物理学に出てくるテンソルは対称性を持つことが多い。それらの対称性はテンソル成分の内で独立なものの数を制約する。本稿では[対称性]と[独立成分の数]との関係を考察する(対称テンソルや反対称テンソルについては別稿「微分幾何学」3(2)7.や別稿「ミンコフスキーの4次元時空」3(3)2.などをご覧下さい)。
その祭、一般相対性理論で重要な4次元4階反変テンソルTκλμνを例として取り上げて考えるが、状況により3階テンソルや2階テンソル、あるいは3次元テンソルや2次元テンソルも考える。
本稿では反変テンソルで考えますが、混合テンソルや共変テンソルの場合も同様に考える事ができます。
ただし、その場合もあくまで反変指標の中での入れ替え、あるいは共変指標の中での入れ替えに対して対称、反対称の概念が意味を持つのであって、反変指標と共変指標の間の入れ替えに対してではありません。
テンソルTκλμνにおいて、任意の二つの添字を交換しても成分値が等しいとき、つまり
が成り立つとき、そのテンソルを“完全対称テンソル”という。この場合の独立成分の数を階数ごとに調べる。
独立成分の数は下図のピンク着色部分の個数と一致する。つまり添字の値が左から κ≦λ≦μ≦ν に成るように左上隅から順に選んでいけば良い。そうしなければならないのは完全対称テンソルの対称性を考えれば明らかです。
このことの数学的な説明は文献1.を参照されたし。
結局、独立な成分の数は35個です。独立成分の選び方は、上図のピンク着色セルの配列パターンを検討されればすぐに解ります。
ちなみに上図を、文献1.で説明されているパターンで示すと下図の様になります。[拡大版]
この場合も同様に、添字の値が左から λ≦μ≦ν に成るように左上隅から順に選んでいけば良い。
独立な成分の数は20個です。独立成分の選び方は、(1)と同様です。
この場合も同様に添字の値が左から μ≦ν に成るように左上隅から順に選んでいけば良い。
独立な成分の数は10個です。
2階テンソルの場合、この数は、 [テンソルの次元]×([テンソルの次元]+1)÷2 で簡単に計算できます。
[補足説明]
この場合の重要な例が相対性理論で必須の“エネルキー・運動量・応力テンソル”です。ただし、混合テンソル表現にすると対称テンソルでは無くなります。
また、Einsteinの重力場方程式に出てくる “リッチテンソル” Rij も重要な例です。この独立な10個が“エネルキー・運動量・応力テンソル”と重力場方程式を構成して、時空の“計量テンソル” gij の独立な10個を定める。
その意味に於いて、一般相対性理論の“基本計量共変テンソル” gij や“基本計量反変テンソル” gij は、独立な成分が10個の4次元2階対称テンソルの例として最も重要かも知れません。
テンソルTκλμνにおいて、任意の二つの添字を交換すると成分値の符号が逆になるとき、つまり
が成り立つとき、そのテンソルを“完全反対称テンソル”という。この場合の独立成分の数を階数ごとに調べる。
反対称テンソルでは異なる添字に同一な数字が現れる場合、そのテンソル成分は0となります。その様にならないと反対称の条件を満たせないからです。
そのため完全反対称成分で独立な成分の個数は1.(1)で数えた完全対称テンソルの独立な成分の内で異なる添字に同じものが含まれている部分を取り除けば良い。それは下図において黄緑色着色成分(34個)です(文献1.によるこの数の説明)。
よって、独立な成分の数は添字の数字がすべて異なるピンク着色部分の1個です。
これは4個の異なる数字から同じものを選ぶこと無く4個を選ぶ組み合わせの数 4C4=4×3×2×1÷(4!)=1と一致します。これが[補足説明]で説明するグループの数です。
このとき独立な成分の個数とゼロでない成分の個数を混同しないで下さい。上記の様に“独立な成分”の個数は1個ですが、“ゼロでない成分”の個数は最大で24個あります。その当たりを[補足説明]で確認してみます。
[補足説明1]
“4階の完全反対称相対テンソル”の重要な例として“Levi-Civitaのテンソル密度”εκλμν=εκλμν がある。これは κ,λ,μ,ν が 1234(0123とする場合もある) から偶置換で得られる場合は+1、奇置換で得られる場合は−1なる成分を持つ4階相対テンソルのことです。“相対”と付けているのは、テンソルとは少し違った形で座標変換されるからです。“相対テンソル”については別稿「ミンコフスキーの4次元世界」3.(5)を参照。
