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エルステッドによる「電流の磁気作用」の報告(1820年)

 これは1820年にエルステッド(Hans Christian Oersted、1770〜1851年デンマーク)が発見した電流の磁気作用の報告です。これは電気と磁気を結びつけ、その後の電磁気学に於ける驚異の現象の発見、理工学における膨大な応用の端緒となった実験です。当時のヨーロッパ世界にセンセーショナルな興奮を持って迎えられた有名な報告ですが、その内容をなかなか見ることができません。幸いにも、矢島祐利著「電磁気學史」岩波全書(1850年刊行)に矢島氏の翻訳で引用されていますので、その全文を紹介します。

 電流が磁石に作用を及ぼすことの発見は、エルステッドが学生に講義しているとき、たまたま電流の両極をつないだ針金の近くへ磁針を置いたのがふれを生じたのに始まるといわれている。それからこの現象を詳細にしらべた。そうして1820年に”電流の磁針に対する作用についての実験”(Experimenta circa effectum conflictuse electrici in acum magneticam)と題するラテン語のパンフレットでその結果を発表した。この論文には1820年7月21日という日付がある。
 その内容は直ちにSchwigger's Journal,29(1820),275、 Annales de Chimie et de Physique,14(1820),417、 Journal de Physique,91(1820),72 等々に翻訳・掲載された。

エルステッド「電流の磁針に対する作用についての実験」(1820年)

 この論文の目的となっている題目に関する最初の実験は、この前の冬私が行った電気、ガルヴァニズム及び磁気の講義に遡る。その主なる結果は、磁針はヴォルタ装置の作用によってその平衡の位置からずれること、その作用は回路が閉じているときに起り、開いているときには起らないことである。
 この種の試みにおいて有名な物理学者たちの意見が久しくまとまらないのは回路を開いていたがためである。私の最初の実験は余り強力でない電池で行われたので。現象はその重要さが欲するような明瞭さをもっては現われなかった。私はもう少し大きい装置で実験するため私に協力するよう宮廷顧間官である友人エスマルク氏を頼んだ。会長〔デンマーク王立学会長〕ウリューゲル氏はよく我々の実験を助けてくれた。また立会人としては名士にして学者なるハウク氏、博物学教援ラインハルト氏、上手な実験家であるヤコブセン氏、最後に医学教授で著名な化学者のツェーゼ博士があった。
 私は多くの場合ひとりで実験したが、何か著しい現象に逢着した場合にはこれ等の学者の面前で実験を繰返した。次に述べるところにおいて私は私を導いてこの実験を行わしめた諸々の考えの詳紬に立入ることはしない。それらは得られた結果を一層明瞭にすることはないであろう。私は結果を明かにさせた事実だけを述べよう。
 

 我々の電池は長さと高さがそれぞれ約25cm、幅5cmの長方形の銅の槽で出来ていた。各槽は2枚の銅板から成り、その一は次の槽の溶液の中の亜鉛板につながっている。溶液は水にその重さの1/60の硫酸と1/60の硝酸を加えたものである。液に浸っている亜鉛板の部分は辺の長さ約21cmの正方形をなしている。それは金属線を赤くするに足りるが、もっと弱いのを使うことも出来る。
 電流の両極を針金でつなぎ合せる。簡単のためにこの針金を導体と呼ぶことにする。そうしてその導体とその周りがそれの場であるところの作用に、電気相剋という名称を与えることにする。
 この針金の直線部分を普通の方法で支えられた磁針の上に、その方向に平行に置くと想像しよう。また針金の部分を自由に変形できるように十分の軟かさを持たせるとしよう。実際の場合には磁針はその位置を離れるであろう。そうして電池の陰極の側に近くつながれている針金の下にある極が西へふれるであろう。
 もし針金と磁針の距離が1.5cmを超えないならば、ふれは約45°である。もし距離が大きくなれぱ角度はそれに応じて小さくなる。また、ふれの絶対量は電流の強さに従って変化する
 導線を磁針の方向に平行にして東か西へ移動すると作用の大さが変わるだけである。観測された結果は引力に帰せらるべきものではない、何となればもし磁針のふれが引力または斥力によるとすれば、針金が東にあるときそれに近づく同じ極が、針金が西を通るときにもやはりそれに近づくであろう
 導体は沢山の針金であっても、又は束にしたリボンであっても差し支えない。金属の性質は、もし作用の大さに関してでなげれば、無関係である。我々は白金、金、銀、真鍮、鉄の針金、鉛と真鍮の紐、水銀の塊を用いたがいずれも同じように成功した。導体の途中へ水の柱を入れても、その長さが数十cmに及ぶのでなげれば、作用を全く消すことはない。磁針への接続する導体の作用はガラス、金属、木、水、樹脂、陶器、石を通して生起する。ガラス、金属または木の板を別々に導体と磁針の間へ挟んでも、一方の他方への影響が分る程度に減少するとは見えない。電気盆の板、斑岩の板または水を満たした皿を挟んでも同様である。水を満たした真鍮の箱の中へ磁針を入れても結果は全く同様であることを実験が示した。

