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二次元翼理論(等角写像とジューコフスキーの仮定)

1.翼理論の芽生え

 大空へ飛翔することは人類の最大の夢でした。その実現には翼の持つ性質の理解が必須です。ここでは流体中を移動する翼が生み出す揚力のメカニズムを説明します。
 翼幅(スパン)が有限な翼(三次元翼と言う)の議論はかなり難しくなるため、ここでは翼幅が無限に長く翼のまわりの流れが二次元的に解析できる二次元翼に限って議論します。三次元翼については別稿で説明します。
 揚力とは何かを理解するためには、翼の持つ特性が次第に明らかにされてきた歴史的な流れを把握しておくことが必要です。導入として最初に別稿「翼理論の芽生え(リリエンタール、ラングレー、ライト兄弟の飛行)」を御覧下さい。

 

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2.循環理論の芽生え

 二次元翼翼理論では循環という概念が中心的な役割を果たしますので、まずその説明から始めます。翼理論への最初の貢献はおそらく1852年にマグナスが観察した事実です。

)ハインリッヒ・マグナス(1802〜1870年)

 1878年、レイリーは円柱が平行な一様流中におかれる[または、円柱が静止流体中を一様な速度で動く]場合に、もし平行な一様流に循環を重ねると、もとの一様流の方向[または、円柱の進行方向]に垂直に、ある定まった力が働くことを明らかにしました。
 これは、19世紀の初めには砲術家たちに広く知られていたマグヌス効果そのものです。マグヌスは1852年頃に砲弾[当時の砲弾は球形だった]の飛行の研究から知ったのですが、ボールに回転を与えると曲がって飛ぶという事はテニスプレーヤーやゴルフプレーヤーには良く知られていた。

 この現象は、二次元の場合、ベルヌーイの定理を用いれば比較的簡単に説明できます。回転するボールや円柱は、ごく僅か存在する空気の粘性により、その周りを回転する流れを誘起します。その流れが一様流に重ね合わさるので、回転が無い場合の下左図の流れが下右図のようになります。

 右図のAの上側Cでは流速は大きく、Bの下側Dでは流速は小さくなります。粘性があり回転する円柱表面に流体が張り付いている場合には渦無しの流れにはなりませんが、定常流と考えることができるので流線に沿ってベルヌーイの定理が成り立ちます。そのとき流れの上流側では一様定常流だから流線の違いにかかわらず積分定数が同じ値になるベルヌーイの定理が成り立つと考えて良いので、結局

となる。そのため回転する球あるいは円柱は一様流に垂直な方向の力を受けることになります。この当たりはレーリー卿が1878年の論文で説明している。このとき左図の流れでは、ダランベールが証明したように正味の力は働かなかったことに注意してください。

)フレデリック・ランチェスター(1868〜1946年)

 前節のマグナス効果を翼の揚力と結びつけて考えた最初の人はおそらくフレデリック・ランチェスター[イギリスの工業技術者]でしょう。彼は1891〜1892年頃、キャンパー翼に関する一連の実験をして、その揚力に付いての有利さを知った。彼はフィリップスやリリエンタールの先行研究には気付かずその事を知ったようです。
 ランチェスターはキャンバー翼の揚力について次のように考えた。流れの粒子が、翼に接近するときには上向きの加速度を受けて、前縁に接触するときには上向きの流速を持つ。翼の下もしくは上を通過する間に流れは下向きとなり下方への運動に変換される。その様に曲がった流線は、揚力面とは無関係な自由流の運動に循環運動が重ね合わされると考えると実現できる。そのように考えれば前節のようにベルヌーイの定理から揚力が発生することになる。
 彼は、さらにその様な循環は1858年にヘルムホルツが提案した渦糸が翼幅方向に並んでいる[今日これを束縛渦と呼ぶ]ことにより生じると考えた。そのとき気流が翼下面の高圧領域から翼上面の低圧領域に向かって翼の先端で曲がり翼端付近に蔓状の渦運動[彼はこれを渦幹と呼んだが今日自由渦と呼ばれる]が現れると説明した。

 ヘルムホルツは1858年の渦に関する有名な論文で、渦は空気中で始まる事も終わることもできない。必ず壁のところで終わるか、さもなくば閉じた輪にならなければならない事を証明した。それで、ランチェスターは結論として束縛渦が翼端で終わるならば、何かその続きが必要であり、それは自由渦にならねばならないと考えたのでした。
 つまり、ランチェスターによると有限翼の周りの流れは、上流側の一様流、翼幅方向に並んだ渦糸群により作り出される循環流、翼端から下流に向かって伸びていく自由渦[渦幹]が合成されたものと言うことになります。彼の考え方は上図に端的に表されている。

 この考え方には二つの重要な事柄が含まれています。
[誘導抵抗]
 その一番目は自由渦の引き起こす流れは翼の位置に下向きの吹き下ろしの流れを生み出すことです。そのため翼に対する自由流の流れが少し下向きになり、循環に伴う翼に働く力の合力の方向が少し後ろを向くことになります。そのため抵抗の成分が発生してきて、翼の揚力/抗力比が小さくなってしまいます。このとき生じる抵抗は揚力の発生に伴って必然的に生じる(つまり揚力から誘導される)避けがたい抵抗で誘導抵抗と言われます。厳密には圧力抵抗の一種なのですが翼端渦が存在することに起因して生じます。誘導という名前を付けたのはプラントルの優秀な弟子であったマイケル・マックス・ムンクです。
[アスペクト比]
 二番目は、もし翼幅が無限に長ければ上記の様な自由渦[渦幹]は存在しないと言うことです。その場合上記の抗力の増加は発生しません。翼幅を平均翼弦長で割った値をアスペクト比と言いますがアスペクト比が大きい翼ほど揚力/抗力比が大きくなることを意味します。これは飛行の実現に取ってきわめて重要な事柄です。
 ランチェスターがこのことに関してどこまで正確に理解していたかは疑問ですが、これはまさしくプラントルが展開した揚力線理論の内容そのものと言って良いでしょう。このことに関しては別稿で詳しく説明します。ランチェスターは1908年と1909年にゲッティンゲンのプラントルを訪問して、このことに関して議論しています。プラントルがランチェスターからどの程度影響を受けたのか今となっては良く解りませんが、何らかのヒントを得たのかも知れません。

 ランチェスターはまことに良い線をいっていたのですが、1894年に発表された彼の考えはイギリスでは冷たくあしらわれ、注目されることもなく埋もれてしまいます。最終的に彼は1907年に「空気力学」、1908年「滑空力学」という二冊の本を出版します。特に前者はドイツ語とフランス語に翻訳されて、一般の科学者達が彼の揚力に関する考え方を知ることができるようになります。
 このときになって彼の著書が受け入れられたのは時代の流れが変わったからです。1903年のライト兄弟の初飛行や1908年のヨーロッパにおけるウィルバー・ライトのデモンストレーション飛行は、当時の人々に空を飛ぶ機械に対する興味・関心をセンセーショナルに喚起しました。まさに飛行機の時代が始まり、翼理論の研究が流体力学の専門家の大きな関心事になってきたのです。

[ランチェスターについては、文献19.§3-10も参照されてください。。]

)ウィルヘルム・クッタ(1867〜1944年)

 1902年ミュンヘン大学のクッタは円弧翼型周りの非圧縮生完全流体の流れによって揚力が発生するメカニズムを説明する論文「流体運動における揚力」(出版されることの無かった博士論文)を発表した。原論文が手に入らないので詳細がよく解らないが、参考文献1.や12.の記述から推察すると下記の様なものだったのだろう。(彼の1902年の博士論文は第二次世界大戦で焼失してしまい、その抜粋しか残っていない。よく参考文献に上げられているのはこの抜粋集のようです。)
 彼は、円弧翼型周りの流れを表す二次元の流線関数を求めた。流線関数の等高線の方向が流線であるが、彼は円弧状の翼型の上面と下面に直接接触している流線は曲面と同じ形状でなければならない事と遠方では平行一様流であるという仮定を用いて流線関数の空間分布を求めたのであろう。流線関数が求まれば、それを微分することによって翼型の上面と下面の局所的な流速を求めることができる。クッタはその様にして求めた流速にベルヌーイの式を適用して翼に働く圧力分布を求め、それを積算する事によって次に示す揚力の式を得た。

これは迎え角がゼロの円弧翼の揚力を表す式です。
 実際の所、この式の中には循環を表す表現は無い。このときの彼は循環の考え方に気付いてはおらず、おそらく連続の式と渦無しの流れの仮定から得られるラプラスの方程式を境界条件に従って解いたのであろう。そのとき複素関数論の等角写像の方法を用いたようです[そのやり方は7.(3)で詳しく説明します]。そうすれば下図の様な流れが得られる。その場合当然のことですが円弧翼の上面の流速が大きくなり、下面の流速は小さくなるので上向きの力が発生します。

 最初、彼はその解の中に翼の表面に沿って存在する循環の存在を読み取ることはできなかったが、後にそのことに気付いて「飛行問題の基礎に関わる二次元流れについて」(1910年)という論文で1902年の理論を再解釈している。その中で、彼は、1902年の式を変形して、揚力を密度ρ・流速U・循環Γの積として表す式を導いている。これは1906年にジューコフスキーが揚力の循環理論を発表した後であったが、前記の式の中にその理論が含まれており、同じ結論を1902年にすでに得ていたと言うことで、クッタも揚力の循環理論の開発を共に担ったと見なされている。

)ニコライ・ジューコフスキー(1847〜1921年)

 ロシアのジューコフスキーは1906年の論文で、二次元翼の単位幅当たりに働く揚力の式として

を導いた。ここでΓは翼型を含む任意の閉曲線に沿って流速を線積分して得られる循環を意味する。これは、クッタが自分の1902年の論文中に埋もれていた関係式として1910年の論文で導いた式でもある。そのため、この式をクッタ・ジューコフスキーの定理と言う。
 この式の見た目の簡単さとは裏腹に、ある流速Uの中に迎え角αで置かれた任意の翼型の循環Γを計算することは簡単ではありません。クッタやジューコフスキーは複素関数論の等角写像のテクニックを用いて、循環Γと翼型とを関係づける計算方法を開発して、低速・非圧縮生・完全流体における二次元翼設計法を確立した。以下でその方法を説明する。

 

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3.循環を伴った円柱周りの流れ

 二次元・非圧縮性・完全流体の渦無しの流れでは複素関数論のテクニックが使えます。それに慣れておられない方は、先に「カルマン渦列(動的安定性解析)」、「渦抵抗(カルマン渦列と抗力)」、「複素数の積分(ブラジウスの公式)」をお読み下さい。

)一様流中に静止している円柱の周りの流れ

 別稿「渦抵抗(カルマン渦列と抗力)」1.(3)2.の続きから始めます。そこの結論を用いると、x軸の正の方向へ速度Uで流れている[速度Uの向きを、そことは逆にしている]一様流中に静止して置かれた半径aの円柱(中心を原点とする)のまわりの流れの複素速度ポテンシャルw’は

となる。この円柱周りの流れの速度ポテンシャルと流線関数のグラフ、及び任意点における速度ベクトルについては、別稿「渦抵抗(カルマン渦列と抗力)」1.(3)2.を御覧ください。今後一様流はx軸の正の方向に流れるとする。

 次に、上記の流れに、原点に強さΓ(>0)の時計周りの渦糸(−Γ<0)が存在するときの二次元流を表す複素速度ポテンシャルw”

を重ね合わせてみる。渦糸の強さは反時計回りの場合を正とするので今は−Γとしている。このとき別稿「カルマン渦列(動的安定性解析)」2.(2)2.で注意したように、この流れは特異点である原点を除いて渦無しの流れであることに注意してください。またこの流れの流線は同心円であるから、前記の境界条件を乱すことはなく、これを重ね合わせた流れもやはり円柱の周りを流れる渦無しの流れを表す

 重ね合わされた流れを表す複素速度ポテンシャルwと速度ポテンシャルΦ、流線関数Ψは

となる。

 このような解は、流線関数と速度ポテンシャルが複素関数論におけるコーシー・リーマンの関係式を満足すると言うことから出てきた。またそれらがコーシー・リーマンの関係式を満足することは、別稿「二次元・非圧縮性・完全流体の力学(ラグランジュの渦定理とは何か)」4.(2)で説明したように二次元・非圧縮性・完全流体の渦無しの流れで成立する連続の方程式運動方程式から出てきた。そのとき運動方程式は、無限遠の上流域で渦無しの流れであったものは、円柱の付近に流れ下った時もやはり渦無しの流れが成り立っているというラグランジュの渦定理を適用するところに使われている。
 
 このとき循環Γはどこから出てきたのかと言うと、最初から存在しているのである。ここが、この議論で最も解りにくいところだが、円柱の周りを回転するような流れは最初から存在しているとしている。そして、ニュートンの慣性の法則が示す様に動いている物体はいつまでも動き続ける。つまり円柱の周りの回転運動は持続され続ける。
 そのとき回転する運動を担う流体は次々と入れ替わっているのに、そのような事が可能なのかと思われるかも知れないが、次の様な例を考えれば納得してもらえると思う。今摩擦のない平板の上に沢山の物体が並んで右方向に一様な速度で動いているとしよう。そのときある瞬間にその中の一つの物体nの動きを止めたとする。[これが循環を与えたことに相当する]

 それから少し時間が経つと左から来る隣の物体n+1が、物体nに衝突して物体n+1が持っていた運動量をnに与え物体n+1はその場に静止しする。物体nは再び動き出して右方向に流れてゆく。そして新しく静止した物体n+1に、さらに左から来る物体n+2が衝突して物体n+1を右方向に動かし、自らはそこに静止する。以下同様である。そのようにして物体の流れの中のある部分が静止したと言う状況は、その後も保存されていく。
 上記の事情は、水面を伝播していく重力表面波のようなものだと考えることもできる。波のところで習うように、波の盛り上がりが伝播しても流体粒子は元の位置にとどまっている。つまり、波が到達したときだけ流体粒子は回転運動をして波の運動に参加するのであって、進行する波を構成する流体粒子はどんどん入れ替わっている。このような現象が可能なことはニュートンの運動の三法則が教えてくれることです。上記のように流体粒子を次々と入れ替えながら循環(渦運動)が保存されて伝播していくのもこれと類似の現象だと考えればよい。

 

)流線関数と速度ポテンシャル

 前項の流線関数と速度ポテンシャルを図示してみる。そのとき流れの様子は渦糸の強さΓ(循環)により次の三通りに分かれる。その様になることは3.(3)3.で説明する。

.Γ<4πaUの場合

 これは、円柱の周りの循環が比較的小さい場合で、淀み点は円柱表面の下側の左右対称の位置に二つ現れる。
[Γ=2πaUの場合]
 横x軸、縦y軸、a=1、等高線間隔0.2U、青ラインが等速度ポテンシャル線[Φ(x,y)=一定の線]、赤ラインが流線[Ψ(x,y)=一定の線]

 速度ポテンシャル面は多価関数となるので、この図ではx軸の負の部分に段差がある。そのため等速度ポテンシャル線[青ライン]はx軸の負の部分でずれている。しかし速度ポテンシャル面の勾配は連続的に繋がっているので、x軸(x<0)を挟んで速度に段差が生じることはない。
 この図はとても教訓的です。流れが円柱の上側に向かって迂回しており、円柱を過ぎると今度は下側に向かって流れる。そのため円柱の上側を通る流れは下側を通る流れよりもより長い距離を流れなければならず、円柱の上側の速度は下側よりも速くなる。
 さらに注意してほしいことは、円柱の下流で上下の流れが出会う場所において、上からの流れと下からの流れの流速に差があるわけではない事です。一旦流速はゼロになり、淀み点で滑らかに合流している。だからこの淀み点で合流する上からの流れと下からの流れに圧力差が存在するわけではありません。これは淀み点以降の流線の上下に付いても同様です。これは流体中の一つの面の表裏の事ですから当然のことです

 別稿「二次元・非圧縮性・完全流体の力学」3.(4)5.の最後で注意したように、縮まない流体の音速は無限大の早さで伝播する。そのため流体中に物体が存在し、その物体の周りに循環が存在するという情報は、遙か上流側の流体に伝わっている。全ての領域の流体は、流体中に物体が存在し、その物体の周りに循環が存在するという状況を知った上で互いに調整しあって流れを形成している。そのため物体の上流側から物体の近くに流れ下ってきた流体は、円柱の周りに存在する循環流に参加して上向きに向きを変える。そして物体を通り過ぎると下向きに方向を変えて流れ去る。
 現実の流体には圧縮性がありますが、流れの速度が音速よりも遅い場合には上記の事柄は成り立つと言える。もちろん流れの速度が音速に近づくと、圧縮性の影響が大きく現れてきますから流れの様子は変わってきます。

.Γ=4πaUの場合

 この場合、淀み点は円柱表面の最下点に1個だけ現れる。
[Γ=4πaUの場合]

Γ>4πaUの場合

 これは、円柱の周りの循環がかなり大きいばあいで、淀み点は円柱の真下の離れた位置に1個だけ現れる。そして、この淀み点を通る流線によって、流れの場は円柱を回る循環流と外部の流れに二分される。
[Γ=6πaUの場合]

 この例のように流体が円柱の周りにまとわりついているときは、円柱の周りの循環が保存されるというのは解りやすい。Γ<4πaUのように流体要素が次々と入れ替わる場合も同様に保存されるのです。

 

)速度ベクトル場

.速度ベクトル

 任意点(x,y)における速度成分(u,v)は別稿で説明したように複素共役速度から求まるので

となる。
 あるいは、流体中の(r,θ)における動径方向vrと円周方向の速度vθは極座標でのgradΦから求めることができる。それぞれ

となる。

 円柱表面における速度分布は上式でr=aを代入すれば求まり

となる。
 ところで3.(3)3.節で説明するように淀み点のy座標−a・sinαは−Γ/(4πU)だから下図の様な関係が得られる。これはα=20°として描いた図です。

つまり。円柱上の点の速度の大きさは二つの淀み点AA’を結ぶ直線からその点までの高さhを円の半径で割って2Uを掛けたものに等しいという非常に簡単な形で表現できる。これは、後に円弧翼やジューコフスキー翼に写像される元円の周りの流れに付いても一般的に成り立つ便利な表現ですから覚えておかれると良い。
 円柱表面上の速度の大きさを上図のθを横軸にして描いてみると

となる。

.循環

  流体が存在する領域は単連結領域とはならず二重連結領域となるが、流体中のいずれの部分もdiv=0、rot=0を満足する。円柱表面は一つの流線となり、その流線に沿って反時計回りに速度成分の線積分を実施して循環を求めてみると

となる。つまり渦糸の強さが循環の大きさそのものであることが解る。循環の定義はこちら

.淀み点

 渦糸の強さΓ(循環)の値により流れの様子は異なったが、それは淀み点の現れ方に関係する。淀み点は(u,v)=(0,0)の条件から求まる。つまり二次方程式

の解が淀み点の位置です。複素係数の二次方程式の解の公式を使えば直ちに求まります
 同じことですが、ここでは泥臭く計算してみます。二次方程式の根をz1、z2とすると根と係数の関係式より

となる。流れの様子は、z1−z2の根号内が正、0、負の違いで三つの場合に分かれる。

[Γ<4πaUの場合]
 この場合は1−z2=実数となる。そのとき、z1=x1+iy1、z2=x2+iy2と置けば、z1−z2=(x1−x2)+i(y1−y2)は実数だから、y1=y2となる。さらにz1+z2=(x1+x2)+i2y1=−iΓ/2πUより、y1=y2=−Γ/2πU、x2=−x1となる。
 またz1・z2=(x1+iy1)(−x1+iy1)=−(x12+y12)=−a2だから|z1|=|z2|=aとなる。
 つまり淀み点は円柱表面に二つある。

の点である。

[Γ=4πaUの場合]
 この場合には

となり、円柱上にただ一つの淀み点が存在する。

[Γ>4πaUの場合]
 この場合は1−z2=虚数となる。z1−z2を表す式の根号内が負であることに気をつけて、Γ<4πaUの場合と同様な計算をすると

となる。つまり、淀み点はy軸上で一つは円の外、もう一つは円の内にある。

 

)円柱に働く力

 今完全流体を考えているので円柱表面に沿った摩擦力は働かず圧力のみが表面に垂直に働く。そのとき円柱表面の流線について渦無し・定常流で成り立つベルヌーイの定理を適応する。今無限遠の一様流Uの場所における圧力をp0、速度qの位置の圧力をp、また流体の密度をρとし、位置エネルギーの差を無視すると

 円柱表面に働く圧力を積算して、単位の高さを持つ円柱に働く力の合力(Fx,Fy)を求めてみる。


つまり、その周りに循環流を伴った円柱は、無限遠における流れの方向に垂直に、円柱の単位の長さ当たりρUΓなる大きさの力を受けることになる。
 これは、物体表面上およびその外部の流体領域に湧き出し点や流入点が存在しない場合に、任意の断面形状をした柱状物体に対して一般的に成り立つ、Kutta・Joukowskiの定理[証明は4.(2)1.参照]の特別な場合です。

 

)静止流体中を移動する円柱の周りの流れ

.複素速度ポテンシャル

 今までは速度Uの一様流中に置かれた循環を伴う円柱に働く力の話であった。上記の解に速度Uの反対向きの一様流を重ね合わせれば、静止流体中を循環を伴って速度Uで移動する円柱に働く力が得られる
 まず、3.(1)のwに、反対向きの一様流の複素速度ポテンシャル=−Uzを加えると

となる。これは静止流体中を速度Uでx軸の負方向へ進む円柱の中心が原点を通過する瞬間の流れをあらわす複素速度ポテンシャルです。一様流を表す複素速度ポテンシャルが−Uzになることは別稿「渦抵抗(カルマン渦列と抗力)」1.(3)1.で説明した。

.等速度ポテンシャル線と流線

 横x軸、縦y軸、a=1、等高線間隔0.2U、青ラインが等速度ポテンシャル線[Φ(x,y)=一定の線]、赤ラインが流線[Ψ(x,y)=一定の線]、これは定常流ではありませんので、次の瞬間には円柱はx軸の負方向へ移動しており、流線、等速度ポテンシャル線の分布もそれに伴って移動している。
[Γ=0.5πaUの場合]

[Γ=1.0πaUの場合]

[Γ=2.0πaUの場合]

[Γ=4.0πaUの場合]

.複素共役速度

 複素共役速度u−iv=(dw/dz)は

となる。

 この場合定常流ではないが、渦無しの流れであることは間違いないので、拡張されたベルヌーイの定理が成り立つ。そのため積分定数は流体全体に渡って共通な値となる。円柱表面の速度は平行一様流の成分を除いて、一様流中に円柱が静止している場合と全く同じになるので、円柱に働く力の合力は前記の場合と同じになり、円柱の進行方向に垂直にF=ρUΓの力が働くことになる。