この24個の全部が1つのグループです。
4階相対テンソルの4×4×4×4=265個の成分の中で 0 でないものは 4!=4×3×2×1=24個 だけですが、そのすべてが1か−1です。だから独立なものは1つだけで、その独立な成分の値が1(あるいは−1)であると言って良い。
下図のピンク色が+1、空色が−1です。それ以外はすべて0です。
結局、この“完全反対称相対テンソル”の独立な成分は上記着色セルの中の1あるいは−1の1個だけです。これはグループの数と同じです。
この相対テンソルの詳細については別稿「ミンコフスキーの4次元世界」3.(5)[例2]を参照。このテンソルは、「ミンコフスキーの4次元世界」3.(8)で説明する様に、あるテンソルに対して双対なテンソルを作るときなどに用いられます。
[補足説明2]
4次元の場合には5階以上の完全反対称テンソルは存在しないことに注意して下さい。完全反対称テンソルのゼロで無い成分は5個の指数がすべて異なった数値にならねば成りませんが、4次元の場合の1〜4から5個の異なった添字指数を選ぶことができないからです。
同様に、3次元の場合は4階以上の完全反対称テンソルは存在しません。また当然、3次元3階の完全反対称テンソルの独立成分の数は1個です。
もちろん、2次元の場合は3階以上の反対称テンソルは存在しません。2次元2階の反対称テンソルの独立成分の数は1個です。
この場合も2.(1)と同様に考えて、1.(2)で数えた完全対称テンソルの独立な成分の内で異なる添字に同じものが含まれている部分を取り除いたものが、完全反対称成分で独立な成分の個数となる。それは下図において黄緑色着色成分(16個)を除いたピンク着色部分です。
よって、独立な成分の数は添字の数字がすべて異なる4個です。
これは4個の異なる数字から同じものを選ぶこと無く3個を選ぶ組み合わせの数 4C3=4×3×2÷(3!)=4 と一致します。これが[補足説明2]で説明するグループの数です。
[補足説明1]
この場合の重要な例がMaxwell方程式(非有利化Gauss単位系表現)の
です。これらの方程式は一緒になって(0,3)階共変テンソル方程式を構成します。そしてこの方程式系の64個の成分は完全反対称性を満たします。
このことに付いては別稿「Maxwell方程式系の先見性と電磁ポテンシャル」5.(3)を、あるいは別稿「ミンコフスキーの4次元世界」4.(2)2.をご覧下さい。
[補足説明2]
この場合もゼロでない成分の個数を計算すると
だから、最大で24個あることになる。
しかし、その24個は上の4つのグループに分けられ、それぞれのグルー内の成分値は符号が異なるだけです。だから結局独立な成分はグループの数と同じ4個しか有りません。
この場合も2.(1)と同様に考えて、1.(3)で数えた完全対称テンソルの独立な成分の内で異なる添字に同じものが含まれている部分を取り除いたものが、完全反対称成分で独立な成分の個数となる。それは下図において黄緑色着色成分(4個)を除いたピンク着色部分です。
よって、独立な成分の数は添字の数字がすべて異なる6個です。
これは4個の異なる数字から同じものを選ぶこと無く2個を選ぶ組み合わせの数 4C2=4×3÷(2!)=6 と一致します。これが[補足説明2]で説明するグループの数です。
また、2階テンソルの場合、この数は対角成分を除いた成分の数の半分を計算する式、 [テンソルの次元]×([テンソルの次元]−1)÷2 で簡単に計算できます。実際2階4次元反対称テンソルの場合は 4×(4−1)÷2=6 となります。
[補足説明1]
この場合の重要な例が相対性理論で重要な“電磁場テンソル”です。このことに付いては別稿「ミンコフスキーの4次元世界」4.(2)3.を参照。
ただし、定義の仕方により、そうならない場合もあります。また混合テンソルにすると対称でも反対称でもなくなります。
[補足説明2]
この場合もゼロでない成分の個数を計算すると
だから、最大で12個あることになる。
