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 以下の文章はフォン・カルマン著(谷一郎訳)「飛行の理論」(1971年刊)岩波書店(P65〜70)より引用した。
Th. von K´arm´an, “Aerodynamics. Selected Topics in the Light of their Historical Development”, (Cornell University Press, Ithaca, 1954).

カルマン渦列について(カルマンの回想)

伴流抵抗と渦列

 さて次には、伴流抵抗の問題に移りましょう。ダランペールの背理によれば、伴流抵抗は存在しません。キルヒホフレイリーは、板の端から不連続面が作られると仮定して、このような結論になるのを回避しようとしました(第1章参照)。しかしこの仮定は実際に起りそうもない、というのは、無限大の空気の質量が板といっしょに、‘無風域’として動くことになるからです。このようなことは、板が静止からゆっくり加速されるとしても、起りそうもありません。実を言えば、実際の流れがどうなるかは、まだよくわかっていないのです。例えば球が流体の中を一様な速度で動くという、極めて簡単そうに見える問題でさえ、そのまわりの流れの模様がどうなるか、くわしいことを私たちは知らないのです。
 しかし、少くともある特別な場合には、流れの模様がいくらか明確に知られていますが、それは無限に長い円柱のまわりの流れです。図31の写真はその一例で、静止流体の中を左向きに円柱が動くとき、静止カメラによって撮影されたものです。円柱のうしろに、回転の反対な二列の渦が見えます上の列の渦は時計方向に、下の列の渦は反時計方向に回転しています。

 キルヒホフ・レイリーの理論で、物体と共に動くと仮定される無限大の流体の質量は、実際にはこのような渦にとって代られるわけです。そう言えば、理論で仮定される不連続面は、渦の層と同じものですが、このような渦の層は、一般に安定でないことが知られています。そして渦の層は巻きこんで行く傾向があって、その結果渦度がいくつかの点に集中されるようになるわけです。
 図31に見られる渦の配列は、私の名前と結びついていていて、普通に‘カルマンの渦街’または‘カルマンの渦列’と呼ばれます。しかし私は、この渦を発見したのが私であるとは主張しません。それは、私の生れるずっと前から知られていたのです。私がこの渦を見た一番古い絵は、イタリヤのボローニャの教会にあるもので、セント・クリストファが幼いキリストを抱いて、流れを渡っているところなのですが、聖徒の裸の足のうしろに、二列の交代の渦が描かれていました。このように物体のうしろにできる交代の渦については、イギリスの科学者、ヘンリー・R・A・マロック(1907)、それからフランスの大学教授、アンリ・ベナール(1908)によって観察が行われ、写真に撮影されたりしていました。ことにベナールは私の前に、かなりの仕事をこの問題についてやっていましたが、主として非常に粘い流体、またはコロイド溶液に起る渦を実験していて、その立場は、空気力学というよりは、むしろ実験物理学と言った方がよいでしょう。それでも彼は、渦が私の名前で坪ばれることにやきもちを焼き、一度ならず、例えば国際応用力学会議の席上、1926年にチュ一リッヒ、1930年にストックホルムで、この現象を古くから観察していた優先を主張しました。あるとき私は答えて、“ベルリンとロンドンでカルマン街と呼ばれるものが、パリでアンリ・ベナール街と呼ぱれることに賛成します”と言ったのですが、この冗談で私たちは和解し、それからよい友だちになりました。

 さて、このすでに観察されていた現象の空気力学上の知識について、私が実際に貢献したことは二つあると思います。
 その一つ
は図32の上半に示すような対称的な渦の配列、これは渦層をおきかえるのにまず考えられる形でしょうが、この配列が不安定であることを、私がはじめて証明したのです。そして、図32の下半に示すような非対称的な配列だけが安定で、それも二つの列の問隔と、一つの列の中での渦の間隔との比が、ある特定な値を持つ場合に限って、安定であることを発見したのです。
 もう一つは、渦によって運ばれる運動量を円柱のうける低抗と関連させたことで、このような渦の生成が伴流低抗の機構を表わすことを示したわけでした。これらの点は、マロックもベナールも、大して関心を払っていなかったところです。

