特殊ローレンツ変換を少し一般化します。
ローレンツ変換は、ふつうS”座標系がS’座標系のx軸の正方向へ速度Vで移動している場合で表示されます。もちろんその時、S”系のx”軸、y”軸、z”軸は、S’系のx’軸、y’軸、z’軸と平行関係を保ったまま移動しているとしています。その場合のローレンツ変換
を“特殊ローレンツ変換”と呼ぶ。
ここでは、S’系に対するS”系の移動方向を、少し一般化して、S†系のx†軸、y†軸、z†軸はS系のx軸、y軸、z軸と平行関係を保ったままであるが、S†系の原点はS系の原点から見てV=(Vx,Vy,Vz)の方向へ速度V=(Vx2+Vy2+Vz2)1/2で動いているとします。その場合のローレンツ変化を求めるのが本稿の目的です。
今後この場合のローレンツ変換を“一般ローレンツ変換”と呼ぶことにする。大層な名称を付けましたが、一般相対性理論に関係しているわけではありません。あくまで特殊相対性理論におけるローレンツ変換の一般化です。
“一般ローレンツ変換”を導くには、別稿「相対論的力学」1.(1)で述べたPlanckの方針に従えばよい。
本稿では“時空座標値”と“座標軸名称”が錯綜しますので混同を避けるために、物体の存在する“時空座標値”を小文字の(x,y,z,t)で表し、各座標系の“座標軸名称”を大文字の(X,Y,Z)で表すことにします。
まず静止S系のX軸、Y軸、Z軸を考えます。(上図参照)
そのS系三軸の直角関係を保ったまま三次元空間回転をして、S’系のX’軸、Y’軸、Z’軸に移行します。そのときX’軸はS系に対するS’系の移動速度ベクトル(Vx、Vy,Vz)の方向に一致するようにしますが、Y’軸とZ’軸はX’軸に垂直であり、かつY’軸⊥Z’軸で在りさえすれば任意の方向を向いていてもかまいません。
次に、S’系のX’軸方向に速度Vで移動するS”系を考えます。もちろん、S”系のX”軸、Y”軸、Z”軸はS’系のX’軸、Y’軸、Z’軸と平行関係を保ったまま移動するものとします。そのとき、S’系からS”系へは“特殊ローレンツ変換”で変換すればよい。
そしてさらに、S”系からS†系へは互いの直角関係を保ったまま三次元空間回転で変換する。
このとき、、S系からS’系への変換およびS”系からS†系への変換は、単なる“空間座標の回転”だから、時間に関しては t=t’、および t”=t† となることに注意して下さい。
また、それぞれの座標系における時間は、すべての座標系の原点が一致していた瞬間の時刻を0として測り始めるとしていることを忘れないで下さい。
前節のS系とS’系の間の変換を例にして、三次元空間回転の座標値変換公式を説明します。
上図の様に
X’軸とX軸のなす角をθX'X
X’軸とY軸のなす角をθX'Y
X’軸とZ軸のなす角をθX'Z
とします。
そうするとX’軸方向の単位ベクトル eX' はその方向余弦を用いて
と表せます。そのとき、座標値 x’ は座標ベクトル r のX’軸方向への射影成分だから、単位ベクトル eX' と座標ベクトル r の “内積”(eX'・r) で表せます。すなわち
となります。(別項「ベクトルの内積と外積の成分表示」1.参照)
全く同様にして、
上左図の様に
Y’軸とX軸のなす角をθY'X
Y’軸とY軸のなす角をθY'Y
Y’軸とZ軸のなす角をθY'Z
とします。
また上右図の様に
Z’軸とX軸のなす角をθZ'X
Z’軸とY軸のなす角をθZ'Y
Z’軸とZ軸のなす角をθZ'Z
とします。
上図を参照すれば座標値 y’ と z’ は以下の変換で表される。
前節で導いた三次元空間回転の“ローレンツ変換”を行列表示すると
となる。
次に
X軸とX’軸のなす角をθXX'、 X軸とY’軸のなす角をθXY'、 X軸とZ’軸のなす角をθXZ'
Y軸とX’軸のなす角をθYX'、 Y軸とY’軸のなす角をθYY'、 Y軸とZ’軸のなす角をθYZ'
Z軸とX’軸のなす角をθZX'、 Z軸とY’軸のなす角をθZY'、 Z軸とZ’軸のなす角をθZZ'
