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初期の原子物理学でラジウムが主役を務めた理由

 19世紀末から20世紀初頭の原子物理学の黄金時代において、原子の本質を解明する多くの実験にラジウムとラジウムの放射線(α線)が大変重要な役割を果たした。なぜ、それほどまでにラジウムが重要だったのかを、「放射性崩壊と半減期」、「放射性崩壊系列の数学」、「放射性年代測定法」の知識を用いて説明する。

1.自然界に存在する放射性元素と半減期

 別稿「放射性崩壊と半減期」で説明したように、現在の地球上には下記の放射性元素が存在する。

 上記の崩壊系列以外の放射性同位元素を質量数の小さいほうから列挙すると、
4019:カリウム、5023:バナジウム、37Rb87:ルビジウム、115In49:インジウム、138La57:ランタン、142Ce58:セリウム、144Nd60:ネオジム、147Sm62:サマリウム、152Gd64:ガドリニウム、174Hf72:ハフニウム、176Lu71:ルテチウム、187Re75:レニウム、190Pt78:白金
である。これらの半減期は一番短い4019でも1.26×109年で、いずれも10億年〜数百億年以上の非常に長い半減期を持つために現在まで残っている

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2.連鎖崩壊系列の性質

 現在の地球上には三種類の崩壊系列元素が存在する。話を簡単化して系列の枝分かれは無視してそれぞ一列の連鎖崩壊として考える。それぞれの核種の崩壊定数をλ1、λ2、・・・λn-1とする。崩壊定数は各核種の性質で決まっており、各核種の半減期と

の関係で結びつけられる。
 崩壊系列の時刻tにおける親核種の存在量をX1(t)、娘核種の存在量をX2(t)、・・・・・、Xn(t)とする。i番目の核種の存在量を表す関数Xi(t)の時間的変化は、自らの存在量Xiに比例して失われていく崩壊速度とXi-1が壊れてXiに付け加わってくる速度に関係するから、下記の連立常微分方程式を満足する。

 この連立常微分方程式において、iの関数形はXh(h<i)には影響されるが、その崩壊産物Xj(i<j)の値には全く影響されないため、(1)式から順番に解いて行けばよい。(詳しくは別稿「放射性崩壊系列の数学」参照)
 自然界に存在する崩壊系列は、壊変の出発点になる親核種X1の崩壊定数λ1が、それ以降の娘核種X2〜Xnの崩壊定数λ2〜λnに比べて極めて小さい(半減期は極めて長い)。そのため、各崩壊系列の放射性核種の存在比は、出発点の親核種X1のみが最初に存在しているとして解けば良い。このとき、λ1<<λ2、・・・・、λn-11>>T2、・・・・、Tn-1の場合、ある程度時間が経過すると崩壊平衡(各核種の存在比がその半減期に比例する)が実現される。
 なぜなら、崩壊平衡(放射平衡)は、微分方程式(2)〜(n-1)式の左辺の時間微分がほぼゼロと見なせる状況(付け加わる速度と取り去られる速度がほぼ等しい)が実現されたときを意味するので

となる。これらの式が満たされれば、(2’)〜(n’-1)式より

がほぼ満たされるからである。また、このとき

そのため、現在地球上に存在する崩壊系列の放射性元素について以下の事柄が成り立つ。

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3.ウラン・ラジウム系列とウラン・アクチニウム系列の関係

 化学的な性質が同じウラニウム同位体は、どのウラン鉱石にも同じ存在比で含まれている。現在のウラン鉱石中の同位体の存在数比率は 238U:234U:235U=99.275:0.005:0.720 である。(別稿「放射性年代測定法」2.(3)参照)

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4.理由の説明

 以上の結論を考慮すると、初期の原子物理学の研究に於いてラジウム226Ra(1622年)がなぜ重要な元素だったのかが理解できる。以下元素記号の次の( )内の数字は半減期を表す。

