の良い冷凍機・熱ポンプ」です。その証明は別稿で動力機関としてのカルノーサイクルに対して行ったのと同じ様にすればよい。

 カルノーサイクルは可逆サイクルの一例で最も優れた熱効率の熱機関です。後で説明するスターリングサイクルエリクソンサイクルも可逆サイクルです。ただし、それらが可逆といえるのは全体的可逆サイクルとして働いている場合のみです。それらが内的可逆サイクルとして働いている場合は真の意味で可逆サイクルではありません。すでに述べたように、それらを全体的可逆サイクルとして働かせることは現実には不可能です。なぜなら、それらは無限小の温度差間での熱移動を要求しており、それは[無限に広い伝達面積を持つ熱交換器]と、[無限に長い伝達時間]を必要とするからです。

 

)単純圧縮系と流れ系における仕事の定義

 今後議論する熱機関の大半は作動物質を外部から取り入れ、最後に外部に排出する開放系ですが、サイクルのダイヤグラムを利用して考察するために、すべて閉鎖系の閉じた空間内の作動物質に対して、外部から熱と仕事のやり取りとが行われて、作業物質自身はその閉じた空間内でサイクルを形成する状態変化を繰り返すとします。
 そのとき、同じ閉鎖系でも1.(3)1.で述べたように、作業物質が一つの領域内でサイクル過程をたどる単純圧縮系(オットーサイクルやディーゼルサイクルなど)と、次々と別な領域に移動しながらサイクル過程を実行する流れ系(ブレイトンサイクルなど)の二通りの考え方があります。

.単純圧縮系の仕事

 シリンダー内で間欠燃焼するオットーサイクルディーゼルサイクルの場合です。これは境界面ピストンの移動による外界との仕事のやり取りだから、別項「絶対温度とは何か」ですでに説明したように

となる。

 

.流れ系の仕事

 これはガスタービン(ブレイトンサイクル)や蒸気タービンによる動力や熱のやり取りの場合です。図の様な状況で作動流体が定常的に流れているとする。

 断面1と断面2で囲まれた部分(質量M)のエネルギーの収支を考える。いま定常状態を考えているので、その中でのエネルギーの時間的変化はゼロです。また単位時間に断面1通過して流れ込む質量をM[kg/s]、断面2を通過して流れ出る質量がM[kg/s]となる場合を考える。今定常状態を考えているので単位時間にMが入れば当然同じ質量が単位時間に流れ出るのでこの設定は妥当である。
 また断面1の位置での流速をV1[m/s]、高さをH1[m]、断面積をA1[m2]、圧力をP1[Pa]、比体積をv1[m3/kg]、単位質量当たりの内部エネルギーをu1[J/kg]、単位質量当たりのエンタルピーをh1[J/kg]とする。同じく断面2におけるそれらの値を、V2、H2、A2、P2、v2、u2、h2とする。[エンタルピーに馴染みの無い方は別稿「反応熱と熱化学方程式」1(3)をご覧下さい。また流速Vと比体積v、高さHとエンタルピーhを混同しないこと。]
 ここで、単位時間当たりに領域のM[kg]が受け取る熱量をd’Q[J/s]、外部へする仕事をd’W[J/s]とすると、定常状態であるので以下の関係が成り立つ。

 これは定常流れ過程におけるエネルギー保存則の一般形ですが、Gustav Zeuner(ドイツの物理学者・技術者1828〜1907年)の熱力学の著作(1859年)に最初に現れる。

補足説明1
 ここで得られた関係式

はなかなか難しい式です。
 d’qは領域内の単位質量に単位時間に加わる熱量をあらわしています。
 定常流れ装置では注目している領域の容積は一定だから境界仕事は存在ません。質量をその検査領域に押し込んだり、押し出したりするのに要する仕事はエンタルピーの中ですでに考慮されています。だから、d’wそれ以外の仕事を意味します。具体的にはタービンやコンプレッサーの回転翼(ブレード)などを通して単位時間に単位質量がやり取りする仕事です。
 dhは流体の出口と入口における単位質量の持つエンタルピーの差です。これは出口と入口の状態が解ればエンタルピー表を用いて計算できます。理想気体の場合は特に簡単で、出口と入口の絶対温度が解ればdh=cp(T2−T1)から求まります。
 dk.e.は単位質量が持つ出口と入口の運動エネルギーの差です。そのとき、例えば速度45m/sで動く単位質量が持つ運動エネルギーは1kJ/kg程度です。これは通常のエンタルピー値(〜数千kJ/kg)に比較すると無視できます。また、V1とV2がほぼ等しくその変化が小さければ速度に関係なく無視できます。ただし運動エネルギーの変化が大きいジェト推進サイクル[2.(7)参照]ではこの項は重要になります。
 dp.e.はポテンシャルエネルギーの差です。1kJ/kgの差は入口と出口の高度差102mを意味しますが、普通の工業機械ではその様な差があることはありませんので無視できます。ただし、熱の出入り無しで、流体を高いところにくみ上げたり落下させたりする揚水発電などでは重要になります。

補足説明2
 一般のサイクルでは流入場所と流出場所の運動エネルギーの差および位置エネルギーの差は十分小さく無視できる。そのため、単位質量当たりのエンタルピーの定義式から

が得られる。
 つまり、流れ系に於いて、圧力P1の位置から圧力P2の位置まで単位の質量が流れて移動する間に、単位質量の作業物質が外界に対してなす仕事は上記P-v線図の灰色部分の面積で表される。このようになることはなかなか解りにくいので、上記の数式を十分に吟味されたし。この式はブレイトンサイクルの解析で利用される。

補足説明3
 上式は、可逆な定常流れ仕事は装置を流れる作業流体の比体積(単位質量の体積)に関係していることを示している。そのため圧縮過程の間は入力仕事を少なくするために流体の比体積をできるだけ小さく保ち、膨張過程の間は出力仕事をできるだけ大きくするために比体積を大きくすることが重要である。実際の熱機関は、圧縮行程の前に冷却して比体積を小さくし、膨張行程の前に加熱することで比体積を増大させて、そのことを実行している。詳しくは2.(6)のブレイトンサイクルを参照。特に2.(6)6.“中間冷却と再熱”をご覧ください。

補足説明4
 上式で運動エネルギー位置エネルギーの変化を省略しない場合

となる。ここで流体が非圧縮性(v=一定)で、固定管壁内を仕事のやり取り無し(w’=0)で流れる場合

となる。これは、流体力学に於いて“ベルヌーイの式”と言われるものです。
 このことについては別稿「二次元・非圧縮性・完全流体の力学」3.(4)をご覧ください。そこの[補足説明1]をご覧になると解る様に、EulerはZeunerとは違う方法で求めています。すなわち運動方程式を流線に沿って直接積分して導いています。

 

)空気標準サイクルの仮定

 1.(1)でダイヤグラム解析になされている仮定を説明したが、作動物質がガスのサイクルに対しては次に述べる空気標準サイクルの仮定を追加して解析を更に簡単化する。この仮定があれば、実際のエンジンの状況から大きく外れることなく、その特質を数学的に旨く説明できるようになる。

[空気標準サイクルの仮定]
 
1.作動流体は閉じたループを連続的に循環する空気であるとする。
 
2.空気は理想気体であり、その比熱は温度によらず一定値(25℃の値)であるとする。[統計力学的な考えによると理想気体の絶対温度は気体粒子の運動エネルギーに比例します。熱量を加えることはエネルギーを加えることに相当しますからどの絶対温度でもその比熱は同じになるわけです。]この事についての熱力学的な説明は別稿「絶対温度とは何か」4.(2)3.参照
 
3.燃焼過程(燃料の内燃焼)は外部熱源からの熱伝導による加熱過程で置き換える。その加熱は燃料の燃焼スピードに遅れることなく実施できるとする。内燃による加熱だが内的に可逆な熱の流入過程だとみなす。そのためこの過程にもT-sダイヤグラムが描ける。 [内的可逆性については1.(1)4.参照
 
4.排気過程(ほとんどは大気中に放出される)は作動流体を最初の状態にもどす外部熱源への熱伝導による放熱過程で置き換える。その放熱スピードはサイクルの運転速度で実施できるとする。排気による冷却だが、内的には可逆な熱の流出過程と見なす。そのためこの過程にもT-sダイヤグラムが描ける。 [内的可逆性については1.(1)4.参照

 

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2.ガス動力サイクル

 熱機関は、大きく二つに分類される。すなわち作業流体が全サイクルを通じて気相のままであるガスサイクルと、サイクルの途中で気相と液相の間の相変化を利用する蒸気サイクルです。先ず最初にガス動力サイクルを取り上げます。

 ディーゼルエンジンの熱効率がガソリンエンジンよりもかなり良い事はよく知られています。しかしなぜ良いのかを理解するのは結構難しい。またガスタービンエンジンでは連続燃焼による最高温度の制約と圧縮タービンの圧力比が重要な意味を持ちます。そこもなかなか解りにくい所です。ここでは、その当たりを中心に説明します。

)オットーサイクル(混合気火花点火エンジン)

 これは、ドイツのニコラス・アウグスト・オットー(Nikolaus A. Otto)によって1861年に最初の試作品が作られ、1876年に最終的な概念が確立した内燃機関です。最大の特徴は、燃料と空気をあらかじめ混合したものをシリンダーに送り込み圧縮した後に火花点火する所にある。

.四サイクルと二サイクル

 これには4サイクルのものと2サイクルのものがある。4サイクルエンジンはクランク軸の1回転で動力行程を行い、それに続く1回転で排気・吸気行程を行う。つまり一サイクル実施するのに2回転を要する。一方2サイクルエンジンはクランク軸の1回転の中で動力行程と排気・吸気行程を行う。
 排気・吸入のために1回転余分に必要な4サイクルエンジンと比較して、2サイクルエンジンは同じ回転数・排気量でより多くの動力が取り出せる。ただし燃料の一部が排気のとき失われるために燃料効率は良くない。
 2サイクルエンジンは、経済性は悪いが構造が簡単で小さくても力が強いことから、草刈り機や船外モーターなどの小型・軽量・可搬性が重視される所に使われる。

排気量=[シリンダー断面積]×[ピストンの行程(ストローク)]

 [直接燃料噴射]、[層状吸気燃焼]、[電子制御]などの新しい技術により、二サイクルエンジンの新しい可能性も研究・模索されている。

 

.理想オットーサイクル

以下では4サイクルエンジンについて説明する。実際の4サイクル火花点火エンジンのp−v線図は下記のようなものです。

 これを1.(1)ダイヤグラム理想化の仮定1.(5)空気標準サイクルの仮定を用いて、以下のような理想オットーサイクルのダイヤグラムで近似する。そのとき、排気と吸気の過程は熱も仕事もやり取りしないと見なしてダイヤグラムから省略する事ができる。

 ガソリンエンジンは、燃料と空気をあらかじめ混合して、その混合気体を圧縮した後に、点火プラグの火花によって瞬間的に燃焼させる。そのためガソリンエンジンの燃焼は、ピストンが静止している等容積の元での瞬間的な加熱と見なすことができる。
 その為、P-Vダイヤグラムの2→3の過程は体積を不変に保ったままで圧力のみが増大する過程で表される。これは連続的に燃料をシリンダー内いに噴射して燃焼(つまり燃焼に時間がかかる)するディーゼルエンジンと大きく異なるところです。

 圧縮比を高くすると断熱圧縮による温度上昇が混合気体の自然発火温度以上になり、ピストンの上死点より手前で着火・燃焼してしまう。そうすると、エンジンノックが起こり効率よく動力が取り出せなくなる。そのため混合気体を圧縮するガソリンエンジンでは、圧縮比に上限があり、あまり高くできない

圧縮比:r=[ピストンが下死点(bottom dead center)にある時のシリンダー内容積]÷[ピストンが上死点(top dead center)にある時のシリンダー内容積]

 