 これらの種々の物質を通しての作用のかような伝達は、通常電気をもってしてもヴォルタ電気をもってしても決して認められないということは殆どつけ加える必要がない。また電気相剋の中に現われる作用は2種類の電気のいずれかを生ずる作用とも非常に違っていることもいうまでもない。
 導線を磁針の下へ水平に置いても、作用は向きが反対であることを除けぱ上に置いたのと同様である。即ち、電流の陰極に近い針金の部分を下に持つ磁極がその場合東へふれる
 この結果を簡単に記憶するために我々は次の表現を用いよう:負電気が自分の上へ入って来るのを見る極は西へふれ、それが下へ入って来るのを見る極は東へふれる。
 接続線を水平面内で、それが磁気子午線と益々大きな角度をなすように移動するならば、針金がふれの方向に進むときはふれは、大きくなり、反対の向きに移動するときは小さくなる。
 針金が磁針の適当にに平衡して動き得る水平面内に正確にあってその方向に平行であるときは磁針を東へも西へもふれさせないが、ただ伏角の面内で移動を生ぜしめる。陰電気の出て來る端に近い極が針金を東に持つとき下り、西に持つとき上る。
 接続線が子午線に垂直のときは、針金がいずれかの磁極に非常に近くないならば、磁針は上にあっても下にあづても平衡の位置に留まり、陰電気の入りが針金の西の方に起るときは上り、東の方に起るときは下る
 針金が磁極の一つの面に鉛直であってその上部が電池の陰極につながっているならば、その磁極は東へ進む。針金が一つの磁極と磁針の中央の間で常に垂直ならばその極は西へ向く。針金の上部が陽極につながっているならば、現象は逆である。
 導線が二つの平行部分を作るように曲げるならば、これは場合により磁針の二つの極を押したり引いたりする。これを一つの極に面と向けて置き、平行部分の面が磁気子午線に垂直であって、東の枝が電池の陽極につないであり、西の枝が陰極につないであるならば、近い極は針金の面の位置によって東へか西へか反発される。接続を逆にすれば磁極は反対に吸引される。針金の分枝の面が磁針を極と中央の間で切るならば、同様のの作用が逆向きに起る。

 磁針と同じ方法で吊した真鍮の針は接続線の影響によって動かされることはない。ガラスあるいはゴム・ラックの針についても同様である。
 これらの総ての事実に従って、我々がこの現象について抱くことの出来る意見が何であるかを簡単にしらべてみよう。

 電気相剋は物質の磁気的粒子にのみ働きかげる。磁気的でない総ての物体は電気相剋に対して透過的である。しかるに磁気的物体、一層適切にいえばかような物体の磁気的粒子は相反する作用の衝突の中に持ち来されてあるように相剋の通過に対して抵抗を生ずる。
 明かにされた事実から見て、電気相剋は導体の針金に限らずその外にも作用圏を拡げているように見える
 のみならず観察された事実から相剋は針金の周りに渦巻をなしていることを結論できる。さもなければ、針金の同一部分が磁極の下にあるときはそれを東へ動かし、上にあるときは西へ寄せるのを理解することができない。
 同一の直径の両端において反対向きに働くのは渦巻の性質である。
 一つの軸の周りの回転運動とその軸に沼うての並進運動を結含したものは螺旋状運動である。とにかく、もし私が誤っていないならば、今目までに観察された現象の説明にはこの螺旋状運動が必要なものと私には思われる。
 もし陰電気の力あるいは物質は左から右への螺旋を描き、南極へは作用せずに北極へだけ作用するものと想像すれば、北極に関して観察された総ての事実および我々が記述しようとするところは容易に説明される。陽電気の物質は反勢の運動をなし、北極に働かずに南極へだけ働くことを許容すれば南極に関する作用は同様に説明される。この法則を明かにし、それが事実と如何に一致するかを見るには、多くの説明よりも実験を繰り返してみるのがよい。実験においてよく再確認するためには、同一の針金に対する2種の電気力の向きを何等かの方法で注意することが有利である。
 なお。一言を添える。私は7年前の著作(化学力と電気力の同等に関する研究)において、熱と光は電気相剋の作用であることを証明した。この観察から電気相剋は螺旋的運動においても起ると結論することができる。偏光と呼ばれる現象の説明もこの運動の中に見出し得るものと私は信じている。

矢島祐利著「電磁気學史」岩波全書(1850年刊行)P81〜86より引用

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