HOME  .月の潮汐力  2.自転と公転への影響  3.公転速度の加速  4.変化の証拠  5.文献

月の潮汐力が地球の自転を遅らせ月の公転を加速する

 月が地球に及ぼす潮汐力のために、地球の自転は遅くなり月の公転は加速されています。月の加速が公転半径と公転周期を増大させます。

1.月の潮汐力によって生じる地球の変形

)潮汐

 月によって地球に生じる潮汐力は地球を変形させます。その変形の度合いは別稿「惑星の衛星に働く潮汐力(月とイオの場合)」2.(2)で計算しました。そこで見積もったように、地球の海面がその潮汐力に完全に追従する事ができれば、そこの説明図のC、D地点とA、D地点の隆起量の差は50cm程度になります。

 ところが、別稿「潮汐力(起潮力)」5.で説明したように、地球はかなり高速で自転しています。そのため、地球の赤道部の移動速度460m/sに追従して、海水の盛り上がりが月に面した部分と、その真反対の部分に存在するように移動するためには、長波の伝播理論から解るように、大洋の水深は20km程度でなければならない。ところが、現実の大洋水深は4km程度しかありません。その水深の長波伝播速度は200m/s程度しかありません。

 地球の海水面の潮汐力による変形は別稿「潮汐力(起潮力)」5.あるいは、別稿「動力学的潮汐理論におけるケルビン波」で説明したように、動力学的な長波の理論に従った振る舞いをします。そのため、潮汐による海水面隆起の移動は別稿「動力学的潮汐理論におけるケルビン波」5.(2)4.で示したようになります。

 

)平均的な変形

 実際の潮汐の振る舞いは前節説明のように複雑ですが、ここでの議論では時間的・場所的に平均化された場合を考えればよい。それは、初等的な本で見かける、地球の月(太陽)に面した部分“表側”と、その反対部分“裏側”の水面が盛り上がった形だと考えて良いだろう。
 ただし、潮汐力による膨らみが地球の自転に完全に追従する事は難しく、その盛り上がりは地球自転に引きずられて、下図の様に地球中心と月を結ぶ線分よりも少し東側(月よりも進んだ位置)に片寄るであろう。
 そのとき図の2つの膨らみと月の距離に違いが生じる。そのため、月に近い方の膨らみに働く月の引力1の方が引力2よりも少し大きくなる。

補足説明1
 月の潮汐力は地球の表面に張り付いている海水面をふくらませるのみならず、地殻表面もふくらませる。両者がどのくらいの割合で生じるのかを確かめるのは難しい問題ですが、今日、半分程度は地殻表面の膨らみにより、残りの半分程度が海水の厚さの変化によると考えられている。[少し古いのですが、現代天文学講座2古在由秀編「月と小惑星」恒星社(1979年刊)p24によると地殻の変形の割合は3割程度(20cm程度)とのこと]
 そのときはっきり言えることは、地殻表面の変形については、起潮力とそれに対する地殻の変形との間の位相の遅れはほとんどなく、地球が潮汐力によって起こされた小さなひずみの範囲内で弾性的に振る舞っているらしいことです。
 これに対して海水の膨らみの位相は遅れる。そのために上図の様なことが起こる。つまり、地球の自転速度にブレーキをかける主な原因は、海洋潮汐の膨らみの位相が遅れることによって生じるトルクによるようです。このとき海水と地殻が接する面に摩擦がなければ地球回転を減速させるトルクは働きませんが、実際には摩擦力のために、上記のトルクは地球の地殻に及び、結局地球の回転を遅らす事になる。

補足説明2
 厳密に言うと太陽による潮汐力変形が付け加わる。、そのため、月が新月と上弦月の間、あるいは満月と下弦月の間にあるときは、潮汐の膨らみは月よりも遅れる[下図(a)]。また、月が上弦月と満月の間、あるいは下弦月と新月の間にあるときは、潮汐の膨らみは月よりも進む[下図(b)]。

 そのとき、太陽潮汐による地球の膨らみは、月の公転運動を加速する場合と減速する場合を同じ割合で生じる。そのため 、太陽潮汐による地球の膨らみは月の運動に影響を与えることはできない。つまり、月の公転周期の増大には月潮汐による地球の膨らみだけ考えればよい
 もちろん、地球の自転周期の増大には太陽潮汐と月潮汐の両方が影響してきます。