.熱効率η

作動流体の比熱は一定と仮定しているので、作動流体に出入りする熱量は

で表される。
 ここで過程1→2と3→4は等エントロピー(断熱)過程であり、過程2→3と4→1は等積過程でv2=v3、v4=v1だから、断熱変化の公式を用いると

がなりたつ。そのため理想的空気標準オットーサイクルの熱効率は

となる。
 これにより理想的オットーサイクルの熱効率はエンジンの圧縮比rと作動流体の比熱比κに関係することが解る。様々な比熱比に対してグラフを描くと下図の様になる。κ=1.4は室温に於ける空気の比熱比です。

 比熱比が大きく、圧縮比が高いほど効率は良くなる
 比熱比は単原子気体ではκ=1.66程度であるが、二酸化炭素は1.3、エタンは1.2である。実際のサイクルでは空気(κ=1.4)よりκが小さい気体(燃料や二酸化炭素)を含んでいるので効率は下がる。
 また、すでに述べたように混合気を使うオットーサイクルでは自然着火の制限から圧縮比を余り高くできない。圧縮比rに対する熱効率の変化率も考慮して普通は圧縮比:r=8〜9程度で運転される。

 しかし実際の内燃機関で上記の効率を達成するすることは難しい。第一にガスに熱を与えたり取り去ることを、こういったエンジンの運転速度に遅れることなく行うことは不可能です[時間損失]。さらに、2000℃という高温に耐えるシリンダーを作ることは難しいので、実際のサイクルではそういった高温はサイクル中に一瞬生じるだけでサイクルの大部分の時間、シリンダーはもっと冷たい状態に保たれている[冷却損失]。それ以外にも、排気・吸入に必要な仕事のロス[排気・吸入損失]、様々な場所での摩擦、熱漏れ、様々な不可逆過程、燃料の不完全燃焼、・・・等々の原因により熱効率は低化しηOtto=25〜30%程度となる。

 

.熱効率が圧縮比に関係する理由

 式の上では圧縮比を上げたら熱効率が良くなるのは明らかなのですが、解りづらいのでもう少し説明します。
 物質系の状態を示す状態変数(当然状態量)としては、普通の4つの内の二つを変数に選びます。熱力学の法則は[物体系の状態変化]を[熱の出入り]や[仕事の出入り]と結びつけるもので、熱の出入りに関係する変数がTとS、仕事の出入りに関係する変数がPとVだからです。

 そのとき、気体の状態方程式は状態変数T、S、P、Vの内の三つを用いて表すことができます。ここでの示量性変数は、すべて単位質量についての量とします(そのことを明示するため小文字で記載)。また気体定数Rも単位質量の気体についてのものとします。

 このように表すことができることの証明は別稿「絶対温度とは何か」6.(4)3.を参照してください。そこには、それぞれのグラフの様子も図示してあります。上記の式は、そこの式を単位質量についてにし、比熱比γをκに直したものです。

 ここでは空気標準サイクルの仮定での議論だからp=1007J/kg・K、cv=718J/kg・K、κ=1.4、R=287J/kg・Kとし、1=p0=大気圧=1.013×105Pa、T1=T0=大気温度=300Kとする。そうすると1=v0=vmax=下死点に於ける単位質量の気体容積=0.85m3/kgとなる。なぜなら理想気体の状態方程式により

となるからです。
 以後の議論では300K=T0、1.013×105Pa=p0、0.85m3/kg=v0としてT、p、vをT0、p0、v0に対する相対値で表すことにします。グラフの目盛りはその相対値です。また、(T,p,v)=(T0,p0,v0)のときのsの値であるs0を0と定める。そうすると上記の方程式は

となります。

 圧縮比r=6、8、10の場合についてp-v線図T-s線図を描いてみます。
 サイクルの最初でシリンダーに挿入される空気や燃料の量はどの圧縮比の場合も同じだから、発熱量qinは圧縮比によって変わりません。さらに空気標準サイクルの仮定では比熱は温度や体積によらず、熱容量は質量のみに依存するとしています。2、v2’、v2”で同じ質量を加熱したのだから発熱量qinが同じなら温度上昇幅ΔTはどの圧縮比でも同じです。つまりΔT=T3−T2=T3’−T2’=T3”−T2”はどの圧縮比の場合も同じです。しかしT2、T2’、T2”の値や圧力差p3−p2、p3’−p2’、p3”−p2”の値は圧縮比により異なります。
 
 まず、T2、T2’、T2”の値やp2、p2’、p2”の値は、v2、v2’、v2”を断熱変化の公式か、または(2)、(4)式でs=0とした式に代入して求める。次にT3、T3’、T3”はT2、T2’、T2”の値にΔT=qin/cvを加えれば求まります。ここではΔT=1200Kと仮定します。
 次にp3、p3’、p3”の値は(1)式にT3、T3’、T3”とv3=v2、v3’=v2’、v3”=v2”を代入して求める。またT3、T3’、T3”になったときのエントロピー値s3=s4、s3’=s4’、s3”=s4”、は(2)式にT3、T3’、T3”とv3、v3’、v3”を代入して求める。[実際の計算値はこちらですマウス右クリックでダウンロード可。htmlファイルに変換していますが、もともとExcelファイルですから、Excelで読み込み再編集可。xls形式で再保存するとExcelファイルにもどります。]
 
 これらの値が求まれば、p-v線図等エントロピー(断熱)変化だから(4)式を用いて、またT-s線図等積変化だから(6)式を用いて描くことができます。下図はΔT=1200K(相対値でΔT=4)とした場合です。温度の最大瞬間値Tmaxは断熱圧縮で上昇したT2等の温度にΔTを加えた値になります。r=6〜10でTmax=1815〜1953Kとなります。

 右のT-s線図を検討すれば圧縮率とともに熱効率が良くなることが解る。例えばr=6と8の部分を取り出すと

となる。すでに述べたようにin=[台形a23cの面積]=[台形a2’3’bの面積]となるので、その両者から共通部分[台形a2dbの面積]を差し引いた残りの部分で [短冊22’3’dの面積]=[短冊bd3cの面積]が成り立つ。そのため、熱機関が外部に対してする正味の仕事で、r=8の場合のw’net=[平行四辺形12’3’4’の面積]は、r=6の場合wnet=[平行四辺形123’4の面積]よりも[短冊b4’4cの面積]分だけ多くなる。r=10に上げれば、その差は[短冊s4”4”4s4]に拡大していく。これが圧縮率を上げれば熱効率が良くなる理由です。
 ここでもう一度注意しますが、発熱量qinが圧縮比によって変わるわけではありません。また、2.(1)3.の熱効率の式を見れば解るように熱効率は発熱量qinには関係していません。つまり[平行四辺形12d4’の面積]/[台形a2dbの面積]=η=[平行四辺形1234の面積]/[台形a23cの面積]だから、もともと発熱量一定の条件を課さなくても圧縮比を高めれば発熱量には関係なく熱効率は良くなります
 これらのことを明らかにしたのは熱力学理論の大きな成果の一つです。

 

.間歇燃焼サイクルの動力特性

 オットー、ディーゼル、サバテサイクルなどの間歇燃焼サイクルは、特徴的な動力特性を持っています。
 間歇燃焼サイクルでは2.(1)2.のダイアグラムで説明したように1サイクルで成される仕事Wはクランク軸の回転数にかかわらずほぼ一定のWであると考えることができる。もちろん2サイクルか4サイクルかにより単位回転数当たりのWは異なりますが、回転数の大小に依存しない値であることは確かです。

 そのためエンジンの発揮する仕事率P(馬力)

となります。仕事率単位のワット馬力の関係はこちらを参照されて下さい。
 このとき、横軸をサイクルの回転数 、縦軸をにしてグラフを描くと

の様になります。
 このときWは f に依存せずほぼ一定な値となることは注目に値する。シリンダー内混合気体の爆発圧力で仕事(軸トルク)を行いますが、エンジン内で混合気は爆発が起こればいつもほぼ同一の爆発力で同一のサイクルを描くからです。
 但し、実際のエンジンでは吸気や排気の為の仕事が必要ですので、回転数がゼロに近づけばW(軸トルクT)は減少します。また、逆に回転数が大きくなるとピストンの往復運動速度が速くなるので混合気の燃焼膨張速度がピストンの下降速度に追いつけなくなってその分有効な圧力が働かなくなり仕事W(軸トルクT)は少しずつ減少してゆきます。そして有る回転数以上になると燃焼膨張の速度がピストンの動きに追いつけなくなるので、仕事W(軸トルクT)は急速にゼロになります。これは取り出せる力(推力)がゼロになると言っても良い。[下図参照]

 現実にはこのようなエンジン特性となるのですが、間歇燃焼サイクルの本質は、仕事W(軸トルクT)が回転数にかかわらずほぼ一定となることです。また、そのためにエンジンの仕事率Pはほぼ単位時間当たりのサイクルの繰り替えし数 f に比例して増加します。これらは電動機の特性と比較すると解るように、間歇燃焼サイクルの大きな特徴です。

補足説明1
 一般的に自動車エンジンの性能は、前記の仕事率P仕事Wではなくて、軸出力P軸トルクTで表されます。そのとき

の式を見れば明らかなように、仕事率P(エンジン出力)は軸出力Pそのものです。また仕事W軸トルクTそのものです。エンジンの具体的な軸トルク測定法はこちらを参照されて下さい。
 そのため、現在の自動車に主として用いられている間歇燃焼サイクルエンジンの軸トルク性能曲線はエンジン回転数f’に関わらずほぼ一定になります。実際には回転数f’の増大と共に軸トルクTは少し増・減するのですが、簡単な考察では“軸トルクTは回転数f’にかかわらず一定”と見なせます。これは間歇燃焼サイクルの第一の特徴です。
 
 動いている自動車には空気抵抗、車輪の転がり摩擦、その他諸々の進行方向とは逆向きの抵抗力が働きます。その時、推力>抵抗力ならば自動車は 加速度=自動車の質量/(推力−抵抗力)>0 で加速され増速していきます。逆に推力<抵抗力ならば加速度<0となり減速していきます。推力=抵抗力ならば加速度=0等速度運動を続けます。
 一般に、自動車は止まった状態から動き始めるとき最も大きな加速度が必要で、最も大きな推力Fが必要です。そして加速が終わり定速運行状態になったときには推力は小さくても良くなります
 ところが、上記の様に間歇燃焼サイクルでは軸トルクTは回転数f’にかかわらずほぼ一定です。これは現在の自動車が利用している内燃機関エンジン(間歇燃焼サイクル)の力学的な特性です。以下で述べるように、内燃機関の吸気管のアクセルコントロールで回転数を変えることはできますが、軸トルクTを変える事はできません。これは電圧をコントロールして軸トルクそのものを簡単に変えることができる電動機(モーター)と根本的に異なるところです。
 
 間歇燃焼サイクルエンジンでは、アクセル操作(混合気供給量の変更)以外に、“推力を変える為の機構(変速機)が必須”になります。つまり、エンジンと車輪を結ぶ回転の減速比(ギア比)を変えることによって、車輪と地面との接触面に働く力(推力)Fを変えます。軸トルクT=力F×回転中心からの距離L ですが、減速比を上げるとは回転中心からの距離Lを小さくすることですから、力Fは大きくなります。
 減速比の話では解りにくいので、車輪の半径を変えることで減速比を変えることにします。例えば軸トルク100N・m=一定のエンジンの車軸に直接車輪が付けられているとして、減速比を車輪の半径r1m→2m→5m→10mと取り替えることで実現するとします。(下図参照)

