別稿「渦抵抗(カルマン渦列と抗力)」2.で二次元の運動量の定理を証明したが、ここでは二次元の運動量モーメントの定理(角運動量の定理)を証明する。
力学において、基準点(原点)Oから点Pへ向かう位置ベクトルrと点Pにおけるベクトル量Aとの外積[r×A]を、O点の周りのAのモーメントという。Aが運動量ベクトルの場合、それを運動量のモーメント(角運動量)といい、Aが力のベクトルの場合、力のモーメント(トルク)という。
本来これらの量はベクトルrとAが作る面に垂直な方向を向くベクトル量であるが、二次元の場合には単に基準点Oに付随するスカラー量となる。三次元の場合、外積[r×A]はベクトルrとベクトルAが作る平面に垂直でベクトルrからベクトルAの方向へ回したときに右ネジの進む方向を向くとしている。そのため二次元の場合は反時計回りを正とすることにする。
また力学では質点についての議論であったが、流体力学の連続体に対しては、上記の量をベクトルAが付随する体積要素全体に渡って加え合わせたものを、その物体または流体領域のモーメントと言うことにする。
角運動量の定理とは積分形式の回転の運動方程式に他なりません。別稿「二次元・非圧縮性・完全流体の力学」1.(2)3.で、流れの場の微小部分にニュートンの運動方程式を適用して、流体に対するオイラーの運動方程式を得た。ここでも、この微分形式の運動方程式から議論を始める。
このとき、別稿「二次元・非圧縮性・完全流体の力学」1.(2)3.で特に注意しましたが、固定された空間領域ΔxΔyの中にある瞬間存在する流体の実質部分は次の瞬間には最初の空間固定領域ΔxΔyから外れた部分へ移動しています。移動しているのですが、最初の領域ΔxΔyに含まれている実質部分の加速度(運動量の時間的変化)を決めているのは最初の固定領域ΔxΔy中に含まれる流体要素に働く力の合力です。だからラグランジュの微分で表された流体の実質部分の加速度(Du/Dt,Dv/Dt)が最初の空間領域ΔxΔyに働く力の合力に関係します。
別稿1.(2)2.で注意しましたが、加速度の表現がdu/dtではなくてDu/Dtとなるのはラグランジュ形式の独立変数が(a,b,t)なのに対してオイラー形式の独立変数が(x,y,t)だからです。それ以外の理由はありません。これはオイラー形式で、移動していく流体の実質部分の加速度を、表現するために必要になった微分です。つまり独立変数を(a,b,t)ではなくて(x,y,t)にしたから出てきたのであって、このとき(x,y)が空間に固定された座標値だからこのような表現にせざるを得ないのです。
以下では理解しやすくするために二次元で説明します。運動している流体内の空間に固定された任意の閉曲線Cをとり、この領域内をある瞬間に通過する流体について考える。この空間に固定された閉曲線を一般に検査面といい、その形状は問題に応じて適宜に取る。任意時刻tにC内にあった流体は単位時間後にはその領域から少しずれた位置に移動しています。ここで特に注意してほしいのですが、検査面Cはあくまで空間に固定されているのであって、流体と共に動いているのではありません。世に流布している教科書の説明はこの点が実に曖昧です。
閉曲面Cで囲まれた領域S内の空間に固定されたある微小な体積要素ΔxΔyを考える。この体積要素は空間に固定されているが、その中に含まれる流体の実質部分は時と共に新たに流入し、かつ流れ去って入れ替わっている。そのとき別稿「二次元・非圧縮性・完全流体の力学」1.(2)3.で求めたように、ある瞬間にたまたまその体積要素中に存在する流体要素に関して
の関係式が成り立つ。(X,Y)は流体要素に働く重力の様な体積力を意味する。
別稿「回転運動の運動方程式」ではr、θの極座標形式で表したが、ここではx,yの直交座標形式で回転の運動方程式を表す。それは、上記の式のそれぞれに流体の微小体積が存在する座標の−yとxを乗じたものとなる。
これが、直角座標で表した微分形式の(原点の周りの)回転の運動方程式であることは、力のモーメントが次の様に表されることから了解できる。
