本稿は渡辺敏夫監修「新天文学講座14 天体の軌道計算」恒星社厚生閣(1958年刊)のp221〜246 第9章(石田五郎著)“連星の軌道決定法”より引用した。元原稿にはかなり誤植がありましたので訂正しています。また、大幅に改変しています。元原稿はこちらを参照して下さい。さらに、下記の別稿も適宜参照されながらお読み下さい。
「コンパクト星(白色矮星)発見物語」の特に[補足説明1]
「連星バルサーの発見と重力波の存在」2.(2)、の特に[補足説明8]
1.連星とは
(1)連星の分類
(2)二体問題の公式
1.運動学的公式
2.楕円軌道方程式
3.ケプラー方程式
(3)実視連星の観測
(4)軌道要素
2.実視連星の軌道決定法
(1)真楕円軌道の離心率eの決定
1.視楕円図形による離心率eの決定
2.変位曲線による離心率eの決定
(2)軌道要素の決定1.(ツヴィエルスの図的方法)
(3)軌道要素の決定2.(フォン・ゼーリガーの解析的方法)
(4)軌道要素の決定3.(ティーレ・インネスの解析的方法)
(5)補足説明
1.位置推算
2.軌道改良
3.分光連星の軌道決定法
(1)分光連星とは
(2)軌道要素の決定1.(レーマン・フィレスの方法)
(3)軌道要素の決定2.(ツールヘレンの方法)
4.参考文献
連星の軌道決定は力学で言う“二体問題”です。その詳細は本書の第T編でも説明されていますが、ここは別稿「二体問題(two body problem)」のSommerfeldの説明を参考にされながらお読みになるのが解りやすいと思います。
二次元極座標における加速度表現が(2)式となることはこちらを、あるいはこちらを参照されたし。
二体問題としての(5)式の導出は別稿「二体問題(two body problem)」2.をご覧下さい。一体問題としての簡単な導き方は別稿「楕円軌道の発見と万有引力の法則」5.(3)をご覧下さい。また、2次曲線そのものについては別稿「二次曲線の性質」5.をご覧下さい。
[補足説明1]
“ケプラー方程式”については別稿「楕円軌道とケプラー方程式」2.(3)2.をご覧下さい。“平均近点離角”Mはそこで説明されている nt のことです。また(6)式中の“離心近点離角”Eはそこの u に相当します。
これらの量については別稿「楕円軌道とケプラー方程式」2.(3)1.の説明をご覧下さい。また下記の関係式についてはそこの2.(2)を参照して下さい。そこの図で r→R、θ→v、u→E、nt→M と置き換えたものを再録しておきます。
[補足説明2]
後の2.(4)“ティーレ・インネスの解析的方法”で
と置いた議論をするが、
と置いて、e,M を因数にした数表がある。この数表から aC,aS を計算すれば焦点を原点とした実楕円軌道上の点は容易に計算できる。
二重星の星対で光度の明るい方を“主星”、暗い方を“伴星”と言います。これはA,Bという符号で区別することもあります。実視連星の発見過程については別稿「連星」T.§2.あるいはU.§1.をご覧下さい。
上図9.3.は解りにくい所です。後述の4.(3)1.の図と、図9.7.でご確認ください。
ベッセル年(Besselian year)
日常生活に用いられる1年は365日あるいは366日であるが、年によって変わるのは不便である。日常的な年と天文学的な計算の便を兼ねるために考案されたのがベッセル年であり、ほぼ1太陽年の長さに等しい。
具体的には平均太陽の赤経が18h40m(280°)となる瞬間に始まり、再びこの値に戻るまでの時間を1年として定義する。最初にこの値を用いたドイツの天文学者ベッセル(F. Bessel)にちなんで名付けられている。ベッセル年の初め(ベッセル年初)は現在の太陽暦の年初に近い。1984年以前には、天体の運動理論、座標系の元期(B1900.0,
B1950.0など)、および時間の単位として用いられた。ベッセル年の長さは厳密には一定にはならない