 そのとき、エンジンの軸トルクT=力F×半径rは回転数や減速比にかかわらずいつも同じ(100N・m)ですから、タイヤと地面の接地面に働く力(推力)は車輪の半径が増大するにつれて100N→50N→20N→10Nと減少していきます。つまり半径が小さな車輪に付け替えると車を押す力(推力)は大きくなり、半径が大きな車輪に付け替えると推力は小さくなります。軸トルク=力×回転中心からの距離 ですから減速比を変えるとは、車輪の回転中心からの距離(すなわち車輪の半径)を変えることです。
 現在の内燃機関自動車エンジンは、その特性から減速比を変えることによって推力を調整しており、アクセル操作で推力を調整しているのではありません。アクセル操作は回転数を変えているだけです
 ある速度で進んでいる自動車が一時的に推力を上げて加速したいときには、減速比を大きくして(つまり小さな半径の車輪に付け替えて)から回転数を上げ(これはアクセル操作で可能)て達成します。車輪の半径を小さくしているので、同じ速度を維持するためには、当然回転数を大きくしなければなりませんが、その場合には推力が抵抗力にまさるので加速でき回転数を上げることができるのです。
 加速する必要なくなり小さな推力で巡航できる定速運動に達したならば、減速比を小さくして(つまり大きな車輪に付け替えて)推力を下げ、回転数を下げ(これもアクセル操作で可能)て単位時間の爆発回数を少なくして燃料の消費を押さえます。
 これらは間歇燃焼サイクルの内燃機関エンジンを制御するとき必須の操作です。

補足説明2
 自動車を運転するときアクセルを踏み込めば推力を大きくできるように見えますが、アクセルは単位時間当たりの混合気の供給量を変えるだけです。アクセルを踏んでベンチュリー弁を開くと、単位時間により大量の混合気を供給できるようになり、単位時間により多くの爆発をシリンダー内で起こせて回転数を上げることができますが、アクセル操作は回転数を変えるだけで、回転力(軸トルク)そのものを変えているのではない
 もちろんアクセルペタルを踏んだだけでは回転数を上げることはできません。現在のオートマチック車(現在の主流はCVT無断変速です)では、アクセル操作と連動して自動的に減速比を変えるように電子制御されています。急激にアクセルを踏み込むと自動的に減速比が大きく(上記の話では小さな車輪と交換すること)なり、推力が抵抗力を上回るために加速されて、結果として回転数が上がるのです。
 このような事が起こっているために、あたかもアクセル操作で軸トルク(あるいは推力)が変更できるように錯覚しますが本当はそうではありません。
 
 これに対して電動機はまったく異なった特性のエンジンです。内燃機関が100年かかっても実現できなかった軸トルク特性曲線を原理的に実現しています。モーターは加える電圧が一定の場合には、低回転数のとき大量の電流が流れて一番大きなトルクが発生します。そして速度が上がり、加速が必要なくなる高速回転の領域では自動的にトルクは減少していきます。電動機のこの特性は車や電車の動力としてはとても好ましいものです。
 最近では、電圧制御コンバータにより、さらに細かく任意に制御できます。これは電気自動車の優れた特性です。

補足説明3
  回転数が変化しても1回転当たりの軸トルクT(仕事W)は変化しないのですが、回転数が上がれば単位時間当たりに車に対して成される仕事量はふえますから仕事率Pは回転数 f’に比例して増大します。つまり、間歇燃焼サイクルエンジンは回転数を上げれば単位時間当たりの爆発回数が増えるために、“出力(仕事率P)は回転数f’にほぼ比例して増大”します。これは間歇燃焼サイクルエンジンの第二の特徴です。
 
 しかし、アクセルをいくら踏み込んだからと言ってもエンジンの回転数がむやみに大きくなるわけではありません。なぜなら、高速回転では吸気や排気が追いつかなくなり、ピストンの移動速度も速くなるので混合気体の爆発膨張がピストンの移動に追従できなくなるからです。実現できる回転数には限界があります。
 そのとき、エンジンを多気筒にすればより高回転数が実現できます。なぜなら、同じ総排気量でも気筒数を増やせば個々のシリンダー容積を小さくでき、ピストンストロークも短くできて移動速度を遅くできる。そのため、高速回転の吸気・排気に対応でき、ピストンが混合気の爆発膨張圧力を受け止めることができるようになるからです。
 その時、バルブ駆動方式が オーバーヘッドバルブ(OHV)→オーバーヘッドカムシャフト(OHC)→ダブルオーバーヘッドカムシャフト(DOHC) と改良されていったのも、往復運動をする部分の質量をできるだけ小さくして高速回転に対応するためです。
 また吸気と排気のバルブを二個ずつにするマルチバルブ化もバルブ開口面積を増やし、一つ当たりのバルブ質量を軽くして高速回転に追従しやすくするためです。
 
 これが、フォミュラーカーレース(F1)に最初に参戦(1964年)したときに、ホンダが取った戦略です。当時のF1のレギュレーションには総排気量の規制(1.5リットル)は有りましたが、気筒数については無かったのです。そのため、ホンダは総排気量は同じだが気筒数(当時の主流はV8)を増やしたV型12気筒(1気筒4バルブを採用)の高回転・高出力エンジンを開発した。
 これは、オートバイ(二輪車)レースで実践して成功し、無敵のホンダレーサーを作り上げた手法と同じでしたが、当時としては驚異的な高回転・高出力を実現した。そしてホンダは1965年のF1最終戦で念願の初優勝(ドライバーはリッチ・ギンサー)を果たします。この偉業は、ホンダのエンジンと共に、当時とても話題になりましたので、私自身も良く覚えています。

 

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(2)ディーゼルサイクル(圧縮点火エンジン)

 このエンジンは、ドイツのルドルフ・ディーゼル(Rudolph Diesel)が1893年の論文で提案したアイディアに基づく。そのアイディアとは0℃ の空気を元の体積の1/16以下に断熱圧縮すれば、その温度は550℃以上になり、そこへ燃料を吹き込むだけで着火することに気付いたことです。この着想の中心は点火プラグと気化器を燃料噴射器で置き換えることです。

 ディーゼルサイクルでは燃料は後から吹き込むので、オットーサイクルに内在していた混合気の自然着火の呪縛から解放されて燃料効率の良い高圧縮比(r=12〜24)のエンジンをつくることが可能になる。また気化による混合を必要としないので重合度の高い安価な燃料を用いることができる。

.理想ディーゼルサイクル

 ディーゼルエンジンの燃料噴射過程はピストンが上死点に近づいたときに始まり、動力行程の最初の段階の間継続する。そのため燃焼過程は比較的長い時間継続し等圧の基での加熱過程で近似される。それ以外の過程はオットーサイクルと同じです。
 P-Vダイヤグラムの2→3の過程が圧力一定のもとで体積が増大する様に描かれるのは、あらかじめ燃料が混合してある気体を瞬間的に燃焼されるオットーサイクルと違って、ディーゼルサイクルはシリンダー内に燃料を噴射しながら燃焼する為に、燃焼に追従する形でシリンダー容積が膨張できるからです。
 ただし、等圧の仮定が妥当なのは低速回転のディーゼルサイクルに対してであって中・高速回転のディーゼルサイクルにはもう少し改良されたモデルが用いられる。2.(3)サバテサイクルを参照されたし。

 これらのグラフを描くには2.(1)4.で導いた理想気体の状態方程式を用いればよい。やり方はオットーサイクルの場合と同じです。ただし、T-s線図については、定圧変化の部分2→3は(5)式を用いて描き、定積変化の部分4→1は(6)式を用いて描けばよい。

 

.熱効率

 一定圧力の基で作動流体に加えられる熱量と、一定容積の元で作動流体から放出される熱量は

となる。ここで、h3とh2はそれぞれ状態3と状態2で作動流体が持つエンタルピーである。エンタルピーについては別稿「反応熱と熱化学方程式」1(3)を参照されたし。
 ここで新たに締切比rc(cutoff ratio)を下記の様に定義すると空気標準仮定の基での理想ディーゼルサイクルの熱効率は

となる。
 ディーゼルサイクルの効率はオットーサイクルの効率よりも( )内の量だけ異なる。その値は常に1より大きい。そのため圧縮比rが同じ場合、熱効率はオットーサイクルよりも悪くなる。締切比rc→1に近づくと( )内の値→1となり、オットーサイクルと同じ熱効率になる。
 ところが、ディーゼルサイクルは火花点火ガソリンエンジンよりもずっと高い圧縮比rで運転できるため、熱効率ηはオットーサイクルよりもかなり良くなる。そのため高めの圧縮比:r=12〜24で運転される。

 また、ディーゼルエンジンは火花点火エンジンよりも一般に低い回転数で運転されるため燃料はもっと完全に燃焼され、その点に於いても熱効率が良くなる。一般のディーゼルエンジンの熱効率はηDiesel=35〜40%の範囲にある。

 

.二サイクルディーゼルエンジン

 二サイクルガソリンエンジンでは混合気を用いて掃気したが、二サイクルディーゼルエンジンでは空気だけを用いて掃気を行うため、この部分での燃料損失は起きません。そのため掃気に時間的余裕がある低速回転ディーゼルエンジンでは特に有利になる。過給機を備えた大型船舶用低速回転ディーゼルエンジン(100〜200rpm)などで用いられている。(下図参照)

 これに対して四サイクルディーゼルは、比較的小型で高速回転を必要とする所に用いられる。

 

.ガソリンエンジン(オットーサイクル)と比較したディーゼルエンジンの長所・短所

  両者とも間欠燃焼式であり、自力で始動できないが、回転数、回転力を敏速に増減できる共通の特徴を持つ。以下にガソリンエンジンと比較した場合の長所と短所を述べる。

[長所]

  1.  熱効率が高い。これは圧縮比が高いこと、絞り運転(出力調節のため絞り弁により吸入空気量を減らすこと)をしないことによる。自動車用ガソリンエンジンの最高熱効率は30%、ディーゼルエンジン(直接噴射)のそれは38%程度。船舶用ディーゼルエンジンでは50%を超すものもある。ディーゼルエンジンは熱機関のうちでもっとも熱効率が高いことから、主として経済性が重視される分野で活躍している。船舶用の主機・補機、トラック、バス、乗用車、建設機械、農業機械、鉄道車両、産業車両、発電など。特に船舶については、かって主流であった蒸気タービンに変わって今日ではその燃費の良さからディーゼルエンジンがその動力の殆どを担っている
  2. 大型、大出力にできる。船舶用機関ではシリンダー内径1m、14気筒、エンジン重量は2000トンを超えて出力10万馬力以上を出すものもある。ガソリンエンジンではノッキングの発生がシリンダー径を制限するが、ディーゼルエンジンではこのような制限はない。ディーゼルエンジンは燃焼および機関の強度上過給気に適しているので、“過給機”により高出力化ができる。
  3. 点火のための電気系統が不要。構造が頑丈で信頼性、耐久性に優れる。
  4. 二サイクル機関の場合、空気のみで掃気を行うので、掃気の吹抜け損失があっても、それが直接には燃料の損失や排ガス中における未燃炭化水素 HC の増加を意味しない。低回転の場合二サイクルによる高出力化が可能。
  5. 燃料を直接圧縮空気に吹き込むために、希薄燃料で着火・燃焼でき、完全燃焼して一酸化炭素 CO および HC の排出量が少ない。使用燃料の揮発性が低く安全であり、燃料の種類に対する柔軟性がある。

[短所]

  1. 高速化が困難(乗用車用エンジンではガソリン車6000回転/分、ディーゼル車5000回転/分程度)。ディーゼルエンジンは圧縮比が高く、ガス圧力が高いので、高圧力に耐えるためピストンやクランク軸が頑丈に作られている。そのため可動部が重くなり摩擦損失が大きく、それは高速回転になると急増する。
  2. 無過給エンジンでは機関の重量・容積当りの出力が低い。ディーゼルエンジンでは圧縮空気中に燃料を噴射して燃焼させるため、シリンダー内の空気をすべて燃焼に利用できず、過給機関は別としてシリンダー容積当りに得られる有効仕事が少なく、エンジンが重くて低速であることによる。
  3. シリンダー内圧力と圧力上昇率が高いために、振動、騒音、回転力変動が大きい。
  4. 高負荷時に黒煙が出たり、低温始動時に白煙や無負荷・低負荷運転時に刺激性の青煙が排出されたりする。

