このページを印刷される方はこちらのバージョンをご利用下さい。ブラウザーでは見にくいのですが印刷は鮮明です。
海流の海洋大循環において西岸に非常に強い海流が発達することは良く知られている。太平洋における黒潮、大西洋におけるメキシコ湾流等。なぜ黒潮や湾流のような西岸強化が生じるかは長い間謎であった。しかし1948年、ストンメル(H.
Stommel)は風系をモデル化し、地球の回転効果(コリオリの力)が緯度によって変化することを考慮した理論を展開して循環の西岸強化を見事に説明した。
西岸強化を理解する近道は、ストンメルのこの有名な論文を読み解くことに尽きる。これは海洋学における画期的な論文ですが、一歩一歩確認してゆけば高校生でも理解できる。
ストソメルの結論が、参考文献(3)の180〜181頁に、解りやすい言葉で明快に説明されている。以下にその要旨を引用する。
北太平洋を眺めると、赤道から、かなり北方にいたるまで、東風の貿易風が吹いている。風の場合、東から西へ吹く風が東風、海流の場合、東から西へ流れる流れが西流です。
この東風(貿易風)につられて太平洋を東から西へ横断する西流が発達する。ところが赤道近くではコリオリの力が作用しないから、この幅広い西流は右向きの誘惑を感じることなく、真っ直ぐに思い切り加速される。いわば助走をつける。そしてフィリピン諾島の南部の東岸に、力いっぱいぶつかることになる。そして北に折れて黒潮となる。
黒潮が、赤遺海流にくらべて細く速い流れとなることは、たとえば、太いホースからコソクリートのたたきに注がれた水が、薄い膜、または浅いみぞとなって、勢いよく四方にひろがる、あるいは一方向に流れる程度の意味しかない。
北上する黒潮は、南下してくる親潮におされて東に向きをかえるが、今度は西から東へ太平洋を吹き渡る西風(偏西風)の力で、ふたたび幅広い助走を始めるが、今度は緯度が高く、コリオリの力が強いので、助走しながらも絶えず右向き、つまり南向きの誘惑を感じて、思うように助走できない。そのため北米の西岸にぶっかるときは勢いも強くなく、カリフォルニァ海流は幅広い弱い流れとなる。
ホースに水を通すときの様子も、この海流のパターンに似ている。ホースの太いところでは流速は遅く、細い所では流速は早くなるが、黒潮や湾流は、ちょうど水がホースの細い個所を通過している状態に相当している。水を流す動カに当たるのが貿易風と偏西風です。
つまり、大洋の西岸で海流の流線が密集する原因は、コリオリのカが緯度によって変化することです。
以下で、ストンメルの論文を解説する。この有名な論文(参考文献(2))は以下から手に入る。
http://empslocal.ex.ac.uk/people/staff/gv219/classics.d/Stommel48.pdf
ストンメルは計算を簡単にするために大胆な単純化をした。
以上で準備が整ったので運動方程式F=maを記述する。そのときの本質は座標(x,y)の位置に断面積ΔxΔy、高さD+hの微少な角柱を考え、その柱の中に含まれる海水を一つの塊と見なして運動方程式F=maを適用するところにある。実際には深さ方向に様々な剪断面があり、高さ方向でずれ合って動いているのだが、それらの動きや内部に生じる剪断応力等を一切無視して一つの剛体の様に取り扱う事で解析的に解ける問題に単純化できた。
定常的な流れが実現されている場合を考えるので加速度a=0となり、力のつり合いの方程式となる。
実際には、緯度θの位置を速度をvで移動する質量mの物体に働くコリオリ力は地球の自転角速度をωとすると2m(ωsinθ)vであるが、前記のようにコリオリ力をx成分=m・f・v 、y成分=−m・f・u とした。そして f は単にyに比例するとする。
座標(x.y)にある質量ρ(D+h)ΔxΔyの流体について、運動方程式F=maは
となる。今は“定常状態”を考えているので右辺は零になる。またD>>hとしているので(D+h)の中のhは省略できる。それらを考慮し、微分を偏微分記号になおして、両辺をΔxΔyで割ると