 

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2.地球の変形が生み出す地球の自転と月の公転への影響

)地球の自転速度の減速

 前節の図からすぐに解るように、地球表面の海水の膨らみに働く12は別稿「潮汐力(起潮力)」4.(ロ)で説明したように地球中心力に働く遠心力との差に相当する力を生じる。その合力は図から明らかなように、海水が自転と共に移動していくのを妨げる様な“トルク”を生じる。そのトルクは、海底に生じる摩擦力の源ともなる。いずれにしても、そのトルクは地球の自転速度を遅らせ、地球の角運動量を減少させる
 そのとき、海水面の膨らみの移動に位相の遅れがなければ、月の潮汐力は単に地球を変形させるだけで地球の自転速度を遅らせるトルクとはならないことに注意すべきです。

 上図の0は月が地球の茶色着色の球形部分を引く力です。ベクトル力1、F2、F0の合力は月の方に向かい、地球を(地球と月の)共通重心の回りを円運動させる為の向心力となる。
 上記の“トルク”は地球中心に固定された座標で見たとき、上記の力と、見かけ上現れる慣性力(共通重心の回りの円運動から生じる遠心力)の合力の結果として表れるものです。

補足説明1
 上記の事柄は、地球が月に及ぼす潮汐力についても言える。
 現在の月の自転周期は公転周期と同期していて、月はいつも同じ面を地球に向けている。しかし過去に於いて月の自転周期は公転周期と一致していなかったであろう。そのとき、地球が月に及ぼす潮汐力の為に月は上記の地球と同じような変形をするが、月に生じる潮汐力は、地球の質量が月に比べて遙かに大きいために、地球に生じる潮汐力よりも遙かに大きい[別稿「惑星の衛星に働く潮汐力(月とイオの場合)」参照]。その大きな潮汐力によるトルクのために、月はかなり早い時期に、その自転周期を自分自身の公転周期に同期させたであろう。
 月が流体であった時期にはその減速効果は特に大きかったと予測される。そのため、かなり早い段階で同期したと考えられる。また、月の周りを回る人工衛星による重力場の観測から月はかなり変心しており、重い部分がより地球に近い位置を占めていることが解っている。このことも自転周期が公転周期に一致する事を早めたに違いない。

補足説明2
 その質量差から明らかな様に、惑星が衛星に及ぼす潮汐力は、衛星が惑星に及ぼす潮汐力に比べて遙かに大きい。そのため、他の惑星の回りをまわるほとんどの衛星についても月と同じことが言えて、衛星の自転周期は公転周期と同期している。

補足説明3[2020年9月追記]
 上記[補足説明1]で、地球が月に及ぼす潮汐力は、過去の自転角速度が早かった月に対しては、自転速度を遅くする方向の力を生じる事を説明した。そのため月の自転速度が段々と遅くなり、ついには(現在の様に)公転周期と一致するまで自転がゆっくりとなり、最終的にいつも同じ面を地球の方に向けている事になった。
 このような現象は、惑星のまわりを公転する衛星のほとんどすべてについて言えます。だから太陽系惑星の衛星で現在までに見つかっているものはすべて自転周期と公転周期が一致していて、常に同じ面を(潮汐力を及ぼしている)惑星の方に向けています。この現象を“潮汐ロック”と言います。
 これは、恒星と惑星に付いても言えます。すなわち恒星の周りを公転する惑星についても同様な自転速度の減少が同じメカニズムで起こります。ただし、惑星のまわりの衛星に比べて、恒星のまわりの惑星に対する潮汐ロック効果は小さく、太陽系内惑星については公転周期まで自転周期が遅くなった惑星は現在まだ存在しません。
 しかし、現代の天文学で惑星に生じる潮汐ロック現象が話題になっています。その事に付いて少し補足しておきます。
 
