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言語の獲得と人類の進化

1.人類を人間たらしめているもの

 人類と類人猿との分子遺伝学的な差は、世の中の非常に良く似た近縁種の生物間の遺伝的差異よりさらに小さい。とにかく予想外に小さい。その小さい差のなかにこれ程までに爆発的に繁殖し、破壊的に変化してきた鍵がふくまれている。私たち人類が経験したのは遺伝子上では大きな帰結のうちのいくつかの小さな変化であって、我々の進化の過程ではどちらかというと急に起きた、ごく最近の変化である。
 人類を人間たらしめているのは脳容量の増大や2足直立歩行や手の使用ではない。現在、直立歩行は600〜700万年前には獲得していたと考えられているが、そのことが起こった後も長い間人類は動物の段階に留まっていた。言語を獲得する前の人類は2足直立歩行して体形は現生人類とおなじでも全くサルと同じだった。たんなる大型哺乳類の一種だったのだ。いつ頃人類が言語を獲得したかははっきり解っていないが、4〜5万年前に起こった人間への大躍進の原動力は言語を獲得したことだ。(J.ダイアモンド著「人類はどこまでチンパンジーか」新曜社 等参照)
 そのきっかけになったのは、おそらく数十万年前に生じた咽頭腔と喉頭腔の遺伝的変異だろう。そのときすでに直立歩行をしていたことが、その遺伝的変化の選択圧になったのは間違いないだろう。それにより、口腔と咽頭腔が直角になり、咽頭が下に移動した。これこそ、大躍進の要因となる複雑な話し言葉をを可能にする解剖学的な構造変化だった。

2.言葉の獲得

(1)咽頭の変化

(2)呼吸と嚥下が同時にできなくなった

(3)咽頭の変化がうみだすもの


スー・サベージ-ランボー著「カンジ(言葉を持った天才ザル)」NKH出版(1993年刊)の第14章を参照。

 私は、最近犬を飼っています。飼ってみて始めて解ったのですが、犬は人間の言葉をかなりの程度理解します。そして人間の言葉に反応して様々な行動を起こします。それと同時に、自分の意志を伝えようとします。しかし、悲しいかな彼らの喉は言葉を作り出すことができません。ワンワンとほえるだけです。色々なニュアンスで吠えて自分の意志を伝えようとしますが限界があります。その限界が彼らの脳の発展を妨げているのだと実感します。そのため彼らは人の2歳児以上の知能を持つことができません。

3.文化の蓄積

 オリバー・サックスは人の脳の発達には言語の使用が不可欠であることの興味深い例を報告している。それは生まれたときから聴力を失っている人についての報告である。幼児の聴力に欠陥があると解ったならば、幼児が視力により物事を認識できるようになったら直ちに手話による話しかけが開始されねばならない。何の手段にしろ、人間世界が言語体系に基づいているということを理解させ、言語の体系を習得させる必要がある。その人が生まれながらの聾唖者で、音声による言語体系の習得が不可能でもあっても、手話による言語体系を獲得できたならば正常な頭脳の発達が行われるということである。そのとき手話による働きかけがなされず言語体系を獲得する機会を持たなかった人は人間としての人格を形成することができず、動物の状態から抜け出せなかったのである。
 この例は人が言語というシンボルにより、物事を理解し、様々な抽象的な思考を展開して自らの行動を決めている事を見事に示している。そして、人間としての能力の獲得には、音声によるものでなくても良いから、何らかの方法による言語体系の存在の理解とそれの使用が不可欠である事を示している。(オリバー・サックス著「手話の世界へ」晶文社 より)

 脳の地図は体との関連でできてくる。たとえば脳は人間の体に指が5本備わっていることをあらかじめ知っているのではなくて、生まれてみて指が5本あったから5本に対応する脳地図からできた。だから体が高機能でないと脳も高機能にならない。生まれ持った体や環境に応じて、また体の使い方の習熟・開発に応じて脳は「自己組織的」に自分を作り上げていく
 我々は脳の一部しか使っていない。生まれながらの水頭症で、脳が健常者の10%程度しかない人でも、最初からその状態だった場合脳の能力・働きは健常者と全く同じです。大人になってから脳を90%削ってしまったら障害がでるが、はじめから小さな脳として成長した場合大きな脳と同じ機能を発揮できる。脳の全能力は使いこなされていない。能力のリミッターは脳ではなくて体にある
 脳が一見無駄とも思えるほど進化しているが、それは将来いつか予期せぬ環境に出会ったときに、スムーズに対応できるための一種の「余裕」かもしれない。
 人間は他の動物とは違った「咽頭」をもっている。そのために人間は言葉をしゃべれるようになり、言葉がしゃべれるように脳が再編成された。そのように再編成されたから、言葉を使って思考できるようになった。人間は言葉によって抽象的な思考をしている。その抽象的な思考こそ人類に爆発的な発展の可能性を賦与した。(池谷裕二著「進化しすぎた脳」講談社ブルーバック 等参照)

 大躍進までの何百万年の間人類の発達は遺伝子の変化の速度が遅いため遅々としてものでした。しかし話言葉を可能にした遺伝的な変化を獲得した後は、文化の発展はもはや遺伝的変化に拘泥されない。単なる知識の集積のスピードにのみ依存する。その知識の集積により人間の能力文化は爆発的に発展を始めた。大躍進の後に人類は地球の歴史が始まって以来初めて、すべての生命を破壊しつくす能力を持った種へと変化した。(J.ダイアモンド著「人類はどこまでチンパンジーか」新曜社 等参照)

 言語の発明獲得に続いて、文字の発明と使用、印刷術の発明が人類のさらなる発展の鍵だったことは明らかである。そして今日情報革命(コンピュータとインターネットの技術)が人類をさらなる飛躍に導いている。

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