 

補足説明1]燃料効率について
 私は以前ディーゼルエンジンの乗用車に乗っていました。確かに振動・騒音はありましたが、燃費は同型のガソリン車よりもはるかに良かったのです。そして18年乗りましたが、乗れば乗るほどエンジンの調子は良くなりました。
 その最大の理由は高圧縮比で運転できること。それ以外には、ガソリン車は混合気に着火するためにむやみに希薄(燃料に対して空気量が多い)にできないが、ディーゼル車は圧縮された空気に後から燃料を噴射するために非常に希薄な燃料で着火・燃焼できること。そのため不完全燃焼によるCOやHCの排出は少ない。また、ディーゼルエンジンは絞り運転をしないことによる。ガソリンエンジンでは出力調節のため絞り弁により吸入空気量を減らすため、低負荷の時にはスロットルバルブはほとんど閉じており混合気吸入の為の仕事のロスが出てくる。
 
 誤解されていることが多いのですが、熱効率を燃料の軽油とガソリンの発熱量の違いで論じるのは間違っています。ガソリンの密度(0.6〜0.74kg/L)が軽油(0.82〜0.88kg/L)より小さいために、単位体積で比較すると軽油の方が発熱量(ガソリンは32.7MJ/L、軽油は34.3MJ/L)が多い様に見えますが、単位質量当たりで比較(ガソリンは44MJ/kg、軽油は42MJ/kg)するとむしろ軽油の方が少なくなります。それはガソリンが炭素数5〜11の炭化水素であるのに対して軽油は炭素数12〜22の炭化水素なので、単位質量当たりに含まれる発熱に関与する化学結合(C-C、C-H結合)の数が軽油の方が少ないからです。
 熱効率を比較するには燃料の発熱量を同じにして比較しないと意味がありません。ディーゼルエンジンの熱効率が良いのは同じ発熱量でも、より高温の状態(より圧縮された、より狭い空間)で開放するため気体温度がより高い所で運転できるところにあります。[2.(1)4.参照

補足説明2]大気汚染微粒子について
  大気汚染微粒子に関して大都市地域においては自動車排気の比率が大きく、SPM(suspended particulate matter ;浮遊粒子状物質)とも呼ばれます。その中でもさらに粒径の小さいPM2.5(Paticulate Matter)と呼ばれるSPMやディーゼル車から排出される微粒子DEP(Diesel Exhaust Particles ;ディーゼル排気微粒子)は、発がん性、呼吸器系疾患、循環器系疾患やアレルギーとの関連が指摘されています。

 エンジンの改良が進み排出される粒子は減っていると言われているが、見かけはクリーンでも排出される微粒子がさらに小さく成っただけの可能性もある。微粒子の排出に関してはディーゼルエンジンはガソリンエンジンよりも100〜1000倍多いといわれておりヨーロッパに比較して日本ではディーゼルエンジンに関してより厳しい評価をしている。そのためディーゼルエンジンの乗用車は最近ほとんど見かけなくなりましたが、トラックやバスや産業機械では依然重要な位置を占めているのですから、この微粒子による大気汚染には今後十分な対応を図っていく必要がある。

 

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(3)サバテサイクル

 内燃機関の燃焼過程を等積または等圧過程で近似することは、単純化しすぎている。もっと良い近似方法は等積と等圧の二つの熱伝達過程を合わせ持つモデルにすることです。この考え方に基づく複合燃焼サイクルのことをサバテサイクルと言う。
 それぞれの過程中に加えられる熱量の比は、実際のサイクルに最も近くなるように調整される。中・高速回転のジーゼルエンジンはサバテサイクルに近くなる。

.理想サバテサイクル

サバテサイクルのp-v線図とT-s線図は下記の様になる。

ここで新たに圧力上昇比rpを以下の様に定める。

サイクル中に作動流体に加えられる熱量と、作動流体から放出される熱量は

で表される。

 

.熱効率

 空気標準仮定の元での熱効率は

となる。オットーサイクルは締切比rc=1の場合であり、ディーゼルサイクルは圧力上昇比rp=1の場合に相当する。

 

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(4)スターリングサイクル

 オットーサイクルやディーゼルサイクルの熱効率は無限小温度差でTmaxとTminの熱源と等温的に熱のやり取りをするカルノーサイクルよりもかなり悪い。その悪い理由は二つあります。
 一つはTmaxとTminの温度で等温的に熱のやり取りができずに、大半はTmaxよりも低い温度で熱をもらい、Tminよりも高い温度で熱を排出しなければならないことです。
 もう一つは外界の熱浴と温度差がある状態で熱のやり取りが生じ全体的可逆性ではなく、内的可逆性しか達成できないことです[1.(1)4.参照]。

 高温熱源Tmax=THから無限小温度差等温過程で熱を受け取り、低温熱源Tmin=TL無限小温度差等温過程で放出するカルノーサイクルは二つの温度限界の間で作動するサイクルの内でもっと効率の良いサイクルです。そのとき、二つの等温過程を繋ぐ方法を変えれば、全体的可逆サイクルはカルノーサイクル以外にも何種類か考えられます。
 
  1.カルノーサイクル:二つの等温過程を二つの等エントロピー(断熱)過程で繋ぐ。
  2.スターリングサイクル:二つの等温過程を二つの等容積再生加熱冷却過程で繋ぐ。
  3.エリクソンサイクル:二つの等温過程を二つの等圧再生加熱冷却過程で繋ぐ。
 
 スターリングサイクルとエリクソンサイクルの再生加熱冷却過程とは、貯熱装置(再生器)に熱を蓄えたり、それから熱を引き出したりしながら作動流体の温度を変えて二つの等温過程(高温熱源−等温加熱、低温熱源−等温放熱)間を繋ぐものです。カルノーサイクルの断熱的方法以外にもやり方があると言うことです。
 理想的な場合には、その過程の熱の流入と流出は再生器を通して行われるので量的に必ず同じになる。そのため高温熱源温度と低温熱源温度がカルノーサイクルと同じなら熱効率はカルノーサイクルと同じになります
 この再生という考え方は一般的な(つまり等温過程でない)サイクルでも、熱効率を改善する有力な方法です。後ほど2.(6)5.6.で詳しく説明します。

.スターリングの発明

 スターリングエンジンは、1816年にロバート・スターリング(スコットランド:Robert Stirling:26歳)が発明したもので、空気を作動流体とするガスエンジンです。これはカルノーがカルノーサイクルの着想を得た1824年より8年も前のことです。
 当時水蒸気を作動流体とする蒸気機関が隆盛であったが、ボイラーの爆発事故が多発した。そのため、スターリングは効率は低いが安全性の高い大気圧空気を作動ガスとした熱機関を考案したのです。
 彼が最初(1816年))に考案したもの(β型)は、熱効率8%程度であったようです。その後、彼の弟のJames Stirlingsと共に1843年に圧縮機を利用した高圧空気(12気圧)を使用する複動γ型エンジンを開発して、熱効率を18%へ向上させた。原理は簡単ですが、一つのシリンダー中の作動流体に対して短時間に加熱・冷却を交互に実施するのは難しい。そのため、実用化には独創的なアイディアが必要で、スターリングの発明の価値はまさにその点にある。

スターリングエンジンの詳細(図) より詳しくはランキンの“A Manual of the Steam Engine and Other Prime Movers (1859)”をご覧ください。この本はネットからダウンロードできます。

 スターリングの発明の要点は二つある。
 一番目は、動力を発生させるパワーピストンと作動流体を高温熱源側と低温熱源側の間で交互に移動させるディスプレーサピストン二つのピストンを用いること。
 二番目は、二つのビストンのクランク軸の回転位相差を60°〜110°に設定すれば、等温加熱、等温冷却のサイクルを近似的に実現して動力を取り出せることを見つけたことです。
 
 具体的な形式としては下記の三タイプがある。

[α型]
 両方のピストンが仕事のやり取りをするが、作動流体膨張時の仕事の取り出しは主に高温側のピストンが、圧縮時の仕事の注入は主に低温側のピストンが担う。ピストンの気密性は必要だがピストン軸のシールは必要ない。高温側ピストンは耐熱性と熱膨張を考慮した気密性の達成に困難さがある。別図で紹介する物ではその当たりが工夫されており、ピストン自身が蓄熱式再生器の働きもしているようです。
 
[β型]
 ディスプレーサピストンの気密性は不要ですが、パワーピストンを貫通する駆動軸のシールが必要。気密性が必要なパワーピストンが低温側にあることは有利なことです。小型化に適しており、多くの実用スターリングエンジンで採用されている。クランクによる出力取り出し機構にはロンビック機構を初めとして様々な機構が工夫されている。
 
[γ型]
 ディスプレーサピストンの気密性は不要ですが、駆動軸のシールは必要。気密性が必要なパワーピストンが低温側にあることは有利なことです。基本構造はβ型と同じですが、パワーピストンを別のシリンダーに収納しているため、加熱部・冷却部の配置に自由度が大きく熱伝導部に工夫をこらし易い。またディスプレーサ部の容量をパワーピストン部より大容量化し易い。熱伝導部を大きくした少温度差用のエンジンに適している。
 
 β型、γ型のディスプレーサは気体を移動させるためのものですが、蓄熱式再生器の働きも兼ねている。α型の両ピストンも工夫すると再生器の働きをさせることができる。

 

.スターリングエンジンの作動原理

 具体的なα型、γ型スターリングエンジンのメカニズムを示す。 [2.(4)3.に示すp-v線図、T-s線図と比較されたし]

 各過程の詳細をα型を例にして説明する。
 
1→2:等温冷却(低温圧縮)
 気体は冷却されながら体積を減少する。このときピストンやフライホィールの慣性力で両方のピストンにより外から仕事を加えられて圧縮されていく。この過程は冷却されながら圧縮されるので、ほぼ等温圧縮(低温)と見なせる。
 
2→3:等積加熱
 右側のピストンは上死点に近づき、左側のピストンは上死点から離れるために、両ピストンが左方に動き、ほぼ等体積が実現され外界との正味の仕事のやり取りは無い。作動気体は再生器から熱を受け取りながら左の加熱室へ移動させられ、加熱室でさらに加熱される。
 
3→4:等温加熱(高温膨張)
 気体は左側の加熱部にいるので、気体は加熱されて圧力が高まる。そのとき右側のピストンは上死から下死点に向かい、左側のピストンは下死点に向かって動く。両方のピストンは、気体の圧力増大の効果を受けて仕事をされながら左右へ離れていき、気体は膨張する。このとき外に対して仕事がなされる。この過程は加熱されながら膨張するので、ほぼ等温膨張(高温)と見なせる。
 
4→1:等積冷却
 左側のピストンは下死点から上死点へ向かい、右側のピストンは上死点から下死点へ向かう。そのため両ピストンは等容積を保ったまま右に移動する。シリンダー内容積はほぼ一定に保たれるために正味の仕事はなされない。作動気体は再生器に熱を移して冷却されながら右の冷却室へ移動し、さらに冷却される。

 ここで注意してほしいことは、加熱室と冷却室中の作動気体の温度は異なるが両室の圧力は常に等しい状態を保ちながら変化する事です。また、過程2→3で流入する熱量と過程4→1で流出する熱量は再生器を仲介にしてやり取りされる熱量なのでその絶対値は等しくなる。さらに、圧縮行程の圧力は低温のため、高温の膨張行程時の圧力より小さい。そのため同じピストンストロークでも外への仕事が大きくなり、正の仕事が取り出せる。