ユリウス日(Julian Day)
ユリウス暦紀元前4713年1月1日、すなわち西暦 -4712年1月1日の正午(世界時)からの日数である。単にユリウス日(ユリウスび)ともいう。時刻値を示すために一般には小数が付けられる。例えば、協定世界時(UTC)での2020年11月30日03:48 のユリウス通日の値は、おおむね2459183.66である。
Ω、ω、iの引き方については、別項「コンパクト星(白色矮星)発見物語」2.[補足説明1]で引用したプリントNo.1、および別稿「連星パソサーの発見と重力波の存在」2.(2)[補足説明8]の図(a’) と 図(a”)なども参照されたし。
[補足説明]
後の3.章で“分光連星”の軌道決定法を説明しますが、その場合には、連星の共通重心が実楕円の焦点の位置にくるとして解析する。
“実視連星”では、主星に対する伴星の相対的な位置が観測されるのに対して、“分光連星”では実際の主星あるいは伴星のそれぞれの楕円軌道運動に伴う現象を観測するからです。このことの意味の違いは重要です。別稿「二体問題」2.(2)の図で確認して下さい。
いずれにしても、“実視連星”と“分光連星”での焦点の取り方の違いは重要です。
“実視連星”の視楕円から実楕円の軌道要素を求める問題は、最初1827年にサヴァリーによって解かれた。その後、エンケ、ハーシェル、ティーレ、コワレウスキ、フォン・ゼーリガー、シュワルツシルト、スマート、ラッセル、インネスなどにより、解析的あるいは図式的な様々な解法が提案された。以下で、その概要を紹介する。
“平均近点離角”Mについては1.(2)3.[補足説明1]を参照されたし。
本節は、別稿「コンパクト星(白色矮星)発見物語」2.[補足説明1]で引用したプリントNo.1とNo.2、あるいは別ペーで引用している第Y巻「恒星の世界」p229〜230を参考にされながらお読み下さい。
上記の説明の意味が理解できない方は、同じ事を説明している別稿[補足説明1.]のプリントNo.2をご覧下さい。
上図9.6.は解りにくいので、下記の二図を比較して意味を確認されたし。[拡大図]
下図は上図の視平面(天球面)を、地球側から北下向き、東右向きで見た図です。要するに地上で北を向きそのまま天球面を見上げたときの見え方を示している。[拡大図]
上図の説明の意味は、こちらの図上でご確認ください。
上記(17)式は別稿「座標回転公式と球面三角法」2.の公式に於いて、B→i、c→ω、a→λ、C→∠P’→直角 と置き換えれば導ける。
余談ですが、Einstein は Sommerfeld宛の書簡で ゼーリガー(Hugo von Seeliger, 1849〜1924年)は「・・・恐ろしいほどの資質を持った人だ・・・」と認めています。また、彼は“ゼーリガーのパラドックス”でも有名です。
このとき、β,γ,δ,ε,ζを決定する視楕円は、こちらの図の様に天球上で視楕円中の主星の位置を原点とし、北向きをx軸、東向きをy軸としたxy座標に関しての視楕円であることに注意。
[拡大図]
[拡大図]
(22’)式を展開して整理すると
(31)式を展開整理すると
ここでx”,y”とX”,Y”の各次数の係数が一致しなければ成らないので、下記関係式が得られる。κは比例定数。
tan2Ωのグラフを描いてみ見れば明らかな様に、(34)式のΩは 0〜π/2、π/2〜π、π〜3π/2、3π/2〜2π の間にそれぞれ一つづつ、合計4つの解を持つ。
その事は以下の考察から解る。まず
いずれにしても、sin2Ω>0の場合は(34)式の4つのΩの解の中で 0〜π/2とπ〜3π/2の間の2つが、sin2Ω<0の場合は(34)式の4つのΩの解の中で π/2〜πと3π/2〜2π の間の2つが残る。
[まとめ] 公式として計算手順を要約する。
下記の(x,y)は、視平面上に、座標系(T)の定義に従って、主星を原点・北向きx軸・東向きy軸 を取ったときの座標値です。先に示した こちらの図 と こちらの図 でご確認下さい。
