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ビオ・サバールの法則(1820年)を見つけた方法

 これはビオとサバールが発見した有名な法則ですが、高校物理の授業でこれを習うとき、電流は繋がった長い導線を流れるのに、どうしてこの様に電流の一部分の要素について成り立つ複雑な法則を見つけることができたのか疑問に思うところです。彼らがこの法則を見つけた手順を解りやすく説明します。

.ビオ・サバールの法則

 エルステッドが1820年7月に電流が磁石に作用を及ぼすのを発見して報告した。この発見は直ちにヨーロッパ中に広まり科学者の間に大きな興奮を呼び起こして電磁気学研究の幕開けとなった。それを知った、ジャン=バティスト・ビオフェリックス・サバールは1820年10月に電流による磁場の強さを求める実験を開始して、定常電流のまわりの磁場について次の法則を発見した。

 電流Iが流れている導線のΔSの長さ部分は、それから距離r離れた場所に以下の値で示される磁場Hをつくる。(ビオ・サバールの法則

 この法則は電流要素と生じる磁場についてかなり込み入った幾何学的な状況と量的な関係を述べている。電流というのは、その一部だけを取り出すことはできない。そのためこの複雑な公式をどの様にして見つけたのか興味あるところです。

 

.見つけた手順

 これはオームの法則の発見(1827年)、ガウスの地磁気の絶対測定(1832年)、ダニエル電池の発明(1836年)よりも前の実験である事に注意。

)磁場の強さの測定

 彼らは、まず垂直に張った直線電線に一定の電流(当時ははまだ安定した電池のない時代)を流す。その電線の近傍の様々な位置に小さな磁針(長さ20mmの棒状磁石)を剛性の無い糸で水平に吊るし、その方向を確かめる。また、導線からの距離を変化させて、磁石を小さく振らしてそれぞれの場所における振動周期Tを測定した。

 磁場の中に置かれた磁石の方向が磁力線の方向から偏向すると、磁石の振れを磁場の方向に戻そうとする力のモーメントが働く。その力のモーメントは振幅が小さいときには振れ角に比例するので単振動となる。そのため、その振動周期の二乗の逆数は、この場所の磁場の強さに比例する。(下図。または別稿「回転運動の運動方程式」参照)

つまり、その振動周期から、その場所での磁場の強さHが解ることになる。これは磁場測定の方法として当時、盛んに用いられた。
 このとき、式中のmはつり下げた磁石の磁気双極子モーメントと言われるものであるが、その値を計算で求めることは困難です。普通は既知の磁場H0の中で自由振動させて、その振動周期T0から求める((3)式)。しかし、ガウスとウェーバーによる地磁気の絶対測定法(確定している質量・長さ・時間の尺度で表すこと)が確立したのは1832年で、彼らの実験よりも後です。そのため彼らは磁場の絶対的な大きさを求めることはできなかったので、相対的な強度を調べたのです。
 もちろん当時は磁場や磁力線の概念が現れる以前であることに注意。ちなみにファラデーが、磁石や電流のまわりに置かれた紙の上に撒かれた鉄粉が形作る磁力線のイメージなどから、電気力の近接作用論を展開するのは1837年頃の事です。

[補足説明]
 磁力線の向きと、その中に置いた小磁石の方向の関係について補足します。
 そのことで間違いやすいのは、地球上の方位磁石が指し示す方向です。地球の北極は方位磁石のN極が向く方向を北極と言っているだけでして、地球の北極は磁石で言うS極に相当します。ですから地球磁石が作り出す磁力線は地球の外部空間では南極(N極)から北極(S極)へ向かっています。ただし、これは現在の状況でして、過去にはNSが逆転した時期もあります。

 これと同じでして、本文図中の小磁石のN極は(静止状態では)磁力線の下る方向を向いています。ここは勘違いしやすい所ですのでどうぞご注意下さい。

 

)最初の結果とラプラスの助言

 彼らの実験では当然地球磁場の影響を考慮しなければならない。そのため彼らは別の磁石を磁針の近くに置いて地球磁場を打ち消した後に、導線に電流を流して測定した磁場強度と、打ち消し用の磁石を取り除いて地球磁場が存在する状況で、導線に電流を流して測定した磁場強度を求めた。そして両者を比較して地磁気の影響を取り除いている。

 10月30日にパリのアカデミーに報告した実験結果は、エルステッドの報告と同じ、磁場の方向は直線電流と磁石の中心からなる面に垂直で、その磁場の相対的な強さは電流からの垂直距離に反比例しているというものであった。すなわち非常に長い直線電流が作る磁場の場合である(高校物理の授業で習う)。
 しかし、問題は、電流を非常に短い電流要素に分けたときに、その要素の磁石に対する作用である。その作用は、電流要素と磁石間の距離だけでなく方向によっても変化するはずである。
 このことに関して、ラプラス(高名な数学者・天文学者)は電流要素Idsの作用dHとして

が成立するであろうと推定して彼らに助言したようである。
 彼らはラプラスの助言した式を確かめるために次のような実験を行った。

 

)ビオとサバールの実験

 下図の様に電線をV字に折り曲げて一定の電流Iを流す。そして、折り曲げの角度αを様々に変えて、折り曲げ点から距離rの位置の磁場を2.(1)節で説明した方法で測定する。

この時、もしラプラスの助言した仮定(4)式が正しければ磁場Hに関して

の関係式が成り立つはずである(ただし(4)式の比例定数をkとした)。

 (5)式は、高校物理で習う無限直線電流の場合の結論を用いれば簡単に証明できる。

 この直線導線の積分結果も、ある意味でラプラスの仮定を確認している。ただし、このタイプの実験だけだと(4)式以外の形の法則も考えられる。例えば電流要素の垂直な方向のみに磁場を作り、その強度は距離の逆数に比例するとか、他の形も考えられる。
 しかし、V字型導線の特殊な電流で、しかも角度αを変えた場合にも(5)式が常に成り立つのならばラプラスの仮定(4)は正しいと言って良いであろう。
 これは簡単だが、独創的で素晴らしい方法だ。当時の実験技術で、法則の内容を見事に証明している。こういったやり方は自然科学の研究で良く用いられるが、その方法を見つけるには独創的なアイディアが必要です。

 それでは(6)式の積分を利用して(5)式を証明しよう。V字型導線のzが負の部分に対して新たにx'z'座標系、正の部分にx''z''座標系を導入すると、折れ曲がり点から距離rの位置の磁場の強さHは(4)式の比例定数をk(MKSA有理化単位系ではk=1/4π)とすれば以下のように計算できる。定積分は直線電流の場合の積分結果をそのまま利用すればよい。その時の r を rsinα に置き換えて積分範囲を変更すると

となり、(5)式が得られる。
 実際の実験はかなり難しかったようで、最初は単にαに比例する結果しか得られなかったようである。しかし、再実験することでこの式が成り立つことを確認した。これが12月18日にパリのアカデミーに報告されたものです。

 

.参考文献

  1. 木幡重雄著「電磁気の単位はこうして作られた」工学社(2003年刊)
     このページの内容はこの本に依存しています。この本はとても面白く多くの疑問が解決できました。感謝!
  2. 広重徹「物理学史U」倍風館(1979年)p15
     当時の状況・背景がよく解ります。
  3. 江沢洋「現代物理学」朝倉書店(2007年)p80
     値段が高いのですが、とても良く書き込んであって手元にあると便利です。
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