.揚力と重力の釣り合い

 このように進行方向に垂直な揚力を受けながら、流体中を水平に移動するのは変だと思われるかも知れませんが、円柱に働く体積力である重力が下向きに働いていてその力とつり合っていると考えればよい。これはちょうど、摩擦の無い面上を面から受ける垂直抗力と重力がつり合った状態で面上を等速度で滑っていく物体と同じような事情であると考えればよい。

 またy方向の力が現れないのは、ダランベールの背理のところで説明したのと同じ事情です。
 さらに、3.(2)3.[Γ>4πaUの場合]のように、渦の循環を構成する実質の流体粒子が円柱と共に移動していく場合もあるわけです。
 この当たりは別稿の4.(2)3.の最後で説明した事情と同じです。ただし、そこでは渦対を形成して二つの渦糸が互いに影響しあうことで直進するのですが、渦の周りの流れは単独の渦糸の場合と違います。ここでは単独の渦糸が重力とつり合うことで直進します。重力が無ければ、動いている単独の渦糸の軌跡は円を描くことになるでしょう。
 そのとき、無限に広がった流体中ではなくて、地面のすぐ上を飛行する場合が非常に興味あります。その様な状況の翼の周りの流れの解を見つけるには、別稿の4.(2)3.で説明した鏡像の方法を用いればよい。地面の下に仮想的な対になる渦糸を考えて、地面における流線が地面に沿っているという境界条件を満たす解を得るのです。

 このとき注意して欲しいことは渦対が作る流線は単独の渦の場合と異なることです。特にr→∞に於いて二つの渦糸が作る速度成分は互いに反対向きで打ち消し会うので翼が存在することによる流れの乱れはr→∞とともに急速に小さくなる。またこのとき翼の下側の地面の圧力が高くなっている。翼は地面を押す空気の反作用で持ち上げられているのである。この当たりは4.(2)2.でもう少し詳しく説明する。

 

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4.クッタ・ジューコフスキーの定理

 揚力に付いての前節の議論は円柱状物体についてのものでしたが、任意の形状をした柱状(つまり二次元の)物体について成り立ちます。証明は普通ブラジウスの公式を用いて行われるのでその説明から始めます。

)ブラジウスの公式

.ブラジウスの第一公式

 ブラジウスの第一公式は、別稿「複素数の積分」2.(1)で証明したように非圧縮性流体についての運動量の定理二次元・渦無し・定常流に特化ものと同じです。

 二次元・非圧縮性・完全流体の渦無し・定常流中に静止している物体を考える。そのとき、物体表面の閉曲線と物体を取り囲むように流体中に取った任意閉曲線Cの間に特異点が存在しないか、あるいはもし特異点が存在したとしても、その留数の和がゼロになる場合には、物体に働く共役複素合圧力X−iYは、物体を取り囲む任意閉曲線Cに沿って下記の積分を実行することで求まる。

ただし、(dw/dz)は物体を取り囲む様に取った流体中の任意平曲面C上の点z=x+iyにおける複素共役速度u−ivです。これをブラジウス(Blasius)の第一公式と言う。

 この定理を用いると円柱について3.(4)で得た結論が簡単に求まる[別稿「複素数の積分」2.(1)3.参照]。

.ブラジウスの第二公式

 さらに、別稿「複素数の積分」2.(2)で証明したように次の公式が成り立つ。これは物体に働く力のモーメント(トルク)を求めるため使う。

 二次元・非圧縮性・完全流体の渦無し・定常流中に静止している物体に働く原点のまわりの力のモーメント(トルク)は、物体を取り囲む任意閉曲線Cに沿って下記の積分を実行すれば求まる。

ただし、物体表面の閉曲線と物体を取り囲む任意閉曲線Cの間に特異点が存在しないか、あるいはもし特異点が存在したとしても、その留数の和がゼロになる場合としている。これをブラジウス(Blasius)の第二公式と言う。

 

)クッタ・ジューコフスキーの定理

.物体に働く力

 二次元状の柱状物体のまわりに循環Γの流れが付随しており、これに一様な流れがあたったとする。そのとき物体は一様流Uの方向と垂直な方向にρUΓの力を受ける。ただしρは流体の密度である。これをKuta-Joukowskiの定理という。
 ここでは、物体表面上およびその外部流体領域内に湧出点、流入点、渦糸なのどの特異点は存在しない渦無しの流れであることを仮定している。このとき流体が二次元・非圧縮性・完全流体であり、上流の流体の流れが元もと渦無しの流れであれば、ラグランジュの渦定理により、常に上記の仮定が満足されることは保障されている。また、ここでの柱状物体の断面形状やその大きさはどの様なものでも良い

 この定理は、物体のまわりに伴う循環Γの大きさが、物体の形状やUとどの様に関係するのかは何も言っていない事に注意してください。循環Γを決定するメカニズムは7.章で説明します。

[証明]
 今、座標原点を物体の内部に取り、一様流Uはx軸に平衡でx軸の正の方向を向き、循環は時計回りとする。仮定の様に物体の表面ぉよび外部の流体内に特異点が存在しないので、物体を取り囲む充分大きな閉曲線Cをとると、前記のブラジウスの第一公式が成り立つ。

 閉曲線Cの上ではzは大きいから、zが大きいときのwの近似式を知れば積分値を求めることができる。

x軸軸に平行にその正方向に一定速度Uで流れる一様な流れの複素速度ポテンシャルは

となる。また物体のまわりの循環流は、zの大きいところでは、その流線が原点を中心とする円とみなされるから、その向きを時計回りとして循環定数を−Γ(Γ>0)とすれば

で与えられる。物体による攪乱は物体から遠ざかれば遠ざかるほど小さくなるから、閉曲線Cの上ではその複素速度ポテンシャルは

の様に表すことができる。ただしA,B,・・・・は物体の形状とU、Γに関係する複素定数である。ちなみに物体が半径aの円柱の場合はA=Ua2、B=C=・・・=0 であった。

 故に、Cの上では流れの複素速度ポテンシャルおよびzによる微分は近似的に

となる。これをブラジウスの第一公式に代入して、コーシーの定理を使うと

すなわち

となる。
[証明終わり]
まことにエレガントな証明なのだが、その物理的な意味は以下のように考えればよい。

.クッタ・ジューコフスキーの定理の物理的な意味

 前記の定数A、B、C、・・・は複素数の定数であるが、これらの定数によって循環流を伴った平行流はその形を変える。また流れの変形の度合いは物体(翼)の形状によるのでA、B、C、・・・は物体の形に依存する。ところが物体(翼)から離れたところではA、B、C、・・・が掛かった項(1/z2以上の高次の項)は距離と共にその影響は小さくなるので無視できて、速度の場はあたかも原点に唯一の渦糸(循環Γ)だけが存在するかの様に見える。
 そのとき、上記線積分を実施する閉曲線を例えば物体の存在する点を中心とし、物体(翼)を包む十分大きな半径の円にすれば、その積分路上の速度ベクトルは一様流ベクトルに循環が起こす円周に沿った方向の速度ベクトルΔV[大きさΓ/(2πr)]を合成したものになる。
 この円形検査面に別稿「渦抵抗(カルマン渦列と抗力)」2.(3)「複素数の積分」2.(1)2.で説明した運動量の定理を適応する。それによると、[検査平曲面内にある物体(翼)に働く力]は、[検査面に働く圧力の合力][検査面を通過する流体運動量の時間的変化の和の反作用]の和になる。
 
[運動量積分]
 3.(2)1.の流線図を見れば明らかなように物体(翼)の前方では上向きだった速度が、翼の後方では下向きに変えられるのであるから、合成した運動量変化は下向きである。したがつて流体による反作用は物体(翼)に上向きの揚力を与える。実際に計算してみるとすぐ解るように流れの対称性からx方向の運動量流量の変化は無い。y方向に関するの積算は

となる。
 
[圧力積分]
 圧力積分は、検査面における流速をベルヌーイの定理を用いて圧力に変換して積分を実施すればよい。x方向に関しては圧力分布の対称性からゼロになる。y方向に関しては

となる。
 この運動量積分と圧力積分を加算すればクッタ・ジューコフスキーの定理によって求めたのと同じ結論が得られる。歴史的には、ジューコフスキーは最初ここで述べた方法でクッタ・ジューコフスキーの定理を証明したようです。[プラントル「流れ学(上)」コロナ社P94]

 ここで、注意すべきは、検査面が円形の場合は、たまたま運動量成分と圧力成分の寄与が半々となったが、検査面の形が変わるとその割合が変化することです。例えば下中央の矩形検査面を下左図の様に上下の検査辺を上下の無限遠に持って行くと、圧力積分項はゼロとなり運動量積分項が揚力の原因となる。一方下右図の様に左右の検査辺を左右の無限遠に持って行くと、今度は運動量積分項がゼロとなり圧力積分項が前揚力と等しくなる。

 このように無限に広がっている大気中では検査面を規定しないとその割合は決定できない。
 興味ある例として地面の上に翼が存在する場合がある。

 この状況の解を見つけるには、別稿の4.(2)3.で説明した鏡像の方法を用いて地面の下に仮想的な対になる渦糸を考えればよい。そうすれば地面における流線が地面に沿っているという境界条件を満たす解を得ることができる。
 このような渦対が作る循環に伴う速度ベクトルは、別稿「渦抵抗(カルマン渦列と抗力)」3.(3)1.で注意したように、検査面の半径rが大きくなるにつれて急速にゼロに近づく。単独の渦糸の場合は速度の大きさは1/rで減少するが、積分路はrに比例して長くなるので、その影響はr→∞にしても消えることはなかった。しかし渦対の場合には物体(翼)が存在することによって生じる速度場の変分の積分値はr→∞とともに無視できるようになる。
 そのとき検査面上の積分で残るのは地表EEに沿った圧力積分項だけになります。流線の様子から明らかなように、それは地面により大きな圧力を及ぼすことを意味する。この反作用が翼を持ち上げる力となる。

.物体に働くトルク

 物体に作用する流体力の原点に対するモーメント(トルク)はブラジウスの第二公式によって求まる。すなわち

となる。つまり、iAの実部の−2πρU培で与えられる。このAは物体の形状に関係する複素定数です。
 ちなみに物体が半径aの円柱でその中心を原点とする場合にはA=Ua2=実数、B=C=・・・=0 でしたから、円柱の中心のまわりのモーメントはゼロとなる。

 

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5.等角写像

 複素関数論における正則関数の等角写像性はどの教科書でも説明されていますが結構難しい所です。ページ数が増えるのをいとわずできるだけ解りやすく説明します。

)写像の一般論

 二つの複素変数z=x+iy、ζ=ξ+iηが

なる関係で結びつけられているとする。ただしf(z)はzの、g(ζ)はζの正則関数(解析関数)とする。このような関係によってz平面上のP点z0はζ平面上のP’点ζ0に対応づけられている。このような対応関係を写像という。
 このときz平面上のP点でf(z0)が有限で、その一次の微分係数dζ/dz=f’(z0)も有限で、かつゼロでないときに、P点を普通点という。またdζ/dz=f’(z0)がゼロまたは無限大になる点を特異点と言う。

.普通点における写像

 このとき例えば、z平面上において関数f(z)の実数部ξ=Φ(x,y)=一定が示す曲線は、二次元・非圧縮性・完全流体の渦無し流れの等速度ポテンシャル線であり、虚数部η=Ψ(x,y)=一定が示す曲線は同じく二次元・非圧縮性・完全流体の渦無し流れの流線と見なすことができる。別稿4.(2)2.で証明したように等速度ポテンシャル線[ξ=一定の曲線]と流線[η=一定の曲線]は互いに直交した。
 この直交性はコーシー・リーマンの関係を満たす一般の正則関数について成り立つものでしたから、そこで説明した複素速度ポテンシャルについても、もちろん成り立った訳です。[下図参照]

 つまり、ζ平面で互いに直交するξ=一定とη=一定の直線をz平面に写像したものはz平面上で互いに直交する曲線群となっている。

 このとき、z平面上の任意曲線C1をζ=f(z)によってζ平面上での曲線C1’に写像したとき、C1とC1’に関してどの様な事が言えるか調べてみる。いま、z面上の任意曲線C1上に点z0をとる。そのときC1をζ面上へ射影した曲線C1’上ではζ0が対応するとする。

曲線C1上のz0の近くの点z0+Δzをとり、この2点を通過する直線s1が実軸とΘ1の角を成すするとすればΔz=r1iΘ1となる。ここでΔz→0の極限を考えれば、直線s1はz0における曲線C1への接線t1となる。この接線t1が実軸となす角は

で与えられる。このときζ=f(z)によってz0とz0+Δzに対応する点はζ0=f(z0)、ζ0+Δζ=f(z0+Δz)で与えられる。そのため

となる。そしてΔz→0にした極限ではζ0=f(z0)とζ0+Δζ=f(z0+Δz)を通る直線s1’はζ0における曲線C1’への接線t1’となる。それの実軸となす角は

で与えられる。このときf(z)のzによる微分をf’(z)とすると

であるから

となる。
 同様に、z0を通る他の曲線C2と、それをζ面に写像したζ0を通る曲線C2’に対しては


となる。
 ここでζ=f(z)はzの正則関数であるから、dζ/dzはΔzの方向にかかわらず一定でなければならないので

となる。
 すなわち、ζ=f(z)なる関係式は、z面における任意の図形を角の変化無しに、等角的にζ面へ写像する。このような関係を等角写像という。

.特異点における写像

 z=z0が特異点の場合にどの様な事が起こるか調べてみる。いま、z0においてdζ/dz=f’(z)=0となる典型的な例として

なる写像を考える。このとき

となる。
 z0の近くのz=z0+reiθをとれぱ、ζ=ζ0+rninθF(z0)となる。この関数ではz面上で偏角がΔθだけ増加すれば、それに対応するζ面上ではn・Δθだけ増加する。

したがって対応する図形は等角にはならない

 湧き出し[ζ=mlog(z−z0)]、吸い込み[ζ=−mlog(z−z0)]、渦糸[ζ=iΓlog(z−z0)]、二重湧き出し[ζ=−μ/(z−z0)]などを表す複素速度ポテンシャルはz0に特異点を持つ例です。実際dζ/dzを計算してみると、z=z0において|dζ/dz|→∞となる。このような|dζ/dz|=∞となる点も等角写像にはなりません。なぜなら、いまではζをzの関数と考えたが逆にzがζの関数と考えれば、|dζ/dz|=∞の点は|dz/dζ|=0となり、前記の例の対応とちょうど逆になっているからです。

 

 以下で等角写像の例をいくつか示す。

)z平面をζ平面の角領域へ写像

.写像関数

 z平面からζ平面への写像を与える正則関数ζ=f(z)として

を考える。これはz平面における点を、ζ平面の原点からの距離がzの絶対値rをn乗倍[r]の距離で、偏角がzの偏角θをn倍[nθ]の位置に写像されるものであることが解る。
 ただし囲み線内の式は、ζ平面のξ=一定とη=一定の格子線がz平面においてどの様な曲線群になるかを表すとき便利な形であって、z平面におけるx=一定とy=一定の格子線がζ平面上においてどの様な曲線群になるかを知るには、上記の式の逆関数を利用しなければならない。つまり
の式でx=一定、y=一定と置いた曲線のグラフをζ平面上に描けばよい。2つの例でその当たりの様子を示してみる。

.n=0.5の場合


左側がz平面の格子をζ平面に写像した場合を、右側がζ平面の格子をz平面に写像した場合を示している。左右の図形の違いを吟味されたし。等角写像が解らなくなるのは、往々にしてこの両者を混同することから生じる

.n=1.5の場合

 

)z平面をζ平面の円の外部領域へ写像  

.写像関数

 写像関数ζ=f(z)として

を考える。
 これがどの様な写像を意味するのかを調べてみる。前節で注意したように、z平面におけるx=一定とy=一定の格子線がζ平面のどの様な曲線群に写像されるかを知るには、上式の逆関数を利用すればよい。逆関数は

となる。これはζ平面をz平面に写像する関数ですが、この式のx=一定とy=一定の曲線を描いてみればよい。

.写像の可視化

a=1の場合を図示すると

となる。これはまさしく、

がz平面の原点に存在する長さ4aの線分の周りの領域を、ζ平面の原点に中心がある半径aの円の周りに写像する関数であることが解る。
 この場合も、z平面の格子をζ平面に写像した場合と、ζ平面の格子をz平面に写像した場合の図形の違いに注意してください。

 

)z平面の円柱周りをζ平面の平板周りに写像(ジューコフスキー変換)

.円を直線に写像する関数

 z平面からζ平面への写像を与える正則関数ζ=f(z)として

を考える。これをジューコフスキー変換(Joukowski transformation)という。この変換はz面上の点を下図の様なζ面上の点へ写像する。

もう少し補足すると

となり楕円の方程式が得られる。つまりz面上のr=一定(>a)の円、及びr=一定(<a)の円は原点を通る長さ4aの直線の外の楕円に写像される。その楕円の焦点は(-a,0)と(a,0)となる。またz面上の半径aの円はζ面上の実軸上の(2a,0)と(-2a,0)を両端とする長さ4aの線分に写像される。これは楕円が直線までつぶれたものと見なせる。

 図から明らかなようにζ面上の1点に対応する点がz面上に二つ存在する。z面の点とζ面の点を1対1で対応させるには、ζ面として長さ4aの線分を共有した二枚の面[上右図参照]を準備すればよい。このように何枚も重ねて多価関数を表す面のことをRiemann面という。

.z平面とζ平面の対応関係

 もう少し解りやすくするためにz面とζ面の対応を成分表示で表してみる。ζ=f(z)を成分表示すると

となる。
 この逆変換は上記の式を未知数x、yの連立方程式と見なして解けばよい。それはとりもなおさずζ=f(z)をzに付いて解いた

のz=x+iyをξ、ηの成分表示したものに他ならない。ここで、平方根演算を施すこは極座標表示の絶対値を平方根倍にして、偏角を半分にすること

に注意すると、上式は次のように変形できる。

となる。この場合、一つのζ点(ξ,η)に対して二つのz点(x,y)が対応する。上式で+を取ると|ζ|→∞に対して|z|→∞が対応するのでz平面の半径aの円の外がζ面全体に、−を取る場合は円の内がζ平面全体に対応する。このことは次に示すように一つのz平面が二つのζ平面に対応することを意味する。

.写像の可視化

 a=1の場合を図示する。

[|z|>aの領域の写像]

この図は前節5.(3)2.で説明した写像の逆になっている。

 ここで注意すべきは、円の外側で円から離れた位置のz点は、ζ面においてほぼ同じ位置に写像されることです。つまり円の近傍だけが長さ4aの直線に近づくように歪んで写像されるが、その歪みの程度は円から離れると急速に小さくなる。これこそ円柱のまわりの流れを平板のまわりの流れに写像するとき、遠方での境界条件を満たすために必要な事です。
 さらに注意すべきは、z面上のA点[z=a+i0]とC点[z=−a+i0]で導関数dζ/dz=f’(z)=1−a2/z2の値がゼロとなることです。それらの点は特異点となり、そこでの写像は等角的ではなくなる。

[|z|<aの領域の写像]

 z平面上の半径aの円はζ平面の長さ4aの線分に写像されるが、z平面の原点はζ平面の|ζ|→∞へ写像されることに注意してください。対応関係が解りにくいが、5.(4)1.の写像対応点図を参照されて確認してください。
 さらに注意すべきは、z面上の原点z=0は|f’(0)|=|1−a2/z2|→∞となる特異点です。ζ平面における写像点は無限遠になるため図上で確かめることはできませんが、原点の写像は等角的ではありません。

 

)z平面の円柱周りをζ平面の傾いた平板周りに写像(改良ジューコフスキー変換)

.円を傾いた平板に写像する関数

 いまジューコフスキー変換を少し変えて

なる写像を考える。これを今後改良ジューコフスキー変換と呼ぶことにします。このとき一般の関数f(z)にe-iθを乗じたものは下図に示すように原点に対して−θだけ回転したものに写像されます。

そのため上記の変換は下図の様な写像を意味する。

このときξ、η座標軸を−αだけ回転した新たな座標軸をξ’、η’軸とすると

となり楕円の方程式が得られる。つまりz面上のr=一定(>a)の円、及びr=一定(<a)の円は5.(4)1.の楕円を−αだけ回転した楕円に写像されている。その楕円の焦点は(-a,0)と(a,0)を−α度回転した位置になる。またz平面上の半径aの円はζ平面上の実軸と角度−αで交わる長さ4aの線分に写像される。[下図参照]

.z平面とζ平面の対応関係

 もう少し解りやすくするためにz面とζ面の対応を成分表示で表してみる。ζ=f(z)を成分表示すると

となる。
 この逆変換は上記の式を未知数x、yの連立方程式と見なして解けばよい。それはとりもなおさずζ=f(z)をzに付いて解いた

のz=x+iyをξ、ηの成分表示したものに他ならない。ここで、平方根演算を施すこは極座標表示の絶対値を平方根倍にして、偏角を半分にすること

であるから、上式は次のように変形できる。

となる。5.(4)3.と同様に、一つの点(ξ,η)に対して二つの点(x,y)が対応する。符号が+の場合は、|ζ|→∞に対して|z|→∞が対応するので半径aの円外の点に、−の場合が円内の点に対応する。このことは下図の様に一つのz平面が二つのζ平面に写像されることを意味する。

.写像の可視化

 a=1、α=30°=π/6radの場合を図示する。

[|z|>aの領域の写像]

 この図は前節5.(4)3.に似ているが細かいところが微妙に違っているので子細に検討してみてください。そのときこの図を傾いた平板周りの流線・等速度ポテンシャル線図と混同しないでください

 ここでも5.(4)と同様に、z平面の円から離れた位置は、ζ面においてほぼ同じ位置に写像される。z平面の円の近傍だけがζ平面の長さ4aの傾いた直線の周りに歪んで写像されるが、その歪みの程度は円から離れると急速に小さくなる。これこそ円柱のまわりの流れを傾いた平板のまわりの流れに写像するとき必要な条件です。
 z面上のA点とC点は、そこでの導関数dζ/dz=f’(z)=1−a2・e-i2α/z2がゼロとなる特異点です。そのためそれらの点の写像は等角的ではないのはもちろんですが図の縮尺が大きく変化している。特に下図の平板端点のまわりが上図で大きく拡大されていることに注意してください。

[|z|<aの領域の写像]

のようになる。z平面の原点はζ平面の|ζ|→∞へ写像される。また、z平面上の半径aの円がζ平面の長さ4aの線分に写像される。対応関係が解りにくいが、5.(5)1.の写像対応点図を参照されて確認してください。

 z平面上の半径aの円はζ平面の長さ4aの線分に写像されるが、z平面の原点はζ平面の|ζ|→∞へ写像される。また、z面上の原点z=0は|f’(0)|=|1−a2・e-i2α/z2|→∞となる特異点です。
 実際には円柱の外側の流線を平板のまわりの流線に写像したいのだから、今後は主にr>aの領域を取り扱うことになる

 

)ジューコフスキー変換の一般化

.z平面の円柱周りをζ平面のレンズ周りに写像(カルマン・トレフツ変換)