運動量モーメントの定理とは連続体力学における微分形式の回転の運動法則を積分形式になおしたもので、[運動量モーメント(角運動量)の時間的変化]と[力のモーメント(トルク)]の関係を表します。
前節の微小体積要素に働く力のモーメントを、次のような一つの閉曲面(二次元だから閉曲線)で囲まれた領域Sに含まれる物体(流体)全体に拡張します。
ΔxΔyの微小要素に働く[運動量モーメント(角運動量)の時間的変化]と[力のモーメント(トルク)]の関係を領域Sの全体に広げます。そのとき、当然のことですが空間に固定された検査領域全体に関しても1.(1)の□で囲った中で注意した事柄が成り立つと考えねばならない。
微小体積ΔxΔyの表面に働く圧力は隣り合った微小体積の表面に働く圧力と互いに打ち消しあうことに注意すると下記の様に変形できる。
前式の左辺第一項は、各瞬間に領域Sの中にたまたま存在する流体要素がもつ運動量のモーメント(角運動量)の時間的変化を、右辺第一項は各瞬間に領域Sの中にたまたま存在する流体要素に働く体積力による力のモーメントの合計値を表している。
次に、左辺第二項と右辺第二項の検査面Cに対する線積分の意味を説明する。前記の図では正負の関係が分かり難いので、正負の意味を理解しやすい位置のdSについて改めて図示すると、
となる。つまり左辺第二項は領域表面Cを通じて単位時間に領域Sに出入りする運動量のモーメント(角運動量)を表しており、右辺第二項は表面に働く圧力によって領域Sに加わる力のモーメント(トルク)の合計値を表している。
上で得た関係式をベクトル表示してみる。今二次元面に垂直に右手系z軸を取って原点に対する運動量モーメント(角運動量)や力のモーメント(トルク)の値をz成分の大きさで表すことにすると
となるので上式は
となる。二次元では両辺は単なるスカラー量であるからz成分である表示を取り除いて
となる。これが運動量モーメントの定理(角運動量の定理)と言われるものです。この式の各項は以下の意味を持つ。
このとき二次元・非圧縮性・完全流体の条件が必要であることと、検査境界面Cは空間に固定されていることは注意してください。さらに、この式は渦有り・非定常な流れについても正しい。世に流布している教科書ではこの部分の説明が実に曖昧なので、特に注意しておきます。
領域S内に任意の動きをする物体が存在しても良い。その場合には上記の検査閉曲面Cとして領域の外側を囲む境界面C外と時刻tにおける物体境界面C内の両方を考え、二つの閉曲面の間の領域をS’とすればよい。そのとき面C内の法線ベクトルは物体内部の方向に向くとする。
内側の境界面C内は時間と共に動いていくが、運動量の定理を適用する各瞬間においては、境界面C内も空間に対して静止していると考える。物体表面の流体速度ベクトルが、その瞬間に静止している検査境界面C内を出入りする角運動量量に関係すると考えればよい。
ただし、物体が動いている場合は、その周りの流れは非定常流となり、物体表面の速度ベクトルと、物体表面に位置する流体の速度ベクトルは一致しない。物体表面に沿った流れの成分だけの違いが生じる。今は粘性のない完全流体を考えているので、その様な物体表面の滑りが存在するとして良い。
その様に考えると前記の式は
の様に拡張できる。ここでC内についての積分値の符号がC外の積分値のそれと反対になっているのは、dSに関する線積分はC外と同じ反時計回りに実施するのですが、面の法線ベクトルを内向きとしているからです。
このとき、右辺第3項は物体が内側検査面C内に働く圧力によって検査領域S’の流体に及ぼすトルクの合計値ですから、それをMz流内とすると、その反作用力−Mz流内がまさに物体に働く力のモーメント(トルク)M物に相当します。つまり
となる。M物は内側検査面(物体表面)C内を通して物体が流体から受けるトルクの合計値ですから、この形の運動量モーメントの定理(角運動量の定理)は物体が流体中で受ける力のモーメント(トルク)を計算するときに便利です。別稿「複素数の積分」2.ブラジウスの第二公式の別証明で利用します。