 1.の表から226Ra(1622年)よりも半減期が長いものを探してみると、崩壊系列の親核種238U(4.5×109年)、235U(7.1×108年)、232Th(1.4×1010年)と、それらの娘核種234U(2.5×105年)、230Th(8.0×104年)、231Pa(3.4×104年)、それから崩壊系列以外の放射性同位元素(半減期は10億年以上で極めて長い)が存在する。
 3崩壊系列の親核種や崩壊系列以外の放射性同位体元素の半減期は226Raの半減期に比べると極めて長い。一番短い231Paでさえも44万倍であるから、だから、それらの核種を同じ物質量(つまり同じ原子数)の塊として取り出して放射能を比較すると、226Raの数十万〜数百万分の一の放射能しか示さないだろう。
 また娘核種の234U(2.5×105年)、230Th(8.0×104年)、231Pa(3.4×104年)については、その放射能の強さは226Raの数十〜数百分の一のオーダーであるが、その存在量が親核種の数万分の一以下であるから、その抽出の困難さを考えると226Raに比べると優れているとは言えない。
 つまりその半減期の長さから226Raに比べると極めて弱い放射能しか出さないのであまり役に立たないのである。

 一方、表から226Raよりも半減期が短い方を見てみると、最も長い半減期でも数年〜20年のオーダーである。これは226Raの半減期の百〜数百分の一倍程度だから、鉱石中の存在量も226Raの百〜数百分の一程度であることを意味している。半減期がさらに短い核種については、その存在量はさらに極微量となるので、抽出分離することは実際不可能であろう。
 つまりその半減期の短さから、純粋な形で取り出す事ができれば極めて強い放射能を示すが、その存在量が極めて少ないので、精製する事が不可能だったのである

 このように226Raのみが、鉱石中に、それから純粋な形で精製分離できる程度の量がふくまれており、精製した物は極めて強力な放射能を発揮し、その放射能は長期間にわたって定常的に利用することができたのである。これがラジウムが主役を務めた理由である。

 もちろん226Raのウラン鉱石中での存在比率は、親元素238U(4.5×109年)の半減期の数百万分の一である事を考慮すると、ウランの数百万分の一である。実際、キュリー夫妻が4年もの歳月をかけて数十トンのウラン鉱石から化学的分離操作により抽出できたラジウムの量はわずか0.1グラムだった。彼らはチェコスロバキアのJoachimsthal鉱山のピッチブレンド(瀝青ウラン鉱)を用いたのだが、その中に含まれる酸化ウラン(UO2式量270) 4tonにつき約lgのラジウム(270×4.5×109:226×1622=3.3×106:1)が含まれているにすぎない。ちなみに普通のウラン鉱石では高品位のものでもウラン含有率は数%程度で、ラジウムはさらにその数百万分の一。金は、普通の金鉱石1tonには5g程度、世界最高品位と言われる菱刈鉱山の石英金鉱脈1ton中に40g程度含まれる。
 そのようにラジウムの精製は極めて困難なものだった。困難ではあるが、それ以外の半減期の短い放射性元素に比べるとはるかに存在量は多くて精製が可能だった。精製できさえすれば、それまでに知られていた放射性元素の何百万倍も強力な放射能をラジウムは発したのだ。

 当時、ラジウムの値段は金塊よりも遙かに高く、現在の貨幣価値で1グラム当たり数千万円〜数億円もした。それもひとえ、鉱石中の含有率が極めて小さいので精製分離する操作に膨大な労力を要したからである。1913年当時、世界中のラジウムを全部集めても30g程度だったという見積もある。それほどラジウムは極めて貴重で希少なものだった。
 ラジウムによって様々な発見を実現したラザフォードの時代(晩年)のキャベンディッシュ研究所の様子を伝える描写はこちらを参照。

 しかし1930年代に入るとラジウムの重要さは減少してくる。 ヴァン・デ・グラーフの粒子加速器(1931年)やコッククロフト‐ウォルトンの粒子加速器(1932年)をはじめとして、様々な粒子加速器が開発され、原子核物理の主流は加速器を用いたものに変わってきたからである。
 そしてラジウムの役目を終わらせたのが、1945年以降アメリカの軍事機密から解禁されて利用されるようになった原子炉による人工放射性物質の大量生産である。γ線源としてのラジウムは原子炉で作られるコバルト60Co(5.3年)やイリジウム192Ir(74日)などに取って代わられ、いまでは全く用いられなくなった。現在のラジウムは放射性ガスのラドンを発生したり、α線が人体に有害であることなどから、環境汚染物質となりはて、お金を払って処分してもらわねばならない厄介者になってしまった。

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