となる。これらは座標(x.y)にある質量ρ(D+h)ΔxΔyの流体がどのような速度で動くか、また座標(x.y)に於ける海面高hがいくらになるかを決める式です。
未知数はu、v、hの三個なので完全に解くには式が足りない。その足りないものを補うのが連続方程式と言われるものです。これは、非圧縮性流体の場合、海面高hの時間的変化は角柱(D+h)ΔxΔyの側面を通して出入りする流量の差に依存する事を表す。
x方向の流量差とy方向の流量差を加えたものが水面高hの時間的変化になる。入ってくる流量を正、出て行く流量を負とすると
今は“定常状態”を考えているので(x,y)座標が変わらなければ海面高度hは時間的には変化しないので右辺は零とおける。さらに両辺を−DΔxΔyで割ると
となる。つまりx方向の流量差とy方向の流量差は互いに打ち消し合って零になることを言っている。あとは(1)〜(3)式を連立させて解くだけです。
ストンメルは、コリオリ力の係数 f として以下の三通りを仮定して解いている。
(A)コリオリ力は存在しない f=0
(B)コリオリ力が一定値 f=C (Cは比例定数)
(C)コリオリ力が緯度とともに増大する f=Cy (Cは比例定数でコリオリ力の緯度依存性を単純化している)
つまり(1)(2)式を連立させることにより未知数hを消してu、vの二つに減らすことができた。ここで(3)式を用いると未知関数をさらに減らして1つにできる。そのやり方は二次元流体の解析で一般的に行われる流れ関数(流線関数)Ψ(x,y)を導入するものです。
二次元流において速度ベクトルは流線に沿った線分の方向を向くので、その線分のx、y成分をそれぞれdx、dyとすると
が成り立つ。
ところで連続方程式(3)は
であるが、(3’)式が成り立つ場合、速度成分u、vはある関数Ψ(x,y)を用いて
と表される。なぜなら、(6)式のようにΨを定義すれば
となって(3’)式が常に満たされるからです。
Ψ(x,y)を用いると流線が満たすべき式(5)は
となる。(5')式はxy平面に垂直なz方向に凹凸がある曲面z=Ψ(x,y)の等高線が流線になることを示している。そしてΨが北向きに高くなっていれば東向きの速度成分uが正、Ψが東向きに高くなっていれば北向きの速度成分vが負(つまり南向き)となることを示している。流れは常にΨの値の高い所を左に見ながら、等高線に沿って流れる。そして等高線の密集している所ほど高速で流れることが解る。この関数Ψ(x,y)のことを流れ関数(流線関数)という。
数学では(3’)式が成り立つことを(−v)dx+udyなる微分形式が、ある一つの関数(ここでのΨ)の完全微分になるための必要十分条件であるという。このことの意味は、別稿「絶対温度とは何か(積分因子とは何か)」5.(2)で説明しています。
Ψを導入することで、u、vという二つの関数が一つの関数Ψで議論できることになった。これを用いると(4)式は
となる。(7)式を境界条件
のもとで解けばよい。(8)(9)式は、海が壁で囲まれており、壁が一つの流線であることを表している。つまり長方形の海の周囲を横切って海水が出入りすることはない。
(7)式の解は
の和 Ψ1(x,y)+Ψ2(x,y) になる。なぜなら
が成り立つからです。和が(7)の解になることは代入してみればすぐに確かめることができる。
(10)式の右辺はyだけの関数だから、境界条件(9)と、実際の海流の様子を考慮すると(10)式の解は
となるべきことはすぐに解る。
(11)式は応用数学の常套手段(変数分離法)で解く。つまり Ψ2(x,y)=X(x)・Y(y) と置いて(11)式に代入すると
となる。両辺を X(x)・Y(y) で割ると
となる。この式の左辺はxのみ、右辺はyのみの関数だから、式が常に成り立つためには両辺が定数である必要がある。その定数を n2 とすると