 5.(4)1.で説明したジューコフスキー変換をもう少し変形した

なる変換を考える。これはカルマン・トレフツ変換と呼ばれるものです。
 ここでn=2とすると

となるので、この場合はジューコフスキー変換そのものです。
 またn=1の場合は

となる。これはz平面の原点を中心とする半径aの円をそのまま変形することなくζ平面の円に写像する変換です。
 これらの特別な場合から予想されるように1<n<2の場合のカルマン・トレフツ変換はz平面上の円柱周りをζ平面上のレンズ形の外部領域に変換します
 座標格子の変換の様子を図示すると

のようになります。残念ながらジューコフスキー変換のように簡単な変換図形で変換の様子を示すことはできません。
 この変換を用いると6.(9)1.で説明するように翼後角の大きさτや中央部の膨らみをかなり自由に調整した翼型を作ることができる

.さらなる一般化

 ジューコフスキー写像関数をさらに一般化すると

という無限級数で表すことができる。この写像関数はいくつかの特異点を持つが、その内の一つが翼型の後縁に写像されるようにし、他の特異点が円内にあるようにする。係数c0、c1、c2、・・・・を調整することで任意の変形を生み出すことができる。
 詳細は省略します。参考文献2.、8.、13.、14.、17.等を参照されてください。

 

 ここまでのところ、流れの場とは何ら関係していないことに注意してください。等角写像を流れの場で利用するにはもう一工夫必要です。世にある教科書はここの説明が曖昧で解りにくいので一章を設けて詳しく説明します。

 

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6.流れの写像

 ここで流体力学における等角写像の利用を説明します。

)流れの場の写像の一般論

.複素速度ポテンシャルの写像

 任意の正則関数w(z)はz平面で生じる渦無しの流れに対する複素速度ポテンシャルw(z)=Φ(x,y)+iΨ(x,y)と考える事ができる。そのときσ=Φ+iΨで構成される複素平面をσ(シグマ)平面と名付ける事にすると、複素速度ポテンシャル関数w(z)

はz平面とσ平面の間の写像関係を表します。
 ここでσ=w(z)の逆関数をz=v(σ)とする[前章で説明したz平面とζ平面における写像関数z=g(ζ)とζ=f(z)の関係と同じです]。そうしてσ平面の格子線(Φ=一定、Ψ=一定の直交直線群)をz=v(σ)によってz平面に写像します。
 σ平面で互いに直交するΦ=一定、Ψ=一定の格子線がz平面上に射影されると互いに直交するΦ(x,y)=一定とΨ(x,y)=一定の曲線群となる。写像の等角性により、これらの曲線群は局所的に正方形の網目を形づくる。

 このとき得られる曲線群こそz平面における等速度ポテンシャル線[Φ(x,y)=一定]流線[Ψ(x,y)=一定]を表す。このことは別稿「カルマン渦列」3.(2)2.で説明しました。さらにそこで説明したようにw(z)をzで微分したdw/dzは共役複素速度と言われる関数であり、この実数部と虚数部がそれぞれz平面上の点zにおける速度成分uと−vを与えます。

 ここで得られた曲線群をさらにζ=f(z)なる変換によってζ平面に写像します。
 このときζ=f(z)の逆関数をz=g(ζ)と表すことにすると、z平面の複素速度ポテンシャルw(z)もz=g(ζ)の変換によって、ζ平面の複素速度ポテンシャルw’(ζ)に変換されます。

これもζの正則関数です。なぜなら正則関数の逆関数も正則関数であり、正則関数の正則関数もやはり正則関数になるからです[証明は複素関数論の教科書を参照してください]。

 そのとき5.(1)1.の等角写像で説明したように、z平面のΦ(x,y)=一定とΨ(x,y)=一定の曲線群はζ=f(z)によってζ平面で互いに直交する曲線群[Φ’(x,y)=一定とΨ’(x,y)=一定の曲線群]に写像されます。そのためζ平面上に写像されたそれらの曲線群の実部と虚部のそれぞれが等速度ポテンシャル線と流線としての性質を保持している。なぜならw’(ζ)の実部と虚部が等速度ポテンシャル線と流線と見なせる為に必要なことは、w’(ζ)の実数部と虚数部がコーシー・リーマンの関係式を満たすことでしたが、正則関数であるw’(ζ)は当然のこととしてそれを満たしているからです。

 そのときとても重要なことですが、Φ(x,y)はz=x(ξ,η)+iy(ξ,η)[つまりx=x(ξ,η)とy=y(ξ,η)]によってΦ’(ξ,η)へ、Ψ(x,y)も同様にx=x(ξ,η)とy=y(ξ,η)によってΨ’(ξ,η)へ変換されるのですが、w(z)=Φ(x,y)+iΨ(x,y)の実部と虚部はそれぞれ別々にw’(z)の実部Φ’(ξ,η)と虚部Ψ’(ξ,η)へ変換されます。w(z)の実部と虚部が入り交じってw’(ξ,η)の実部と虚部に変換されることはありません。
 そのためΦ(x,y)=一定(αとする)はΦ’(ξ,η)=αへ、同様にΨ(x,y)=一定(βとする)はΦ’(ξ,η)=βへ変換される。つまり右辺の一定値が同じままで変換されるのです[6.(4)3.参照]。
 
 これは、とりもなおさずw’(ζ)=Φ’(ξ,η)+iΨ’(ξ,η)としたときΦ’(ξ,η)=一定の曲線群が、Φ(x,y)=一定をζ平面上に射影した曲線であり、同じくΨ’(ξ,η)=一定の曲線群が、Ψ(x,y)=一定をζ平面上に射影した曲線になっている事を意味する。
 つまりw’(ζ)はζ平面上で渦無しの流れを表す複素速度ポテンシャルであり、Φ’(ξ,η)=一定の曲線は同じ一定値に対する等速度ポテンシャル線を、Ψ’(ξ,η)=一定の曲線もやはり同じ一定値に対する流線を表すといってよい。

 上記の事実は、新たな複素平面σ’=Φ’+iΨ’が存在してσ’平面における格子線(Φ’=一定とΨ’=一定)が等角写像ζ=ξ(Φ’,Ψ’)+iη(Φ’,Ψ’)によりζ平面上の複素速度ポテンシャルw’(Φ’,Ψ’)に写像されたと考えることができる。
 このときΦ(x,y)=Φ’(ξ,η)=αとΨ(x,y)=Ψ’(ξ,η)=βの曲線群は、その一定値が共通なのだからσ平面とσ’平面は結局同じものです。

 ここは流体力学における等角写像の利用で最も解りにくいところですから、6.(2)〜(9)の具体的な例でさらに説明します。

.流れの場における循環の等角写像不変性

 z平面上の任意の物体表面C0は等角写像

によってζ平面上のある閉曲線C0’に写像される。またz平面上の任意線分dzはζ平面上の線分dζへ写像される。さらにz平面上のz0におけるw(z0)はζ平面上のζ0=g(z0)の点のw’(ζ0)となる。dw/dzも同様にdw’/dζとなる。そのため

が言える。
 一般に物体表面C0は一つの流線となるので流線方程式 udy−vdx=0 を満足する[別稿「二次元・非圧縮性・完全流体の力学」2.(2)参照]。したがってz平面における物体の周りの循環Γは

のように共役複素速度dw/dzの積分で表される。共役複素速度については別稿「カルマン渦列」3.(2)2.で説明した。
 一方、全く同様にしてz平面の物体図形をζ平面に写像したときの物体表面C0’の周りの循環Γ’は

と表される。このとき

である事を考慮すると

となる。つまり物体表面の循環は等角写像によって変化しない
 ところでdw/dzはz平面上での正則関数、dw’/dζはζ平面上での正則関数だから、それぞれの平面の物体の周りに取った任意閉曲線C、C’と物体表面C0、C0’の中間領域に特異点がなければ、別稿「複素数の積分」1.(2)で証明したコーシーの定理により、物体表面に沿った複素積分は任意閉曲線に沿った複素積分と等しくなる。

そのため物体を取り囲む任意閉曲線に沿った循環は等角写像によって変化しない。

.流れの場における特異点の写像

  湧き出し[w=mlog(z−z0)]、吸い込み[w=−mlog(z−z0)]、渦糸[w=iΓlog(z−z0)]、二重湧き出し[w=−μ/(z−z0)]などで表される複素速度ポテンシャルはz平面上のz=z0において特異点をもつ典型的な例です。
 一般に湧き出しや渦糸などの特異点は、z=g(ζ)←→ζ=f(z)なる正則関数によって、ζ0=f(z0)にそれぞれ同じ強さの湧き出しや渦糸が存在する複素速度ポテンシャルw’(ζ)に写像されます。
 また二重湧き出しは湧き出しの強さやその方向は変化するがζ0=f(z0)に二重湧き出し点が存在する複素速度ポテンシャルw’(ζ)に写像されます。
 一般的な2n重湧き出しは2m重湧き出し(m≦n)を組み合わせたものに写像されます。
[証明は参考文献16.などを参照]

 このような等角写像の方法を使うと、z面におけるある簡単な形の断面を有する柱状体のまわりの流れが知られていると、ζ面における他の形の断面を有する柱状体のまわりの流れを知ることができる。
 例えばある迎え角を持った平板を境界条件とする流れの解を見つけるのは簡単ではありません。その様な流れを表す複素速度ポテンシャルは複雑な関数で直接求めるのはきわめて困難です。
 ところが円柱のまわりの流れは良く知られています。その境界条件を満たす複素速度ポテンシャルは簡単に見つけることができて、しかも比較的簡単な関数で表せます。また円柱をある迎え角を持った平板に写像する関数も簡単な関数です。その二つの簡単な関数を組み合わせることにより、迎え角を持った平板のまわりの流れを表すとても複雑な複素速度ポテンシャルが導けると言うことです。これが航空工学の二次元翼理論で複素関数論が利用される理由です。
 ただし、翼の形状が複雑になると円から翼型へ変換する写像関数を探すのは一般に難しくなります。写像について成り立つ様々な定理や種々の典型例を参考にしながら、試行錯誤で円をその翼型に写像する関数を近似的に見つけなければなりません。写像関数を見つける困難さを考慮しても、一般的な形状の翼型に対する複素速度ポテンシャルを直接見つけることに比べたら遙かに簡単です。

 

)平行一様流から角を曲がる流れへの写像

.z平面の平行一様流をζ平面の90度の角を曲がる流れに写像すること

 これはz平面においてz軸の正方向に速度Uで流れる一様流を表す複素速度ポテンシャルw(z)[別稿「渦抵抗(カルマン渦列と抗力)」1.(3)1.参照]

5.(2)2.で述べた正則関数(n=0.5の場合)

によりζ平面上に写像すればよい。
 そうして得られる複素速度ポテンシャルw’(ξ,η)の実数部Φ’(ξ,η)=一定の曲線はζ平面の角を曲がる流れの等速度ポテンシャル線と見なせる。またw’(ξ,η)の虚数部Ψ’(ξ,η)=一定の曲線はζ平面の角を曲がる流れの流線と見なすことができる。
 ここではU=2.5m/sとして、前節で説明した[σ平面の格子線][z平面の流線(Ψ(x,y)=一定)と等速度ポテンシャル線(Φ(x,y)=一定)]の関係を図示すると

となる。このようにして得られたz平面の等ポテンシャル線と流線を写像関数ζ=z0.5によってζ平面に写像すると

となる。これは写像σ=w(z)にζ=f(z)の逆関数z=g(ζ)を組み合わせたものだから

となる。w’(ζ)がζ平面において角を曲がる流れを表す複素速度ポテンシャルである。w’(ζ)の関数形を具体的に描いたものが最初に述べたσ平面の格子線をζ平面へ写像する関数となる。これを、前節で述べたσ’平面との関係として表すと

となる。6.(1)1.で注意したようにσ平面とσ’平面は同じものです。

 等角写像の流体力学への応用で最も注意すべきは[σ平面→z平面→ζ平面(つまりσ’平面→ζ平面)への写像][z平面→ζ平面への写像]を混同しないことです。この二つの写像の違いを理解しないと翼理論で用いられる方法がなかなか理解できません。

.z平面の平行一様流をζ平面の270度の角を曲がる流れに写像すること

 これもz平面において平行流を表す複素速度ポテンシャルを5.(2)3.で述べた正則関数(n=1.5の場合)によりζ平面上に写像すればよい。手順は前項と同じなので、U=2.5m/sの場合の関係図だけを示す。


 この図では[複素速度ポテンシャルの等速度ポテンシャル線と流線の写像図][座標格子の写像図]が似ているため両者の違いが目立たない。そのため、5.(2)3.の座標写像図を右側のものに変えて今一度描いてみると


となる。
  変換後のζ平面の座標が格子状になったこちら図の方が、ζ面座標値と等速度ポテンシャル線・流線方程式との関係が良く解る。そのため、今後は座標変換図は右側のものを用いることにする

.角における流速

 前項のζ平面における複素速度ポテンシャル

において、n<1の場合は角の開き角がπよりも小さなコーナーを回る流れ

となり、1<n<2の場合はζ平面上での開き角がπよりも大きなコーナーを回る流れ

となる。
 別稿で説明したように複素速度ポテンシャルw’をζで微分したものはζ平面における共役複素速度となる。

 このときn<1の場合にはζ=0でdw’/dζ=0となり流速は零となるので、角は淀み点となる。一方、1<n<2の場合にはζ=0での流速は∞となる。
 ベルヌーイの定理によるとn<1の場合にはζ=0の点の圧力は有限な値となり問題ない。
 しかし1<n<2の場合にはζ=0における圧力は−∞となる。またその点では流線に沿って無限大の圧力勾配が存在することになる。つまり、尖った角を持つコーナーを壁に沿って回るには無限大の圧力勾配によって流体の流れる向き変えてやらねばならないということです。現実の流体は必ず圧縮性を持っているので、無限大の圧力勾配で互いに影響を及ぼし合うことはできない。つまり無限大の速度、無限大の圧力勾配は現実には存在できないので現実の流体は慣性の法則に従って最初の方向を保ったまま流れ去ろうとする。そのために流れは壁から剥離し、渦を伴った死水域が形成される。死水領域が形成されると、流れは滑らかなカープを描いて有限な速度で流れることができる。

この事実は、翼理論を考察するとき重要です。

 

)平板に平行な流れを円柱周りの流れへ写像  

.円の中心が原点の場合

 これはz平面において平行流を表す複素速度ポテンシャル

5.(3)1.の正則関数

によりζ平面上に写像すればよい。
 そうして得られる複素速度ポテンシャルw’(ξ,η)の実数部から得られるΦ’(ξ,η)=一定の曲線はζ平面上の円柱周りの流れの等速度ポテンシャル線と見なせる。またw’(ξ,η)の虚数部から得られるΨ’(ξ,η)=一定の曲線はζ平面上の円柱周りの流れの流線と見なすことができる。
 ここではU=5.0m/sとしてσ平面の格子線とz平面の流線[Ψ(x,y)=一定]と等速度ポテンシャル線[Φ(x,y)=一定]の関係を図示すると

 これは別稿「渦抵抗(カルマン渦列と抗力)」1.(2)1.で説明したようにもともと偏微分方程式に境界条件を適用することで導きました。
 同じことが、平板の周りの流れを表す簡単な複素速度ポテンシャルに、これまた簡単なz平面上の平板をζ平面上の円に写像する関数を重ね合わせても導けると言うことです。
 まさに手順に従って機械的にできるというところが、複素関数論の等角写像が威力ある由縁です。

.円の中心がz0の場合

 これは別稿「渦抵抗(カルマン渦列と抗力)」1.(4)の内容を、上記と同じようにして複素平面の写像関係で解釈し直すだけなので説明は省略します。

 

)円柱周りの流れを平板周りの流れに写像

 平行一様流を特定な形状の境界面の周りの流れに写像することも大切ですが、流体力学で等角写像の威力が発揮されるのは、平行流ではないある特定な形状の境界面周りの流れを、さらに別な形状の境界面の周りの流れに写像することです。それはw平面とz平面、z平面とζ平面と二つの写像を組み合わせて関係づけられます。

.循環が無い(Γ=0)場合

 z平面においてz軸の正方向に速度Uで流れる一様流中の原点に半径aの円柱をおいたとき、その周りの流れを表す複素速度ポテンシャルw(z)は3.(1)で述べたように

となる。
 6.(1)1.で述べたように、この複素速度ポテンシャルw(z)を5.(4)1.の正則関数z=g(ζ)によってζ平面上の複素速度ポテンシャルw’(ζ)に写像すればよい。つまり

である。
 これに具体的な関数を当てはめる。まず、半径aの円柱の周り[|z|>a]の任意の点をξ平面の原点に水平に置かれた長さ4aの平板の周りに写像する正則関数は5.(4)1.で述べたジューコフスキー変換

であった。ζの一つの値に対してzの二つの値が対応しているが、ここでは円の外側[|z|>a]だけを考えているので+符号の方のみを選んでいる。
 この写像関数を前記の複素速度ポテンシャルに代入すれば

となり、ζ面上での複素速度ポテンシャルw’(ζ)が得られる。この複素速度ポテンシャルw’(ξ,η)の実数部Φ’(ξ,η)=一定の曲線はζ平面における平板の周りの流れの等速度ポテンシャル線を、虚数部Ψ’(ξ,η)=一定の曲線は流線を表す。
 U=0.5m/sの場合の[σ’平面の格子線][等速度ポテンシャル線(Φ’(x,y)=一定)と流線(Ψ’(x,y)=一定)]の関係を図示すると


となる。この場合、座標変換を示す格子線が流れの図に重なってしまい座標変換の様子が解りにくいが、これは6.(3)1.の逆を行っただけです。両者の違いを検討されて下さい。

.循環Γがある場合

 次に循環Γがある場合を考えてみる。3.(1)で述べたように循環Γを伴った円柱周りの流れを表す複素速度ポテンシャルは

と表せた。
 この式に前記の写像関数を代入すると

となり、ζ面上での複素速度ポテンシャルw’(ζ)が得られる。
 これを実部と虚部に分けるためにさらに変形する。log関数の[]内部の実数部をRe(ξ,η)、虚数部をIm(ξ,η)、絶対値をr(ξ,η)、偏角をθ(ξ,η)として、5.(4)2.の計算結果を利用すると

であるから

となる。
 U=5.0m/sで、Γ=4πaUの場合について[σ’平面の格子線][ζ平面上の等速度ポテンシャル線(Φ’(x,y)=一定)と流線(Ψ’(x,y)=一定)]の関係を図示する

 一般に簡単な図形から複雑な図形への写像関数よりも、その逆の関数の方が複雑になる。σ=w(z)やσ’=w’(ζ)の逆関数を求めるのは容易でないので上図では省略した。
 この例に見られるように、最後に得られる複素速度ポテンシャルは複雑な関数で、これを直接求めるのはきわめて困難です。このような複雑な解でも簡単な写像を繰り返す事で得られると言うことが、写像変換を利用する最大のメリットです。

 以下に、U=5.0m/sとしてΓ=2πaUΓ=6πaUの場合を図示する。手順は同じなので、σ平面やσ’平面への写像関係式は省略してz平面とζ平面についてのみ示す。

 循環Γの増大と共に淀み点がどの様に変化するかに注意。Γ>4πaUでは淀み点は平板から離れて、平板の周りに回転する流れが付随するようになる。

.重要な注意

 ここで6.(1)1.で強調したことを確認しておきます。それは「w(z)=Φ(x,y)+iΨ(x,y)の実部と虚部はそれぞれ別々にw’(z)の実部Φ’(ξ,η)と虚部Ψ’(ξ,η)へ変換される。」ということです。
 今までの例では複素変数のままで、写像関数を適応して新しい座標における複素速度ポテンシャルを求めた。例えば前項の例では

の様に。しかしこれでは「w(z)の実部と虚部が入り交じってw’(ξ,η)の実部と虚部に変換されること無い。」と言うことが明瞭ではありません。
 上記の注意を確かめるために成分表示で表した実関数で変換してみる。

 この計算は面倒ですが

であることに注意すると、x=X(ξ,η)とy=Y(ξ,η)のいずれもが実関数ですから、w(z)の実数部Φ(x,y)はそのままw’(ζ)の実数部Φ’(ξ,η)へ、w(z)の虚数部Ψ(x,y)はそのままw’(ζ)の虚数部Ψ’(ξ,η)へ変換されることが解ります。それぞれの部分を実関数で変換しているので虚数が入り混じる事はありません。

 

)円柱周りの流れを傾いた平板周りの流れに写像

.循環が無い(Γ=0)場合

 z平面においてz軸の正方向に速度Uで流れる一様流中の原点に半径aの円柱をおいたとき、その周りの流れを表す複素速度ポテンシャルw(z)は3.(1)で述べたように

であった。
 また、半径aの円柱の周り[|z|>a]の任意の点をξ平面の原点に角度αで傾けて置かれた長さ4aの平板の周りに写像する正則関数は5.(5)1.で述べた改良ジューコフスキー変換

である。ζの一つの値に対してzの二つの値が対応しているのであるが、ここでは円の外側[|z|>a]だけを考えているので+符号の方のみを選んでいる。
 この式を前記の複素速度ポテンシャルに代入すればζ面上での複素速度ポテンシャルw’(ζ)が得られる。

ただし、この式を実部と虚部に分解するのは面倒なので、成分表示で変換すると

となる。
 U=5.0m/sの場合の[σ’平面の格子線][等速度ポテンシャル線(Φ’(x,y)=一定)と流線(Ψ’(x,y)=一定)]の関係を図示すると


 この図の背景に描いてある座標格子線の変化と流線の変化がどの様に対応しているか良く吟味してください。この図は二次元・非圧縮性・完全流体の一様流中に平板を傾けておいたときの流れの流線と等速度ポテンシャル線の様子を表している。 

.循環Γがある場合

 循環Γを伴った円柱周りの流れを表す複素速度ポテンシャルは

であった。この式に前項の写像関数を代入すると

となる。
 U=5.0m/sとしてΓ=1πaU、Γ=2πaU、Γ=3πaU、Γ=4πaU、の場合を図示する。手順は同様なので、z平面とζ平面における[座標格子線][等速度ポテンシャル線・流線]の関係図のみ示す。

 上右図の平板の後端に注目してください。円柱周りの循環Γの大きさを調整すると、平板の後端に写像される円周上の点に淀み点を一致させることができる。そのとき平板の後端の流れは平板から滑らかに流れ去ることになる。