 太陽系外惑星に生命が存在するかどうかの調査が今日勢力的に行われています。かっては太陽程度の大きさと明るさの恒星の周りを回る惑星の探査が主だったのですが、今日では、太陽レベルの明るさの恒星よりもはるかにその存在比が多い赤色矮星のまわりを回る惑星を調べた方が有望だと思われています。
 それは、赤色矮星の方が太陽系の近くにもはるかに沢山存在するからです。また又赤色矮星の大きさと光度が小さいため、その表面を通過する惑星による光度変化が観測しやすく、トランジット法による惑星の存在確認がしやすいからです。
 さらに言えば、赤色矮星の光度は太陽に比べてはるかに小さいので、生命存在の条件である水が存在できる領域(ハビタブルゾーン)が恒星のごく近くの軌道半径領域になります。実際、赤色矮星のまわりのハビタブルゾーンは計算して見れば解る様に太陽の周りの水星軌道よりもはるかに小さな内側の領域に成ります。もちろん生命存在に必須の水を保持し続ける為には、惑星の質量・大きさは地球程度必要です。
 つまり、地球程度の大きさの惑星が、赤色矮星(質量は太陽の0.1倍~0.8倍程度)の周りの水星軌道よりもさらに近い距離を(地球時で)10日~数十日間程度の公転周期(ちなみに水星は87日)で公転している惑星が生命の存在を確認できる可能性が高いのです。
 実際、このような条件を満たす系外惑星が大量に見つかりつつあります。
 
 そこで潮汐ロックの話に戻るのですが、その様に赤色矮星のごく近くの軌道を公転する惑星には潮汐ロックが強く働きますので、生命が存在する惑星の自転周期は(おそらく例外なく)公転周期と一致していて、常に同じ面を赤色矮星の方を向けているでしょう。つまり、ハビタブルゾーンの惑星だと言っても、惑星表面の赤色矮星側は灼熱状態、その反対側は極寒状態と考えられています。だから、極めて特異な(本当はこちらが一般的なのでしょう)気象状況、気流・海流状況になっているでしょう。
 だからいま、惑星に生じる“潮汐ロック現象”がホットな話題になっています。
(2020年8月27日放映 NHKコスミック・フロントNext)

 

)月の公転速度の加速

 運動の第三法則(作用反作用の法則)により、月は1、F2、F0と大きさが等しく、向きが逆の力を地球から受ける。それらの合力ベクトルが前図中の(-F0)+(-F1)+(-F2です。
 この合力ベクトルは[月から地球の中心へ向かう力][月の公転方向へ向かう力]に分解できる。
 この中で[月から地球の中心へ向かう力]は、月を(月と地球の)共通重心の回りを円運動させる為の向心力となる。
 一方、[月の公転方向へ向かう力]は月を公転方向へ加速させる。つまり、月の潮汐力による地球の変形が、月を公転方向に加速する力を生み出す

 

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3.月の公転速度の加速が月の公転速度を遅らす

 地球の膨らみに働く“トルク”が地球の自転速度を遅らせるのは解りやすい。しかし、月に働く[公転方向の力]が、公転速度を遅らす(つまり月の公転半径を増大させ、公転周期を長くする)メカニズムは解りにくいので以下で説明します。

)公転速度の加速は公転半径と公転周期を増大する

.質点の二次元運動(F=-k/r2の場合)

 月は公転方速度が加速されると、公転周期が長くなります。そのことを理解するには別稿「質点の二次元運動(放物運動、楕円運動)」3.(1)の図が有効です。
拡大図

 左図の0=r0の位置に於ける月の公転方向速度を様々に変えてみると、地球(原点に存在)を回る月の軌道が変化する。上図のその様子を示しています。詳細については別稿「質点の二次元運動(放物運動、楕円運動)」3.(3)を復習されたし。

.加速が公転半径を増大させる。

 衛星(月)が半径OAの円運動を描いている場合から出発する。

 例えば公転半径OAで円運動していた月がA点瞬間的に加速されたとする。そうすると月は青色遷移軌道に移って、やがてB点に達する。月がB点に達したとき、そこでさらに瞬間的に加速されると、緑色遷移軌道に移る。そして月がC点に達したときにさらに加速されて、赤色遷移軌道に移る。そしてD点に達したときにさらに加速するとOEを公転半径とする公転軌道となる。
 その当たりの加速と軌道半径変化の様子は下図に示されている。