となり、xだけ、yだけの常微分方程式に変換できる。定数を正の値にしたのは(8)式の解が望ましい形にするためです。
(13)式は高校物理の単振動でお馴染みのものです。いろいろな可能性が考えられるが、現実の海流の様子と境界条件を考慮すると、その解として Y(y)=c・sin(ny) とし n=(π/b) とおくのが適当であろう。
(14)式は X(x)=c’exp(Ax) の形の解を持つ。係数Aはこれを(14)式に代入して整理して得られる次式を満足しなければならない。
この二次方程式の解は
であるから(14)式の解はp、qを任意の定数として
となる。ゆえに
となる。
(12)式と(16)式の和をとる。そのとき、Ψ1(x,y)とΨ2(x,y)の定数係数の差はpとqに含ませることができるので c=γ(b/π)2 とおいてよい。そうすると、流線関数Ψ(x,y)の解として
が得られる。これは境界条件(9)式Ψ(x,0)=Ψ(x,b)=0 を満たしているので、後は境界条件(8)式Ψ(0,y)=Ψ(λ,y)=0 よりp、qを決めればよい。(17)式を(8)式に代入して整理すると
これらをp、qの連立方程式と見なして解くと
が得られる。ここでλ=10000km、b=6283kmを用いると
とおけるので、γをもとに戻すと(17)式は
となる。
これは最初仮定した長方形の海が極地方の一点を中心に一様に回転する場合です。
となる。これは(A)のコリオリ力が存在しない場合と全く同じ式だから(A)と同様に議論できて、同じ流れ関数(18)式が得られる。
本来のコリオリ力は緯度をθで表すとsinθに比例するのだが、単純化して単にyに比例するとしている。
となる。(4')式を(4)式と比較すると ρDCv の項が付け加わっているが(A)や(B)と同様に未知関数をu、vの二つに減らすことができた。(3)式が成り立つことから流れ関数(流線関数)Ψ(x,y)を導入することができて
とおける。Ψを導入することで、u、vという二つの関数が一つの関数Ψで議論できることにな。これを用いると(4')式は
となる。(19)式を前出の境界条件
のもとで解けばよい。こんども(19)式の解は
の和 Ψ1(x,y)+Ψ2(x,y) になる。なぜなら
が成り立つからです。和が(19)の解になることは代入してみればすぐに確かめることができる。
(20)式の右辺はyだけの関数だから、境界条件(9)と、実際の海流の様子を考慮すると(20)式の解は(A)(B)の場合と同じ
となるべきことはすぐに解る。
(21)式は(A)(B)と同様に変数分離法で解く。 Ψ2(x,y)=X(x)・Y(y) と置いて(21)式に代入すると
となる。両辺を X(x)・Y(y) で割ると
となる。この式の左辺はxのみ、右辺はyのみの関数だから、式が常に成り立つためには両辺が定数である必要がある。その定数を n2 とすると
となり、xだけ、yだけの常微分方程式に変換できる。定数を正の値にしたのは(22)式の解が望ましい形にするためです。
(22)式の解は今度も、現実の海流の様子と境界条件(8)を考慮すると Y(y)=c・sin(ny) とし n=(π/b) となる。
(23)式は、今度も X(x)=c’exp(Ax) の形の解を持つが、係数Aはこれを(23)式に代入して整理して得られる次式を満足しなければならないことから定まる。
この二次方程式の解は
であるから(23)式の解はp、qを任意の定数として
となる。ゆえに
となる。
(12)式と(25)式の和をとる。そのとき、Ψ1(x,y)とΨ2(x,y)の定数係数の差はpとqに含ませることができるので c=γ(b/π)2 とおいてよい。そうすると、流線関数Ψ(x,y)の解として
が得られる。これは境界条件(9)式Ψ(x,0)=Ψ(x,b)=0 を満たしているので、後は境界条件(8)式Ψ(0,y)=Ψ(λ,y)=0 よりp、qを決めればよい。(25)式を(8)式に代入して整理すると