 これら4つの循環についての図は教訓的です。6.(1)2.で注意したように、循環の大きさは等角写像によって変化しないので平板周りについても同じ循環が伴う。付随する循環が大きくなるにつれて円柱や平板の上側の流線が密になり下側が疎になる。つまり上側の流速が増大し、下側の流速が減少する。これは、ベルヌーイの定理を用いると、上面の圧力が減少し下面の圧力が増大することを意味する。そのため円柱や平板が受ける上向きの力(揚力)は循環と共に増大する。これが4.(2)1.クッタ・ジューコフスキーの定理が示していることです。
[補足説明]
 循環が存在すると速度ポテンシャル面は円や平板の周りで多価関数となり、等速度ポテンシャル線(青色線)はどこかで食い違いが生じます。ただしそこにおいても等速度ポテンシャル面の勾配(等高線間隔)は連続的だから問題はありません。
 図形描画ソフトの特性のために、上図の円柱周りではx軸の負の部分で食い違っています。ここの平板周りでは前縁の上側と後端付近の下側で食い違っています。このように速度ポテンシャル面の等高線はどこかで食い違いが生じるので、今後は等速度ポテンシャル線は省略して流線のみを図示する

 

)円柱周りの流れを円弧翼周りの流れへ写像すること

.円弧翼周りの流れの解析の手順

 円弧翼周りの流れを解析するには
  (A)翼の元図形(z平面)として変心した半径の異なる円を用いる。
  (B)変心した円柱の周りの流れ(z平面)を表す新しい複素速度ポテンシャル求める。
  (C)z平面上の複素速度ポテンシャルを写像関数によってζ平面上の複素速度ポテンシャルに変換する。
という3つの手順が必要です。
 6.(4)の場合と違うのは(A)と(B)であって、(C)は6.(4)で用いたのと同じジューコフスキー変換を用います。。(A)(B)(C)の手順を混同すると訳がわからなくなりますので、これらの違いに注意して下さい。6.(9)1.で説明するカルマン・トレフツ翼の場合は(C)の写像関数も別なものを使いますので、そこと比較されると良く解ります。

.円弧翼にするための変心した円

 ここでは5.(4)で述べたのと同じジューコフスキー変換を用います。ただし、写像元のz平面における円を下図の様にその中心をz0=(0,b)にずらしたものにします。そのとき円周が点zA=(a,0)とzC=(−a,0)を通る様にします。その様にするのは、その点がζ平面の円弧翼の端点に写像されるからです。そうすると円の半径は (a2+b20.5 となって少し大きくなります。
 ここで注意して欲しいことは、写像するz平面の元円を変えますが、z平面をζ平面へ写像する関数は同じジューコフスキー変換を用いることです。次図を検討すれば、このように設定したz平面上の円がζ平面の円弧翼に写像されることが解ります。そのため円弧翼の翼弦長は4a=4となります。
 以下の図はa=1、b=0.4aとして描いたものです。

 上図は複雑ですが、円弧翼の下側の部分のリーマン面がξ軸上で繋ぎ変わっており、結局下図の様になります。

 このとき、写像関数の成分表示

に代入してみれば直ちに解るように、図中の点zA=(a,0)は点ζA=(2a,0)へ、点zC=(−a,0)は点ζC=(−2a,0)へ写像されます。また円の最上点zB=(0,b+(a2+b20.5)と最下点zD=(0,b−(a2+b20.5)はどちらも点ζB=ζD=(0,2b)へ写像されます。
 このとき翼高(矢高)を翼弦長で割った値をキャンバー比と言いますが、ζ平面の円弧翼のキャンバー比は

となります。

.z平面円柱周りの流れの複素速度ポテンシャル

 z平面の元円が変わりますから、座標変換する前のz平面上の円柱周りの流れを表す複素速度ポテンシャルも新しい位置の円柱周りの流れを表す複素速度ポテンシャルを用いなければなりません。
 円の中心を原点からz0へ移動し、円の半径をaから(a2+b20.5にした円柱を一様流中においたときの複素速度ポテンシャルは別稿「渦抵抗(カルマン渦列と抗力)」1.(4)で説明したようにzを(z−z0)[つまりxはそのままで、yをy−bで]で置き換え、aを(a2+b20.5で置き換えればよい。3.(1)や6.(4) 2.を参考にして、循環Γが存在する一般の場合を書くと

となる。この複素速度ポテンシャルから導かれる流線を前項のz平面上の座標格子に重ねて描いたものを次項で示す。

.ζ平面円弧翼周りの流れの複素速度ポテンシャル

 前項で求めたz平面の複素速度ポテンシャルをζ平面の複素速度ポテンシャルσ’=w’(ζ)に変換する。そのとき用いる座標変換関数は、5.(4)2.で説明したジューコフスキー変換です。そこで説明した様に前項の式のxとyを

によってξとηに置き換えればよい。置き換えた式は長く複雑になるので省略するが、前項w(z)のxとyに代入するだけです。そうして得られる複素速度ポテンシャルw’(ζ)の実数部Φ’(ξ,η)=一定の曲線が等速度ポテンシャル線、虚数部Ψ’(ξ,η)=一定の曲線が流線となります。

.流れの様子

 その様にして得られたz平面とζ平面の流線図を以下に示す。ここで示す図は全てa=1m、b=0.4a、U=5.0m/sの場合です。そのとき円弧翼の翼弦長は4a、矢高は2bとなります。
 以下の図で、z平面の流線と座標格子線が、それぞれどの様にζ平面の流線と座標格子線へ変換されるかを確かめてください。 6.(4)同じジューコフスキー変換を用いていますが、円柱の大きさと位置が変わったので流線の様子も変わっています。そのためζ平面では円弧翼周りの流れになった。

 最初に循環Γ=0の場合の流線図を示す。下左と下右図の座標格子線が変えてあるが、どちらも同じジューコフスキー変換です。

 以下の図はa=1、b=0.4a、U=5.0で循環値がΓ=0.5×4πUb、Γ=1×4πUb、Γ=1.5×4πUb、Γ=2.0×4πUbの流線図です。これらの図では流線関数の等高線の基準点は、流線が必ず淀み点を通るように調整されています。座標格子が写像される様子は同じなので、今後は座標格子を省略して流線のみ記す。


 上右図のΓ=4πUbジューコフスキーの仮定を満足している流れです。

 付随する循環がさらに大きくなると次図のようになる。

 

)円柱周りの流れを傾いた円弧翼周りの流れへ写像すること

.傾いた円弧翼になるための変心した円

 ここでは座標変換関数として5.(5)で説明した改良ジューコフスキー変換を用います。
 6.(6)1.で述べた手順(A)の写像元のz平面における円を下図の様に取ります。円の中心をz0=(b・sinα,b・cosα)にずらし、かつまた円周が点zA=(a・cosα,−a・sinα)とzC=(−a・cosα,a・sinα)を通る様にします。その様にするのは、その点がζ平面の円弧翼の端点に写像されるからです。そうすると円の半径は (a2+b20.5 となります。
 下図はa=1、b=0.2aの場合です。

 写像関数の成分表示

に代入してみれば直ちに解るように、図中の点zA=(a・cosα,−a・sinα)は点ζA=(2a・cosα,−2a・sinα)へ、点zC=(−a・cosα,a・sinα)は点ζC=(−2a・cosα,2a・sinα)へ写像されます。また点zB=(((a2+b20.5+b)・sinα,((a2+b20.5+b)・cosα)と点zD=(−((a2+b20.5−b)・sinα,−((a2+b20.5−b)・cosα)はどちらも点ζB=ζD=(2b・sinα,2b・cosα)へ写像されます。
 そのため、この場合も写像後の円弧翼の翼弦長は4a、キャンバー(矢高)は2bとなります。

.z平面円柱周りの流れの複素速度ポテンシャル

 z平面の元円が変わりますから、座標変換する前のz平面上の円柱周りの流れを表す複素速度ポテンシャルも新しい位置の円柱周りの流れを表す複素速度ポテンシャルを用いなければなりません。
 円の中心を原点からz0=(b・sinα,b・cosα)へ移動し、円の半径をaから(a2+b20.5にした円柱を一様流中においたときの複素速度ポテンシャルは別稿「渦抵抗(カルマン渦列と抗力)」1.(4)で説明したようにzを(z−z0)に[つまりxをx−b・sinαに、yをy−b・cosαに]置き換え、aを(a2+b20.5に置き換えればよい。5.(5)2.を参考にして、循環Γが存在する一般の場合を書くと以下のようになる。

この複素速度ポテンシャルから導かれる流線[Ψ(x,y)=一定の曲線群]は後で示します。

.ζ平面円弧翼周りの流れの複素速度ポテンシャル

 前項で求めたz平面の複素速度ポテンシャルをζ平面の複素速度ポテンシャルσ’=w’(ζ)に変換する。そのとき用いる座標変換関数は、5.(5)2.で説明した改良ジューコフスキー変換です。そこで説明した様に前項の式のxとyを

によってξとηに置き換えればよい。置き換えた式は長く複雑になるので省略するが、前項w(z)のxとyに代入するだけです。そうして得られる複素速度ポテンシャルw’(ζ)の実数部Φ’(ξ,η)=一定の曲線が等速度ポテンシャル線、虚数部Ψ’(ξ,η)=一定の曲線が流線となります。

.流れの様子

 次にa=1m、b=0.2a、U=5.0m/sの場合について、z平面とζ平面の流線図を示す。6.(5)同じ改良ジューコフスキー変換を用いていますが、円柱の大きさと位置が変わったのでζ平面上では翼弦長4a、矢高2bの円弧翼周りの流れになる。

 まず最初に、迎え角を20°に固定して様々な循環を持つ場合の流線図を描いてみる。
 循環は次で定義するΓsを単位として示しています。

Γs7.(3)3.で説明する淀み点が翼端Aに一致するときの循環値で、添え字のsは淀み点(stagnation point)のsを意味する。
 

 下左図が7.(1)3.で説明するジューコフスキーの仮定を満足する流れです。翼後端の流線が翼から滑らかに流れ去っていることに注意してください。

付随する循環の値が大きくなると、下図の様に翼の周りを回転しながら翼と共に動く流体要素が出てくる。

 次に、迎え角αを10°と30°と変えて、さらにジューコフスキーの仮定が成り立つ場合を描いてみる。この場合付随する循環値は淀み点が翼端Aに一致するときの循環値Γsになります。

 

)円柱周りの流れを厚翼(ジューコフスキー翼)周りの流れへ写像すること

.迎え角・キャンバー・翼厚のある翼形(ジューコフスキー翼)へ写像される元の円

 座標変換関数は5.(5)で説明した改良ジューコフスキー変換をそのまま用いればよい。
 写像元のz平面における円を下図の様にとります。円の中心を下図の様にz0=(a・cosα−{d+(a2+b20.5}cos(α+β),−a・sinα+{d+(a2+b20.5}sin(α+β))にずらし、かつまた円周が点zA=(a・cosα,−a・sinα)を通る様にします。ただしαは迎え角、β=tan-1(b/a)です。そうすると円の半径は d+(a2+b20.5 となります。

 その様にするのは、A点がζ平面の翼の後縁に写像され、bの大きさを調整することでキャンバーを変え、dを調節することで翼の厚みを変化させ、しかも前縁が丸みを帯びた翼形が実現できるからです。この翼型をジューコフスキー翼と言います。
 下図はa=1、b=0.2a、d=0.15a、α=30°、β=tan-10.2=11.31°の場合ですが、座標格子の変換される様子から上記の事柄が納得できる。

このとき、写像関数の成分表示は6.(7)1.の場合と同じですから

によってz平面の元円がζ平面のどこに写像されるか計算できます。
 キャンバー2b=0でd≠0の場合を対称翼といいますが、この場合で翼厚のパラメータdを与えたときに翼弦長が4aからどれくらい変化するか調べてみます。下図はa=1、b=0、d=0.15、α=0°とした対称翼の変換図です。

 元円の左端zC'=(−a−2d,0)はζC'=(−2a−4d2/(a+2d)、0)の点に写像され、右端zA=(a,0)はζA=(2a,0)に写像される。そのため翼弦長は4aから4a+4d2/(a+2d)となる。例えば、a=1、d=0.15aの場合4aが4.069aになる。
 元もとこの領域はz平面からζ平面への写像で距離が縮む場所なのでその差はあまり目立たず、翼弦長はほぼそのまま4aに近い値になり、キャンバーもほぼ2bに近い値になりますdの効果は主に翼の厚みに現れる。そのため、写像後のジューコフスキー翼の翼弦長はほぼ4a、キャンバー(矢高)もほぼ2bで近似できます。
 ちなみにa=1、b=0.2a、d=0.15a、α=10°とした場合の変換図は下図の様になります。

 

補足説明
 二次元翼のパラメータの定義の仕方には色々なものがあります。下記の定義はその一例です。

そして、一様流の流れの方向と翼弦の成す角を迎え角α(angle of attack)と呼ぶ。
 上記ジューコフスキー翼での定義は、この定義とは微妙に違っていることに注意してください。

.z平面円柱周りの流れの複素速度ポテンシャル

 z平面の元円が変わりますから、座標変換する前のz平面上の円柱周りの流れを表す複素速度ポテンシャルも新しい位置の円柱周りの流れを表す複素速度ポテンシャルを用いなければなりません。
 円の中心を原点からz0=(a・cosα−{d+(a2+b20.5}cos(α+β),−a・sinα+{d+(a2+b20.5}sin(α+β))に移動し、円の半径を d+(a2+b20.5 にした円柱を一様流中においたときの複素速度ポテンシャルになります。以前と同様に中心座標をずらし半径を変えればよいので循環Γが存在する場合のz平面における複素速度ポテンシャルは以下のようになる。

式は複雑になりますが、考え方自体は単純です。この複素速度ポテンシャルから導かれる流線[Ψ(x,y)=一定の曲線群]は後で示します。

.ζ平面円弧翼周りの流れの複素速度ポテンシャル

 前項で求めたz平面の複素速度ポテンシャルをζ平面の複素速度ポテンシャルσ’=w’(ζ)に変換する。そのとき用いる座標変換関数は、同じ改良ジューコフスキー変換ですから、前項の式のxとyを

によってξとηに置き換えればよい。置き換えた式は長く複雑になるので省略するが、そうして得られる複素速度ポテンシャルw’(ζ)の実数部Φ’(ξ,η)=一定の曲線が等速度ポテンシャル線、虚数部Ψ’(ξ,η)=一定の曲線が流線となります。

.流れの様子

 次にa=1、b=0.2a、d=0.15a、β=tan-10.2=11.31°、U=5.0α=10°とα=30°場合の、z平面とζ平面の流線図を示す。同じ改良ジューコフスキー変換を用いていますが、円柱の大きさと位置が変わったのでζ平面上では翼弦長≒4a、矢高≒2bの厚翼周りの流れになった。
 このとき、循環は淀み点が翼端Aに一致するときの循環値Γsにしています。

 

 この図を6(7)4.の最後に示した、同じ迎え角、同じ矢高の円弧翼のまわりの流線図と比較してみてください。ジューコフスキー翼の方が、翼の前縁部の速度勾配がゆるやかになり、より滑らかな流れが実現できる。これが厚翼にすることの最大の効果です
 現実の流体は完全流体ではなく粘性が存在するために前縁部の急激な速度勾配や圧力勾配は流れの剥離を生み出し翼性能を著しく低下させる。そのとき、ジューコフスキー翼の様に滑らかで丸みを帯びた前縁部の形状はその部分の流れの安定性に大きく寄与するであろうから、粘性流体中を飛行する実際の翼ではきわめて重要な意味を持つ。この当たりは7.(5)で詳しく説明します。

 

)円柱周りの流れを任意翼型の翼周りの流れへ写像すること

.カルマン・トレフツ変換

 前節の様に円を改良ジューコフスキー変換で変換したジューコフスキー翼は後縁における稜の角度がゼロになるので実際の翼の実情とあわない。また翼厚が前方に偏り、中央部におけるふくらみの調整が難しい。それを解決するために考えられた写像関数が5.(6)1.で説明したカルマン・トレフツ変換です。

 これを用いれば円を円弧ではなくてレンズ状領域に写像できるので写像関数の指数n円の中心のb、dと一緒に調整することで中程の厚みと翼後端角を調節できる。このような翼をカルマン・トレフツ翼と言います。この技法が発表されたのは1918年ですが、開発は1914年に行われた。

 カルマンは参考文献11.のp81、p118でこの方法を開発したアーヘン工科大学に着任(1913年)した当時を回想している。これはもともとヒューゴー・ユンカース(ユンケル)教授から金属製の厚翼片持ち式の単葉機の為の翼型を設計する数学的技法の開発を依頼されて、エーリッヒ・トレフツと共同開発(1914年)したもののようです。彼らは当時としては唯一の利用できる理論であったジューコフスキーの翼理論を研究して改良します。その成果を用いて、1915年に作られたユンカースJ1はおそらく世界最初の金属製・片持ち・単葉・厚翼の飛行機だろう。[拡大写真

J1の三面図[拡大三面図

 カルマンはユンカースが片持ち厚翼の単葉翼のアイディアに気付いた過程をp79で、またその特許に関してp118で記述しておりユンカースの着想を高く評価している。厚翼の思想はユンカースの協力者アンソニー・フォッカーにも引き継がれるのですが、不思議なのはカルマンは他のページでアンソニー・フォッカーの事を記すとき、フォッカーが開発した機銃とプロペラの同調装置にはふれているのですが、彼が関わった厚翼機については何も記していないことです。厚翼の着想はユンカースが最初だからあえて言及しなかったのだろうか?
 確かに、この試作機は構造的に革新的なものであり、第一次大戦後の商業飛行機の多くにその形が採用されるさきがけとなった機体だと思う。しかし、革新的な構造ではあったが重くて鈍重な機体だったので、厚翼の優れた空気力学的特性をアピールできなかったのではないだろうか。
 厚翼の空気力学的特性の優秀さを発揮するには、当時主流の複葉翼を用いたもっと軽快な機体の方が適していたのだろう。事実このすぐ後に出現するフォッカーDr.TやD.Zのセンセーショナルな機体に比較すると、ユンカースの一連の厚翼機(J9F13)は、その革新性にもかかわらず、いかにも地味である。
 いずれにしても、大戦後に主流となる金属製・単葉・厚翼の機体構造は、ユンカースの追求した単葉の構造的な革新性と、フォッカーが示した厚翼の空気力学的な優秀性が融合したものであることは確かです。

ユンカースJ1について文献20に興味深い記述が在るので追加引用。

.一般の変換

 さらに一般化された無限級数で表される変換を用いると、もっと多様な翼型に対応できます。複素関数論によれば、ζ平面上の任意翼型の外部領域を、z平面上の円の外部領域に写像する解析関数ζ=f(z)は必ず存在して

の形で表される。
[Riemannの写像定理]
。そのとき無限級数で表される解析関数の係数は逐次近似法によって決めるのですが、その方法の詳細は参考文献2.、3.、8.、13.、14.、17.などを参照されてください。ここでの説明は全て省略します。

 

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7.二次元翼理論

 二次元翼理論の数学的本質が5、6章で説明した等角写像ですが、物理的本質が次に述べるジューコフスキーの仮定です。

)流れを決める条件

.付随する循環の多様性

 3.(1)で説明したように、物体のまわりに循環を伴わせる事もできます。そこで注意したように任意の大きさの循環Γを与えても完全流体の様に粘性の無い流れではその循環を保持し続ける[ラグランジュやヘルムホルツの渦定理]。
 4.(2)で説明したように、翼の周りにまとわりついている循環こそが揚力を生み出す原因なのですが、完全流体ではどの様な循環の大きさでも解として許される。そのとき実際の流れの中におかれた翼に付随する循環の大きさを決めるメカニズムがあるのだろうか?
 循環の大きさが定まれば翼が生み出す揚力の大きさを計算できるのですから、翼型が与えられたときにどの様な大きさの循環が付随するのか決定することができるか?が重要です。ここが二次元翼理論の中心(要)ですが、これは次項で述べる様に、翼周りの流れの解の多様性の中で、どれが現実に起こる流れであるか選ぶことと深く関係している。

.解の多様性

 二次元・非圧縮性・完全流体のコーシー・リーマンの関係を満足する流れには様々なのもが存在し、それらのいずれもが運動方程式に矛盾しなかったことを思い出してください。別稿「渦抵抗」で述べたダランベール背理の流れも、別稿「翼理論の芽生え」で述べたキルヒホッフやレイリーの死水理論の流れも、別稿「カルマン渦列」で述べた渦列を伴った流れもすべて運動方程式を満足している。いずれも物体の周りに生じる流れです。 翼理論の難しさは、与えられた形状を過ぎる流れの解が一意でないことに起因する。
 以下に、薄い平板上の摩擦のない流れに対する幾つかの可能な解を示す。

(a)
 ダランベールが研究した流れと同じものです。淀み点は前縁付近の下部と後縁付近の上部に付着している。淀み点からの流線は上面後部で翼を離れている。このような流れでは時計回りの力のモーメントは生じるが、正味の揚力や抗力は生じない。
 モーメントが生じるのは、上面では左から右に向かって流速が大きくなっているのに応じて左側が低圧て゜右側が高圧に、下面では右から左に向かって流速が大きくなるので左側が高圧で右側が低圧になるからです。揚力や抵抗が生じないのは流れが左右・上下に対して対象的だからです。
(b)
 ヘルムホルツ、キルヒホッフ、レーリー等により研究された流れです。とくに翼に剥離が生じた状況での揚力や抗力をそれなりに説明できるが、迎え角が小さい時の現実の流れと合わない。
(c)、(d)
 現実の流れに近いが、完全な薄板の場合には、前縁を回る速度は無限大になる。

 これらは、いずれも非圧縮性・完全流体の運動方程式を満たしています。そのとき、これらの流れの中のどれが現実の流れとなるか決定するメカニズムがあるのか?
 そのいずれになるのかは、おそらく流体中にわずか存在する粘性、物体表面の摩擦、現実には無限大流速や無限大圧力勾配が存在できない・・・等が決めているはずです。それでは、そのようなわずかに存在する粘性や無限大圧力勾配の不可能性によって、現実の流れが上記のどれになるのかを説明できるのか?
 運動方程式を満足する解が種々有るのは別に不思議でも何でも有りません。例えば恒星の周りを回る惑星の軌道に幾通りもの解が有るのと同じです。そのときどの解になるかは初期条件と(連続体の力学では)境界条件で決まるわけです。ところがその境界条件が非圧縮・非粘性のうず無しの運動方程式と整合性のある境界条件になっていないところが問題なのだと思われます。結局境界に発生する境界層の性質がその違いを生み出す。しかしその性質から解の違いを説明するのは至難です。

.ジューコフスキーの仮定

 現実に生じているのは前項の(c)や(d)の流れです。しかし、なぜその流れが選択されるのか、その理由を明らかにすることは困難です。そのため、ジューコフスキーはその理由は良く解らないが、現実の流れはそうなっているのだから、とにかく翼の周りの流れはそのようになると仮定しました。これがジューコフスキーの仮定と言われるものです。そうして彼は、その様な流れであると仮定すると、その流れが実現するためには、どの様な大きさの循環が翼に付随していなければならないかが決定できることに気付いたのです。その循環の大きさを決めることができれば後はクッタジューコフスキーの定理により、翼に働く力やモーメントを計算できます。