 実際の月では極わずかの加速が公転速度方向に連続的に生じる。そのため、実際の軌道変化は上図の赤点線に沿って移動していくであろう。これが地球の潮汐変形が月の公転速度を加速して、公転周期と公転半径の増大を生じるメカニズムです。

 

)角運動量保存則

.地球自転周期と月公転周期の増大

 ここで作用している力は地球-月の系の内部に作用している力です。この種の“内力”は、地球の自転と、月の公転を含む系の全角運動量を変化させる事はなく、“角運動量保存則”が成り立つ
 そのため、地球の自転速度が遅くなれば、月の角運動量は大きくなる。つまり地球の角運動量が月の角運動量へ移行していく。

 ここで説明したメカニズムにより地球の自転速度は徐々に遅くなり、月は徐々に地球から遠ざかっていく。このとき、高校物理で習うように月の公転半径と角運動量の関係は

となる。すなわち、月の角運動量Lは公転半径Rの平方根に比例して増大していく

 現在の地球自転速度の減少、すなわち1日の長さの増加は10万年で2秒程度、1年で0.00002秒程度です。また、月の公転半径の増大は1年で約3.8cm程度です。もちろん過去に於いては、月は地球の近くを回っており月の潮汐力の影響も大きかった。そのため地球自転速度の減少や月の公転半径の増大の割合は現在より大きかったであろう。

補足説明1
 1969年7月に行われたアポロ11号(ニール・アームストロングとエドウィン・オルドリン)の月面着陸で、レーザー反射板が月に設置された。さらにアポロ14、15号(1971年)でも設置された。また、ソ連の無人探査ローバー(1970、1973年)も反射板を装着していた。地球から強力なレーザー光線をそれらの反射板めがけて発射し、光の往復時間が測定された。
 その当時達成されていた時間の測定精度は10-10のオーダーですから、光の往復時間から計算される月と地球の距離の測定誤差は10cm程度でした。この測定は数年間繰り返され、実際に月が前記の速度で地球から遠ざかっていることが確認された。
 その当時の事情を回顧された古在由秀先生の文章と、測定法が具体的に説明されている文献9.をご覧ください。
 この測定は今も継続されており、現在の測定精度はmmのオーダーに達しているようです。上記の3.8cmは現在の測定値です。

補足説明1.2
 月までの距離の変化の時間的な変動の観測は、今日では一般相対性理論の元となっている“等価原理の検証実験”として最高精度を達成している。このことについての説明文をジェームズ・B・ハートル著『重力』日本評論社(原本は2002年刊)から以下に引用。前記引用の古在先生の説明文を参照されながらお読み下さい。
 等価原理の意味については別稿「双子のパラドックスと一般相対性理論」5.(1)[補足説明1]をご覧下さい。また、月の運動の測定から等価原理が検証できることの詳細については、クリフォード・M・ウィル著『アインシュタインは正しかったか?』TBSブリタニカ(1986年刊)第7章をご覧下さい。これは面白い本です。



 アポロミッションで月に置かれた反射鏡の写真と、1969~1973年に月に設置された反射鏡の位置を示す図はこちらを参照。また、文中の光子数の見積計算については別稿「偏光とは何か(光りの強度と偏光)」3.(4)[補足説明]をご覧下さい。

 いずれにしても、これから先何十億年か経つと、地球の自転速度は月の公転速度と同期するまで遅くなるであろう。そのとき月の公転半径は今より増大している。そのようにして釣り合ったときの自転周期や公転半径は“角運動量保存則”により予測できる。地球内部の質量分布が現在と変わらないとしての予想ですが、一日と一月の長さが、現在の日で数えて約50日(約1200時間)、地球と月の距離は約53万km(現在より40パーセント遠い)程度になる

 これらの値は高校レベルの数学で見積もれます。現在の地球の自転角速度と月の公転角速度を、恒星日、恒星月の値から計算すると以下のようになる。

 ここで、[釣り合ったときの地球と月の回転角速度]ω’、おなじく[釣り合ったときの月の公転半径]R’とする。さらに簡単の為に、地球は内部密度が一様な剛体球であると仮定する。その場合、地球の角運動量は別稿「回転運動の運動方程式」1.(2)および(4)(3)半径rの球で説明した式で表される。この式を用いて“角運動量保存則”を書き表すと