これらをp、qの連立方程式と見なして解くと
が得られる。ここで得られた定数A、B、p、qのコリオリ力係数Cあるいは摩擦力係数Rによる変化が西岸強化に重要な働きをすることが後でわかる。γをもとに戻すと(26)式は
となる。
流線関数Ψ(x,y)をxとyで偏微分すると−vとuが求まるので、(18)式を用いると速度のx成分、y成分は
となる。
海面高 h(x,Y) は(1)(2)式を積分して求める。
上記のu、vを(1)式に代入しf=0とすると
同じく(2)式より
(30)式と(31)式は同じ式だから積分定数 C'(y)=C''(x)=0 とおいて良い。
ゆえに海面高h(x,y)は
と表される。
この場合、流線関数は(A)の場合と同じだからuとvは(28)式、(29)式と同じになる。
次に海面高 h(x,Y) を求める。(28)(29)式を(1)式に代入し、f=Cとすると
同じく(2)式より
(33)式と(34)式を比較すればC''(x)=0、とおき
ととすればよいことがわかる。そうすると海面高h(x,y)は
となる。
流線関数(27)式をxとyで偏微分すると−vとuが求まるので、速度のx成分、y成分は
となる。コリオリ力の効果は定数A、Bの中の定数α=(ρDC/R)中のCで効いてくる。
海面高 h(x,Y) は(1)(2)式を積分して求める。
上記のu、vを(1)式に代入しf=Cyとすると
同じく(2)式より
(38)式と(39)式は異なっているいるように見えるが、AとBはそれぞれ前記の二次方程式の解だから
が成り立つ。(40)(42)式を(38)式に代入すると(39)式と一致する。だから積分定数 C'(y)=C''(x)=0 とおいて良い。
ゆえに海面高h(x,y)は
と表される。実際、(44)式をxあるいはyで偏微分する。そして、そのとき出てくるA2やB2を(41)や(43)式で変形すると元の式に戻ることを確かめることができる。
(44)式はストンメルの論文の結果と違っている様に見えるが論文中の式に含まれる(1/A)や(1/B)を(40)(42)式を用いて変形すれば全く同じ式であることがわかる。
式を見ただけでは何のことかさっぱり解らないので、図にしてみる。ストンメルの時代には数値計算が大変だったと思われるが、今日では便利な数式処理ソフトが利用できる。以下の図はMathematicaを用いて描いた。
ストンメルはcgs単位系で計算しているが、以下の図はすべてMKS単位系で計算したものです。
海洋の大きさとして
λ=10,000km=107m、 b=6,283km=2π×106m、 D=200m
としている。また
海水の密度 ρ=1000kg/m3
重力加速度 g=9.8m/s2
とする。またストンメルは
海面が風により引きずられる力を F=1dyn/cm2=0.1N/m2
海流底面の摩擦力の速度に対する比例定数を R=0.02g/s・cm2=0.2kg/s・m2
とすると実際の海流の速度に近い値が得られるとしている。
Fの0.1Nとは10gを地上で支える程度の力で、これくらいの力が1m2当たりに働いているとしている。また、Rの値は流速0.5m/sで摩擦力が1m2当たり0.1Nとなるといっており、そのとき海面の駆動力Fとほぼ釣りあう事を示している。
を図示すればよい。ここで
だから、実際の海面高分布は下図のようになる。
等高線表示の海面高分布は下図のようになる(数値はm単位)
これは低緯度では貿易風のために海水が西側に吹き寄せられ、高緯度では偏西風のために東側に吹き寄せられる事を示している。またその海面高度の差によって生じる圧力差が西岸では北向きの、東岸では南向きの海流を生むことを示している。もちろん平衡状態では、海面高の圧力差に伴う北向き(西岸)、あるいは南向き(東岸)の力は、海流底面に働く逆向きの摩擦力と釣り合っている。