(1)
 6.(5)2.で説明したように平板(翼)の後端から流れが滑らかに流れ去る[ジューコフスキーの仮定]ためには、その流れを作り出した写像前の円柱周りの流れにおいて、流れの後ろ側の淀み点(円柱により左右に分かれた流れが再び出会う点)が、平板(翼)の後端に写像される点になっていればよい
 そのとき、円柱周りの流れの淀み点の位置は円柱まわりの流れに付随させる循環Γの大きさを変えれば調節できます。その大きさを調整して平板(翼)の後端に写像される点が淀み点と一致するようにしたときの循環値Γが、平板(翼)の周りに付随する循環値です。なぜなら、6.(1)2.で証明したように、物体のまわりの循環値は等角写像によって変化しないので円柱周りの循環値がそのまま平板(翼)周りの循環値となるからです。
 
(2)
 平板(翼)周りの循環が定まれば、クッタ・ジューコフスキーの定理により平板(翼)に働く揚力や力のモーメントは直ちに計算できます。揚力は翼に働く下向きの重力と釣り合っており、翼全体としては力が働いていませんから、慣性の法則により翼は流体の中をそのまま等速度運動を続けます。等速度運動している翼に対して新たな仕事をすることも無ければ、翼から外部に対して仕事することもありません。
 翼幅が有限な三次元翼の場合には、翼端から後ろに向かって循環流の続き(つまり渦糸の両端の延長部分)が存在します。渦糸の連続性により、翼端から流体中に渦糸を残しながら翼が前進することになります。つまり、流体中に次々と残していく渦に運動量を与え続けなければならないと言うことは、翼が前進するために仕事を加え続けなければならないと言うことです。これが誘導抵抗に抗する仕事ととなります。その分の仕事を加え続けないと翼は前進することはできません。
 ただし、今は翼幅が無限に長い二次元のポテンシャル流についての議論ですから、そのような誘導抵抗は生じません。またダランベールの背理で述べたのと同じ事情で形状抵抗[摩擦抵抗+圧力抵抗]は生じません。
 
(3)
 平板(翼)の一様流に対する迎え角αを変えればジューコフスキーの仮定を満足する循環値は変わってきます。各迎え角のときに付随する循環値を計算すれば、迎え角の変化と揚力や力のモーメントの関係が計算できます。[7.(2)〜(4)参照
 
(4)
 用いる円柱を変えたり、z平面からζ平面への写像関数を変えれば写像後の形をより現実の翼に近づけることができる。写像関数が変わるのだから、ジューコフスキーの仮定を満たすために付随する循環値は翼型ごとに変わってきます。そのときの循環値を用いれば翼型ごとの揚力やモーメントや翼表面の圧力分布が計算できます。[7.(3)〜(4)参照

 これが二次元翼理論で用いられている考え方です。とにかく、翼の後縁に於いて翼の上下面の流れが滑らかに流れ去るという事実を説明するためには翼の周りに循環が存在していていることが必要になり、その循環が重ね合わされた流れにベルヌーイの定理を適応して翼面の圧力を足し合わせると確かに翼には揚力やモーメントが働くことが言えるのです。
 結局、この循環理論はつじつま合わせの感を免れない。なぜなら、その様な流れになることがここで議論している非圧縮性・完全流体の運動方程式から導かれる訳ではないからです。つじつま合わせなのですが、もともとこういった解も運動方程式を満たしているわけですから、その意味に於いて矛盾は有りません。

.ジューコフスキーの仮定の物理的な意味

 ここで注意してほしいことは2.(1)で述べたMagnus効果は、もともと流体が粘性を持つことと物体表面に摩擦があることにより生じた。そのために球や円柱が回転しながら流体中を進行すると、物体表面の回転に引きずられてその周りに循環流が生じたのです。もし粘性や物体表面の摩擦が無かったならば、完全に対照的な形状をしている球や円柱がいくら回転しながら進行しても循環が発生して付随することはありません。
 ところが翼の様に上下が非対称であったり、対照的な平板でも迎え角を持って運動したりすると、完全流体中でも、翼や平板の周りに循環流が付随すると言っているのです。

 完全流体の場合には循環の無い流れも運動方程式を満たしていました。[循環の無い流れ]と、[翼の後端に於いて流れが滑らからに流れ去るというジューコフスキーの仮定が成り立つ流れ(循環有り)]のどちらが現実に存在する流れとなるかは、おそらく [流体中の粘性]、[翼表面の摩擦]、[流体中に無限大速度や無限大の圧力勾配などが存在し得ない]などから来るのだろう。
 なかでも、その原因として[現実の気体には圧縮性があるために無限大の圧力勾配が実現できない]が最も深く関係しているように思える。翼の後端で翼の下面から上面へ鋭く回り込む流れができるためにはその点に無限大の圧力勾配が存在しなければならない。非圧縮性の完全流体ならばその様な事も可能ですが、現実の流体には圧縮性があるため流れの向きを鋭く変える圧力増大を生み出すことはできません。向きを変える力が発生できないのなら、流体は慣性の法則に従って真っ直ぐ、翼面に沿った方向を保ったまま下流側へ流れて行くでしょう。
 つまりジューコフスキーの仮定が成り立つのは、現実の流体では無限大の圧力勾配が実現できないことから来るのだろう

補足説明1
 多くの本[例えば文献5.]では、実在の気体が粘性を持つために翼表面に沿って薄い境界層ができるが、下面にできた境界層は後縁を回りきって上面に達することができずに、翼から離れて渦を作る。この渦領域での低圧に引かれて上面の淀み点はしだいに後縁に近づきついに後縁に一致し、流れは後縁から滑らかに流れ去るようになると説明されています。つまり粘性がジューコフスキーの仮定が成り立つ原因だと説明しています。
 摩擦のために境界面での速度がゼロになるとすると、無限大の流速を生じる為には、境界層内には無限大の速度勾配が必要になります。粘性がある実在気体ではそれは不可能です。また実在の気体では圧縮性があるために無限大の圧力勾配が実現できません。結局、実在気体の粘性や圧縮性の為に翼後縁を急激に曲がる流れは実現できず、慣性の法則に従って流体がそのまま真っ直ぐに流れ去ることからくるのだと思います。

補足説明2
 非圧縮性・完全流体の流れの場合には平板の前縁においても無限大の流速、無限大の圧力勾配が必要でした。それならば、ジューコフスキーの仮定を前縁部についても設定しなくて良いのであろうか?
 前縁については普通次のように考えることによって矛盾を避けることができるとして、前縁部についてはジューコフスキーの仮定を強制しません。もちろん強制できる理由もありません
 6.(2)3.で述べた理由により、前縁では渦の帽子を被ったような状態が実現可能で、前縁を淀み点に一致させなくても前縁を回る流れが無限大速度や無限大速度勾配を必要としない状況を実現できるとする。当然この渦の帽子は揚力の計算値を変化させるはずですが、以後の計算ではその影響を無視しています。

 ただし、キャンバーを持った薄翼の場合、前縁を下にカーブさせているので、前縁においてもジューコフスキーの仮定を満たす可能性がある。実際クッタの円弧翼では迎え角がゼロの時にその様になっている。その場合は平板翼のように渦の帽子が前縁部に形成される事を仮定しなくても、前縁部における無限大流速の矛盾は回避できる
 あるいは、現実の厚翼では前縁は膨らんだ円弧状をしているので、淀み点が前縁に一致しなくても前縁部の流れが無限大速度や無限大圧力勾配となる事はない。

実際7.(6)5.で説明するように厚翼では仰角の変化に応じて淀み点は前縁の円弧の上を移動します。
 これらの事情で、前縁については淀み点を前縁に一致させる条件を強制しないし、また強制できる理由もない
 この当たりの事情が、厚翼の有利さを生み出し、別項「翼理論の芽生え」5.(1)[補足説明3]--なぜ薄翼か?--で説明した、厚翼と薄翼のレイノルズ数に対する翼性能依存性の違いを生み出す。

補足説明3
 別稿「二次元・非圧縮性・完全流体の力学」で説明したラグランジュ、ヘルムホルツ、ケルビンの渦定理によると渦(循環)が保存されねばならない。つまり

[ケルビンの循環定理]
 流体が完全流体[粘性が働かない]で、しかも状態方程式がρ=f(p)で与えられ[バロトロピー流体]、しかも流体の体積要素に働く力が保存力[つまりポテンシャル曲面の勾配で表される]である場合、流体中にあり、流体とともに動く任意の閉曲線に沿っての循環は時間が経過しても不変である。

である。ならば上記の様なメカニズムで生じる翼周りの循環はこの循環定理を満たしているのだろうか?
 それは次のようなメカニズムで翼が流体中を動き始めるときにその背後に翼周りの循環とは反対符号の循環が残されることにより渦(循環)の保存則は成り立っていると考えられている。まず流体中で翼が動き始めた最初の段階では流速は小さいので、下図のような非圧縮性・完全流体のポテンシャル流が実現されているだろう。

しかし翼の速度が速くなると、完全流体の流れを実現するための圧力勾配を達成できなくなって下図の様に後縁部で流れは角から剥離して渦が生じる。その部分の圧力は低いために、翼上面の後端付近に存在した淀み点は後端に引き寄せられ、やがて後端に位置する。そして流れは後縁から滑らかに流れ去る。実際このような状況で渦が発生することの説明は別稿「カルマン渦列(動的安定性解析)」で説明したヘルムホルツの研究に始まる。

 その様にして、後端に発生した渦は翼の後ろの流体中に残され、翼自身はジューコフスキーの仮定を満足した状況で前進していく。ヘルムホルツの渦定理により渦は流体要素に付随しているのだから、翼が静止流体中を動く場合は、渦は出発位置に残され、あるいは一様流中に翼がおかれている場合には渦は流体要素と共に翼の後方へ流れ去っていく。
 このとき翼の周りに付随する渦[束縛渦]に関しては渦を構成する流体粒子は次々と入れ替わっているので、渦の要素は常に同じ流体要素から構成されているという完全流体で成り立つヘルムホルツの渦定理を満たしていない。さらに7.(1)5.[補足説明7]で説明するように有限翼幅の翼では翼の両端から次々と新たな渦[自由渦]が作られ翼の背後に残されていくので渦の保存則は成り立たない。
 しかし、これらの渦は完全流体の仮定を満たしていない粘性流体が境界面との作用のために生じるのである。別稿「二次元・非圧縮性・完全流体の力学」、「カルマンの渦列」で説明したように、非完全性により境界面から渦が生じるのであるが、一旦生じてしまえば後は完全流体として取り扱ってよいであろう。この当たりは何ともしっくりこない所ですが、それが流体力学のやり方です


 最初に翼が静止しているときに、翼を取り囲みしかも流体要素に付随している閉曲線ABCDを充分大きく取ればその周りの循環は零です。このとき翼が動くと閉曲線は多少変形するかも知れませんが、ケルビンの循環定理により流体要素に付随して動く閉曲線ABCDについての線積分値はどの瞬間でもゼロとなり渦の保存則は成り立っているはずです。そのためには閉曲線ABEDに付いて線積分した循環値が閉曲線BCDEについて線積分した循環値と反対符号になっていると考えればよい。すなわち翼の周りには流体中に残された循環とは反対向きの循環が付随している
 これらは実際の観察によって裏付けられている。以下は参考文献1.から引用したものですが、いずれも有名な写真です。
 写真1はナイフエッジを右から左方向に動かしたときその周りに生じる流れをナイフエッジと共に動くカメラで撮ったものです。

 次の写真は、翼を流体中で動かし始めた直後(写真2)からだんだん速度を増していく段階(写真3→7)について、翼の周りの流れを連続的に撮ったものです。カメラは翼とともに動くようにしてあるので流体粒子の軌跡[シャッター時間内に動く距離]が2→7と翼の速度が大きくなるにつれて長くなっていることに注意。

 翼と共に動いて見ると渦の様子はなかなか読み取れないが、渦は下図の点線で描いた位置にある。写真8がスタート直後で9→10→11になるにつれて翼の速度は大きくなる。ここで注目すべきはスタート直後(写真8)に於いては循環の無いポテンシャル流になっている様子が読み取れ事です。

 下図は流体に対して静止しているカメラで撮ったものです。翼はカメラに対して動いているので翼の形がピンぼけになっているが、周りの流体は静止して見えている。その中に渦が発生している様子が鮮明に読み取れる。上の写真と下の写真の関係は、別稿「カルマン渦列(動的安定性解析)」に掲載した5.(3)4.の写真と、5.(3)2.の写真の関係に対応します。
 写真12は写真5、9の状況に、写真13は写真7、11の状況に対応する。そのとき翼の流体に対する速度が増え続けると翼周りの循環と背後に残される渦の大きさは増大し続けるが、翼の速度が一定になると翼周りの循環や背後に残された渦の大きさも一定値になる

 次の写真14は翼の迎え角を増やした場合ですが、写真12に比べるとより強力な渦(循環)が発生していることが解る。
 翼の速度を減らしたり、迎え角を小さくすると、翼周りの循環は減少する。写真15は写真6、10の状況で動いていた翼を突然止めた直後の様子を静止したカメラで撮ったものですが、翼の周りに付随していた循環が翼の後端から流体中に吐き出されて翼周りの循環は無くなる事を示している。

[補足説明
 前項の写真2〜11写真12〜15の関係が解りにくいので補足しておきます。6.(5)2.で説明したように一様流中に迎え角30°で置かれた平板翼の周りの流線図は

の様になった。このときジューコフスキーの仮定を満たすためにΓ=2πaUの循環が付随しています。
 これは右方向へ速度Uで流れる一様流中に静止して置かれた平板翼の場合、翼周りの定常流の流線を表している。
 一方、静止した流体中を左方向に速度Uで移動する平板翼の場合、カメラを速度Uで左側に[翼と共に]移動しながら流体粒子を写真に撮ったその瞬間の流体粒子のカメラに対する相対的な速度ベクトルの方向を連ねたものになります。その場合は流体粒子の運動を動きながら見ているので上図の赤線は流体粒子の実際の運動方向とは一致しません。そのため流線ではありませんが、翼から見れば流体粒子は相対的にその様に動いて見えるのだから見かけの流線といってもよいかも知れません。
 いずれの場合についても上図はカメラを翼に対して固定したときの翼周りの流れの様子を表しており、前項の写真2〜15に相当します。

 次に、上記の流体粒子の流れを一様流の成分と循環成分に分離すると

となるが、このように分けたのではだめなのです。確かに上左図は循環のない一様流中の翼周りの流線[あるいは静止流体中を速度Uで動く翼周りの見かけの流線]であり、上右図は翼周りの循環を表す流線 [あるいは見かけの流線]です。
 しかし前項の写真12〜15は上右図を見たものではありません。これらの写真は前述の循環を伴った流れを下図のように分解したときの下右図に相当するものです。

 この分解の右図は、右方向に速度Uで流れる一様流中に静止して置かれた平板翼の場合は、流体と共に右方向へ速度Uで動くカメラで撮ったときの、流体粒子の循環成分のカメラに相対的な速度ベクトルを連ねた曲線[見かけの流線]を表している。
 一方、静止した流体中を速度Uで左へ移動する平板翼の場合は、静止したカメラで撮った循環成分の真の流線を表している。この場合は定常流にはなりませんが、各瞬間に流体が実際に動く方向を表していることは確かです。
 どちらの場合であろうと、流体は平板を突き抜けることはできないのですから、上右図の平板に垂直な循環による流れの成分[緑矢印]は左図のUsinα[緑矢印]と反対方向を向いていなければならない。平板に沿った方向へは自由に流れることができるので、平板に沿った方向では互いに反対を向く必要はない。流体に対して静止しているカメラで見た流体粒子の動く様子を見るには最初の翼に対して固定したカメラで得られた流体粒子の動きから差し引くべき動きは−Uの速度ベクトルであって、これは翼の周りだろうと翼の中であろうと全て同じ方向を向いていなければなりません。写真12〜15は厚翼の為に上記の平板翼の場合と少し違いますが同じ状況の流線図です。
 いずれにしても、この二通りの分解法を取り違えると訳がわからなくなるので、くれぐれもこの両者を混同しないでください。

[補足説明
  粘性が無い場合は翼まわりの循環は保存されますが、実際の流体には粘性があるため翼周りの循環は次第に消滅するはずです。しかし、慣性の法則によりジューコフスキーの条件が成り立つような流れが強制されることで、循環を保持するメカニズムが働き消滅を防いでいるのだろう。

[補足説明
 ジューコフスキーの仮定が意味を持つのは流れが翼面からはがれる事がない場合です。実際の流体には粘性があり翼表面にも摩擦があります。そのため翼表面では流体は翼表面に張り付いており翼表面の極薄い範囲で大きな速度勾配を持った特殊な領域[境界層]が形成されます。
 翼の迎え角が小さい場合は、翼面を覆う境界層は後縁までそのまま翼に張り付いていますが、迎え角が大きくなると境界層は後縁に達する前に翼からはがれてしまいます。そして、その内部に渦を含んだ死水領域が形成され流れの様子は全く異なったものになります[7.(1)2.の(b)の状態]。これは失速状態と言われるもので必要な揚力を発生できなくなります。
 流れの剥離が、何時、どの場所で、どの様な状況で生じるのか知ることは、現実の粘性や圧縮性のある気体中を飛行する翼の理論ではきわめて重要です。しかし、それを議論するには境界層理論の詳細に立ち入らなければならないのでここではしません。

.出発抵抗

 前項のメカニズムで動き出した翼に付随する循環を−Γとすると、後方に残された渦の強さはΓとなる。このとき後方に残された渦は翼の位置に下向きの速度成分V

を付け加える[別稿「カルマン渦列」参照]。ここで は翼と出発渦との距離とする。
 そのため翼周りの一様流はUとVの合わさった速度ベクトルとなる。そのとき一様流に対する翼の迎え角αも変わるが、その迎え角での揚力Rが合速度ベクトルに垂直になるのである。揚力Rは合速度ベクトルに垂直なので、翼の進行方向に垂直な方向から角度β=arctan(V/U)だけ後ろ向きに回転する。そのため翼の進行方向とは反対向きの力の成分が現れる。
 垂直成分が重力とつり合っていると考えることができるのでこれが新たな見かけの揚力L’となる。そのとき進行方向とは逆向きの成分は抗力D’となる。これらは一様流に対するものではない見かけの揚力と抗力なので’(ダッシュ)を付けて表している。
 翼にはこの抗力D’の反対方向の力を加えながら前進させねばならない。そのときd 前進させる為に加えなければならない仕事dWは

となる。翼が出発渦に対して1の距離から2の距離まで動く間に、翼に対して成されなければならない仕事Wは

となる。
 一方翼の周りには循環に伴う運動エネルギーが付随する。翼の周りの半径r1からr2までの間にある運動エネルギーK.E.は

となる。
 上で求めた二つの積分に於いて2→∞、r2→∞にしたとき積分値は無限大となり、二次元の場合には残念ながら収束しない。しかし、おおよそのところ翼に加えた仕事の半分が翼の周りの流体の持つ運動エネルギーになったと考えて良いであろう。そのとき残りの半分が後ろに残してきた渦のもつ運動エネルギーとなったと考えればよい。
 これが翼がある一定の速度で動くようになるまで加えなければならない仕事と、その仕事の結果生じる事柄です。二次元ではこれ以上の考察は難しいが、翼幅が有限で地面が近くにある場合には、抗力による仕事や、翼周りの運動エネルギー並びに渦の運動エネルギーは有限な値となる。

補足説明7
 二次元流中の揚力を持つ翼が亜音速で飛行している場合、この状態を保つためにエネルギーを絶えず供給する必要はない。翼は、前方が上向きの流れ、後方は吹き下ろしの流れとなるある種の波に乗って、その波と共に前方へ進んでいくのである。そのときの流れを遠方から見ると循環Γを伴った単一の渦が進んでいく様に見える。そのとき翼は渦の波に乗って進んでいくサーフボードの様なものです。

 水の表面波が最初エネルギーを与えられて進行し始めると、その後は新たなエネルギーを供給しなくても進んでいくことと同様に、翼が静止状態から循環Γを持って動き出すまでエネルギーを供給すれば、あとはエネルギーを供給しなくても循環が翼と共に移動していく。そのとき、渦運動をする流体要素は表面波の場合と同様に次々と入れ替わっていきます。
 しかし、翼幅(スパン)が有限な三次元翼では翼端から後流に連なる渦の跡を残して進行することになります。翼が前方に動いたときに後流はどんどん広がるのでエネルギーの連続的な供給が必要になります。このエネルギーの供給に伴う抵抗が誘導抵抗[渦抵抗]です。

 

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(2)平板翼

 7.(1)3.で説明した手順に従って平板翼の性能を調べてみる。

.迎え角αと循環Γの関係。

 6.(5)で用いた写像関数の性質より、一様流に対する迎え角がαの平板翼の後端に写像される円柱上の位置z=x+iyはx軸から−α傾いた点にある。つまりx=a・cos(−α)、y=a・sin(−α)あるいはtan(−α)=y/x である。
 ところで淀み点が満たすべき方程式から、淀み点zは

で表されるので、淀み点が(x,y)=(a・cos(−α),a・sin(−α))に一致するためには

なる循環が円柱周りの流れに付随すればよい。6.(1)2.で証明したように、循環は等角写像によっても不変に保たれるので、これがζ平面の平板翼のまわりの循環値となればよい。そのとき、平板翼周りの流れは後端から滑らかに流れ去るジューコフスキーの仮定を満足する流れとなる。

.迎え角と揚力の関係

 4.(2)1.で証明したクッタ・ジューコフスキーの定理によると、一様流中におかれた物体に循環Γが付随していると、その物体には一様流に垂直な方向[y軸の正方向]に

の力(Fxが揚力)が働くのでした。
 そのため翼に働く揚力

となる。つまり平板を傾ければ、ジューフコスキーの仮定が成り立たねばならないことから流れが非対称になり、翼周りに循環が付随せざるを得なくなり、それが揚力を発生させるのです。

 これこそ別稿「翼理論の芽生え」2.(1)の最後で説明した実験結果と合う結論です。そこに記したように、それまでの力学理論は迎え角が小さい領域での驚くべき大きさの揚力測定値を説明できなかったのです。この理論はそこの所を見事に説明しています。
 迎え角が小さいところで発生するこの大きな揚力こそ、多くの飛行機研究家に飛行の可能性を確信させたものでしたが、この段階(1906〜1910年頃)に至ってやっと理論は実験・観測結果を説明できたと言えます。

 今は翼幅(スパン)は無限の長さがあるとしている二次元・非圧縮性・完全流体のポテンシャル流です。法線力の値は単位幅当たりのもので、翼弦長(コート)L=4aとしてρU2Lで割って規格化してあります。迎え角αが小さい領域では法線力は揚力そのものだと見なせます。またダランベールの背理で説明したのと同じ理由により抗力Fxは0になります。
[注意]
 普通は(1/2)ρU2Lで割って無次元化しますので、縦軸の値が普通の揚力−迎角グラフの半分になっています。