ティーレ(Thorvald Nicolai Thiele)とインネス(Robert Thorburn Ayton Innes)によって開発された方法です。
真楕円面上に於いて、座標原点を主星に取り、近星点を通るX’軸と、それに垂直なY’軸をとる。これは下図に示す様に前項(フォン・ゼーリガーの方法)のX’軸とY’軸と同じです。
[拡大図]
このことは証明が必要です。証明はかなり面倒ですが下図を利用すれば可能です。[拡大図]
上図左下の視楕円面上に取った(x,y)座標に着目して下さい。図中のH点あるいはH’点の(x,y)座標が(A,B)に相当します。また、図中のM点あるいはM’点の(x,y)座標が(F,G)に相当します。
その様になる事は、次図中のそれぞれの図形をコピーして、その赤点が上図の“原点”、あるいは“周点”に重なる様に投影してみて下さい。そうすると図から前述の結論が直ちに証明できる。[拡大図]
図形を重ねた一例を示すと下記の様になります。
上図はM点についての(F,G)の関係式を証明するものですが、他の点についての(A,B)、(F,G)の関係式も同様に図を重ねて見ることで証明できます。
この証明は込み入っていて解りにくいのですが、次の[補足説明]で説明する[ ω と i に対する(x’,y’,z’)座標についての手続き]と、[Ω に対する(x,y,z)座標についての手続]きを一気に説明しているだけです。[補足説明]と対比してみて下さい。
[補足説明]
ティーレ・インネスの定数とは、実視連星の a,i,Ω,ω の4個の定数の代わりに、実楕円に接するケプラー補助円の周に向かう長軸、短軸方向のベクトルの直交座標成分(A,B,C),(F,G,H)を用いることです。
すなわち、実楕円の中心を原点としたとき、(A,B,C)は近星点方向を向いた長さaのベクトルの先端点の(x,y,z)座標です。また、(F,G,H)は実軌道面内で近星点から運動方向に90°進んだ方向の長さaのベクトルの先端点の(x,y,z)座標です。
このときのxyz軸は、原点(実楕円の中心)を通る基準面(天球面)上で北向きにx軸、東向にy軸を取り、z軸は基準面(天球面)に垂直に地球へ向かう方向に取ります。
そうすると(A,B,C),(F,G,H)と a,i,Ω,ω と、次の関係で結びつけられます。そのとき当然のことですが、(A,B,C),(F,G,H)の6個の定数の内で独立なのは4個だけです。他の2個は最初の4個から計算されます。
上式が成り立つことは次図[拡大図]の上で三角法を用いれば直ちに証明できます。この図は、基準面(天球面)が、主星を通る面ではなく、実楕円の中心(ケプラー補助円の中心)を通る様に設定されています。また方位を計る単位球も主星の位置では無くて実楕円の中心に設定しています。そのようにしても。Ω、ω、i の意味は変わりません。
上式を証明するために実楕円の中心を原点とし、昇交点の方向にx’軸を、さらに図の様にy’軸を取ります。図から明らかな様に、2つの aベクトル の先端の(x’,y’,z’)座標は
となります。
(x’,y’,z’)座標の座標値を(x,y,z)座標に変換するには
の変換式を利用すれば良いので、
となります。これは最初に示した式です。
以下の説明については別稿「コンパクト星(白色矮星)発見物語」2.[補足説明1]のプリントNo.3も参照されて下さい。
[補足説明] 上記(41)〜(41”)式について補足する。
《(41)式の補足》
これが成り立つことを先ほどの図の上で確認するのは難しい。これは以下の様に計算によって証明するしかないだろう。
《(41’)式の補足》
(41’)の最初の式の 2k=A2+B2+F2+G2 は、先ほどの図の[線分OH(or OH’)の長さ]の2乗と[線分OM(or OM’)の長さ]の2乗の和を表している。