このとき海面風の駆動力Fを増やすと上記の海面高の差は増長される。それに伴い流速も増える。それは風の駆動力は海水の流速には関係しないが、底面の抵抗力は流速とともに増大するので、より強い風の駆動力と釣りあうためには、より大きな流速が必要だからです。このとき定常流が実現された時の海面高の分布は海流底面の摩擦力係数Rに全く依存しないことに注意。
の等高線が流線になる。ここで
だから流線関数と流線は下図のようになる。この場合には西岸強化は生じない。
このときRの値を小さくすると流線関数のくぼみは大きくなり斜面の傾斜は増大するので流速は増大する。Rの値が小さいということは、より大きな速度にならないと抵抗力と駆動力が平衡に達しないことを意味する。なぜなら風の駆動力は風速に依存するが海流の速度にほとんど依存しないのに、抵抗力は海流速度とともに増大するからです。
流線の分布
を用いて速度成分を図示する。含まれる関数の各部分の形は5.(A)の1.2.で議論しているので
となる。実際の流速分布は下図のようになる。(縦軸の数値はm/s単位)
ストンメルはコリオリ力の比例定数として C=0.25×10-4/s とすると実情に近い状況が得られるとしている。ここでのCの次元は[時間]-1だからcgs単位系でもMKS単位系でも同じ値になるから、ストンメルの論文中の値と同じ値を用いた。
を図示すればよい。ここで(35)式の前半部は
だから下図のようになる。
この部分による海面高はコリオリ係数Cに比例し、摩擦力係数Rに逆比例する。Rが小さいと摩擦力が小さくなり、平衡に達する流速が大きくなる。そのためにコリオリ力が大きくなるので、“地衡流”を達成するためには大洋の中央部がより高くならねばならないことを意味する。
ところで、後半部は5.(A)の(32)式と全く同じであるから
となり、下図のようになる。だから、この部分は風により海水が吹き寄せられて生じる海面高の変化を表している。この海面高の差による南北方向の圧力傾度が南北方向への移動の駆動力となり、“定常状態”では、その駆動力が海流底面の反対向きの摩擦力と釣りあっている。
二つの効果を足し合わせると
等高線表示の海面高分布(数値はm単位)
この場合コリオリ力と圧力傾度が釣りあった状態で流れる“地衡流”が実現するために、大洋中央部は周辺部と比較すると約2.0m程度盛り上がることになる。
流線関数が(A)2.の場合と同じだから、(A)2.全く同じ分布になる。
コリオリの力があるにもかかわらず全く同じになるのは一見すると奇妙だか、流れの分布を決めるのは表面を吹く風の駆動力と摩擦力ですから、“定常状態”が実現されたときにはコリオリ力の影響は無視できる。事実コリオリ力は流れの方向に対して直角な方向だから、海洋の中央が盛り上がって“地衡流”が実現されたなら、コリオリ力は流れの分布にはほとんど影響しないことになる。
速度成分関数が(A)3.の場合と同じだから、(A)3.全く同じ分布になる。
ストンメルはコリオリ力のmfvの中のfの値として f=Cy=10-13[/cm・s]×y[cm]=10-11[/m・s]×y[m] とすれば実際に近いと言っている。
このCの値は(B)の場合とずいぶん違うように見えるが、yの部分を規格化すれば f=6.28×10-5[/s]×(y/b) となって、ほとんど同じ大きさであることが解る。
を図示すればよい。
ここでまず(44)式の前半部を考察する。前半部分のそれぞれのパートは
のようになる。
ここで上右のグラフが重要です。(B)1.ではその最大値が真ん中だったが、今度はA、Bの中に含まれるコリオリ力の緯度依存性を表す係数Cの効果により西側に移動してくる。これが西岸強化です。このときコリオリ力係数Cを大きくしていくとグラフがどのように変化するかの詳細はこちらを参照。Cの増大とともにピークの西側への移動が強まり、海面の盛り上がりがおおきくなるのが解る。このときCはαの中で(C/R)の形で効いてくるので、Cの代わりに摩擦力係数Rを減少させても同様な変化が起こる。抵抗力が減少すれば定常流を実現する時の流速が増大するためにコリオリ力が大きくなるからです。