 それでは、なぜ私がこの問題に興味を持つようになったか、それをお話しなければならないと思います。1911年にゲッチンゲンで、私は大学院学生で助手をしていました。その頃のプラントルの関心は、主に境界層の理論にありました。境界層については、この章で後に述べますが、物体の表面にごく近い流体の流れです。
 プラントルの指導の下に、カール・ヒーメンツが学位論文を書いていて、そのために水槽を作り、そこで円柱の表面から流れが剥離するのを観察する仕事が与えられていました。目的は、境界層の理論で計算される剥離点を、実験的に確めることにありました。そしてそのためには、まず、定常な流れにおかれた円柱のまわりの圧力分布を測ることが必要になったのですが、意外なことに、水槽の中で観察される流れは、はげしい振動を示していました。
 このことをプラントルに報告すると、“それは円柱の断面が正しい円でないからだろう"と言われました。しかし、円柱を入念にけずり直してみても、やはり流れは振動をやめません。それでは水槽が対称的でないのかも知れないという意見も出て、ヒーメンツは調整をはじめました。私はこの問題には関係していなかったのですが、毎朝研究室にやってくると、“ヒーメンツ君、流れは落着いたかい”と尋ねてみました。すると彼はいかにも悲しそうに、“いつも振動しています”と答えるのでした。

 When he [Hiemenz] reported this to Prandtl, the latter told him: “Obviously your cylinder is not circular.” However, even after very careful machining of the cylinder, the flow continued to oscillate. Then Hiemenz was told that possibly the channel was not symmetric, and he started to adjust it.
 I was not concerned with this problem, but every morning when I came into the laboratory I asked him, “Herr Hiemenz, is the flow steady now?” He answered very sadly, “It always oscillates.”

 そこで私は考えたのですが、それはもし流れがいつも振動するのであれば、この現象には何か自然な本質的な理由があるにちがいない、ということでした。私は週末に、渦の配列の安定を計算することを試み、ごく原始的な方法で結果を出してみました。つまり一つの渦だけが自由に動くことができ、他のすべての渦は動かないものと仮定して、その渦がほんの僅か動かされたらどうなるかを計算してみたのです。その結果によると、渦の配列が対称的な場合には、動かされた渦は、いつももとの位置から遠ざかって行きます。配列が非対称的な場合でも、一般には同じようになりますが、ただ特に二つの列の間隔と、一つの列の中での渦の間隔との比が特定な値を持つ場合に限って、渦はもとの位置の近くを離れず、そのまわりに小さい閉じた軌遭を描くことがわかりました。
 私は週末を費して仕事をまとめ、月曜日にプラントルに見せて、批判を仰ぎました。すると、“君はよい仕事をしたね。早く論文に書き上げなさい。学士院に提出してあげよう。”と言われました。
 これが、この問題についての第一論文になったわけです。論文を出してから考えたのですが、どうも仮定があまりに勝手過ぎます。そこで、すべての渦が動くことができるように考えました。そうすると、計算がいくらか複雑になりましたが、二三週後にはそれを終って、第二の論文を書き上げました。そのために友人から、“三週間に二つの論文を出すというのは、どうしたわけかね。一つは間違っているのではないか”と尋ねられたりしました。間違っているというのではなく、はじめの論文では乱暴な近似を与え、次の論文でそれを精密にしたわけです。しかし結果は本質的には同じことで、ただ安定な渦の間隔の比が数値的に変ってくるだけでした。