として、同様な考察をすれば“逆変換”
が導かれる。
ここで
θXX'=θX'X、θXY'=θY'X、θXZ'=θZ'X
θYX'=θX'Y、θYY'=θY'Y、θYZ'=θZ'Y
θZX'=θX'Z、θZY'=θY'Z、θZZ'=θZ'Z
であるから上記の式は
と書き直せる。
つまり、逆変換は順方向の変換行列の行と列を入れ替えた“転置行列”(transposed matrix)で表せる。
各軸方向の単位ベクトル eX'、eY'、eZ' は互いに直行しており、その大きさが 1 です。そのためこれらの単位ベクトルの内積を作ってみればすぐに解る様に、単位ベクトルの方向余弦成分に関して
が成り立つ。(別項「ベクトルの内積と外積の成分表示」3.(5)1.参照)
さらに、 θX'X=θXX'、θX'Y=θXY'、θX'Z=θXZ'、・・・等々 を考慮すれば、同様な関係が“転置行列”の成分に関しても成り立つ。
1.(2)の図と対比すれば、X’軸方向余弦ベクトルは、座標移動速度ベクトル成分を用いて
のように表されることが解る。
1.(2)の導出手順に帰ると、そこのS”系座標軸のS†系に対する方向余弦ベクトルは、2.(1)で説明したS’系座標軸のS系に対する方向余弦ベクトルと同じです。そのためS”系からS†系への三次元空間回転の“ローレンツ変換”に関してはS’系からS系へのローレンツ変換の関係式がそのまま使えます。
ところでS’系からS系への“ローレンツ変換”はS系からS’系への“ローレンツ変換”の“逆変換”でしたから、S”系からS†系への三次元空間回転の“ローレンツ変換”は行列表現で以下のようになります。
S’系からS”系へのローレンツ変換はもちろん
です。
また、S系からS’系への三次元空間回転の“ローレンツ変換”は2.(1)で求めたように
となります。
前節の三つの変換を引き続いて行えば一般ローレンツ変換”が得られます。つまり
となりますので、
の行列の積を計算すればよい。右の掛け算から実行すると
となる。さらに掛け算を実行して
となる。
ここで2.(3)の関係式
を用いると
となる。
ここでさらに、2.(4)の関係式
を適用すると“一般ローレンツ変換”は
となる。
[補足説明1]
ここで、移動速度を特別な
にすると、上記変換式は1(1)で述べた特殊ローレンツ変換に帰着します。そのため自然な拡張になっていることが確認できる。
[補足説明2]
ここのローレンツ変換は“4元座標”として、(x,y,z,ct)ではなく、(x,y,z,t)としていることに注意して下さい。この当たりに付いては別稿「4元速度、4元加速度と4元力」6.をご覧下さい。
また、座標軸の移動速度を、小文字のvではなくて、大文字のVで表していることを忘れないで下さい。
[補足説明3]
当然のことですが、ローレンツ変換に続いてローレンツ逆変換を施すと
となり、もとに戻ります。
これは一般ローレンツ変換についても成り立って
となります。これは行列の乗算を実施すれば簡単に確かめることができます。
もちろんこのことは、4元ベクトル量の定義として別稿「4元速度、4元加速度と4元力」6.(1)で説明した右側のものを用いたときのローレンツ変換公式とその逆変換を用いても当然成り立ちます(特殊、一般)。
上記[補足説明2]や別稿「4元速度、4元加速度と4元力」6.(1)で説明した様に、4元量として
の右側の定義を採用すると、ローレンツ変換はより対称的な形の
になります。
この形にすると、一般ローレンツ変換の i 行と j 行の同じ列成分同士を掛け合わせて加えた量は i = j の場合には 1 《ただし i=j=4のときは−1》になり、 i ≠ j の場合には 0 となります。ただしここでの《内積の第4成分は負で加え合わせ》ねばならず、ここが普通の場合と違うところで4元量の第4成分に虚数 i を乗じて虚数表示する教科書がある理由です。