また左側のグラフにもyを通じてコリオリ力の緯度依存性の効果が出てくる。それは西岸の流速が増大するために、海流底面の摩擦力も大きくなり、それと釣りあうためには、北向きへより大きな圧力傾度が生じなければならないからです。上左のグラフの詳細はこちらを参照。
上の二つのグラフを組み合わせると
となる。(44)式の後半部も全く同様にして
となる。これは(A)(B)で述べた風による吹き寄せ効果の部分ですが、この部分も西岸部でその変化が増強されている。
前半部と後半部を足し合わせると下図の海面高分布図が得られる。
等高線表示の海面高分布(数値はm単位)
最初に述べたようにコリオリ力の係数Cの大きさは(B)の場合とほぼ同じであるが、緯度とともに増大する効果のために海面高のピークは西岸側に偏ってくる。しかしその最高点の高さは、コリオリ力自身が低緯度では減少していくので(B)の場合に比較すると半分以下になっている。
また西岸において大きな北向きの流速が生じるので、そこでは摩擦力も大きくなる。そのため北向きの高速の流れを維持するために西岸での南北方向の高度差は大きなものになる。風による駆動力は南北方向には働かないので、定常流における南北方向の力のつり合いは高度差に伴う圧力傾度と海流底面での摩擦力とのつり合いになる。
の等高線が流線になる。ここで
だから
流線分布
となり、見事に西岸強化の様子が導き出される。
を用いて速度成分を図示する。速度のx成分uに含まれる関数の各部分の形は
だから、速度成分uの分布は下図のようになる。低緯度で西向き、高緯度で東向きに流れ、その絶対値は西側ほ大きくなる。
同様に速度のy成分vは下図のようになる。
西岸部で非常に強い北向きの流れ(2.0m/s)が生じる事を示している。
実際の流速の分布は下図のようになる。(縦軸の数値はm/s単位)
黒潮やメキシコ湾流の最速部の流速は2m/s程度で幅100km程度であるが、最初仮定した数値で、その当たりの状況が実現されていることが解る。
最後に大陸の西岸を北方より南下してくる海流(親潮など)について考える。この場合は、高緯度を吹く極偏東風により高緯度では西向きに、中緯度では偏西風のために東向きに力をうける。そのため反時計回りの海流になる。(風系については別稿「大気大循環」を参照)
この場合は2.(1)2.海流を動かす駆動力は表層を吹く風の摩擦力の係数Fの正負の符号を変えるだけで、後は全く同様に取り扱うことができる。そこでの式を +Fcos(πy/b) に変えて式の変形をたどってみると、最後の結論はΨ、u、v、hの符号が逆転するだけであることがわかる。
Ψに関しては大洋の中心が膨らみ流線関数の斜面を左に見て流れるという性質を満たし、hに関しては大洋の中心がへこむことで反時計回りの“地衡流”のつり合いをうまく満たしている。このとき注目すべきは、西岸強化を表す式の形は全く同じになる事です。つまり、反時計回りの流れも時計回りの流れと同様に西岸強化の流れになる。
ストンメルの論文は5頁足らずの短いものですが豊かな内容を含んでいる。海洋学の手法を学ぶ例として、また応用数学の例題として、とても教訓的です。
おそらく、ストンメルは最初に1.で述べた事柄を思いついたのだろう。そのとき、このことを示すには2.(1)で述べたモデルまで単純化しても大丈夫だろうと見通しを立てたに違いない。そして、モデルをここまで単純化すれば数学的に解けるだろうと予想して計算していったのであろう。そして見事に証明を完遂した。
若い頃読んで数式だけを追って理解したつもりになっていたが、本当にきちんと理解しようと思ったら、数式の図的な解釈に多くの時間をかける必要がある。図的な解読を十分にして始めて数式の意味が明瞭になり、数学の威力が見えてくる。
当時はコンピューターが無かったので、おそらくストンメルも数値計算に最も時間を取られたのではないだろうか。