しかし、その12個は上の6つのグループに分けられ、それぞれのグルー内の成分値は符号が異なるだけです。だから結局独立な成分はグループの数と同じ6個しか有りません。
“曲率テンソル”Rκλμν は、完全対称でも完全反対称でもありませんが、以下の性質を持ちます。
(1)は最初の二つの添字κとλの入れ替えに対して反対称であることを、(2)は後の二つの添字μとνの入れ替えに対して反対称であることを示している。また、(3)は最初の二つの添字κλと後の二つの添字μνをセットで入れ替えた場合には対称である事を示してる。さらに(4)は最初の添字κを固定して、残り3つの添字λμνをサイクリックに入れ替えた3成分要素の和は 0 となることを示している。
これらの性質については別稿「微分幾何学」3.(5)2. と 3.(5)[問題2]や、 「テンソル解析学(絶対微分学)」6.(6)1.をご覧下さい。ただし、曲率テンソルの定義の違い には注意が必要です。
いずれにしても、これらの対称性・反対称性のために独立な成分の数はかなり少なくなります。独立成分数の計算法は別稿4章§18の[補足説明]で説明していますので、そこを参照しながらお読み下さい。
まず(1)の最初の二つの添字の入れ替えに対する反対称性からκ=λの成分はすべて0とならねばならないので独立なものから除かれます。また(2)の後二つの添字の入れ替えに対する反対称性からμ=νの成分もすべて 0 となります。これらの 0 となる成分が下図の黄土色着色部分(112個)です。
さらに、(3)のκλ添字とμν添字のセットでの入れ替えに対する対称性から下図の黄色着色部分が独立なものから取り除かれます。結局、条件(1)(2)(3)から独立な成分として残るのは下図の白抜きセルの36個のみです。
上記白抜きセルの中でも条件(3)により独立でないものもあります。それを洗い出すために白抜きセルの左上隅から順番に調べていきます。そのとき独立なものはピンク色で着色していき、前に出たピンク着色セルに対して独立でないものが現れたときには黄緑色で着色していきます。黄緑色セルとなるメカニズムも下図の黄緑色セルパターンの現れ方を検討されればすぐに解ります。
いずれにしても、結局下図のピンク着色部分の21個だけが独立なものとして残ります。
上図ピンク着色セルの中で、下図の赤線□で囲った3つが4種の指数の数字がすべて異なる成分です。つまりR1234、R1324、R1423の3成分です。所でR1324は(2)の性質により−R1342と見なしても良い。
このとき、性質(4)により −R1342=R1423+R1234 と表せますから、赤線□で囲った3つ内で独立なものは二つだけです。
結局、独立な成分の数は上図のピンク着色部分から赤線□で囲った3つ内のどれか一つを取り除いた20個となります。
3.(1)と同様に考えると条件(1)、(2)より下図の黄土色着色成分がすべて 0 となり独立なものから取り除かれます。
さらに条件(3)を適用すると黄色着色部分が独立なものから外れて白抜きセルのみが残ります。
上記白抜きセルの中でも条件(3)により独立でないものもあります。それを洗い出すために白抜きセルの左上隅から順番に調べていきます。そのとき独立なものはピンク色で着色していき、前出のピンク着色セルに対して独立でないものが出てきたときには黄緑色で着色していきます。
結局、上図のピンク着色部分の6個だけが独立なものとして残ります。
2次元の場合も3.(1)と同様な手順で進めれば良い。まず条件(1)、(2)より
条件(3)より
結局、独立なものは下図のはピンク着色部分の1個だけになります。
このようになることは別稿「微分幾何学」2.(9)2.でも説明していますので参照して下さい。
対称性や反対称性は座標変換に対して不変な性質。
[証明]
例えば、2階反変対象テンソル Tij の対称性は座標変換しても保たれることが以下のようにして証明できる。
反対称性に対しても同様です。
任意階数の共変・反変・混合テンソルでも、対称性・反対称性が座標変換に対して不変である事が同様にして証明できます。
このことに関しては別稿「微分幾何学」3.(2)7.の[例題1]や[問題2]を参照して下さい。
この稿を作るに当たって、下記文献を参考にしました。感謝!