 α型では両方のピストンが仕事のやり取りに係わっていたが、β型やγ型では仕事を取り出すピストンが低温(冷却)室側のパワーピストンに限定されている。また、二つのピストンの位相関係もα型と異なる。γ型については上右図を、β型については次図を参照。いずれも動作原理はα型と同じです。こちらも同様なβ型の例です。
 二つのピストンクランクの最適な回転位相差角度は、装置の特質や運転状況により60〜110度の間で少し変化します。下図の装置では60〜70度が最適であるということです。

 

.理想スターリングサイクルの熱効率

 理想スターリングサイクルのダイヤグラムを示す。これらのダイヤグラムも2.(1)4.と同様にして描ける。参考のためにカルノーサイクルも並記する。

各過程で出入りする仕事と熱量は

となる。これを熱効率の定義式に代入すると

となる。ここで重要なことは、T-sダイヤグラムの過程2→3で流入する熱量(図の23)と過程4→1で流出する熱量(図の41)は再生器を仲介にしてやり取りされる熱量なのでその絶対値は等しくなることです。そのため高温熱源と低温熱源における熱移動が完全に等温可逆的に行われれば、理想スターリングサイクル熱効率はカルノーサイクルと同じになります
 再生器の熱容量やその伝達面積が小さい場合には再生過程の加熱・冷却が十分にいかず2→3や4→1の過程での気体温度変化幅が(TH−TL)まで達しなくなる。そうすると効率は悪くなります。十分な再生過程を利用できて初めて作動流体の体積変化がカルノーサイクルより少なくても、同じ熱効率が実現できるということです。

 

.スターリングエンジンの長所と短所

[長所]

  1. 熱源を選ばない。
    外燃機関であるため、太陽熱、バイオマス、廃熱・・・等々なんでも利用できる。また、100℃程度の温度差でも作動可能。
  2. 排ガスがきれい。
    燃焼が連続燃焼であるため完全燃焼が達成でき一酸化炭素や炭化水素などを排出しない。また、シリンダー内での高温・高圧燃焼を利用する内燃機関で発生する窒素酸化物(強い酸化作用を持つ酸性公害物質)を出さない。[窒素は本来化学的に不活性なのですが、高温・高圧の窒素は酸素と反応するようになる。しかし、スターリングサイクルの燃焼は比較的低温・低圧力で行われる。]
  3. 静粛性に優れる。
    作動ガスの圧力変動が正弦関数であり、急激な爆発・膨張を伴わないので振動や騒音が低い。
  4. 可逆サイクル。
    仕事を加えて熱ポンプ、冷凍機として利用できる。
  5. 熱効率が良い。
    可逆サイクルの等温変化に近い形での熱のやり取りが行われることから高熱効率を実現しやすい。
  6. 長寿命。
    金属間の摺動部が少なく摩擦も小さい。またシリンダー内の圧力変動もゆるやかであるので機械の寿命が長い。
  7. 急激な負荷変動に鈍感。
    外燃機関なので、ノッキング(内燃機関では急激な負荷増加のとき生じる)などの不調を生じにくい。ただしこれは[短所]3.を意味する。
  8. メンテナンスが簡単
    3.や6.にも関係するが、作動メカニズム自体は複雑だが全体として込み入った機構は少ないので整備が簡単で、長い間放置していてもすぐに可動できる。

[短所]

  1. 重くかさばる機構が必要
    作動メカニズムが複雑なためそれを実現する機構が必要。また、外燃機関であるために、熱交換機や蓄熱式再生器が必要になり、大きく重くなる。
  2. 高出力を発生するのが難しい。
    1.の短所と表裏一体ですが、エンジンの出力当たりの容量・重量が大きくなり、小型・軽量の高出力エンジンをつくるのは難しい。
  3. 急激な出力変化を生み出すのが難しい。
    作動原理から明らかなように、出力を急激に増大・減少させることは難しい。
  4. 瞬間的にしか高温にならない往復内燃機関や蒸気温度で決まる蒸気機関と違い、常に高温にさらされる加熱部は材料強度の面で造るのが難しい最高750℃程度以上に上げるのは難しく、熱源温度の点からも熱効率に制限がある
  5. 作動気体のシールが難しい
    熱効率を上げるには、作動ガスに粘性率が小(再生器内の流動損失が少ない)で且つ熱伝導率が大(熱伝達性が良い)の水素やヘリウムを用い、高圧の基で作動させるのが良い。しかし、そういった高圧の気体を閉鎖系に閉じこめておくことは難しい。

 理想的なスターリングサイクルはカルノーサイクルの効率と同じです。しかし、実際にこの効率を実現することは難しい。加熱器や冷却器や再生器に於いて可逆的な無限小の温度差間の熱伝達を実現するには[無限に広い伝達面積][無限に長い時間]を必要とするが、実用的な運転速度でそれを達成することは不可能だからです。また再生器内の摩擦による圧力損失もあり、注意深く設計されたスターリングエンジンでも熱効率ηStirling=40%を実現するのがやっとです。しかしながらこの値は、低出力熱機関としてはかなり高い熱効率(下図参照)を実現しており、実用化の可能性が多方面で検討・模索されている。

 

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(5)エリクソンサイクル

 これは1800年代の中頃スウェーデン系アメリカ人のジョン・エリクソン(John Ericsson)が考案した、空気を作動流体として利用する開サイクルエンジンです。

.エリクソンエンジンの作動原理

エリクソンエンジンの詳細(図)

エリクソンエンジンの詳細(図) より詳しくはランキンの“A Manual of the Steam Engine and Other Prime Movers (1859)”をご覧ください。この本はネットからダウンロードできます。

1→2:等温冷却(圧縮行程)
 ビストンが下降の途中で作動シリンダーの排気バルブが閉まりつつ排気は継続していき圧力は高まる。、供給シンリダーの吸入バルブはピストンが下死点にきたとき閉まる。
 
2→3:等積加熱
 吸入バルブが開く。タンクより冷たい加圧された空気が再生器から熱をもらいながら作動シリンダーへ流入する。
 
3→4:等温加熱(膨張行程)
 ピストンが約1/3行程上昇したところで作動シリンダーの吸入バルブは閉じ、作動シリンダーは閉じた状態で加熱されて外部に仕事をしながら等温的に膨張してゆく。供給シリンダーの排気バルブが開きタンクへ空気が圧入される。
 
4→1:等圧放熱
  吸気シリンダーの吸気バルブと作業シリンダーの排気バルブが開き、ピストンは自らの重さにより下降を始める。作動シリンダーからは、仕事が終わった熱い空気が再生器に熱を与えながら排気バルブより排出される。

 

.理想エリクソンサイクルと熱効率

 理想エリクソンサイクルのダイヤグラムを示す。これらのダイヤグラムも2.(1)4.と同様にして描けるが定圧変化のT-s線図はそこの(5)式を用います。参考のためにカルノーサイクルも並記する。

各過程で出入りする仕事と熱量は


もしエリクソンサイクルが理想的な状況で実行できれば、その熱効率はカルノーサイクルと同じになります。しかしそれを実現するのは機構的・技術的に極めて難しい。

 エリクソンエンジンは開サイクルのため二組のバルブ機構が必要で、そのカタカタという作動音が非常にうるさく、破損しやすかった。エリクソン号に装備されたエリクソンエンジンも蒸気機関の性能に遠く及ばないものであって、機構的・技術的に所定の性能を発揮することはできなかった。そのめたエリクソンの関心もスターリングエンジンの開発販売の方へ移って、エリクソンサイクルの改良をあきらめてしまう。
 エリクソンサイクルの実現は難しいが、その考え方がブレイトンサイクルの改良[2.(6)6.参照]と関係するのでここで取り上げました。

 

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(6)ブレイトンサイクル(ガスタービン)

 ブレイトンサイクルは1870年頃にジョージ・ブレイトン(George Brayton)が油炊きの往復機関として最初に提案したサイクルです。しかし、今日では、この名前はガスタービンエンジンに対してのみ用いられている。

.ブレイトンサイクルのダイヤグラム

 一般にガスタービンは下左図の様に、開いたサイクルで運転される。外気から空気を取り込みタービンにより断熱圧縮され、一定の圧力の基で燃料が燃やされる燃焼室に送り込まれる。そこで燃焼した空気は高温の燃焼ガスとなり、ガスタービンを回転させながら断熱的に膨張冷却して大気圧の中へ排気される。

 ただし、工学で考察するときには上左図の過程を上右図の閉じたサイクルで置き換える。すなわち、断熱圧縮過程断熱膨張過程はそのまま残されるが、燃焼過程は外部熱源からの等圧加熱過程、排気過程は外部熱源への大気圧の基での等圧放熱過程で置き換える。これらの4つの内的可逆過程からなる閉じた理想サイクルのことをブレイトンサイクル(Brayton cycle)という。

 このサイクルは定常流過程として解析される。そのとき1.(1)2.で述べたように、解析を簡単化するために作業流体の運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの変化は無視される。また1.(5)で説明した空気標準サイクルの仮定を適用する。
 理想的ブレイトンサイクルのp-v線図、T-s線図は下記の様になる。

 1.(4)2.で説明したように、流れ系のサイクルでやり取りされる仕事は上左図の着色領域の面積に関係することに注意。

 過程2→3と4→1は等圧過程なので、その過程で出入りする熱量は作業流体の持つエンタルピーh変化となる。つまり

が成り立つ。このようにエンタルピーが関係することについては別稿「反応熱と熱化学方程式」1(3)を参照されたし。ここでも空気標準サイクルの仮定をしているので、定圧比熱cpは一定値であるとしている。また、これらの式は単位質量当たりのものであることに注意。
 ここで過程1→2と3→4は等エントロピー(断熱)過程であり、過程2→3と4→1は等圧過程でp2=p3、p4=p1だから、断熱変化の公式を用いると

がなりたつ。ここの過程4→1の経路はp4=p1=[大気圧]であるということから定まっている。

 

.熱効率

 前項の式を用いると理想的空気標準ブレイトンサイクルの熱効率は

となる。
 つまり、理想ブレイトンサイクルの熱効率は断熱圧縮タービンの(入口と出口)の圧力比rpと、作動流体の比熱比κに依存する。室温における空気の比熱比κ=1.4の場合の、圧力比に対する熱効率の変化を下図に示す。

 圧力比rpはオットーサイクルやディーゼルサイクルの圧縮比rに相当する量で、そこでの考察を復習すればなぜ圧力比を上げれば熱効率が良くなるのか理解できる。この場合もより圧縮してから燃料を燃焼させると作動温度が高くできて、エントロピーの増大を押さえることができるから熱効率が良くなるのです。[2.(1)4.を参照されて、そこの(5)式を用いて同様のT-s線図を描いてみればよく解る。]

 

.熱効率を制限する最大温度Tmax

 ここでの議論も、2.(1)4.で用いた(1)〜(6)式、及び下記(7)(8)式を利用します。

 まずT1=T0=大気温度=300K、p1=p0=大気圧=101300Paとする。v1(1)式にT0とp0を代入するとv1=V0=0.85m3/kgとなる。
 グラフのT、p、vは、300K=T0、1.013×105Pa=p0、0.85m3/kg=v0に対する相対値で表す。また、(T,p,v)=(T0,p0,v0)のときのsの値であるs0を0と定める。またcp=1007J/kg・K、cv=718J/kg・K、κ=1.4、R=287J/kg・Kとすると、上記の方程式は

となる。

 間欠燃焼のオットーサイクルやディーゼルサイクルと違って、連続燃焼のブレイトンサイクルの最高温度Tmaxをむやみに高くすることはできない。その最高温度は、ダイヤグラムから明らかなように動力取り出し用断熱膨張タービンの入口の所(ダイヤグラムの状態3)で生じるが、その入口部分のブレード(回転動翼)が耐え得る限界温度により制限される。これがブレイトンサイクルの熱効率アップを制限する最大の要因です