補足説明
  平板翼に働く圧力の合力をブラジウスの第一公式を用いて直接求めることもできる。そのとき用いる複素速度ポテンシャルは写像後の平板翼を形成しているζ平面におけるw’(ζ)です。つまり

です。これをζについて微分すると

となる。これを二乗すると

となる。これをブラジウスの第一公式に代入して翼に働く合力を求めると

となり、同じ結論が得られる。

.迎え角と力のモーメントの関係

 平板翼に働く原点の周り力のモーメントを計算してみる。これは普通の本のモーメントの定義[前縁の周り]と違うので注意してください。そのためには4.(2)3.で述べたブラジウスの第二公式を用いればよい。そのとき用いる複素速度ポテンシャルは写像後の平板翼を形成しているζ平面におけるw’(ζ)です。前項[補足説明]で求めた(dw’/dζ)2ブラジウスの第二公式に代入すると力のモーメントは

となる。ここで4πρU2a・sinα=Fy=Lは揚力だから揚力の合力が働く位置[圧力中心]は平板翼の場合前縁から翼弦の1/4の距離の所にあることになる。

 式の意味を図上で解釈すれば明らかなように平板翼の場合には圧力中心の位置は迎え角によって変動せず翼弦の前から25%の所になる。ただし実際の流れでは迎え角が大きくなると剥離が生じてこのことは成り立たなくなる。

.平板翼周りの圧力分布

 平板翼表面の圧力分布を知るには、翼表面の速度分布が解ればよい。なぜならベルヌーイの定理より流速が解れば直ちにその点の圧力が解るからです。非圧縮性・完全流体・うず無しの流れで成り立つベルヌーイの定理より

で表すことが多いので、今後はこれで翼表面の圧力を表す。ここでは、速度のy成分vと混同しないように、流線沿う速度の大きさはqで表している。添え字のsは翼表面の値であることを示して。また添え字∞は無限遠での一様流の流速を示す。
 翼表面の速度分布は翼に写像される元の円柱の周りの速度分布が解れば良い。なぜならz平面上の円柱周りの流れの共役複素速度uz−ivzと座標変換後のζ平面上の翼周りの流れの共役複素速度uζ−ivζの間には

の関係があるからです。実際、この式のzに翼後縁端に写像されるzA=acosα−iasinα=a・e−iαや前縁端に写像されるzC=−acosα+iasinα=−a・e−iαを代入してみれば|uζ−ivζ|→∞となることが解る。
 上記の式は共役複素速度に付いての関係でしたが、5.(1)1.で説明した

の関係から明らかなように、この関係は元円表面の速度の大きさqszと変換後の翼表面の速度の大きさqに付いても成り立ちます。つまり

が言えます。この式を用いてqsζを求めます。
 一様流に循環Γが付随した場合の元円表面の速度は3.(3)1.ですでに求めており

でした。また循環Γと淀み点との関係も3.(3)3.で求めており

でした。
 速度ベクトルは元円表面の流れと変換された翼表面の流れの両方に於いて表面に沿っていすが、円柱表面の速度ベクトルの大きさは3.(3)1.ですでに説明したように下記の式で表せます。ジューコフスキーの仮定を満足する迎え角20°の平板翼に写像される元円の周りの流れで説明すると

となります。つまり円柱上の点の速度は二つの淀み点AA’を結ぶ直線からその点までの高さhを円の半径で割って2Uを掛けたものに等しい。ここではαは写像後の平板翼の迎え角であり、ジューコフスキーの仮定によって循環Γ迎え角αに結びつけられている事に注意してください。
 円柱表面の位置をパラメータθの関数として表したとき、z平面円柱のパラメータθの位置z=(x,y)=(a・cosθ,a・sinθ)は、5.(5)2.で求めた式によって、ζ=(ξ,η)なる点に写像される。


この式を図示すると、任意の迎え角αにおける平板翼のξ座標と元円上のθの対応関係は下左図で表される。また、下右図は元円の各θの位置の円柱表面速度qszを示すグラフで、これは3.(3)1.で示したものを縦にしただけです。

 上の左右二つのグラフを対応させると、任意の迎え角αにおける平板翼のξ座標の翼上・下面に対応する元円上の速度qszを読み取り取ることができる。その速度qszを 1/[{(1−cos2(θ+α)}2+sin22(θ+α)]0.5 倍したものがξ座標の翼表面速度qsζです。つまり

です。実際に計算するのは面倒ですが、数式処理ソフトを使って計算してグラフ化すると

となります。このとき横軸は翼面に沿った位置座標ではなくて、各迎え角における翼面位置のξ座標であることに注意してください。さらに、ベルヌーイの定理を用いて圧力分布を計算して、規格化した圧力で表すと下図の様になる。

 翼下面で圧力が1.0になるξ値のところに淀み点がある。平板翼では前縁が薄い板状のために、そこで流速が無限大になり、圧力が負の無限大になる。しかし実際の翼は厚翼で丸みを持っているために有限な流速になり圧力も有限な負の値にとどまる。その当たりは7.(6)5.を御覧下さい。

 

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(3)円弧翼

 6.(6)3.で求めたz平面における複素速度ポテンシャルw(z)とζ平面における複素速度ポテンシャルw’(ζ)を用いて解析すればよい。

.矢高2bと循環Γの関係

 このとき翼高(矢高)を翼弦長で割った値をキャンバー比と言いますが、6.(6)2.で求めた様に、ζ平面の円弧翼のキャンバー比は

となります。bはz平面における円の変心距離です。

 循環がある場合、z平面上の円柱周りの流れの淀み点がどこに生じるか調べてみる。淀み点は流速が零となる点だから共役複素速度=dw/dz=0となる点を求めればよい。

 ζ平面上の円弧翼の後端が淀み点となってジューコフスキーの仮定を満足するためには、z平面の元円のz=(a,0)の点が淀み点となればよいので

となる。これが、ジューコフスキーの仮定を満足する迎え角がゼロのときの円弧翼周りの流れに付随する循環の値です。
 円弧翼では、迎え角がゼロの場合に前縁部も淀み点となりジューコフスキーの仮定が前縁部に於いても満足されることに注意してください。

.キャンバーと揚力の関係

 前項で求めたように、円弧翼では迎え角がゼロでも循環Γがともなう。そのときの揚力はクッタ・ジューコフスキーの定理により

となる。これが迎え角ゼロの円弧翼に発生する揚力です。つまり揚力の大きさはキャンバーの矢高2bに比例して増大する
 揚力の原因である循環を増大させるには、迎え角を持たすことによって達成されるが、キャンバーを付けて翼を非対称にすることによっても循環を増大できるということです。これこそが初期の飛行機研究家が注目していたことです。

 キャンバーを付ければ揚力が増大することは、フィリップス(1884年)やリリエンタール(1889年)の実験により早くから明らかにされていました。そして実際の飛行機もキャンバー翼を採用していました。しかしその効果を理論的に説明できるようになったのは20世紀に入ってからです。
 その解明に最初に成功したのが2.(3)で述べたウィルヘルム・クッタ(1902年)です。クッタが導いた迎え角ゼロの円弧翼の揚力を表す式は

でしたが、幾何学を用いて矢高2bとa、θの関係を求めてみると

となる。つまり、ここで求めた式と全く同じ結論を得ていたことになる。
 1902年のクッタには翼周りの流れに循環が付随するという考え方は無く、流れが円弧翼に沿って滑らかに流れるという条件のみから上記の式を得た様です。そのとき利用したのは、ここで説明したのと同じ等角写像を用いる方法です。
 ジューコフスキーに少し遅れますが、クッタも1910年には揚力と循環の関係に気づいて複素関数論の手法とともに改めて詳しく説明しています。

補足説明1
 矢高を大きくすれば揚力が増大するからといってむやみに大きくすることはできません。平板翼でも迎え角を大きくしたら流れの剥離が生じたのと同様に、円弧翼の矢高を大きくすると、粘性のために発生する境界層の影響で翼の上面後部で流れの剥離が生じて揚力は減少し抗力が増大します。また前縁部における剥離も生じてきます。さらに圧力中心の位置の変動が大きくなり不安定になります。そのためキャンバー比の効果は矢高が小さな範囲の翼でのみ有効です。
 また、実際の三次元的な翼では、有限翼幅(スパン)であることによるアスペクト比効果の為に、ここで導いた揚力を発揮することはできません。この理想値よりもかなり小さくなります。

.迎え角を持った円弧翼の周りの循環

 円弧翼が迎え角を持った状態で一様流中に存在するとき、それに働く揚力が迎え角と共にどの様に変化するかを調べる。そのためには、各迎え角に於いてジューコフスキーの仮定が満足される循環値を求めればよい。それは、とりもなおさず元の円柱周りの流れの淀み点が6.(7)1.で説明した点zA=(a・cosα,−a・sinα)に一致すればよい。

 淀み点は流速が零となる点だから共役複素速度=dw/dz=0となる点を求めればよい。

 ζ平面上の円弧翼の後端が淀み点となってジューコフスキーの仮定を満足するためには、z平面の元円のzA=(a・cosα,−a・sinα)の点が淀み点となればよいので

となる。これが、ジューコフスキーの仮定を満足する迎え角がαのときの円弧翼[キャンバー比=b/2a]周りの流れに付随する循環の値です。
 迎え角α=0のときは7.(3)1.の式と、キャンバー2b=0のときは7.(2)1.の式と同じになります。

.迎え角を持った円弧翼に働く揚力

 4.(2)1.で証明したクッタ・ジューコフスキーの定理によると、一様流中におかれた物体に循環Γが付随していると、その物体には一様流に垂直な方向[y軸の正方向]に

の力(Fxが揚力)が働くのでした。
 そのため迎え角αの円弧翼[キャンバー比=b/2a]に働く揚力

となる。明らかにキャンバー(2b)を持つと、迎え角が同じ平板翼よりも大きな揚力が発生する

 このとき迎え角α=0でもsinβ>0だから揚力>0であるが、前縁が下がって負の迎え角α=−βになると揚力はゼロとなる。このとき翼周りの循環はΓ=0でありながら、流れはジューフコスキーの仮定を満足して後縁から滑らかに流れ去る。またこのとき前方の淀み点は翼上面に有ります。[拡大流線図


 このとき次のことに注意して下さい。揚力は確かにゼロですが、流線図の流線間隔から求まる流速分布から導ける翼面の圧力分布から明らかなように、この状態の翼には強い反時計回りのトルクが働きます。そのため、このような状態はきわめて不安定な飛行状況と言えます。これは次節の理論的解析からも、また経験からも容易に予想されることです。そのためこのようなモーメントを打ち消す何らかの機構(水平尾翼の様な)が必須になります。

 迎え角と矢高が小さい場合には、揚力と迎え角の関係は 揚力L=定数×α+定数 の一次関数のグラフで近似できる。翼にキャンバー(反り)をつけることは、7.(2)2.で述べた原点を通る一次関数のグラフ 揚力L=定数×α が上に定数だけ平行移動して揚力が増えることに相当する。
 そのとき揚力の増大効果は最大キャンバーの位置にも関係します。その当たりを参考文献12から引用した模式図で示すと

の様になります。
 この図のように揚力を増すには最大キャンバー位置は真ん中にある方が有利なのですが、1901年のグライダー試験を終了した時点のライト兄弟は、最大キャンバー位置の重要性にはまだ気付いていないようです。おそらく1901年9月〜12月の風洞実験後にはそのことも把握したはずですが、1901年の段階のライト兄弟には最大キャンバー位置に関して揚力よりも圧力中心の移動の方が重要な関心事だったようです。
 その当たりを述べたライトの1901年の論文の記述は当時の飛行機研究家の状況を説明していてとても興味深い。参考文献12から引用しておきます。ただし、文中に描かれている圧力中心の移動方向が小さな迎え角で反転する現象について、ライト兄弟が翼型を決めた段階でハッキリ認識していた訳ではありません。別稿で説明したように彼らがそれを知るのは1901年のグライダー試験後(論文執筆時点の少し前)です。

 ・・・深く曲がった面では、90°(迎え角)における圧力中心は面の中央付近にあり、ある点までは角度が小さくなるに従って前方へ移動するが、この点は湾曲の深さによって変化する。その点を通過した後は、角度の減少に伴って圧力中心は前方へ移動し続ける代わりに反転して急速に後方へ向かって移動する。
 この現象は、小さな角度では風が面の前方部分に衝突する際に下面ではなく上面に当たることに起因しており、それゆえにこの部分は平板の場合のように最も有効な部分として機能することなく揚力を生成しなくなる。リリエンタールはこの上面の働きのために、1/8もの大きな湾曲を持つ面を用いることの危険性に注意していた。しかし、彼はこの現象が完全に発生しなくなる角度と湾曲を一度も調査していなかったように思われる。
 私と弟もこの問題に対して独自の調査を行っていなかったが、リリエンタールは1/12の湾曲を基に表を作成していたので、この湾曲には問題がないと思われる。しかし、安全策をとって円弧を使用する代わりに、下向きの圧力にさらす面積が最小になるように前部で急激に変化する曲面を我々の機体に採用した。・・・
(Wilbur Wright ,“Some Aeronautical Experiments”, Journal of the Western Society of Engineers 6 ,1901,p489-510

[2017年7月 文献21.p95〜98により追記]
 この論文はオクターヴ・シャヌートがウィルバーに依頼した1901年9月18日の西部技術者協会に於ける講演の印刷版で、最初に協会の機関誌に掲載されたものです。
 上記論文は、その後ジ・エンジニアリング・マガジン、サイエンティフィック・アメリカン、フライングなどの雑誌やスミソニアン協会の年次報告書(Smithonian Report for 1902,p133〜148)などにも全文もしくは一部が転載された。そして後に様々な人々により繰り返し言及・引用された有名な論文です。
 これを読めば、彼らが飛行機械を実現するためにはその機械的構造よりも、その機構によって風に乗る能力を獲得・実現することがとても大事だと的確に理解していたことが解る。彼らにとって飛行機は、飛行中にバランスを保ち、機体を操り、風に乗り続けることを可能にするものでなければならなかったのです。彼らはその可能性を徹底的に追求していました。彼らは、リリエンタールと同様に、鳥の飛翔を機会ある毎に何時間も飽くことなく観察しており、鳥の飛翔の秘密を徹底的に解明する努力をしています。この認識こそが、彼らをして人類初の有人動力飛行の成功に導いたといって良いでしょう。

補足説明2
 キャンバーの分布や、その形状を変えた効果を理論的に確かめるには、等角写像の方法は結構面倒です。この場合には1922年にマックス・ムンクによって開発された薄翼理論の方法が便利です。特にモーメント特性は翼厚の影響は少なく主に平均矢高曲線によって決まりますから薄翼理論は有効です。薄翼理論の手法は、その途中の積分手順で注意すべきところはありますが、或る意味ここで述べている等角写像を用いる方法よりも簡単です。
 [参考文献12、17によると、ムンクのやり方は等角写像法を薄翼に適用するものだった様ですが、1923年にビルンバウム(独)がキャンバー曲線を渦層で置き換える方法にして多項式展開で解いた。さらに1924年にグロアートが方程式の解法に、多項式展開ではなくて、フーリエ級数を用いる手法[1926年刊の文献2で紹介されている方法]を開発したようです。今日様々な教科書で紹介されているものはグロアートが定式化したものの様です。]
 薄翼理論についてはここでは説明しませんが、参考文献に揚げた2.、3.、5.、8.、9.、17.、18.を含めてたいていの翼理論の本に載っていますので是非御覧になられて下さい。次に述べる事柄にも関係するのですが、翼後縁を上方へ反り上げると迎え角を変えても圧力中心が移動しないようにできることなどこの方法で割と簡単に証明できます。

.円弧翼に働く力のモーメント

 モーメントを求めるにはζ平面上の円弧翼周りの流れの複素速度ポテンシャルとブラジウスの第二公式を用いればよいのだが、7.(4)3.でもっと一般的なジューコフスキー翼の場合を求めているので、その結論を用いる。そこの式でd=0と置けば円弧翼の原点周り力のモーメントとなる。

 つまりキャンバーを持った翼では迎え角が変化すると揚力の作用点[圧力中心]が移動する。また円弧翼では迎え角が0のときには圧力中心の位置は翼のほぼ中央にあることが解る
 a=1、b=0.1a、tanβ=b/a=0.1、α=20°の場合を図示すると下図のようになる。

 このとき、揚力の作用する点のx座標Lが迎え角と共にどの様に変化するかをグラフにしてみると以下のようになる。迎え角がゼロの時に翼弦の中央にあった圧力中心は迎え角と共に前進する。また負の迎え角の場合には翼弦の中央よりも後ろに移動する。

 キャンバーがゼロに近づくと揚力の作用点は前縁からほぼ25%のところに固定されてきて平板翼に近づく。逆にキャンバーが増えると、迎え角が小さいときには翼の中心付近にあった作用点が、わずかの迎え角の変化で大きく前進することが解る。その前進量はある迎え角で極大をとり、それを超えると作用点は反転して再び後縁の方へ移動する。
 ただし、迎え角が20°を超えると実際の流れには剥離が生じてジューコフスキーの仮定が全く成り立たなくなるので、グラフのα>20°の部分は信頼できない。
 また迎え角が負になると揚力の作用点は大きく翼後方に移動して、翼に(上図では)反時計回りのトルクが発生する。これはキャンパーを持った円弧翼では経験からも容易に予想できることですが、きわめて不安定な状態に陥る事を意味します。
 いずれにしても迎え角が変化すると圧力中心が移動するために、実際の飛行機では主翼の圧力中心の移動で生じるトルクを打ち消す機構(水平尾翼の様な)が必要です

 以上に述べたように翼がキャンバーを持つと翼に働く合力(揚力)の作用点は迎え角と共に移動します。これはリリエンタールやラングレーが早くから実験的に気づいていたことであり、実際の飛行機の設計に於いてきわめて重要な意味を持ちます。理論も遅ればせながら、その事実をうまく説明することができました。

 

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(4)ジューコフスキー翼

.ジューコフスキー翼と循環

 6.(8)で説明した厚翼のジューコフスキー翼がジューコフスキーの仮定を満足するときの循環値Γsを求める。それは、以前と同様に元の円柱周りの流れの淀み点が点zA=(a・cosα,−a・sinα)に一致する条件から求めればよい。それは以前の方程式のz0をz0=(a・cosα−{d+(a2+b20.5}cos(α+β),−a・sinα+{d+(a2+b20.5}sin(α+β))に置き換え、かつ(a2+b2)を{d+(a2+b20.52に置き換えれば良い。

淀み点は流速が零となる点だから共役複素速度=dw/dz=0となる点を求める。

 ζ平面上の厚翼の後端が淀み点となってジューコフスキーの仮定を満足するためには、z平面の元円のzA=(a・cosα,−a・sinα)の点が淀み点となればよいので

となる。

 ここで注意して欲しいことは、上記の循環がそのままζ平面の翼の周りの循環となるので、ジューコフスキーの仮定を満足する循環値を表す式は円を翼型に変換する座標変換の写像関数の変化に依存しないことです。 つまり翼型が変わっても常に[一様流の流速U]×[元円の半径]×[sin(α+β)]の形に書ける
 もちろん翼型が異なれば写像前の元円のdやbやβが異なるのですから、循環値Γの値そのものは翼型によって異なります

 例としてa=1、b=0.1a、d=0.15a、α=10°、β=tan-1(a/b)=5.7°の、元円周りの流線(青線)と翼周りの流線(赤線)を図示する。

 この図で次のことに注意して欲しい。普通の使用状況で翼が取る迎え角(−5°〜10°)では、前方の淀み点は前縁円弧の上を移動するだけで、決して無限大の速度とか無限大圧力勾配が生じることはない。そのため7.(5)2.で説明するように実際のレイノルズ数では厚翼の剥離は起こりにくくなります。これこそが厚翼にする最大の効果です。

.ジューコフスキー翼に働く揚力

 今までと同様にクッタ・ジューコフスキーの定理により、迎え角αのジューコフスキー翼に働く揚力

となる。
 sin関数に掛かる係数が(a2+b20.5から{d+(a2+b20.5}になるので厚翼にすると揚力が少し増えます。ここの係数はもともと翼弦長(コード)に関係するところで、6.(8)1.で注意したようd>0にすると翼幅が4a+4d2/(a+2d)に増えますのでその事を考慮しなければなりませんが、厚翼にしたことでやはり、翼の非対称性が増大して揚力が増えるのは確かです。
 結局揚力が生じる要因は[迎え角α]と[キャンバー2b]と[翼厚]が生み出す流れの非対称性です。つまり一様流に対する翼の非対称性のためにジューコフスキーの仮定を満足するには循環が流れに付随せざるを得ず、それが揚力を発生するのです。

 しかしここで注意して欲しいのですが、4{d+(a2+b20.5}がほぼ翼弦長に近い値であることを考慮するとキャンパーの効果は迎え角をβ=tan-1(b/a)だけ増やしたことに過ぎず、“揚力の効果は7.(2)2.で説明した平板翼が迎え角を持ったときに生じる驚くべく大きさの揚力を発生するメカニズムで尽くされている”のです。キャンパーを持たせたり厚翼にすることの効果は、7(5)、(6)で説明するように“迎え角を持ったとき流れがいかにして剥離しないでジューコフスキーの流れを満足するようにできるか”というところにあります“キャンパーを持たせたり厚翼にすると、そこのところが大きく改善できる”のです。ここは粘性に伴う境界層の制御が大きくかかわる所で、[翼の形][レイノルズ数]に深く関係します。

補足説明1
  ジューコフスキー翼に働く圧力の合力をブラジウスの第一公式を用いて直接求めることもできる。そのとき用いる複素速度ポテンシャルはジューコフスキー翼を形成している変換後のζ平面におけるw’(ζ)です。つまり

です。いままでと同様に、これをζについて微分して共役複素速度を求めればよいのですが、そのまま微分したのでは計算がとても面倒なので

と置いて、合成関数の微分公式

を用います。

だから

となる。これを二乗すると

となる。これをブラジウスの第一公式に代入して翼に働く合力を求めると

となり、同じ結論が得られる。

.ジューコフスキー翼にはたらく力のモーメント

 ジューコフスキー翼に働く原点の周り力のモーメント4.(2)3.で述べたブラジウスの第二公式を用いて計算してみる。そのとき用いる複素速度ポテンシャルはジューコフスキー翼を形作っている変換後のζ平面におけるw’(ζ)です。前項[補足説明1]で求めた(dw’/dζ)2ブラジウスの第二公式に代入すると原点のまわりの力のモーメントは



となる。これは原点の周りのモーメントであって、普通の本のモーメントの定義[前縁の周り]と違うので注意してください。
 式の意味は、a=1、b=0.1a、d=0.15a、tanβ=b/a=0.1、α=20°の場合を示した下の図から読み取ってください。

 このとき、揚力の作用する点のx座標Lが迎え角と共にどの様に変化するかをグラフにしてみる。キャンバーを変えたときの変化の様子は平板翼とほぼ同じなので、ここではキャンバーbを固定して翼厚dを変えたものを重ねて表している。