となる。この代数方程式を解くのは面倒だが、グラフの様子は

となる。これを利用して数値計算で解くと、次の二つの解が得られる。

 これから平衡に達したときの値として

が得られる。
 0.23日は、地球と月が接近していたときの遠い過去に於ける[おそらく地球と月が誕生した当時の]値です。これを捨てて52.69日を選択すると、地球内部の質量分布について荒っぽい近似をしたものではあるが、それなりの値が得られる。
 そのときの月の公転半径は

程度となる。
 ちなみに、0.23日ω’=3.104×10-4を代入すると、R’=1.6×107mとなる。つまり、地球と月が誕生した当時の月は、公転半径=16000km程度の所を、(地球の自転周期と同じ)公転周期=0.23日=5.5時間程度で回っていたかもしれない。

補足説明2
 この様な地球の自転と月の公転運動の変化を体系的に論じたのは、ジョージ・ダーウィン(George Howard Darwin、高名な潮汐学・天文学者、 進化論で有名なチャールズ・ダーウインの次男)1897年です[文献2.参照]。
 ラプラスは、彼の著書「天体力学」の中で月の公転の永年加速を論じていますが、それは太陽の回りの地球公転軌道の離心率減少によるとしています。実際にこの効果もあるのですが、ここで述べている効果による月の公転速度の変動が理解されるのは20世紀にはいってからです[古在由秀著の別稿を参照]。

補足説明3
 長い年月で見ると、自転速度減少の割合はかなり変動する。その事が文献8.のp48図とp51~55で説明されています。その理由として、海水準の変動、地球内部の質量分布の変化、大陸の分列・合体などによって地球の慣性モーメントが変化するためではないかと考えられているようです。
 また、短い周期で観測すると1万分の1秒~10秒のオーダーで日々不規則に変動しているようです。この変動は大気の動きによると考えられています。例えば、地球の自転と同じ向きに風が吹くと、角運動量保存則により、その分だけ地球の自転が遅くなる訳です。その当たりを紹介した朝日新聞(1985年11月17日)の記事を引用
 それにしても、近年の測定技術の進歩には驚かされますね。さらに詳しくは4.(2)4.の説明をご覧下さい。

.太陽潮汐の影響

 厳密に言うと、地球と月との関係は以上で終わりではない。太陽潮汐による地球自転速度の減少は続いていく。2.(1)[補足説明1]で述べた地球潮汐による月自転の減速と同じ事情が、太陽潮汐による地球自転の減速について言える。
 すなわち、地球の自転が月の公転に同期した後も、太陽潮汐により地球の自転が地球の公転周期(月の公転周期ではない)に同期するまで自転速度を減らし続ける。そうなると地球の自転速度は月の公転速度よりもさらに遅くなることになる。

 このとき、月と太陽による潮汐力で地球がどのように変形するか考えてみれば解るが、地球の自転速度が月の公転速度よりも遅くなると、月が天頂あるいは天底を通過した後に満潮が生じる事になる。つまり、2.(1)で示した地球の膨らみの位置が月と地球を結ぶ直線よりも西に移動することになる。

 この新しい事態は、月の公転速度を減速させる。そうすると、月の公転半径はしだいに短くなり月は地球に近づいてくる。そのとき一日の長さも一月の長さも短くなるが、太陽潮汐の影響で常に一日の長さは一月の長さよりも長いままである。
 何十億年も経てば月はますます地球に近づいてくる。そうなると、地球の巨大な潮汐力により、月はラグビーボールのように変形し、最後には破壊されて粉々になるであろう。そして土星の輪の様なものになってしまうかもしれない。
 しかし、そのときまで太陽の寿命が続いているかどうかは疑問です。おそらくそのような事態になる前に太陽系にはもっと大規模な変化が生じると考えられている。