 この制限がどの様な意味を持つのかを調べるために、最高温度をTmax=1200Kに固定して圧力比rp=3、8、20の場合のp-v線図T-s線図を描いてみる。サイクルの最初の状態1での値をT1=大気温度=300K、p1=大気圧=101300Pa、v1=0.85m3/kgとする。
 まず、p1p=3、8、20の値からp2、p2’、p2”が求まる。
 この値とT1の値を断熱変化の公式に代入すればT2、T2’、T2”が求まる。
 s3、s3’、s3”の値は(3)式に、Tに固定値Tmax=T3=1000KをT0に300Kを代入して、すでに求めたp2、p2’、p2”を代入すれば求まる。
 このs3、s3’、s3”値と(4)式を用いればp-v線図が描ける。
 同様にp2、p2’、p2”値と(5)式を用いればT-s線図が描ける。
 v4、v4’、v4”は(8)式にp=p1とs3、s3’、s3”を代入すれば求まる。
 また、T4、T4’、T4”は(7)式にp=p1とs3、s3’、s3”を代入すれば求まる。この値は排気ガスを捨てる大気圧によって決まることに注意されたし。
[実際の計算値はこちらですマウス右クリックでダウンロード可。htmlファイルに変換していますが、もともとExcelファイルですから、Excelで読み込み再編集可。xls形式で再保存するとExcelファイルにもどります。]
 
下図はTmax=T3=1200K(相対値T3=4.0)とした場合です。

 上右図で[台形a23bの面積]、[台形a2’3’b’の面積]、[台形a2”3”b”の面積]は空気の単位質量当たりに吹き込まれた燃料の量(発熱量)に関係する。圧力比が大きいほどその面積は少ないので、圧力比を上げればより少ない燃料で最高温度Tmaxに到達する
 
 また、[平行四辺形1234の面積]/[台形a23bの面積]=η、[平行四辺形12’3’4’の面積]/[台形a2’3’b’の面積]=η’、[平行四辺形12”3”4”の面積]/[台形a2”3”b”の面積]=η”は、各々の燃料吹き込み量(発熱量)と圧力比における熱効率を表す。図から明らかなように同じ最高温度でも燃料吹き込み量を減らして圧力比を上げれば熱効率は良くなる
 
 ところで、[平行四辺形1234の面積]=wnet、[平行四辺形12’3’4’の面積]=w’net、[平行四辺形12”3”4”の面積]=w”netは単位質量の空気が行う正味の仕事量を表す。図から明らかなように圧力比が大きなっても、また小さくなってもその値は小さくなる。つまり正味の仕事量は圧力比がある値のところで最大値をとる
 
 ブレイトンサイクルの場合は最高温度Tmaxの制限から熱効率の上限値そのものが制限されるが、熱効率を上げるために圧力比を上げて燃料の吹き込み量を減らして行くと、単位質量流量当たりに得られる正味の仕事量が少なくなってしまう。そのため熱効率が高いことが必ずしも良いことを意味しない。
 2.(6)2.の熱効率の式を見れば解るように熱効率は発熱量qinには関係していません。そのことを上右図のrp=2の場合を例にして説明するとη=[平行四辺形123‡4”の面積]/[台形a23‡b”の面積]=[平行四辺形123†4’の面積]/[台形a23†b’の面積]=[平行四辺形1234の面積]/[台形a23bの面積]であることを意味します。だから圧力比:rp=一定の条件下で発熱量qin(燃料の注入量)を増やしたとき変わるのは熱効率ではなくて単位質量当たりの気体がする正味仕事です。つまり、[平行四辺形123‡4”の面積]<[平行四辺形123†4’の面積]<[平行四辺形1234の面積]となります。ただし、その様にすると最高温度Tmaxが増大していきますので、タービンブレードの耐熱限界を超えてしまうということです。
 結局、ガスタービンエンジンは、最高温度Tmaxの制限から動力を取り出すのに最適な圧力比があり、その値をむやみに高くすることはできません。普通は圧力比:rp=11〜16が選択されます。そのため、実用ガスタービンエンジンの熱効率はディーゼルエンジンや蒸気タービンよりも低く最高でもηBrayton=30%程度です。
 このようなことが解るのも熱力学理論の大きな成果の一つです。

 最高温度Tmaxと最低温度Tminの値が固定されていると、圧力比が大きくなるにしたがってブレイトンサイクルの正味仕事量wnetは始めは増大し

で最大値を取り、それを過ぎると減少する。この式は、前記(7)式を用いて、以下のように証明できる。
 (7)式を上右図に適応して、qinとqoutに相当する部分の面積(積分値)を求める。

となる。正味仕事wnetが最大値を取る圧力比rpの値は

となる。
 ためしに、Tmin=T1=T0=大気温度=300K、p1=p0=大気圧=101300Pa、v1=V0=0.85m3/kg、cp=1007J/kg・K、cv=718J/kg・K、κ=1.4、R=287J/kg・Kとして、maxとrpを様々に変化させてwnetのグラフを描いてみると

となります。例えばTmax=1200Kの場合、rp=11.3でwnetは最大になります。それ以外のTmaxについて、wnetが最大値を取るときのrpの値は別表参照
 当然のことですがrp→1となればwnet→0となります。またrpが大きい方でwnet=0となるrpの値は状態1→2の断熱変化だけでTmaxとなるときの圧力比の値です。別表のT2が600Kや800Kになるときの圧力比の値で確かめてみて下さい。
 熱効率は、2.(6)2.で述べたように圧力比rpのみの関数であって、ここで設定したmax=T3の値には無関係であることに注意して下さい。もちろん発熱量qinの変化にも無関係です。実際ここで求めたqinとqoutを用いても全く同じ熱効率の公式が得られます。

 

.ガスタービンエンジンの実際

 実際のガスタービンは下図の様な構成です。

このとき空気は三つの働きをする。

  1. 燃料の燃焼に必要な酸素を供給する。
     ガスタービンの空燃比(燃料に対する空気の質量比)は普通50以上で運転される。つまり吸入する空気のごく一部が燃料の燃焼に使われるにすぎない。
     そのため燃焼ガスの燃料質量添加分の質量増加を無視した空気標準サイクルの仮定での解析をしてもそんなに誤差を生じない。
  2. 動力を生み出す作動流体として働く。
     そのとき等圧加熱と等圧冷却を断熱過程で繋ぐダイヤグラムの特質から明らかなように、ガスタービンエンジンでは空気の断熱圧縮のために、タービンの出力仕事の半分以上が使われる。この比を逆仕事比rbw(back work ratio)=[コンプレッサーの消費仕事]/[タービンの出力仕事]と言う。1.(4)2.で説明した様に、逆仕事比はP-v線図上で以下のように表される。

    この図で等圧加熱過程と等圧冷却過程では仕事のやり取りは無いことに注意
     別稿で説明する蒸気動力エンジンでは逆仕事比rbwは1%以下であるが、ガスタービンエンジンの場合逆仕事比=40〜80%と極めて高い値になる。これは取り出される仕事の多くを自分自身で消費してしまうことを意味する。そのため逆仕事比を小さくする事が重要な課題となる。
  3. 燃焼室やタービンブレードの冷却に用いる。
     連続燃焼を利用する熱機関では高温にさらされ続ける燃焼室側壁やタービンブレードの冷却は本質的に重要な課題です。具体的には下図のような方法で冷却するが、これはガスタービン開発のごく初期段階から用いられている最も重要な技術です。この技術があって初めて熱効率に深く関係する最高到達温度Tmaxを上げることができる。

ガスタービンの特徴としては

  1. 比較的小型軽量でも大出力が可能。
     2.(1)〜(3)で述べたレシプロエンジンでは空気の吸入・圧縮・燃焼・膨張・排気が、シリンダーとピストンで作られた空間で行われる。そのためエンジンが作動している時間の25%しか空気を吸い込めない。またシリンダー頭部の小さなバルブの開口部を通してしか空気を吸い込めない。
     これに対してガスタービンエンジンは、空気を大口径の圧縮機断面全部を使って、しかも連続的に吸い込める。また圧縮・燃焼・膨張の過程をそれぞれ別の場所で同時にかつ連続的に実施できる。そのためレシプロエンジンや、蒸気発生器・凝縮器のいる蒸気タービンエンジンに比較して、極めて小型軽量でも大出力が可能である。その特質を生かして、航空機用、発電用、海軍艦艇用のエンジンとして広く用いられている。
  2. 起動時間が短い。
     蒸気動力エンジンの起動には数時間を要するが、ガスタービンエンジンは数分で起動できる。そのため緊急用、予備補添用発電システムや船舶の高速走行時に働かせるエンジンとして利用される。
  3. 作動温度が高い。
     そのため蒸気動力プラントと組み合わせた複合サイクルの高温側に利用される。つまりガスタービンの排ガスでもって蒸気タービン用のボイラーを加熱する。そのためシステム全体としては、より高温度でのqinとより低温度でのqoutが実現でき、高い熱効率(50%を越える)を実現できる。最近の発電システムで多く利用されている。[複合サイクル実例][複合サイクル発電所(川崎火力発電所)
  4. 熱効率はあまり良くない。最高でもηBrayton=30%程度
     作動原理から来る制約のため燃料消費率が大きい。そのため熱効率の良いディーゼルエンジンや蒸気動力システムと組み合わせた相補的な利用方法が多い。
  5. 出力や回転数を頻繁に変更する用途には向かない。
     これも作動原理から明らかです。発電機、航空機、船舶用には向いているが、自動車用には向いていない。

 

.再生

 ガスタービンのダイヤグラムの特性から明らかなように、圧縮比rpが小さい場合、タービンを出る排気ガスの温度はコンプレッサーを出る空気温度よりもかなり高い。そのため、排気ガスの熱をコンプッサーから燃焼室に入る空気の加熱に用いることができる。このような操作を再生ということはすでに述べた[2.(4)(5)]。

上右図の4→6の冷却熱を2→5’の温度上昇のための加熱に利用すれば供給熱量(燃料)を節約できる。5’の温度まで加熱できるのは理想的な場合で、実際には5の温度までしか加熱できない。そのとき、以下の式で再生有効率εが定義される。

 有効率εを高くしようとするとより大きく長い再生器が必要になり、その中での摩擦による圧力損失も増えてくる。そのため実際の有効率は0.85以下で運用されている。
 再生が理想的に行われる(つまりT5→T4、T6→T2)場合で、空気標準サイクルの仮定が成り立つ理想的再生ブレイトンサイクルの熱効率を求めてみる。

この結果を図示する。

この図は、再生を伴うブレイトンサイクルの熱効率は、圧力比rpが低く[最低温度T1]/[最高温度T3の値が小さいときに高くなることを示している。つまりそのとき再生の効果が最も効いてくる。

 

.中間冷却と再熱

 1.(4)2.で説明したようにブレイトンサイクルの様な可逆定常流れサイクルの仕事は装置を流れる作業流体の比体積(単位質量の体積)vに関係している[下左図]。そのため入力仕事を少なくしたい圧縮過程では流体の比体積をできるだけ小さく保ち、出力仕事をできるだけ大きくしたい膨張過程では比体積を大きく保つことが重要になります。気体の比容積は温度に比例するので、上記のことを実現するには圧縮過程で温度が上がりかけたら細かく冷却してやり、膨張過程で温度がさがりかけたら細かく加熱してやればよい。そうすれば、すでに述べた逆仕事比を小さくすることができる。
 実際のブレイトンサイクルの圧縮過程では中間冷却器を間に挟んだ多段圧縮を、膨張過程では間に再熱器を挟んだ多段階膨張を行う[下中図と下右図]。これは最高温度を上げることなく実施できるので連続燃焼でタービンブレードが高温にさらされ続ける流れサイクルでは特に有効です。
 下中図から予想されることだが、2段圧縮の場合P1:P2=P3:P4となるように状態2→3を設定すると最も入力仕事が小さくできる。2段膨張の場合もP6:P7=P8:P9となるように状態7→8を定めれば出力仕事を最大にできる。これらは気体の状態方程式を用いて証明できるが、詳細は省略する。