その具体的な値は、下図の赤色三角形と青色三角形に着目すれば直ちに求まる。[拡大図]
(41’)の二番目の式の m は、先ほどの図の線分OHと線分OMを二辺とする平行四辺形の面積を表している。それはAG−BFが2つのベクトル(x1,y1)と(x2,y2)のベクトル積(外積)=x1y2−y1x2を表していることからも解る。このとき面積mは真楕円面の面積 a2 を視楕円面に投影したものですから m=a2・cos i となります。
(41’)の三番目の式の j2 は、その様に置くことを示しているだけです。その具体的な値は
となります。
《(41”)式の補足》
(41”)の最初の式は、先に求めた j と k の値から、
となる。もちろんこのとき、少し面倒ですが j や k に(39)式の表現によるA,B,F,Gを代入してひたすら計算しても a2 になることが導けます。
(41”)の二番目の式は、m が線分OHと線分OMを二辺とする平行四辺形の面積であり、それは真楕円面の面積 a2 を視楕円面に投影したものであることから明らかです。もちろん下記の様に計算しても確かめる事ができる。
分光連星の発見過程については別稿「連星」T.§5.と、V.§1.をご覧下さい。
上記のツールヘレンの方法は3.(3)で説明する。
1.章で説明した様に、分光連星はスペクトル線のドップラー効果により星の視線方向の速度曲線を求めるのですが、速度が速くないとドップラー遷移が少なくて観測が難しい。速度が速いと言うことは、公転半径が短く公転周期が短い連星だと言うことです。
今後の分光連星の解析には、実視連星の場合と違って、座標原点として“共通重心”を取ることに注意。(47)式は1.(2)2.の(5)式、あるいはこちらを参照されたし。
(48)式は、次図[拡大版]またはこちらの図、あるいはこちらの図5.18より明らか。
(50)式の導出は参考文献2.V.§1.の(29)式を、あるいは別稿「連星バルサーの発見と重力波の存在」2.(2)[補足説明8]の(14)式を参照されたし。
“分光連星”の解析法を説明する為に下図[拡大図]を利用する。
これは前記の図を再利用したものですが、次の事柄に注意されたし。
A1とB1は下図の様な観測から得られるグラフ値より得られるので(52)式は未知数が K1 と e・cosω の連立方程式となる。これを解くと K1 と e・cosω が求まる。
[補足説明1]
実際、こちらの図で示した昇交点(v+ω=0の地点)と降交点(v+ω=πの地点)における視線方向の速度を求めてみると
となるので、先ほどの対応点の議論が確認できる。これらは図9・11.のA’点及びB’点に対応します。
[補足説明2]
V=V0となる点が図9・11.で示す遠地点D(地球から最も遠ざかった点)と近地点CorE(地球に最も近付いた点)に対応する。
そのため、遠地点と近地点の“真近点離角(ture anomaly)” v は次の関係式を満足します。
この関係式は重要で、後で(58)式を証明するときに用います。
プラニメーターとは図形をなぞることで、図形の面積を計測する装置のことです。
上図の横軸は、v ではなくて時間 (t−T) である事に注意されたし。軌道方向の回転角“真近点離角(ture anomaly)”が v ですから、時刻(t−T)を v になおすには上記(55)式を用いて (t−T)→E→v と変換すれば良い。
[補足説明3]
図9・11.中の面積Z1、Z2の意味を前記の図中で確認すると下記の様になります。
(58)式の証明は、少し込み入っていますので別ページで説明します。
すなわち、観測値から求まる(50)式のグラフ曲線からA1,B1,Z1,Z2を求めて(57)式と(58)式の右辺に代入する。そして,(57)式と(58)式を未知数 e と ω の連立方程式と見なして解く。