補足説明4
 火星の衛星フォボスについては、上記の出来事が数千万年の内に起こると見積もられている。フォボスは火星に比べるときわめて小さな衛星だから、フォボスが火星の自転に及ぼす影響は無視できるほど小さい。しかし、同じ理由により、火星がフォボスの公転に及ぼす影響はきわめて大きい。
 現在の火星の自転周期は24.6時間程度ですが、フォボスの公転周期は7.7時間程度で火星の自転よりも早く回っている。そのためフォボスは減速され、少しずつ火星に接近(1.8cm/年程度らしい)している。おそらく数千万年以内に火星に衝突するか破壊されて火星の環となると考えられている。
 一方、ダイモスは少しずつ火星から遠ざかっているようです。ダイモスの公転周期(30.3時間程度)は火星の自転周期より長いので現在の月とおなじ事情が生じる。
 ちなみに、両衛星とも、火星の赤道面内をほとんど真円に近い軌道を描いて公転しており、自転軸は公転軸に垂直です。また、両衛星とも自転周期と公転周期が等しく、楕円体の長軸は常に火星の方を向いている。このことは1970年代に打ち上げられた惑星探査衛星マリーナ9号とバイキングの周回船によって明らかになった。
 衛星そのものが発見されたのは、1877年の火星大接近のときで、アメリカのホールによる。発見当時の事情については別稿アシモフ著「宇宙の発見」地人書館(1977年刊)第7章“天文学の主流アメリカへ”を参照。

補足説明5
 フォボスと同じ事情が、木星の自転周期(9h55.5min)よりも早く公転している木星の衛星メティス(7h4.5min)、アドラステア(7h9.5min)についても言えるようです。これらの衛星の公転周期は木星の自転周期よりも短く、潮汐力の影響を受けてその軌道は徐々に縮小している。
 木星に接近したメティスやアドラステアはやがて木星の強力な重力により破壊されてバラバラになり、土星の環の様なものを木星の回りに形成すると見られている。
 
 なお、最近の土星探査機カッシーニ(1997年出発、2004~2017年土星軌道)が土星の環を構成する塵(氷の欠けら)を詳しく観測したところ、土星の環が形成されたのはかって考えられていた時期(土星誕生と同時期)とは違ってごく最近(1億5千年~3億年)であることが解ってきた。環の質量と流星塵による環の構成物(氷)の汚れ具合から、おそらく2億年程度前に土星の近くを周回していた氷衛星が(前述のメカニズムにより)土星の重力で崩壊したか、その頃土星に接近した彗星が土星の衛星と衝突して崩壊して環を形成したと考えられている。

 

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4.地球の自転周期と月の公転周期が増大している証拠

)考え方の準備

 3.(2)1.で説明したように、1年当たりの自転周期の遅れは0.00002秒程度です。そのため2000年前の一日と比較すると約0.04秒だけ長くなっている。
 一日の長さは2000年で0.04秒しか長くなっていないのですが、地球回転角のトータルの遅れ角にするとかなりの角度になる。

 トータルの遅れ時間は上図赤線分の2000年間(730000日)の和に相当する遅れとなる。図から明らかなように2000年間を平均すると、一日の長さは、現在よりも平均で0.02秒短かったことになる。これを2000年×365日/年=730000日ぶん積算すると

となる。これを地球の回転角度にすると約60度の経度差となる。つまり、現在の1日の長さ(地球の自転時間)で2000年(730000日)分巻き戻した地球の回転位置よりも、2000年前の実際の地球は60度ほど余分に回転した位置にいたことになる。
 このとき、このずれの角度は時間の二乗に比例して大きくなることに注意してください。この値は上図の赤色三角形の面積に比例します。[三角形の面積]=1/2×底辺×高さ ですが、底辺と高さは時間に比例して大きくなるからです。

 月の公転位置に付いても同様な事が言えます。月の公転周期もだんだん長くなっていますから、2000年前に巻き戻したときの月の実際の公転位置は、現在の公転周期に基づいて過去にさかのぼって計算した角度よりも、より回転した位置にいる
 だから、歴史的な天文現象(日食、月食、星食)を調べるときには、地球自転と月公転の両方の遅れの効果を考慮しなければならない。

 