 中間冷却と再熱を行うもう一つのメリットは、作動流体がコンプレッサーをより低温(2’→2or4)で出て行き、タービンをより高温(7’→7or9)で出て行くために、その高い排気温度のガスを利用してコンプレッサーを出る気体をより低い温度からより高い温度まで再生による加熱が可能になることです。
 このとき注意しなければならないのは、中間冷却と再熱は逆仕事比を小さくすることはできるが熱効率の改善を意味しないことです。中間冷却は加熱時の平均温度を下げ、再熱は放熱時の平均温度を上げるため熱効率はむしろ悪くなります[図を仔細に検討すれば確かにそうなっていることが解ります]。そのため中間冷却と再熱により逆仕事比の改善を図りつつ、熱効率もあげるには再生器の利用が不可欠です。再生器を完全に働かすことができれば次に述べるようにカルノーサイクルの熱効率に近づいていきます。
 圧縮コンプレッサーの段数を増やしてゆけば、圧縮過程はコンプレッサー入口温度での等温圧縮に近づき、圧縮仕事は減少する。同様に膨張タービンの段数を増やせば、最高温度を上げることなく等温圧縮に近づくき、出力仕事は増大する。[下左図]。
 もし中間冷却・再熱の多段化と再生がエネルギー損失なしに理想的に行うことができれば、その理想ガスタービンサイクルのダイヤグラムは定常流れエリクソンサイクル[下図]に近づきます。そのとき熱効率はカルノーサイクルに近づくことになる。

 しかしながら、実際には熱交換器内の摩擦による圧力低下損失やすべての過程で生じる不可逆性損失が増大してくるために、2段あるいは3段以上の多段化は経済的ではありません。[中間冷却再生サイクルの実際例はこちら

 

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(7)ジェット推進サイクル

 ターボジェットエンジンはブレイトンサイクルの応用ですが、違いは作動気体がタービン内で周囲圧力まで膨張しないうちに(つまり仕事を失わずに高温のままで)ノズル部へ移動し、そこで大気圧まで下げられることにより更に膨張し高速で噴出することです。その空気塊の運動量変化の反作用を用いて航空機を推進させる。
 ジェット推進サイクルの膨張タービンは、圧縮タービンを駆動するためと、それ以外には小さな補機(発電機や液体ポンプ)の仕事を生み出すだけで、それ以外の余分な仕事をしないように設計されている。そうして、空気塊の運動量変化にそのエネルギーを用いるように設計される。

.ダイヤグラムと作動原理

 理想ターボジェットサイクルのT-s線図とエンジン概念図を示す。(詳細図例

1→2:断熱圧縮(ディフューザ)
 気体はまずディフューザに入り、そこで減速されてコンプレッサーに入る前に圧力を上げられる。
 
2→3:断熱圧縮(コンプレッサー)
 気体はコンプレッサー内で、タービンが供給する仕事を用いて断熱的に圧縮される。航空機用ジェットエンジンはかなり高い圧力比:rp=10〜25で運転される。

3→4:等圧加熱(燃焼室)
 気体は一定圧力の基で燃やされる燃料の燃焼熱により加熱されて定圧膨張する。
 
4→5:断熱膨張(タービン)
 タービンに入った高温気体は、タービンブレードに対して断熱的に仕事をしながら膨張していく。外部に対して仕事をするので気体自身の温度はさがる。このときタービンになされる仕事がコンプレッサーのする仕事になる。そのため基本的にはジェット推進サイクルの正味の仕事は差し引きゼロになる。

5→6:断熱膨張(ノズル)
 気体はノズル内で外気圧力まで膨張して、最後にエンジンから高速で噴き出される。

[補足説明]
 エンジン(航空機)の飛行速度が亜音速か超音速かで、上図1→2ディフューザー5→6ノズル形状を変える必要がある。この現象の理論的説明は省略。

 

.推進効率ηP

 エンジン(航空機)に固定された座標系で考える。ターボジェットエンジンが生み出す力F(force)(工学では推力(thrust)という)はエンジンに流入する低速の空気塊とエンジンから噴出する高速の空気塊の運動量(momentum)の単位時間当たりの変化量に等しい。[詳しくは別稿「力積と運動量」「運動の法則」を参照されたし]
 ニュートンの運動の第二法則によると、微少時間Δtの間に質量mの空気塊がエンジンに吸い込まれて速度がVinletからVexitまで増速されるには、その空気塊にF×Δtの力積(mpulse)が作用しなければならない。そのため空気塊に働く力Fは

となる。
 エンジン(航空機)と共に動く座標系から見ているので

となる。ニュートンの運動の第三法則(作用反作用の法則)からエンジン(航空機)に働く力は−Fとなるが、この力が航空機を前方に押す推力である。
 静止した空気中を飛行する場合には上式は
 推力F=(毎秒吸い込む空気の質量M)×(噴射速度−飛行速度)
となる。
 このとき航空機が一定速度で飛行している場合は、航空機を押す力は反対向きの空気抵抗と釣り合っており、航空機に働く合力はゼロとなっていることに注意されたし。

 ガリレオの相対性原理により、地上に固定した座標系から見てもエンジン(航空機)には同じ力が働く。そのため航空機は、この力を受けながら速度Vaircraftで前方に進んでいるならば、航空機には毎秒

の仕事がなされていることになる。これがエンジンが航空機に対して行う仕事率P(power)である。工学ではこの仕事率のことを推進動力(propulsive power)と呼ぶ。
 静止した空気中を飛行する場合には上式は
 仕事率P=(推力F)×(飛行速度)=(毎秒吸い込む空気の質量M)×(噴射速度−飛行速度)×(飛行速度)
となる。

 ターボジェットエンジンに於いて期待される出力とはいわゆるタービンのする仕事ではなくて、航空機を推進させために必要な推進動力(仕事率)である。だからジェット推進動力に対しては、次式で定義される推進効率(propulsive efficiency)でその熱効率が議論される。

推進効率とは、燃焼によって開放された熱エネルギーがどれくらい有効に推進エネルギーに変換されるかを示す尺度です。
 ただし、航空工学では推進効率ηp’=[推進有効仕事]/[エンジンが出す機械的な仕事]としている。上記の定義はその意味の推進効率とは異なることに注意。

 エンジンの中で燃焼する燃料が生み出す熱エネルギーの一部は航空機に対する仕事率Pとなる。このときの推力Fは機体のまわりの摩擦力や渦の抵抗力(−F)と釣り合っており、この仕事は周囲の空気の摩擦熱や擾乱の運動エネルギーとなり最終的には周囲の大気へ拡散していき、その内部エネルギーとなる。
 開放された熱エネルギーの残りの部分は地表に固定されている点に対する排気ガス(空気塊)の運動エネルギーと、その空気塊のエンタルピー(u+pv)の増加となる。これもやがて周囲の空気と混じり合い、大気の内部エネルギーの一部となる。
  この当たりはなかなか解りにくいので、次節で例を用いてもう一度説明する。

 

.エネルギー収支の計算例

 ターボジェットの航空機がP1=大気圧=35kPa(約0.35気圧)、T1=気温=-40℃(233K)の高空を速度V1=260m/s(マッハ0.76)で飛行しているとする。空気はコンプレッサーに質量流量=50kg/sで流入し、コンプレッサーの圧力比rp=10、タービン入口に於けるガス温度T4=1100℃(1373K)であるとする。このとき1.(5)で述べた空気標準サイクルの仮定が成り立つとして
  (1)コンプレッサー入口(状態2)のガス温度とガス圧力
  (2)コンプレッサー出口(状態3)のガス温度とガス圧力
  (3)タービン出口(状態5)のガス温度とガス圧力
  (4)ノズル出口(状態6)のガス温度とガス速度
  (5)サイクルの推進効率ηP

  (6)推進動力として使われることなく失われるエネルギーと収支
を求めてみる。

 燃焼過程・排気過程を加熱過程・冷却過程で置き換え全過程が内的可逆であるとすると、このサイクルのT-s線図は下図の様になる。また、空気標準サイクルの仮定とは、作動流体は理想気体として振る舞う空気で、その比熱は室温に於ける一定値(ここではcp=1005J/kg・K、κ=1.4とする)とすることである。

(1)
 過程1→2はディフューザ内の理想気体の断熱圧縮である。簡単のために航空機は静止し、空気の方がV1=260m/sの速度(運動エネルギーを持つ)で空気取り入れ口に入るとする。そして、ディフューザの出口(コンプレッサーの入口)では無視できる速度V2〜0になるとする。1.(4)2.で導いた式を用いると

 ここの1→2の圧力上昇、温度上昇は(1/2)V12によるものであることに注意。これは飛行機の速度が増すと、圧縮機直前の空気の圧力が自然に大きくなることを意味する。この圧力増大の効果をラム(押し込み)効果という。これは圧縮機に余分な動力を入れなくても圧力が高まり、エンジンを出る空気の質量と噴出速度が増すことを意味する。この効果のためにジェットエンジンは高空を高速で飛ぶ飛行機に特に適したエンジンであるといえる。

補足説明1]
 飛行速度がマッハ3〜4程度に達するとラム圧だけで状態3の圧力まで圧縮できることになり、コンプレッサーとタービンが不要になる。この原理を利用して、超音速飛行専用に開発されたものがラムジェットエンジンで、空気取り入れ口、燃焼室、排気ノズルのみからなる簡単な構造のエンジンである。高空を超高速で飛ぶときには推進効率はこちらの方が良くなる。

 ただし、上図は亜音速ラムジェットの形状です。超音速ラムジェットの場合はディフューザ(ダクト)やノズルの形状を変える必要がある
 航空機の速度がマッハ5を越える極超音速になると、空気取り入れ口での圧縮の効果が効きすぎて超高温になり燃料の燃焼熱の効果が無くなる。つまり燃焼生成物も解離する温度になり燃焼が終了しない。そのため燃焼室前の空気速度の減速量を少なくして、超音速流のまま燃焼室に流し込んで、燃焼の効果が効く低い温度で燃焼できるようにする。このように超音速気流中で燃焼させるエンジンをスクラムジェットsupersonic combustion ramjet 超音速燃焼ラムジェット]という。

(2)
 過程2→3はコンプレッサー内の理想気体の断熱圧縮だから

(3)
 過程4→5はタービン内の理想気体の断熱膨張である。ここで、コンプレッサーとタービン内における運動エネルギーの変化は無視でき、タービン仕事がコンプレッサー仕事と等しいと仮定すると以下のように求まる。4=1373Kと仮定しているので

(4)
 過程5→6はノズル内の理想気体の断熱膨張である。

(5)
 推進効率は、作動流体へ加えられた熱量に対する生み出された推進動力の比であるから
 
となる。
 このとき、飛行機自身は等速度で飛行しているのでエネルギー状態が変わらない(もちろん燃料分の内部エネルギーを除いて)ので、推進動力として飛行機に加えられたエネルギーは摩擦力による反作用を通して周囲の大気に伝えられ、これも最後には大気中の空気の内部エネルギーの一部になる。

(6)
 以前に述べたように、残りのエネルギーはノズルから噴出した排気ガスの空気塊が持って逃げる。次に示すようにエネルギーの32.2%が地表に固定された点に対する排気ガスの運動エネルギーとなり、45.3%が排気ガスのエンタルピーの増大に使われたことになる。


 このように、入力されるエネルギーdQin/dt のかなりの部分(dKEout/dt+dQout/dt)が、推進動力として有効に使われることなく、最初から直接大気中に捨てられてしまう。

 以上の考察から解るように、同一の入力エネルギー(dQin/dt)に対して、推進動力Pを最大にするには、(dKEout/dt)→0(地面に対する排ガスの相対速度をゼロに近づける)にし、(dQout/dt)をできるだけ小さくする(排気ガスに与える熱量をなるべく少なくする)べきである
 ただし、現実の飛行機では必ず空気塊を後ろに加速しないと前進する力は生み出すことはできません。ジェット推進のみならずプロペラ推進でもプラペラを回して飛行機の前方にある空気を後方にある速度で押し出してやらないと前進することはできません。
 そのとき、