eとωの関係は9・11図の形に表れる。そのため、あらかじめeとωを小刻みに変化させたグラフを沢山描いておいて、観測値グラフの形に合うものを試行錯誤で探してeとωを決定することもできます([補足説明4]と次節[補足説明1]を参照)。
いずれにしても、観測値から e と ω と K1 と公転周期 P が求まる。これらの値を用いると(50)式の二番目の式、あるいは(51)式から a1・sin i を求める事が出来る。しかし、分光連星の観測値からは a1 と sin i を別々に決定する事はできません。
[補足説明4]
上記の“計算のチェックをすることができる。”の意味は、求まった軌道要素を用いてV−tグラフを実際に描いて見よ。そして
そのグラフが観測値から描かれたグラフと一致するか確かめよと言うことです。
このことを以下で例を用いて説明する。たとえば、“軌道面傾斜角”i =90°とし、“離心率”が e=0.9,0.7,0.5 の場合で、しかも“近星点経度”が ω=30°,60°の場合について軌道の様子を示すと下図の様になる。[拡大図]
これらの軌道について(60)式
により V−t のグラフ を描いてみると下図のようになる。横軸は“真近点離角(ture anomaly)”v ではなくて、実際に記録できる“観測時間”t の経過時間にしています。
ただし、ケプラー方程式はEについて解析的に解けないため、ここでは時刻tの表現に対して上記近似を用いていますので e が1に近い場合には図形の形の誤差が大きくなります。[拡大図]
このグラフが最初の軌道要素を求める元になった観測値のグラフと実際に一致すればめでたしめでたしと言うことです。
上図の精度を上げるには別稿「楕円軌道とケプラー方程式」4.(1)3.で求めた級数展開
を用いてEをtの関数としてより精密化したものを用いることもできます。ただし、そこで説明した様にe>0.66・・・の場合にはこの級数は収束性が悪くて使えません。
いずれにしても、正確に描くには各eに対して数値的に解いて求めた正確なE=f(t)の関数形 f を用いる必要があります。
本節は文献2.X章V§1.からの引用です。
“分光連星”について軌道要素を決定する手がかりは視線速度曲線です。そのため、“実視連星”の様にすべてを解析的に実行する方法はありません。何らかの形で視線速度曲線のグラフ図形を利用します。
すなわち、下図の視線速度曲線を用います。
上図は主星の速度曲線(実線)と伴星の速度曲線(破線)が両方示されていますが、両方のスベクトル偏移が観測できる場合は両曲線の交叉する点の速度値が共通重心の視線方向に対する移動速度V0です。
主星のスペクトル観測しかできない場合も多いのですが、その場合は上図着色部分の薄赤色の面積と水色の面積が等しくなる様に分割した横線の速度値がV0となります。
以後、ここでは主星の速度曲線のみが観測できた場合で説明します。
3.(2)で説明した様に、視線速度は
で表される。
速度曲線の極大及び極小は昇交点、降交点で起こる。それは極値に於いて速度の時間的な変化(dz/dtをさらに時間微分したもの)がゼロだから
となり、v+ω=0°あるいは180°で生じるからです。つまり軌道の“交点”(共通重心を基準面内に置いた時、軌道が基準面を通過する点)で極値を取る。そのときの振幅の極値は
となります。AとBには視線速度曲線グラフから読み取れる観測値を代入します。
この二式に対して未知数はK,e,ωの3個です。そのため、この2式に加えて、もう一つK,e,ωの関係する条件方程式があれば、K,e,ωは計算され軌道要素が決まる。
結局のところ、上の2式とは独立な第三番目の式として何を採用するかで、様々な軌道決定法が考え出された。3.(2)で説明したレーマン・フィレスの方法とは第三式として(58)式を採用することだったのです。
ここで説明するツールヘレンの方法は、第三番目の方程式として近星点と遠星点に於ける速度値とK,ωを結びつける式を採用します。すなわち、前記の視線速度式に於いて“真近点離角”v=0°あるいはv=180°と置いたとき成り立つ式