 揚力の作用点[圧力中心]の移動に関して、翼厚の変化はキャンバーの変化ほどの顕著な違いは生じないが、円弧翼と違って翼に厚さが有ると迎え角がゼロの時からすでに真ん中より前方に移動している。迎え角を増やすと、翼が厚いほどより前方に移動する。

 矢高ゼロの対称翼について上記のモーメントの式は

となる。これは迎え角αが変わっても圧力中心は翼弦の前方約25%の所に固定されることを示している。これは平板翼の場合と同じです。[下図参照]

補足説明2
 6.(9)2.で説明したように、ζ平面上の任意翼型の外部領域を、z平面上の円の外部領域に写像する解析関数ζ=f(z)は必ず存在して

の形で表される。
[Riemannの写像定理]

 そのため7.(4)2.[補足説明1]の式展開で改良ジューコフスキー変換を用いた所を上記の無限級数式に置き換えれば、そこと全く同じ手順で任意翼型に働く揚力モーメントを求めることができる。そのとき式の展開を追ってみれば明らかなように、無限級数の変換式のz項と1/z項の係数のみ最終的な結果に関係してくる。そのため任意翼型の揚力とモーメントの表式はジューコフスキー翼の場合と同じような式になる。[参考文献2.、6.、14.等を参照されたし]

.圧力分布

 7.(2)4.の平板翼で行った議論を一般化すればよい。そこで説明したように、円柱上の点の速度は二つの淀み点AA’を結ぶ直線からその点までの高さhを円の半径で割って2Uを掛けたものに等しい。が成り立つ。そこでの式のaをd+(a2+b20.5で置き換え、αを(α+β)で置き換えればよいので

となる。ここでもαは写像後のジューコフスキー翼の迎え角であり、ジューコフスキーの仮定によって循環Γ角(α+β)に結びつけられている。
 元円表面の速度の大きさqszと変換後の翼表面の速度の大きさqの変換式は、ここでも同じ改良ジューコフスキー変換を用いるので、同様にすればよい。つまり

を計算すれば良い。ただし計算は面倒だからここではやらない。
 同様に、(x,y)から(ξ,η)への座標変換も

 ただし、実際の計算はかなり面倒なので以後の説明は省略します。7.(6)5.で実際の翼の測定値を説明しておりますのでそちらを御覧下さい。

 

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(5)厚翼の効能

.厚翼の形状抵抗

 ここで議論しているクッタ・ジューコフスキーの流れでは、翼は抵抗を発生せずに揚力だけを発生する。これは「ダランベールの背理」として知られている粘性(摩擦)のないポテンシャル流の特性ですが、実際の流れでも滑らかな表面を持つ流線形翼型の場合この状況がほぼ実現されるのを確かめることができる。
 二次元性を保つために風洞の幅いっぱいに広げられた翼幅をもつ次図の翼とワイヤーの抵抗がほぼ同じなのです。これは驚くべき事です。翼は先端でρU2/2のオーダーで圧力を発生するが、これは翼の後部で前向きに働いている圧力とつり合って、翼の抵抗はほとんど全てが表面摩擦抵抗のみとなる。一方鈍い形をしたワイヤーは後方で流れの剥離を生じ負圧を発生する。結果として抵抗はρU2/2と前面の面積の積にほぼ等しくなる。注意深く作られた翼の並外れた効率には驚かされる。

 この事実から、初期の飛行機研究家が陥っていた翼の厚みを増すことが抵抗を増大させるのではないかという懸念は間違っていたことになる。この事実が明らかになり、翼の前縁部に丸みを持たせた厚翼の有利さがあきらかになるのは1910年代の後半です。この当たりは別項「翼理論の芽生え」5.(1)で[補足説明3]しましたが、次項でもう少し詳しく解説します。

.前縁部の剥離

 厚翼の最大の効能は6.(8)4.で説明したように前縁部を回る流れの安定性への寄与です。前縁部はもともとジューコフスキーの仮定を満足する流れを実現させることはできない領域ですから、この部分の流れの速度勾配や圧力勾配を小さくして滑らかな流れにすることはきわめて重要です
 現実の平板翼や円弧翼の様な薄翼では前縁部に渦の帽子(7.(1)4.[補足説明2])ができて、無限大速度勾配や無限大圧力勾配を避けています。レイノルズ数が低い領域では、その様にして不都合が避けられています。しかし、実際の飛行と同じ高いレイノルズ数では小さな迎え角でも薄翼では前縁で流れの剥離が生じて、翼の性能が低下します(このことについて7.(6)5.[補足説明1]も参照)。初期の風洞では低レイノルズ数での実験しかできなかったので、この薄翼の性能低下は検知されていませんでした。
 一方厚翼の場合、低レイノルズ数の流れでは小さな迎え角であっても崩壊することで大規模な剥離が生じる層流剥離泡が前縁付近に生成した。前縁剥離泡が崩壊すると抵抗を大きくなり、揚力係は小さくなる。層流剥離泡とは、層流境界層が剥離した後に乱流に遷移して表面に再付着したとき、この剥離点から再付着点までの剥離領域を意味する。剥離した流れが再付着しなくなる現象が層流剥離泡の崩壊と言われる現象です。本当は厚翼の方が有利なのに、低レイノルズ数で生じるこの現象のために厚翼の有利さがなかなか理解されなかった。

 次の実験は、層流境界層で剥離していたものが、レイノルズ数を上げて(つまり流速を上げて)乱流境界層にすると剥離が防がれる事を示している。

 次の写真は同じレイノルズ数の流れの中に置かれた球の周りの流れを示している。上は境界層が層流の場合で早めに剥離している。下の写真は層流剥離点のわずか前方に針金の輪を巻き付けたものです。針金は境界層に乱れを与えて境界層を乱流に遷移させますが、そうすると剥離点が後退する事を示している。球の後部から出された煙によって伴流の範囲が狭まるのが明瞭に示されている。

 フランスのエッフェル1912年に、球の周りを流れる流れのレイノルズ数がある値を超えると、抵抗係数が急激に減少することを発見します[別稿の図参照]。
 [エッフェルの実験に付いては文献19.§3-4参照]
 プラントルはこの理由を説明した有名な論文を1914年に発表します。それは“層流の境界層は運動エネルギーが乏しいため表面から早く剥離するが、レイノルズ数が高いと乱流境界層に遷移して境界層内の激しい乱流混合のために剥離点における楔状をなした死水域から流体が洗い去られて境界層が物体に良く付着するようになる。そのため剥離点が後方に移動して伴流の大きさが小さくなり抵抗係数が減少する”というものです。上の写真はプラントルの提案に従ってヴィーゼスベルガーが行った実験の論文(1914年)に載っている有名な写真です。
 [ヴィーゼスベルガーの実験については文献19.§3-6参照]
 [余談ですが、ヴィーゼスベルガーは後に来日(1922年〜1932年)して、日本の航空工学(特に風洞技術)の発展に多大な功績を残しています。]
 剥離が生じると背後に生じる渦領域(死水域)の圧力が低いために大きな抗力が生じます。そのため剥離を防ぐことはきわめて重要です。実際の所、飛行レイノルズ数で翼弦の大部分に渡って層流を維持することは困難で、早い段階で境界層は乱流に遷移します。これは初期の研究で明らかにされた重要な事柄です。
 
 低レイノルズ数では確かに厚翼の方が薄翼よりも性能は良くないのですが、実際の飛行状況である高レイノルズ数領域では十分に丸みを帯びた前縁をもつ厚翼の方が滑らかな流れを実現でき、前縁での剥離が起きにくくなります。そのため高い仰角までその揚力を保持することができます。この大きな仰角での安定性は飛行機の上昇性や運動性に対して有利に働きます
 ここで注意して欲しいことは、粘性に伴う境界層領域の中で難しい事が起こっているのですが、境界層自体はとても薄い膜のような領域なので、流れの剥離が起こらなければ、その外部の領域の流れは、ここで議論している等角写像の数学的テクニックが使える非圧縮性・完全流体のうず無し流れであると考えて良いことです。また、今議論している剥離の有無で生じる圧力抵抗の違いと、層流境界層か乱流境界層かの違いで生じる翼表面の摩擦抵抗の違い[7.(6)6.で説明する]を混同しないでください。

 この厚翼の有利さは、1910年代にジューコフスキーやプラントルの一門により精力的に行われた厚翼(ジューコフスキー翼)の理論的研究と、レイノルズ数の重要性の理解が進み境界層の層流から乱流への遷移の振る舞いが現実の流れに大きく影響することが解ってきた後に実験的に得られた厚翼の性能データから明らかになったことです。
 実際エッフェルやプラントル一門によって、境界層の層流から乱流への遷移が流れに及ぼす影響についての重要な発見が次々と行われるのは1910年代です。有名な境界層の乱流遷移により剥離が起こりにくくなる現象の発見や、カルマンの渦列の研究はこの時代のものです。
 上記の境界層の発見、層流と乱流の違い、それらに影響するレイノルズ数の効果などの解明には、この時代の風洞技術の進歩が深く関わっています。これらに関連した興味深い説明が文献19.第3章“新しい空気力学理論の誕生”に有りますのでご覧下さい。

 下図は1917年にプラントルが計測したゲッティンゲン298翼型の極曲線図ですが、これはレイノルズ数2.1×106という充分高い値で行われたものです。当時のドイツの表記法なので数値は今日の100倍になっており、記号も今日のものと違っていますが、厚翼の優れた性能を示している。

このグラフの意味はこの節最後の7.(5)5.“翼性能表記法”を参照して下さい。そこのCLがここのC、CDがCW、CMがCmに相当します。

.厚翼機の登場

 有名な設計者であるアンソニー・フォッカーは直ちに上記の革新的な発見に着目して、13%の厚さを持つゲッティンゲン298翼型を新型のフォッカーDr.Tに採用します。これが「レッド・バロン」ことマンフレート・フォン・リヒトホーフェンの搭乗機として有名な三枚翼機です。[拡大写真][高輝度モニター用]、  [別写真1]、[別写真2

フォッカーDr.Tの三面図[拡大三面図

 この機体は厚翼を採用したことで片持ち梁の構造でワイヤー補強が不要になり、抗力を低減することができた。またその大きな最大揚力係数から抜群の上昇性と運動性を発揮し当初は大いに活躍した。しかし、三枚翼には構造的な無理があり視界が悪く操縦安定性も良くなかったので1918年の半端からは新型機に入れ替わり退役していく。
 ちなみにフォッカーDr.Tのエンジンはプロペラとエンジンが一体となって回転してエンジン(9気筒)を冷却するロータリーエンジンです。今日では用いられることはありませんが第一次大戦当時には多くの機種が採用していた。写真からもカウリング下部に少し見えているシリンダーが回転している様子がうかがえる。

 フォッカーはさらに厚翼の有利さを追求したフォッカーD.Zの設計を1917年後半に開始して1918年4月に就航させます。この機体は、厚翼の優れた空気力学特性により、高空・低速でも失速しにくく、優れた上昇率性と運動性を持った操縦のしやすい機体でした。第一次世界大戦中に登場したドイツ機の中で最も優れた機体とみなされている。その優秀性は停戦協定第4条に記されたドイツから連合国側に引き渡しを要求された戦争機材のリストに飛行機では唯一フォッカーD.Zがあることからも解る。
 次図はフォッカーD.Zの構造図[拡大構造図D.Zの写真]ですが、同時代の張線の張り巡らされた無骨な薄翼複葉機と比べると、はるかに洗練された美しい機体であることが解る。

フォッカーD.Zの三面図[拡大三面図エンジンカウル部

 厚翼にすれば桁とリブと翼面でその形状と強度を保つことができるために支柱や張線が不要になる。そのため空気抵抗が少なく、視界の良い単葉翼機にできます。さらに、翼の中に燃料タンクや、離着陸用の車輪を収納したり、エンジンを直接翼に取り付けることもできます。単葉で厚い翼は飛行機の構造に革命をもたらします。
 第一次世界大戦までに登場した飛行機のほとんどは薄翼の複葉機でしたが、戦後はほとんどが厚い単葉翼を採用します。この厚翼を採用するという技術革新は明らかにプラントル一門をはじめとする流体力学専門家の理論的・実験的研究に由来するものです。ここにいたって航空流体力学は学問的にも実用的にも大きな成果を上げ始めます。

厚翼の思想について文献20に興味深い記述が在るので追加引用。

.高速風洞・可変密度風洞・超大型風洞

 翼の理論的・実験的研究が進むにつれてレイノルズ数の重要性がますます明らかになってきます。それと同時に実験風洞の気流に含まれる乱れの影響も解ってきます。
 実用翼の周りで実際に起こることを正確に再現するには、乱れの少ない滑らかな空気流を送り出す風洞が必要です。実際のところ初期の風洞では流れに含まれる乱れの大小が、実験結果に大きく影響して誤った結論を導くことがしばしばあったのですから。
 さらに大切な事は実際の飛行におけるレイノルズ数と等しくなるような風洞実験をすることです。レイノルズ数は

で定義される量で、U0は流速、dは機体の大きさに関係する距離、νは動粘性係数(粘性係数μを流体密度ρで割ったもの)です。実際の飛行状況におけるレイノルズ数は下図の様な領域分布となります。

 ちなみに1気圧の空気の動粘性係数と粘性係数は下図の様な値ですが、温度によりかなり変化します。

 風洞で実験される模型は一般に実物よりもかなり小さなものが用いられますからレイノルズ数はどうしても小さくなってしまいます。実際のレイノルズ数での実験を実現するためには、[気流の風速を上げる]or[動粘性係数を小さくする]or[実験模型のサイズを大きくする]しかありません。

[高速風洞]
 流速の高速化については、風速の大きな風洞が次々(ゲッティンゲン52m/s、アメリカ72m/s、モスクワ80m/s)と作られます。
 下図は1916年にゲッティンゲンのプラントルの所に作られた当時としては驚異的な52m/s(187km/h)の気流速度が出せる本格的な回流型風洞です。ノズルの前にハニカム構造の網目を設置して、平滑化された乱れの少ない気流が得られるようにしてある。[全体図

 これは当時最新鋭の風洞で多くの成果を上げた。これは測定部を開放した開放噴流型の機構を採用しており、試験模型を固定壁で囲ったそれまでの方式よりも優れていた。
 また送風ファンにより攪乱された気流を噴出ノズルに至る徐々に太くなる回廊の中を通すことで乱れの少ない平滑な流れにすることに成功した。
 さらに付け加えると、送風ファンの前に設置されている拡散型円筒(defuser)はエッフェルの改良提案を受け入れたものだと思います。
 これらの改良点は、プラントルが1908年に作った最初の風洞と比較して見られると良いでしょう。
 いずれにしても、この形は後のほとんどの風洞に踏襲・採用されて、風洞構造の手本となります。

[可変密度風洞]
 動粘性係数の小さい気体を用いる方法ですが、粘性係数μは密度(圧力)によってほとんど変化しませんので高圧の空気を用いて密度を挙げれば動粘性係数νを小さくすることができます。
 次図はムンクが設計して、1922年10月から運転を開始したアメリカのラングレー研究所の加圧式可変密度風洞です。噴出部直径1.52m、風速20m/sであったが、容器内圧力を20気圧まで上げることができたので、1/20縮尺模型を用いた実験でも実物大レイノルズ数を達成できた。
 この風洞の空気吸込ファンの前に拡散型の円筒(defuser)を設置しているのは、明らかにエッフェルの風洞に施された工夫を取り入れることで、風速の増大と気流の安定化を図っている。ムンクが在籍していたゲッチンゲンのプラントル研究室ではエッフェル風洞のdefuserの有効性は早くから認識していたようですのでムンクもそれを取り入れたのでしょう。
 また、この風洞の測定部は当初円筒壁で囲まれていたが、側壁の影響を防ぐために後に開放型に改良されます。下右図は改良後の断面図です。

 この風洞は実際のレイノルズ数条件で翼型や飛行機形状の試験が可能な最初の風洞であったので、この風洞が生み出すデータ群はその後15年間に渡って応用空気力学の研究を先導した。特にNACA翼型に関する一連の大規模な実験のデータ群は最も重要な研究成果です。
 しかし、図から解るようにこの風洞は構造的に無理をしており、流れに乱れや同期駆動モーターによる高周波数変動などが存在したので、次に述べる大型風洞が1931年に完成して大気圧条件下の乱れのない安定した気流で実験できるようになると、1940年代初頭にその役目を終えた。

[超大型風洞]
 風洞を巨大化してより大きい模型で実験する方向では、世界各地で噴流断面積の大きな風洞が次々(イギリス9.1m2、アメリカで30m2、120m2)と作られていく。
 下図は1927年にアメリカのNACAラングレー研究所に作られた噴流断面積30m2の巨大風洞です。NACAはNational Advisory Committee for Aeronautics(米国航空評議委員会)のことで、NASA(Ntional Aeronuties and Space Administration 米国航空宇宙局)の前進です。

 
 下の写真は1931年ラングレー研究所に作られた超巨大風洞の測定部です。8000馬力の電動機2機により噴流断面積120m2、最大風速53m/sの空気流を作り出すことができた。右下写真の奥に二機の電動ファンが見える。

 実物大風洞の効能は実際のレイノルズ数の実現もさることながら、乱れの非常に少ない気流を得ることができたことです。そのため1930年代の後半に行われた抗力除去(空気力学的な流線形化)の研究では理想的な装置でした。この風洞は優れた性能を持っていたので、80年後の2010年まで現役で稼働してきたが2011年に惜しまれながら解体された。
 NASAラングレー研究所のHP
  https://history.nasa.gov/SP-440/contents.htm
  http://crgis.ndc.nasa.gov/historic/30_X_60_Full_Scale_Tunnel
  http://crgis.ndc.nasa.gov/historic/643
  http://www.nasa.gov/centers/langley/home/index.html
に行くと、この風洞の貴重な写真が多数見られます。

 この時代の風洞に付いて、興味深い解説が参考文献1.や12.にあります。これらの風洞は1910〜1930年代に多くの成果を上げますが、その成果の説明には粘性を考慮した空気力学、特に1904年にプラントルにより提唱された境界層の理論とその応用が深く関わっており、この稿の目的から外れてしまいますのでここではやりません。

[2016年1月追記]
 日本の風洞事情を記した文章を最近偶然見つけました。興味深い内容なので 紹介します。
前川力著「風洞思い出草」日本流体力学学会誌、vol.4、No.4、p307〜314、1985年
これは https://www.jstage.jst.go.jp/article/nagare1982/4/4/4_4_307/_pdf
または https://www.jstage.jst.go.jp/browse/nagare1982/4/4/_contents/-char/ja/ からダウンロードできます。
 実は、私が大学4年のときの卒論指導教官が前川先生だったのです。文章の雰囲気に先生の面影が感じられてとても懐かしい思がしました。今更ながらネットワークの進歩に驚きます。
 谷先生の「我が国の流体力学の先覚を語る」https://www.jstage.jst.go.jp/article/nagare1982/4/1/4_1_3/_pdf
や、今井先生の「研究生活をふり返って」https://www.jstage.jst.go.jp/article/nagare1982/4/3/4_3_180/_pdf
も興味深い文章ですので、合わせてご覧下さい。

.翼性能表記法

 航空流体力学に於いて翼性能を表すために用いられるグラフについて説明します。両面が外に湾曲している翼では下図の様に翼断面前部の曲率中心を使って仰角を定める[6.(8)1.[補足説明]も参照]。

あるいは、下図の様な簡便な方法で仰角とモーメント中心を定義する場合もある。

 翼に働く力のベクトルを定めるとき仰角やモーメント中心の定義が異なれば力のベクトルやモーメントの意味も微妙に異なる。以下の説明は、その定義の違いに応じて読み替えてください。

 揚力係数、抗力係数、モーメント係数を下記の様に定義する。いずれも(1/2)ρU2で割って無次元の規格化した量にしてある。ρは気体密度、Uは対気速度、Sは翼面積である。矩形翼の場合はS=翼幅(スパンs)×翼弦(コードc)となるが、二次元理論では揚力も抗力も単位翼幅当たりで考えているので、Sは単位幅当たりの翼面積となり数値的には翼弦長と同じになる

[揚力曲線と抗力曲線]
 横軸に迎え角、縦軸に揚力係数または抗力係数を取ったグラフ。普通揚力と抗力の両方を一枚のグラフに記すことが多いが、抗力係数は一般に揚力係数の1/5程度以下だから縦軸スケールを変えるか、抗力係数を何倍かしたもので記す。

[極曲線]
 リリエンタールにより最初に用いられたグラフで、横軸が抗力係数、縦軸が揚力係数にしてあります。グラフの曲線中に迎え角も記入してある。
 原点と各迎え角の極曲点を結んだ直線の傾きは、その迎え角での揚抗比を意味します。その傾きが最大になる点、つまり原点を通る直線が極曲線に接する点の迎え角が揚抗比が最大となる仰角です。
 実際の飛行機では揚力と抗力の兼ね合いが重要ですから、翼の性能を読み取るにはこの形のグラフが最も適している。

 このグラフと理論から導かれる揚力−誘導抗力の関係を表すグラフとの対応は非常に重要です。その当たりは別稿「人力飛行機を実現する原理[プラントルの揚力線理論]」5.(4)2.で説明します。

[モーメント曲線]
 モーメントの表現法は様々あります。ここの説明は参考文献1.でプラントルが採用しているものです。縦軸に揚力係数、横軸にモーメント係数を取り、仰角αをパラメーターとして曲線上に記入したものです。

ここで垂直力係数(法線力係数)を

と定義すると

が言える。
 そのため、例えば迎え角が3°の場合、原点と迎え角3°の点を結ぶ直線を伸ばしてCL=1の水平線と交わった点のCM値を読み取れば、それは前縁から翼弦長の何割の所に圧力中心があるかを示している。

[揚抗比曲線]
 これは、各迎え角における(揚力係数÷抗力係数)の値を縦軸に、横軸を迎え角にしてプロットしたものです。これは[極曲線図]に於いて、原点と各迎え角の極曲点を結んだ直線の傾きを縦軸に、迎え角を横軸にしてプロットしたものと同じです。
 揚抗比は普通迎え角が0〜数度の範囲で最大値10〜30程度を取ります。この値が大きいほど小さな動力で浮かび上がることができ、滑空性能が良いことを意味します。そのため、この揚抗比が最大になる当たりの迎え角で運用できるように設計すると経済的に優れた機体となる。

 