)証拠

.古代の日食記録

 今日、我々は天体力学の法則を使って、昔の“日食”が起こった正確な時刻と場所をさかのぼって計算する事ができる。そのとき前節で述べたように、現在の地球の自転速度と、月の公転速度を用いて計算した2000年前の日食の起こる場所と時間は、実際に起こった場所と時間からかなりずれるなることになる。
 これらの違いはかなりの量ですから、2000年前に起こった日食が何時どの地方で生じたのかの記録を調べれば、2000年間での月の公転の遅れや地球の自転の遅れを確認できることになる。ただし、地球の自転速度と月の公転速度の両方が遅れますから、実際の計算はかなり面倒です

 古代の日食観測記録が、現在の地球や月の公転周期を用いて予測される時間や場所の計算値と食い違いが生じることは、かなり早くから知られていたようです。
 ハーシェルは昔の日食の記録から、月の公転運動が100年で11秒角だけ加速されている事を1693年に見つけた。また、月の運動を観測方面から研究していたハリーも、1697年に、当時の観測資料にもとづいて古代の日食観測を調べ、月は時間の経過に対して加速されている事を発見した。
 そのことが、文献3.に紹介されています。これは、“月距法”による経度測定法とも関係した興味深い所ですから、その部分を別稿にて引用しておきます。
 フランスのラグランジュは月の加速は地球の自転速度の変動によるものであると推定していた様です。
 しかし、月が加速されていることの真の意味が解明されるのは、次項2.で説明するように、20世紀になってからです。

 地球自転周期が次第に増大していることは、今日常識となっています。そのため歴史的天文現象(特に日食、月食、星食)が起こった時期と場所の記述を、解釈するには、上記の地球自転周期の遅れと月公転周期の遅れを考慮して、天文現象が起こった時間と場所(経度)を計算する必要があります。その様な計算事例が文献4.と5.でたくさん説明されています。その中で特に興味深い記述を引用しておきます。

 文献11.にもバビロンと中国における古代の日食例が記載されています。[2015年6月追記]

.近世の月運動理論と観測との比較

 月の運動理論が地球自転の遅れと月公転の加速を明らかにした事情を、軌道計算の大家である古在由秀先生が文献6.と7.で解説されています。そのまま引用しておきますので、前節4.(1)の準備事項に留意されてお読みください。

.古代サンゴ化石の記録

 はるか昔の地球の自転速度は化石の中に残されている記録から計測可能です。ある種のサンゴの骨格形成線のパターンは、日単位、月単位、年単位で変化します。そのため、サンゴが生きていた時代の一月や一年の日数を数えることができます。これらのサンゴの化石は、何億年もの過去へ遡るにつれて、1年の日数が 増えることを示している。地球公転周期は過去に於いても現在とほとんど変わらないと考えられるから、これは過去の地球自転周期が短かったことを示している。[Eicher 1976、Scrutton 1970、Wells 1963,1970]
 同様な1年の日数は、軟体動物の成長線[Pannella 1976、Scrutton 1978]、ストロマトライトの成長線[Mohr 1975、Pannella et al. 1968]、潮汐堆積物のパターン[Williams 1989,1997]の化石の中にも残されている。
 これらの様々な化石記録は、過去6.5億年間に渡る地球自転速度の遅れについてほぼ同様な結果を示している。この当たりの説明は文献10.が詳しいので関係部分を引用しておきます。

.原子時計による直接検証[2017年7月追記]

 今日では、原子時計により自転速度の減少(1日の時間の伸び)は直接的に検証されている

 それによると1958年1月1日以来2015年1月1日までに1日の長さの増大分の積算値は36秒になる。本当は12秒程度なのですが、その違いについて以下で詳しく説明する。
 もちろん原子時計の1秒の長さをどの時点の地球自転(公転)に基づいて決めたのかが問題ですが、とりあえず1958年当時の地球の自転(公転)周期と合うように決められたと考える。その後の地球自転の遅れが積み重なって一日の秒数が長くなってきているのですが、その積算値が1秒を越える毎に1月1日か7月1日のいずれかに閏秒を挿入することで1日の長さを調整されてきた。これが協定世界時UTCと言われる時間です。(詳細はWikipediaなどを参照)。
 ところで、4.(1)で説明したように、100年間での一日の長さの伸びは約0.002秒程度です。この値を用いて2015-1958=57年間の遅れの積算値を計算してみる。と、以下の様に12秒程度となる。[拡大図はこちら