を用います。左辺は視線速度の観測値から決まります。
補足しますと、“実視連星”の場合は伴星の主星に対する“近星点”、“遠星点”という言い方ができますが、“分光連星”の場合は“共通重心”に対する地点なので“近点”、“遠点”という言い方をします。以後その様にしますので注意して下さい。
[補足説明0]
上記の式を用いるためには、視線速度曲線の“近点”あるいは“遠点”の位置が解らないと左辺のdz/dtを求める事はできません。その位置を求めるには次の様にします。このやり方は2.(1)2.“変位曲線による離心率eの決定”で用いた方法と同じです。
視線速度曲線上で近点、遠点は互いに半周期ずつ隔てた点でしかも反対方向の速度成分を持っています。そのため、近点と遠点の縦軸の位置は“平均軸”の上、下にK・cosω離れた所にある。また横軸(時間軸)に対しては、近点と遠点は半周期隔てた所にある。
そのため、速度曲線をまず薄紙に写して、“平均軸”に対して上下を反転したグラフを時間軸に沿って半周期だけずらす。両曲線を重ね合わせると一周期の中に4個の交点ができる。その中には半周期ずつ隔てたペアが二組存在するが、その内の一組が近点と遠点を示す交点です。それは隣り合った“昇交点”と“降交点”の間に2個が同時に入る組ではない方の組です。
近点と遠点を示す組の中で、曲線の傾斜の急(速度変化率が大)な方が近点で、ゆるやか(速度変化率が小)な方が遠点です。そうなるのは面積速度の法則から言えます。この当たりは下図で確認して下さい。
このとき、“周期”Pはグラフから直ちに解りますし、“近点通過時刻”TもグラフのA(近点)位置より決定できる。
結局、 K,ω,e を未知数とした次の三式を三元連立方程式と見なして解きます。
この連立方程式を解くことでK,ω,e が得られますが、周期 P は観測から解っていますから
より a・sini を求める事ができます。
このとき、分光連星の観測値からは a と sini を別々に決定する事はできないことに注意して下さい。
また、実視連星では求める事ができた“昇交点位置角”Ωを分光観測から求めることはできない。
[補足説明1]
離心率e=0の円軌道では、視線速度曲線は正弦曲線となりますが、それ以外の場合はe,ωの値によって特徴づけられる異なった形の曲線になります。幾つかの場合を例示しておきますので、eとωの変化に応じてグラフ図形がどの様に変化するかを読み取って下さい。
[補足説明2]
伴星のスベクトルも同時に観測できる場合には、伴星の視線速度曲線グラフから同様な議論によって伴星の軌道要素が求まります。そのとき周期 P ,近点通過時刻 T ,離心率 e は当然主星と同じ値になります。また近点経度 ω は主星とは180°隔たった値となります。また a2・sini も求まります。
そのとき、別稿「二体問題」2.(3)で説明した様に主星の半長軸a1と伴星の半長軸a2と相対軌道の半長軸aに関して以下の関係式が成り立ちます。ここでM1とM2は主星と伴星の質量です。
また連星に対する“ケプラーの第三法則”
が成り立ちます。
これらの式から
このことの詳しい説明は別稿「連星パルサーの発見と重力波の存在」2.(2)[補足説明8]の最後、あるいは別稿「二体問題」2.(3)2.をご覧下さい。
H. D. Curtis,“Methods of Determining the Orbits of Spectroscopic Binaries”,1908, Publications of the Astronomical Society of the Pacific, Vol. 20, No. 120, p.133-1558 (https://adsabs.harvard.edu/full/1908PASP...20..133C)