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(6)任意形状翼のデータ

少し古いデータですが、参考文献1.の測定値で一般的傾向を説明します。

.一般的性質

 翼に働く抗力には[誘導抗力]と[形状抗力]があります。[形状抗力]には翼表面に働く[摩擦抗力]と翼後方の渦巻状死水領域の発生に伴う[圧力抗力]があります。
 この中で翼端渦による[誘導抗力]は翼のアスペクト比に大きく関係しますので、揚力・抗力のデータを示すときには翼のアスペクト比を明示する必要があります。揚力が増えると翼に付随する循環も大きくなり翼端から流体中に残される循環(渦の運動エネルギー)もより大きくなるので、揚力の増大と共に誘導抵抗は増えます。この翼端渦による[誘導抗力]は揚力の二次関数になります[別稿で説明]ので、この抗力曲線は原点を頂点とする放物線になります。同じ揚力で比較した理論誘導抗力曲線と実測抗力曲線の差が正味の[形状抵抗]と見なせます。以下のグラフはいずれもアスペクト比5の実験翼の測定結果です。
 [摩擦抗力]は翼表面が滑らかな場合にはきわめて小さくなります。翼表面が粗い場合は、常に抗力は増加し揚力は減ります。特に翼の前縁からその中央までが重要で、翼の後縁付近[そこでは境界層は乱流に遷移している]には相当な荒さがあっても大して影響しません。
 [圧力抗力]は流れの剥離が生じなければ小さい。しかし、仰角が大きくなり剥離が生じてくると大きくなります。剥離は普通後縁から前方へ広がってゆきますが、前縁から剥離する場合もあります。ある迎え角を超えると翼の上面全体が剥離した状況になり一気に抗力が増えます。この状態を失速と言い飛行にとって危険な状況です。

.キャンバーの効果

 翼厚、仰角が等しくても矢高(キャンバー)が増すと揚力は増加します。ただし抗力も増加するので最大揚抗比はむしろ小さくなります。前項で定義したモーメント曲線は矢高を減らすほど直線に近くなり、対称翼では原点を通るようになる。これは圧力中心が仰角を変えても移動しないことを意味する。別項で説明しましたが、キャンバーを持った厚翼の場合後縁をやや反りあがった形にすると圧力中心の移動が少なくなることが解っています。モーメント特性に対して翼厚の影響は少なく、主に平均矢高(キャンバー)曲線の形状によって決まります。
 下の三つのグラフを比較すると明らかなようにキャンバーを持たせると迎え角が大きいときの揚力係数を大きく改善できます。これは当然予想されることですが、キャンバーにより前縁部を下に湾曲させることで迎え角を大きくしても前縁部の剥離を押さえることができるからです。これこそキャンバーを付ける最大の効能です。下右図のように矢高がゼロの対称翼では有る仰角を超えると抗力が突然増えますが、これは翼上面の流れに急激に剥離が発生して圧力抵抗が増えることによります。。
 このとき当然予想されることですが、仰え角を負にすると下左図のようにキャンバーの大きな翼は階段状に急に抗力が増える所があります。これは前縁下面の流れが剥離して再付着する現象が現れる為です。

 今日の飛行機は、離着陸時の様に飛行速度が遅くなって揚力が減少する時には迎え角を増大させますが、それと同時に一時的に前縁フラップ後縁フラップを下げてキャンバーを増大させて揚力係数を増大させています。上図から明らかな様に、キャンバー増加は正の迎え角領域では揚力係数の増加に効果的なのですから。
 そのとき抗力も増加しますが、離着陸時には飛行速度を遅くしないといけないので、そのことはむしろ望ましいことで問題になりません。水平に高速で巡航しているときには元に戻してキャンバーを減少させて抗力の増加を防ぎます。

.翼厚の効果

 矢高(キャンバー)を同じにして翼厚を増すと、極曲線のカーブが(特に負仰角と高仰角部で)誘導抗力の理論値に近づきます。そのため最大揚力係数が大きくなるとともに負仰角と高仰角で翼の性能が良くなります。これは厚翼にすると翼前方の淀み点が前縁円弧の上を移動するだけなので薄翼の場合と違って急激な圧力変化を避けることができます。そのためレイノルズ数が高い実際の飛行状況では、負仰角や高仰角で流れの剥離が起こりにくくなります。これは当然予想される事ですが、厚翼の最大の効能といって良いでしょう。翼厚を増すことが直ちに抗力を増大させる訳ではないことに注意してください。モーメント曲線については翼厚が変化してもそんなに大きな変化はない。

 平坦な下面を持つ翼の翼厚を増す(当然矢高も増える)と最大揚力は確かに増大しますが、同じ揚力で比較すると抗力も増えてきます。これは翼後縁付近の剥離領域が増えて圧力抵抗が増えることによります。また風圧中心は後ろにずれる。

.前縁の形状効果

[前縁の形状効果]
 下右図の様に前縁を下げると、大きな仰角での特性は良くなるが、大きな負仰角で抗力が増します。

 飛行機が離着陸するときには飛行速度が遅くなります。速度が遅くなると翼力は減少します。その様にして減少する揚力を補うために飛行機は離着陸時には翼を大きな迎え角にして運用します。
 そのとき、今日の飛行機は前縁フラップというもので前縁を一時的に下に向けて大きな迎え角での翼性能を改善します。また、前縁を下げたままだと、迎え角が小さいときには上図の様に不都合を生じますので、水平飛行の巡航時には元の形に戻しておきます。

.翼面圧力分布

 7.(4)4.でジューコフスキー翼表面の圧力分布を求める方法の概略を説明しましたが、任意の形の翼に対する圧力分布を計算する問題は1931年頃にNACAラングレー研究所のテオドルセンガリックによって解かれた。それは、まず与えられた翼型にジューコフスキー変換の逆写像をほどこし、その翼型を円に近い形に変える。その円からのずれをフーリエ級数か畳み込み積分を含む逐次近似法で処理して計算するものでした。[参考文献17のp100〜104にその方法が紹介されています。また同じことをする方法として日本で普及している守屋の理論(1942年)がp95〜100で説明されています。]
 そうして解かれた翼面上の圧力分布は同じ揚力係数で実験的に測定された圧力分布と非常に良く一致した。同じ揚力係数の実験値と比較するのは以下の理由による。理論値が粘性を考慮しない完全流体のものであり、実験値は粘性の影響が入ったものであるために、理論値の揚力の方がどうしても大きめになります。そのため翼の周りの循環の大きさを実験結果の揚力を与えるように減じたものと比較するわけです。そのような補正をすると理論と実験はきわめて良い一致を示します。

 一般翼の圧力分布の実験結果を参考文献1.より引用して以下に示す。
 これらの図は、翼表面に直径1mm程度の小さな穴をあけて、その穴とマノメーターを翼内部を通した管により繋いで、各点の圧力を測定したものです。圧力は動圧(1/2)ρq2を単位として、色々な仰角に対する翼弦方向の圧力分布を表しています。これらは最下段に示す翼型[ゲッティンゲン389(極曲線図)]の翼中央断面における測定値です。

 上のグラフで、翼前縁の圧力が1.0となる位置が流速がゼロになる淀み点です。迎え角が0°以下の負の場合は淀み点は翼上面にあるが3°を超えると下面側に移動しているのが解る。
 翼上面の圧力分布曲線と横軸とで囲まれる面積は翼の上側での吸い上げ作用を表す。圧力は傾斜した翼面に働くので、完全に一致はしないが大体の所はその様に見なして良い。同様に、翼下面の圧力分布曲線と横軸で囲まれる面積は、下側での押し上げ作用を表す。図から揚力の大部分が上面の吸い上げ作用によることが解る。
 迎え角15°のグラフの翼上面後半で負圧が減少するのは流れに剥離が生じて死水域の圧力が増える為です。

 下図は対称翼に仰角を与えて流れの中に置いたとき生じる典型的な流れのタイプを示している。点線がポテンシャル流の理論値で実線が実測値です。

 適当な翼型で迎え角が小さい場合は、左図の様に強い圧力上昇に耐えて翼面に沿った流れがほぼ実現される。しかし、実測された圧力サークルの面積は理論サークルの面積よりも小さい。これは翼表面の摩擦によるものと思われる。また、後縁付近には剥離が現れる。現実の翼では、このような剥離が翼後縁に生じることや翼表面の摩擦のために、揚力の実測値は理論値よりも小さくなり、抗力(圧力抵抗)が現れてきます。。
 翼が厚くなると中図の様に翼の後半に閉じた剥離領域が形成される。そのため特に翼上面後半部の圧力が上昇します。前図の仰角15°の場合がこれに相当します。
 右図は前縁ですぐに剥離が起こり、その後再付着する場合です。前縁が鋭い薄い翼の場合に起こりやすいのですが、このとき翼上面前部の圧力カーブに負側への膨らみができます。このタイプの圧力分布に関してフランスのエッフェルは[補足説明1]で説明する様な興味深い測定(1910年)をしている。彼はエッフェル塔で有名ですが、航空流体力学に於いてもフランスにおける偉大な先覚者です。
 このような流れのうちのどれが実際に起こるかは翼厚、キャンバー、迎え角、レイノルズ数等に依存します。また、圧力分布の形は翼型に依存しており、翼厚やキャンバーの翼弦に沿った分布形状が変わればかなり変化します。これが後に層流翼の考え方に発展します。

 翼面の形状を考慮して上記の圧力分布を積算すれば揚力と抗力を計算することができる。下図は上の圧力分布測定値から算出したものと風洞の揚力・抗力測定天秤の測定値との比較です。

 揚力については両者は良く一致するが、抗力については圧力分布から求めたものより天秤の実測値の方か常に大きくなる。この差は翼表面の[摩擦抗力]によるものであると考えられる。

補足説明1

 これは最大風速が20m/sまで出せた(Champs-de-Marsの)初代風洞を用いて計測されたもので1910年に発表された。
 エッフェルの風洞(文献19.)  資料1、 資料2、 資料3、 初代風洞、 二代風洞



.層流翼

 いままで何度か注意しましたが、翼表面に生じる境界層には層内の流体がそのまま翼に沿った面でずれ合う様にして速度勾配を形成する層流境界層と、境界層内の流体が激しく渦巻き攪拌されながら流れの速度勾配を形成する乱流境界層があります。
 初期の風洞の気流には乱れが含まれていたので、この両者の違いを実験的に確かめるのは困難でしたが、プラントルの境界層の研究以来、層流での表面摩擦抵抗力は乱流での表面摩擦抵抗力よりもかなり小さくなることが良く知られるようになります。下図は今日解っているその当たりの事情を示すグラフです。

 実際、谷一郎は後の1968年に、層流翼の検討を始めた1938年当時の状況を次のように回顧しています。
『・・・1935年頃の飛行機は、支柱などが露出されない「流線形」になっており、高速状態での抵抗の大部分は、表面の摩擦抵抗によるものでありましたから、表面積の過半を占める主翼の摩擦抵抗の減少に、速度向上を目指す設計者の期待がかけられたのは当然です。・・・』(文献19.の p210 or p272 or 291 より)

 1930年代に入り英国のB・メルビル・ジョーンズ(Bennett Melvill Jones 1887〜1975年)やジェフリー・I・テイラー(Geoffrey Ingram Taylor 1886〜1975年)達は翼の抗力が翼面に占める層流境界層域と乱流境界層域の面積の変動に顕著に影響されることを見いだします。さらに層流境界層の安定性は翼表面の流れに沿った方向での圧力の変化の仕方にも関係する事を見つけます。つまり表面圧力が流れる方向に向かって減少(順圧力勾配)し続けるならば層流境界層は層流状態を維持し、流れの方向に圧力が増加(逆圧力勾配)し始める位置の付近で乱流への遷移が起こる事を発見します。実際の飛行試験からも翼周りで層流になっている領域は順圧勾配の領域であることが確かめられます。

 アメリカのラングレー研究所のイーストマン・N・ジェィコブズは、1935年の後半に上記の事柄を知って次のように考えました。翼表面の圧力分布は翼型に依存する。ならば翼弦の大部分に於いて圧力が減少するような翼型を設計することはできないだろうか。もしその様な翼型を設計できれば、その翼面の大部分に渡って層流を維持でき、表面摩擦抵抗の大幅に少ない翼ができるだろう。これが層流翼の着想です。
 彼は、テオドルセンらによって発展させられた翼設計理論を研究してそれを改良します。そして翼弦の大部分に渡って順圧圧力勾配が達成される翼型の設計に成功します。[文献を持っていないのでジェィコブズの方法がどの様なものなのか解りませんが、参考文献17のp118〜126に与えられた圧力分布持つ翼型を求める守屋-石田の方法(1942年)が説明されています。]
 次図はその様にして得られた層流翼型と従来型の翼型の圧力分布を比較したものです。

 この層流翼型は低乱流風洞の実験結果からも抗力係数が従来の翼型の1/3〜1/2に減少することが確かめられます。
 この研究が完成する1938年という時期は第二次世界大戦の直前で、この重要な成果は安全保障上の理由で極秘にされます。ただし、これと同様な研究が、1930年代の後半に日本の谷一郎らによって全く独立に行われていたことは良く知られています。
 この研究成果がP-51ムスタング戦闘機(マクダネル社 三面図 構造図)の翼設計に採用された。P-51は層流翼が最初に実用化された飛行機として有名ですが、トータルとしての優れた設計により第二次世界大戦中に活躍した戦闘機の中でも最優秀な機体と見なされている。
 ちなみに、日本では強風、紫電、紫電改などが層流翼を採用しています。その詳細に付いては文献19.第7章をご覧下さい。

補足説明
 実際の飛行機の翼では、上記の層流翼の効果を引き出せるほどに翼表面を滑らかに仕上げることは難しく、当初予想されたほどの効果を上げることはできないことが解っている(このことに付いて、文献19.第7章§9.に興味深い記述があるので別ページで引用)。
 今日では摩擦抵抗を減らす為というよりも、その優れた高速性能の為に層流翼は採用される場合が多い。
 
 だから、この初期の研究の有用性は飛行レイノルズ数での翼弦(コード)の大部分を層流に維持することが困難である事を明らかにしたことであると言った方が良いかも知れない。そのため、今日では、翼弦の前部30%〜50%までのより狭い領域を層流に保つような翼型の設計に重点が置かれている。
 
 また、今日では境界層の厚さを他の方法で制限して乱流への遷移を遅らせる方法が取られています。その方法としては翼の表面に溝や穴を開けて、境界層の空気を吸い込んで境界層が厚くなるのを防いだり、逆に境界層に翼面から空気流を吹き出して境界層の速度勾配を小さくするなどがある。

 

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8.参考文献

 ここで説明した二次元翼理論の本質の一つが5、6章で説明した等角写像です。等角写像に関して以下に挙げた本を読んでみましたが、これらには通り一辺の説明しかなくて理解するのがなかなか難しい。本質をつかむには、やはり自分自身で写像関係を表す図を沢山描いて、それを詳しく検討する以外に良い方法はありません。図を描いてみて初めてその内容が理解できました。
 それともう一つの本質が7章(1)で説明したジューコフスキーの仮定です。これをどの様に精密化するかで翼理論が発展してきたと言っても良いと思います。
 実際には前縁部における剥離の問題、粘性に伴う境界層の形成とその剥離の問題など、現実の翼では単純ではありません。しかし迎え角や矢高が小さい実際の飛行機の翼が生み出す揚力の解析に於いて、二次元翼理論が大きな成果を上げたことは確かです
 
 二次元翼理論には、ここで説明した等角写像法以外に特異点法というものがあります。これはムンクの薄翼理論(1922年)に始まるものですが、渦糸と吹き出しを沢山並べて、その特異点分布を調整することで任意の翼型と、その翼型周りの流れを作り出すものです。しかしその説明は全て省略します。

  1. Prandtl and Tietjens 著(J. P. Den Hartog 英訳)「Fundamentals of Hydro-and Aeromechanics」、「Applied Hydro-and Aeromechanics」 Dover Publications」(原本は1929年刊)
     これはプラントルの講義を弟子のティーチェンス(Tietjens)がまとめた本の英訳版です。航空流体力学の最も基本的な古い文献ですが、これが一番解りやすい。特に揚力の原因として循環が着目されるようになった経緯が様々な例によって丁寧に説明されています。後の教科書の多くがこれを参考にしています。
     これには翻訳本があります。プラントル、ティーチェンス著(新羅一郎、糸川英夫、松川昌蔵、外2名訳)「航空流体力学」生産技術センター(1975年刊)。これは戦前(1940年)に翻訳出版されたものの復刻板です。
  2. H. Glauert 著「The elements of aerofoil and airscrew theory (Second Edition)」Cambridge University Press(1946年刊)
     これも初版が1926年に出版された有名な教科書で、その内容が多くの本に引用されています。ChapterW〜Zが関係するところです。これにも戦時中(1943年)に翻訳出版されたものがありますが、この訳本の古書はとても高価です。
  3. ロバート・T・ジョーンズ著(柘植俊一、麻生茂 訳)「翼理論」日刊工業新聞社(1993年刊)
     これはRobert T. Jones著「Wing Theory」(1989年刊)の翻訳本です。簡潔な説明ですが、高度な内容が含蓄深く明快に説明されています。著者は翼理論では有名な方です。
  4. 友近晋 著「流体力学」共立出版(1940年)の文献社による復刻版(1972年刊)第5章
    H.Lambの本の行間を補って丁寧に説明されています。日本語で読める流体力学教科書の草分け的存在です。
  5. 今井功 著「流体力学」岩波全書(1970年刊)
    今井功 著「流体力学(前編)」裳華房(1973年刊)4章、6章
    解りやすく丁寧に説明されています。特に前書は流体力学の入門書としてすぐれていると思います。
  6. 巽友正 著「流体力学」培風館(1982年刊)7、8章
  7. 植松時雄 著「流体力学(機械工学講座15)」共立出版(1959年刊)
     薄い本ですが比較的解りやすく説明されています。第2章“二次元のうず無し運動”が関係するところです。
  8. 西山哲男 著「流体力学(T)」日刊工業新聞社(1971年刊)4〜6章
     内容は多いのですが簡略な説明しかないので理解するのは難しい。
  9. 藤本武助 著「改著 流体力学」養賢堂(1969年刊)第2章、第6章
     内容は多いのですが、この本だけから理解するのは難しい。

 

翼理論の歴史的な記述については以下の本を参考にした。 

  1. テオドール・フォン・カルマン著(谷一郎訳)「飛行の理論」岩波書店(1971年刊)
     理論的発展の流れが良く解る。詳しい文献表がついているのもありがたい。この中のp65〜70“伴流抵抗と渦列”だけは別ページで引用しています。
  2. テオドール・フォン・カルマン著「大空への挑戦」森北出版株式会社(1995年刊)
     20世紀前半のヨーロッパとくにドイツを中心とする科学・技術の状況についてとても興味深い記述がある。当時の事情を知る第一級の史料です。[http://www.morikita.co.jp/cgi-bin/9451/oozora.cgi]
  3. ジョン・D・アンダーソンJr 著「空気力学の歴史」京都大学学術出版会(2009年刊)
     原本は1997年刊の“A History of Aerodynamics and Its Impact on Flying Machines”です。実際の飛行機との関係が詳しく説明されていて、とても面白い。多くの部分がとても参考になりました。

 

 複素関数論の参考書に付いては私が復習に利用したものを挙げておきます。

  1. 竹内端三著「函数論(上)(下)」裳華房(1971年刊の新版)
  2. 岡本哲史著「複素函数」ダイヤモンド社(1968年刊)
  3. 田中明雄著「応用数学(函数論、ラプラス変換、フーリエ変換、不規則波)」槇書店(1968年刊)
  4. 今井功著「流体力学と複素解析(入門現代の数学3)」日本評論社(1981年刊) 

 

[参考文献の追記]

  1. 守屋富次郎著「空気力学序説」倍風館(1959年刊)
     これはこのページを作った後(2011.12.3)に手に入れたのですが、数学的にかなり詳しい説明が展開されています。私には結構難しい本ですが、このページを作った後だったので何とか理解できました。
     特に7.(6)5.で説明したテオドルセンとガリックによる任意翼型の解析法、同じことをやる方法として日本で普及している守屋の理論がp95〜104に、また7.(6)6.で取り上げた任意圧力分布を与えて、その圧力分布を実現する翼型を決める方法がp118〜126に詳しく説明されています。
  2. 牧野光雄著「航空力学の基礎(第2版)」産業図書(2011年刊、初版は1980年)
     これもこのページを作った後で手に入れて読んだのですが、とても良くまとめられている本です。§3.3で薄翼理論が§3.9で揚力線理論が解り易く説明されていますので御覧になられて下さい。それ以外の所も丁寧に説明されていますので、意欲ある高校生を含めて、航空力学に興味を持たれた方は最初にこの本を読まれるのが良いかも知れません。
  3. 橋本毅彦著「飛行機の誕生と空気力学の形成」東京大学出版会(2012年9月刊)
     最近出版された本ですが、この稿を読まれた方に薦めます。前記文献10〜12と対比されながら読まれると歴史的な流れが良く解ります。特にイギリスにおける航空力学の発展の内情や文献2の著者であるヘルマン・グロアートが果たした役割、また日本における層流翼研究の内情等が良く解ります。この中の第3章“新しい空気力学理論の誕生”を引用。
  4. ジョン・D・アンダーソンJr 著「飛行機技術の歴史」京都大学学術出版会(2013年刊)
     原本は2002年刊の“The Airplane:A History of Its Technology”です。文献12と重複するところも在りますが、新しい事実も紹介されています。これから幾つかの三面図と解説を追加引用しました。
  5. デヴィッド・マカルー(David MaCullough)著「ライト兄弟」(The Wright Brothers)草思社(2017年刊)
     最近出版されたライト兄弟の評伝ですが、一次資料に基づいており、とても興味深い内容です。是非お読みになることを勧めます。

 別稿「翼理論の芽生え」の最後に述べた三つの課題
  (1)翼の迎え角が小さい領域で発生する揚力の驚くべき大きさの説明。
  (2)翼にキャンバーを付けることで揚力の増大を生み出せることの説明。
  (3)アスペクト比を大きくすることで揚力/抗力比を改善できることの説明。
のうち(1)と(2)については、ここで説明した二次元翼理論で一応解決できました。
 残るは(3)です。人力飛行機のように推進動力が弱いか、あるいは持っていない滑空航空機に取って、抗力はできるだけ小さく、揚力はできるだけ大きなことが重要です。そのとき抗力は[誘導抵抗][形状抵抗]から生じます。誘導抵抗は揚力を生み出す翼周りの循環によって翼端から吐き出される渦(翼端渦)が引き起こす避けがたい抵抗なのですが、翼のアスペクト比を大きくすれば小さくできます。
 翼幅(スパン)が長大になれば翼面積も増えるので、[形状抵抗]=[表面摩擦抵抗]+[流れの剥離による圧力抵抗] も増えますが、人力飛行機のような低速機では空気流はほぼ完全流体のポテンシャル流に近いので、形状抵抗よりも誘導抵抗の低減の方が重要になります。そのため人力飛行機の設計ではアスペクト比を大きくして揚力/誘導抵抗比を改善することが最も重要です。
 誘導抵抗が翼のアスペクト比に関係することを明らかにしたのはランチェスターやプラントルです。これこそが三次元翼理論の中心課題です。しかし、ページ数が増えすぎたのでその説明は別稿「人力飛行機を実現する原理[プラントルの揚力線理論](アスペクト比と揚力/誘導抗力比)」にまわします。

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