 つまり、平均的な一日の長さの伸びから計算される積算値は12秒程度となる。原子時計との差の積算値36秒はオーダー的には合っているが、12秒の3倍もある。ここの12秒と36秒の違いは、1967年に原子時計に基づいて1秒の長さを定義したとき、国際原子時計による秒の定義による24×60×60=86400秒よりもすでに数ミリ秒だけ“1太陽日”の長さが長くなっていたことに由来する。つまり、原子時計との差の積算値は、上図赤三角形面積12秒に下図緑色四角形面積の(縦0.00115)×(横57×365)=24秒を加えた時間になると言うことです。下図を参照。[拡大図はこちら

 いずれにしても、上記の事情で1958年以来2015年までに36秒もの閏秒を挿入しなければならなくなった。1967年当時、あえて自転周期との差を認めた上で原子時計の1秒を定めたのは、それまでに定められてきた沢山の物理定数の値をできるだけ変更しなくて済むようにするためです。
 自転周期の伸び率は日ごと月ごと年ごとに変動していますから、上記の模式図はおよその様子を示したものであって、数値的には正確ではありません。下図はWikipediaから引用したものですが、偏差が日ごとに変動している様子が良く解る。ただし、この図は自転周期伸長の一日当たりの偏差を取り出したもので上図とは意味が違いますので注意して下さい。[拡大図はこちら

 この図から地球の自転周期は一貫して増大し続けていることが解る。自転周期の伸長に最も大きな影響を及ぼすのは、この稿で説明した潮汐に伴う海水と地球の摩擦ですが、大潮・小潮でその伸長率が変動する。上図の1日毎の偏差の“1朔望月(サクボウゲツ)”周期の変動はそのことを表している。
 また大気風と地表の摩擦による伸長率の変動もあり、これは1年周期程度で変動する。上図の“1太陽年”周期の変動はそのことを表している。(詳細はWikipediaなどを参照)。
 長期的な変動についてはマントルと外殻の相互作用、大陸の移動、氷床の消長、海水面の上下動などが影響すると考えられている。そのため、長い地質時代を通して1日の長さの伸び率はかなり変動してきた事が知られています。

 

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5.参考文献

 以下の文献を参考にしました。

  1. エドワード・P・クランシー著 現代の科学47 「潮汐の話」河出書房新社(1972年刊)第11章潮汐と太陽系
     高校生に勧めますが、内容はかなり高度です。本当に理解するには、図やグラフ、そして数式をもう少し補足しなければなりません。
  2. G. H. Darwin, “The tides and kindred phenomena in the solar system (1899)”第16章 Tidal friction で説明されています。これは有名な本ですが、もう少し図と数式を使って説明して欲しい所です。この本はpdfファイルとしてネットから無料でダウンロードできます。
  3. 広瀬秀雄著「天文学史の試み-誕生から電波観測まで-」誠文堂新光社(1981年)p201~207
  4. 斉藤国治著「星の古記録」岩波新書(1982年刊)p49~51
  5. 斉藤国治著「古天文学-パソコンによる計算と演習」恒星社厚生閣(1989年刊)p26~28
  6. 古在由秀著「現代天文学講座2 月と小惑星」恒星社恒星閣(1979年刊)§1.6“月の力学的進化”p25~27
  7. 古在由秀著「天文学のすすめ」講談社現代新書(1966年)第6章“月と地球”
  8. 古在由秀著「天文学者のノート」文藝春秋社(1984年刊)第6章“天文学の巨大科学化”p158~175
  9. 古在由秀著「岩波科学の本7 地球をはかる」岩波書店(1973年刊)第6章“変化をはかる”p190~215
  10. 増田富士雄著「地球をまるごと考える3 リズミカルな地球の変動」岩波書店(1993年刊)第3章、第4章
  11. クリストファー・ウォーカー篇「望遠鏡以前の天文学」恒星社厚生閣(2008年刊)p337~341食と地球の自転
  12. C.W.Misner,K.S.Thorne,J.A.Wheeler共著「重力理論」丸善(1972年刊)p24~28
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