でしたから、(Vexit−Vinlet)→0とすると、P→0となってしまいます。だから、一定のPを発生させるには単位時間に大量質量の空気塊(M→∞)をできるだけ小さな速度(Vexit−Vinlet)→0で動かさねばならないと言うことです。
 つまりターボファンターボプロップのメカニズムを用いて、ターボジェットの発生する動力でもってターボジェットに吸収される空気(これが加熱されdQout/dtとなる)以外の外回りの大量の空気を飛行速度よりも大きいが、できるだけ飛行速度に近い(対地速度はできるだけゼロに近い)速度まで加速してやるわけです。
 そのようにすれば、エンジンが排気空気に与える熱量の増大を押さえつつ、大量の空気を動かすことで同じ推力を保ったままで、空気に与える対地速度を小さくして推進効率を改善することができます

補足説明2
 この当たりを例で説明します。飛行機Aはプラペラ推進で毎秒100kgの空気塊を1m/sの対地速度(つまり運動量)に加速しながらその反作用で前進する。一方、飛行機Bはジェット推進で毎秒1kgの空気塊を100m/sの対地速度で後方に向かって加速しながらその反作用で前進するとする。ここでは簡単化のために(dQout/dt)の違いは無視しますが、このことも考慮すると飛行機Bの効率はさらに悪くなるでしょう。
 このとき力積は空気塊に与えた運動量の変化に等しいので、両方の飛行機に働く推力は同じ(100N)になります。推力が同じなので他の機体形状が同じなら空気抵抗も同じで両方の飛行機の巡航速度は同じになります。
 このとき、飛行機は空気塊に毎秒(1/2)×100kg×(1m/s)2=50Jの運動エネルギーを与えながら、一方飛行機は空気塊に毎秒(1/2)×1kg×(100m/s)2=5000Jの運動エネルギーを与えながら飛行していることになります。つまり、ジェット推進では自分の飛行(つまり空気抵抗に抗してなす)仕事以外に空気に対して5000Jもの余分の仕事をしているわけです。飛行機Bのエンジンは燃料の大半を空気の中で無駄に燃やして加熱膨張させて、空気塊に速度と熱を与えるために費やされていることになります。
 飛行するためには、自分の飛行速度よりも、すこし速い相対速度にして空気塊を静止の状態から後方へ動く状態にしなければならないのですが、その速度差はできるだけ小さい方が良いのです。つまり空気塊の最終的な速度はできるだけ静止の状態に近い方が良い。そのとき与える速度が小さいと反作用の力は小さくなりますので、同じ推力を維持するには大量の空気に対して速度を与えなければならない。大量の空気に速度(小さい)を与えることになっても、燃料効率から行くとそちらの方が良いのです。
 最近の旅客機は高バイバス比(6〜9)のターボファンジェットエンジンを用いていますが、これは全て上記の考え方を実践して燃料費の節約を図っているからです。この当たりを次節 4.推進効率ηPの改善 でもう少し説明します。
 
[2021/03/31追記]
 読者の方から頂いたメールを読んでいるとき気付いたのですが、鳥が実践している推進機構である羽ばたき運動は、自らを前進させる推進機構として最も効率の良い方法かも知れません。
 なぜなら、周りの空気塊に与える運動エネルギーはおそらくプロペラ推進よりもさらに少なくて済むはずですから。
 もちろん ジェット推進→プロペラ推進→羽ばたき推進 と変わるにつれて推進効率は良くなりますが、飛行体が獲得できる速度は小さくなりますので、今日の飛行機が羽ばたき推進を採用するとは思えませんが、羽ばたき推進の高効率性に改めて気付くことができました。

補足説明3
 ここで注意しなければならないのは、以上の話は、推進剤としてもともと静止している外部の空気を利用するプロペラ推進やジェット推進の場合であって、内部に推進剤を持っているロケット推進の場合には話は全く異なります。
 実際ロケットエンジンから噴射される化学反応ガスのロケットに対する相対速度は3000〜4000m/s程度です。これに対して地球の引力圏を振り切って惑星間旅行に出発するときのロケットの速度は40000m/s程度です。だから、その飛行速度よりも遙かに小さなガス噴出速度ですから、噴出ガスはロケットの尻尾を追いかけるようにしてロケットの方向へ進んでいる事になります。
 その様な状況でも、ロケット推進では噴出させるガスそのものが、噴出する直前にはロケットと同じ速度で動いているので、その状態から後方へ噴き出せばロケットに対して推力を与えることができるのです。
 推進剤を内部保持しているロケットの場合には、同じ質量の推進剤を消費するにしても、噴出速度が速いほど有利になります。実際、小惑星探査機“はやぶさ(2003.5.9〜2010.6.13)”に用いられたイオンロケットの噴出速度は30000m/s程度ですから、同じ質量の推進剤しか積んでいけないのならイオンロケットの方が遙かに高能率となります。

 

.推進効率ηPの改善

 航空機は、その進行方向と逆方向に流体を加速するときの反動によって前に進む。そのとき、前項の最後で述べたように排気ガスの速度が大きいことが推進効率が良い事を意味しない。
 飛行速度に適合した排気速度(地面に対する相対速度がゼロ)にするのが最も良い。そうするにはダイヤグラムの状態5を状態6に近づけてノズルに入るガス温度を下げればよい。つまりコンプレッサーに必要な仕事よりも多くの仕事をタービンから取り出すのである。その余分に取り出した仕事でコンプレッサーの前に付けたプロペラやファンを回して、より多くの空気をエンジン領域に取り入れ後方に噴射してやる。つまり、飛行速度に応じて、排気ジェット速度を落とすと同時に、空気流量M(プロペラやファンを含めた領域に単位時間に流れ込む空気質量)を増やしてやる。

 低速機は大量の流体を少し加速する(プロペラレシプロエンジンやターボプロップジェットエンジン)、中速機は中程度量の流体を中程度に加速する(ターボファンジェットエンジン)、高速機は少量の気体を大きく加速する(ターボジェットエンジン)ことが推進効率を良くする事になる。(ターボファンジェット立体図例
 ターボファンジェットエンジンにおいて、燃焼室を通り抜ける空気の質量流量に対して、それを迂回する空気の質量流量の比はバイパス比(BRP)と呼ばれる。当然ターボジェットエンジンではBRP=0ですが、ターボファンジェットエンジンでBRP=1〜9ターボプロップエンジンではBRP〜100近くになる。
 以下はその当たりの関係を示す図である。ただし、この図の推進効率は航空工学でいうところの推進効率ηp’=[推進有効仕事]/[エンジンが出す機械的な仕事]であって、このHPの定義ηpとは異なることに注意。

 この図から明らかなようにターボプロップエンジンはマッハ数=0.4〜0.6程度の低速機に適している。プロペラの性能は速度が速くなり、大気が薄くなると低下するから、その点からも低高度(飛行高度9000m以下)を低速で飛行する機体に適している。
 ターボファンエンジンはマッハ数=0.8〜0.9の中速機に適している。ターボファンはターボジェットよりもジェット騒音が低く、その経済性とあいまって今日の長距離旅客機(飛行高度10000〜12000m)はほとんどがターボファンエンジンを用いている。ターボファンの騒音が軽減されるのはファンによる空気流がジェット流を包み込んでくれるからです。

 初期の亜音速航空機はターボジェットエンジンを使っていたが、排気ガスの地面に対する運動エネルギー値をできるだけゼロにするべく改良が続けられて推進効率は改善されてきた。次図は亜音速機用ジェットエンジンの変遷を示している。

図中のATP(advanced turbo-prop)についてはWikipediaやこちらを参照。

 高速機は空気抵抗が少ない希薄大気中での飛行が有利になるが、ターボジェットはその様な高空を飛ぶ超音速機に適している。ただし、それもマッハ3程度までで、それ以上ではラムジェット(マッハ3〜4)やスクラムジェット(マッハ5以上)の方が効率は良くなる。
 次図はその当たりの状況を示す。この場合も排気ガスの機体に対する排気速度は機体の飛行速度と等しい場合が最も効率がよい。その場合排気ガスの対地速度はゼロということです。だからスクラムジェットの機体に対する排気速度はマッハ5以上となり、超音速流中での燃焼でないと追いつかないと言うことです。

 縦軸のSFCとは燃料消費率(specific fuel consumption)のことで1Nの力(推力)を1h(時間)発生するのに何kgの燃料が必要かを表している。当然数値が小さいほどよい。例えばSFC=0.1[(kg/h)/N]で力F=100000N(推力約10トン)を発揮している場合、大体1時間に10000kg〜約10tの燃料を消費すると言うことです。普通のターボジェットエンジンの燃料消費率はほぼこのくらいのオーダーです。 

 

.アフターバーナー

 ブレイトンサイクルではタービンを出る空気はまだ豊富に酸素を含んでいる。そのためタービンとノズルの間にさらに燃料を吹き込んでやれば、排気ガスを更に高速に加速する事ができる。これはタービンブレードの最高温度に制限されることなく実施できるので推力を上げる一つの有力な方法です。このような装置をアフターバーナーという。

 燃料は燃焼室における圧力よりも低い圧力で燃焼するのでその経済性は良くない。そのため亜音速では、一時的に大きな推力が必要とされる離陸時などに用いられる。[下図(1)]

 ところが、マッハ2.5以上では下図(2)のようにターボジェット(ターボファンジェット)の背後にアフターバーナーを組み合わせて高効率のエンジンを作ることができる。アフターバーナーに導く空気はターボジェットを取り巻くバイパス空気流から導くのですが、空気取り入れ口での減速に伴う圧力上昇が、ラムジェットの場合と同じくノズル圧力比を高めるからです。速度が遅い領域ではより効率の良いターボジェットやターボファンジェットのみで飛行し、高速度の領域ではアフターバーナーをラムジェットとして働かすことで、より広い速度範囲で効率アップを図るわけです。そのためマッハ2〜3の領域ではターボジェットやバイパス比の小さいターボファンにアフターバーナーを組み合わせたエンジンが積極的に用いられている。[例えば偵察機SR-71に使用されているJ58など参照]

 下図(3)はターボファンとアフターバーナーの組み合わせです。この場合はマッハ1程度の巡航速度ではターボファンジェットのみで飛行し、一時的にマッハ2程度が必要になったときにターボファンとターボジェットが作る空気流でアフターバーナーを働かせる形です。拡大図

 

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参考文献

 高校物理で熱学を教えるとき、とても面白い熱機関についてもう少し立ち入った話ができないか、いつも悩んでいました。ここではその思いを込めて高校生でも理解できるように解りやすさを心がけて書いたのですが、やはり少し難しいですね。蒸気動力サイクル冷凍サイクルにつきましては別稿「蒸気動力サイクル」「冷凍サイクル」で説明しておりますのでそちらも御覧下さい。

このHPは下記の文献などを参考にして作りました。図もそれらから引用しています。感謝!

  1. ジョン・F・サンドフォード著 現代の科学20「熱機関」河出書房新社(1980年刊)
     古い本ですが図書館にはきっとあると思います。
  2. Yunus A.Cengel、Michael A.Boles共著「図説基礎熱力学」「図説応用熱力学」オーム社(1997年刊)
     分厚い本ですが、とても解りやすい。ここでは省略した数値例もたくさん説明されていますので、興味を持たれた方は是非購入されてお読み下さい。
  3. 岩本昭一監修、浜口、平田、松尾、戸田共著「模型スターリングエンジン」山海堂(1997年刊)
  4. 兵働務、米田裕彦共著「スターリングエンジン(その生い立ちと原理)」パワー社(1992年刊)
  5. http://www.nmri.go.jp/eng/khirata/stirling/index_j.html
     スターリングエンジンの説明サイトです。
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