たとえば、i行= j行=1行の場合には
となり、i行=1行、j行=4行の場合には
となります。
これと同じ事情が i 列と j 列の同じ行成分同士を掛け言わせて加えた量に対しても成り立つ。
これは2.(3)で説明した3次元空間における座標回転
を表す3行3列の方向余弦行列
の成分に関して成り立つ
や
と同じ事情が、4次元のローレンツ変換を表す4行4列の成分に関して成り立つことを示している。
もちろん同じ事情が、より簡単な特殊ローレンツ変換
の4行4列の成分に関しても成り立ちます。
これが別稿「相対論的力学」3.(7)[補足説明6]で説明した“ミンコフスキーはローレンツ変換が四次元空間の擬回転を現すものであると同定した”の意味です。
“擬”という接頭語を付けたのは、第四成分の計算に−1をかけておかなければならないから普通の回転と少し違うことを示す為です。そのとき、ミンコフスキーは4次元のピタゴラスの定理の形式を整える為に、第四成分に虚数単位iを付け加えましたが、もともと“擬”回転なのですから、第四成分の計算に−1をかけておくことにすれば済むことなので、虚数単位iを導入する必要はありません。第四成分の計算に−1を乗じておかなければならないことにこそ、現実の時空が持っている性質の本質が含まれている(次の[補足説明1]の“計量テンソル”を参照)のですから、分けのわからない虚数単位を導入しない方が良いように思います。実際、今日のほとんどの教科書では、その様にしています。
さらに、補足しますと、ミンコフスキーは四次元“時空”では無く、四次元“空間”の擬“回転”という言い方をする為に、3.(2)[補足説明2]で説明した様に“4元座標”として、(x,y,z,t)ではなくて、(x,y,z,ct)として第四成分の次元を距離と同じにしていましたか゜、これもあえてそうする必要はありません。時間は空間距離とは本質的に違う物理量なのですからそうしない方が良いように思います。
[補足説明1]
別稿「4元速度、4元加速度と4元力」1.(1)2.で説明したように
(座標・時間)4元ベクトル(x,y,z,t)が“ローレンツ変換”で変換されるならば、下記の関係式が成り立つ。
このことは、ローレンツ変換してみれば直ちに証明出来きることでした。
つまり、この式は“光速度不変の原理”の数式表現であったことを思い出して下さい。実際、“ローレンツ変換”は“光速度不変の原理”から導かれるものです(ただし、その証明の過程で“相対性原理”を援用しています)。
その詳細は別稿「アインシュタインの特殊相対性理論(1905年)」2.(4)[補足説明3]を御覧下さい。
この一定値となる量はそれぞれの座標系における4元時空ベクトル(x,y,z,t)の自分自身との内積に相当する量です。
ところで、3次元ベクトル(x,y,z)の内積を行列表示すると
となるのですが、4次元ミンコフスキー時空ベクトルの内積の第4成分は単なる成分積の和ではなくて、成分積の−c2積和となっています。4次元時空でこれを旨く表示する方法はないでしょうか。
それの方法はあります。それは、もともとの三次元ベクトルの内積の行列表示とは
の様に表されるべき量だからです。そのとき間に挟まっている3行3列の単位行列は三次元時空の性質に依存する量だと考えればよいのです。
同様に考えると“ミンコフスキー4次元時空の内積の行列表示”は
と表せばよいことが解る。
ここで出てきた4行4列の行列の事を“ミンコフスキー時空”の“計量テンソル”と名付けます。普通 G→gij で表したりη→ηijで表したりしますが、本稿では前者の表記を用いるとにします。要するにミンコフスキー時空の事情に関するテンソルを間に挟んでおこうと言うことです。
このとき、下記のようにGとの行列積をつくると単位テンソルとなるような行列を“ミンコフスキー時空計量テンソル”の逆行列 G-1 と言います。
当然のことですが、この 逆行列G-1 は
となります。