 One weekend I tried to calculate the stability of the system of vortices, and I did it in a very primitive way. I assumed that only one vortex was free to move, while all other vortices were fixed, and calculated what would happen if this vortex were displaced slightly. The result I got was that, provided a symmetric arrangement was assumed, the vortex always went off from its original position. I obtained the same result for asymmetric arrangements but found that, for a definite ratio of the distances between the rows and between two consecutive vortices, the vortex remained in the immediate neighborhood of its original position, describing a kind of small closed circular path around it.
 I finished my work over the weekend and asked Prandtl on Monday, “What do you think about this?”
 “You have something,” he answered. “Write it up and I will present your paper in the Academy.”
 This was my first paper on the subject. ( [1] Th. von Ka´rma´n, U¨ ber den Mechanismus des Widerstandes, den ein bewegter Ko¨rper in einer Fl¨ussigkeit erf¨art. 1. Teil, Nachr. Ges. Wiss. G¨ottingen. Math.-Phys. Kl. (1911) 509.517) Then, because I thought my assumption was somewhat too arbitrary, I considered a system in which all vortices were movable. This required a little more complicated mathematical calculation, but after a few weeks I finished the calculation and wrote a second paper. ( [2] Th. von Ka´rma´n, U¨ ber den Mechanismus des Widerstandes, den ein bewegter Ko¨rper in einer Fl¨ussigkeit erf¨art. 2. Teil, Nachr. Ges. Wiss. G¨ottingen. Math.-Phys. Kl. (1912) 547.556)

 さてこの渦には、たくさんの応用があります。レイリーは、私が論文を出すとまもなく、交代の渦がイオルス琴(Aeolian harp)、つまり風によって針金の鳴る現象に説明を与えるに違いないと考えました。まだ覚えている人が多いと思いますが、複葉の翼組に使われる針金は飛行中に鳴りました。これは、針金から周期的に渦が出るために起ったことです。その後、潜水艦の支柱から高い音が出て問題になったとき、ゴングウェルが実験的に研究して、振動の原因が周期的な渦の放出にあることを明かにしました。そしてこの渦の放出が起るのは、支柱の後縁が適当に鋭くない場合でした。船舶用のプロペラの鳴るのも、同じ理由によるのですが、これはその前から、グーチェによって見出されていました。フランスの海軍の技術者からきいた話では、潜水艦が水中で7ノツト以上の速度を出すと、潜望鏡が全然役に立たなくなったことがあるそうですが、これは潜望鏡の支柱から放出される渦の周期が、支柱の固有振動の周期と同調したためでした。無線電信の鉄塔が、風の中で共振を起した例もあります。送電線がはげしく揺れるのも、やはり渦の放出に関係があります。またタコマ海峡の橋がこわれたのも、周期的な渦による共振が原因でした。設計者は経費のかからぬ構造を作ろうとして、側壁にトラスを使う代りに平板を使いました。不幸なことに、そのために渦の放出が起って、橋は捻れ振動を起し、破壊の前には40度も振れました。この現象は、フラッターと渦の放出による共振が組合さったものでした。・・・・・・・

[補足説明1]
 最初に出てきたキルヒホッフ・レーリーの止水理論に基づく伴流抵抗の説明は
Arnold Sommerfeld 著「理論物理学講座U 変形体の力学」講談社(1969年刊、原本は1944年刊)の§29“板にさからう流れ、§30.“止水と不連続面”、や今井功 著「流体力学(前編)」裳華房(1973年刊)の第7章“不連続流”、が詳しい。
 特に前者を読めば、物体が流体中を運動するとき受ける抵抗を説明するために、多くの先人がいかに苦労してきたかが良くわかる。

[補足説明2]
 文中に書かれているヒーメンツが試みていた実験 “境界層の理論で計算される剥離点を、実験的に確めること” の意図については別稿「二次元翼理論」7.(5)2.を参照されたし。

[補足説明3]
 NPO法人科学映像館が公開している映画フィルム「振動の世界」にタコマ橋崩壊の記録映像がありますのでご覧下さい。

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