ここで、4元量として前述の対応表の右側のものを用いる場合には、“ミンコフスキー時空計量テンソル”は下記の様になります。
いずれにしましても、この“計量テンソル”こそが、“ミンコフスキー時空”を特徴づける基本的な量です。この“計量テンソル”の意味はなかなか解り難いのですが、もっと一般的な時空間の計量テンソルを学ばれればその意味は良く解ります。
[補足説明2]
上記[補足説明1]で説明した“計量テンソル”を用いれば本節3.(3)で説明しローレンツ変換行列要素同士の内積に関する性質が旨く表せます。つまり
とすればよいのです。
このとき、本節での説明は最初に述べた4元ベクトルの定義式
に於いて右側のものを用いていたから、ミンコフスキー時空計量テンソルの4行4列目の成分が g44=−1 と成ったのです。4元ベクトルの定義として左側のものに帰れば、ミンコフスキー時空計量テンソルの4行4列目の成分は g44=−c2 と成ります。
実際、本稿で採用している4元ベクトル定義とローレンツ変換行列を用いると
となります。
以上は特殊ローレンツ変換についての説明ですが、一般ローレン変換にしても事情は同じです。
[補足説明3]
結局のところ内積の定義のとき“ミンコフスキー時空計量テンソル”を間に挟んでおくと
となり、4次元時空ベクトルの自分自身との内積がローレンツ変換不変に成ることと旨くつじつまが合うのです。
実際
となるのですから。
この関係は任意の(x,y,z,t)ベクトルに対して成り立つので結局
でなければならい。これはローレンツ変換の基本的な性質です。
上式の両辺に左側から G-1 をかけて、右側から L-1 をかけると
となる。ここでL-1 はローレンツ逆変換を意味し、L-1L=E:単位行列に成ります。 また G-1G=E:単位行列 の性質を用いています。
この両辺に左側から G をかけて、右側から G-1 をかけて得られる式の左右を入れ替えて
となる。
一つ前の式の両辺に左側から L をかけて、右側か らG-1 をかけると、L-1L=単位行列、 GG-1=単位行列 だから
となる。これは一つ前の式の両辺に左側から G-1 をかけて、さらにもう一度左側から L をかけて得られる式の左右を入れ替えても求まる。
行列演算の重要な性質として行列の積の転置行列はそれぞれの転置行列を作ってかける順番を入れ替えたものになります。つまり
です。証明は簡単です。 (AB)t のij成分は AB のji成分。つまり Σajkbki です。一方 BtAt のij成分は Σbkiajk ですから上式と一致する。
また、転置行列の逆行列は逆行列の転置行列です。
証明は一つ前の式に於いて B=A-1 と置くと 左辺=(AB)t=(AA-1)t=Et=E=右辺=(A-1)tAt となるが、これは (A-1)t が At の逆行列であることを示している。
上記の性質を用いると、さらに
が成り立つ。これらをまとめると
が成り立つ。
ここで、ミンコフスキー時空計量テンソルは対称テンソルであることに注意して下さい。つまり Gt=G および (G-1)t=(Gt)-1=G-1 となります。
さらに補足しますと、[補足説明1]で注意したように、4元ベクトルの定義として第4成分にcがかかった右側のものを用いると、 G の逆行列 G-1 は G に等しくなります。しかし、本稿の様に4元ベクトルの定義としてcのかかっていない左側のものを用いると逆行列 G-1 と G は等しく成りません。
[補足説明4]
“計量テンソル”や“テンソル”そのものに付いての説明は別項「Maxwell方程式系の先見性と電磁ポテンシャル」4.(4)をご覧下さい。
さらに、一般相対性理論にも適用可能な“計量テンソル”と“内積”の説明については、別稿「基底ベクトル・双対基底ベクトルと反変成分・共変成分(計量テンソル・クリストッフェル記号・共変微分とは何か)」2.(5)をご覧下さい。
この稿を作るとき下記文献を参考にした。