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緩衝溶液

生体内の生化学反応で重要な働きをする緩衝溶液のメカニズムを説明する。

1. 緩衝溶液とは

 溶液中に酸や塩基を加えた場合に起こる水素イオン濃度の変化(つまりpHの変化)が、純水に加えた場合よりも小さくなるようにした溶液を緩衝溶液という。つまりあるpHの溶液を作って、それに酸や塩基が加わってもpHがあまり変化しないようにしたい。そういった溶液のことである。作り方は

必要とするpHに近い電離定数指数pKを持つ弱酸を選び、その[弱酸と強塩基の塩]と[弱酸]の混合溶液を作る。あるいは必要とするpHに近い電離定数指数pK’(=14−pK)を持つ弱塩基を選び、その[弱塩基と強酸の塩]と[弱塩基]の混合溶液を作る。

である。以下具体的な例で論じる。

(1) pH=5の緩衝溶液

 pH=5を保つ緩衝溶液をつくるには、pK=5(つまりK=10-5)の酸例えばCH3COOHと、その塩CH3COONaを等モル(例えば0.1mol/l)ずつ溶かせばよい。

 CH3COOHは弱酸だからほとんど解離していない。しかもCH3COONaの解離で多量のCH3COO-イオンが供給されているから、共通イオン効果のため平衡は左に大きく片寄っている。ここへアルカリがくわえられてOH-がふえると弱酸の解離がすすんでH+を供給しOH-+H+ → H2OとなりOH-の増大を押さえる。NaOHを純水に加えた場合のpH変化(別稿「酸・塩基と平衡定数」1.(3)のNaOH量0〜0.09molの部分)とNaOHを0.1mol/lの酢酸水溶液に加えた場合のpH変化(前記2.(2)のNaOH量0〜0.09molの部分)を比較してみよ。

 CH3COONaは塩だからほとんど完全に解離している。もちろん別稿「塩の加水分解」1.(2)に述べたごとくCH3COO-はほんのわずかCH3COOHになっているが、その変化は無視できる。ここへ酸が加えられてH+がふえるとCH3COO-+H+→CH3COOHが進みH+の増大が押さえられる。

 CH3COOHとCH3COONaを0.1mol/lずつ溶かすとCH3COOHとCH3COO-イオンがほぼ0.1mol/lずつ存在して平衡定数を満足することができる。なぜなら

であるが、その場合[H+]=10-5mol/lであれば平衡定数の式を満足する。10-5mol/l程度のH+はCH3COOH(=0.1mol/l)の内のごく微量が分解すればただちにまかなえるのだから。故に弱酸とその塩を1対1で混合した溶液のpHは必然的に弱酸のpK(=−log10)付近になる

 pHを5から4に下げるには0.08mol/l程度の強酸を加えることが必要。純水に強酸0.08mol/lを加えると0.08mol/lの[H+]の増大がおこりpHは7から一気に1まで下がる。しかし今はわずか(10-4−10-5)=約10-4mol/lの増大しか起こらずpHは5から4になるだけである。それでは(0.08−10-4)mol/lのH+イオンはどこへ行ったのかと言うとCH3COO-と結合してCH3COOHになつた。だから0.1mol/lあったCH3COO-が0.02mol/lに減少し、0.1mol/lあったCH3COOHが0.18mol/lへ増大している。

 pHを5から6に上げるには0.08mol/l程度の強塩基を加えることが必要。純水に強塩基0.08mol/lを加えると0.08mol/lの[OH-]が生じて大きくアルカリ側(pH=13)へ移行する。しかし。しかし今は10-9から10-8mol/lへの増大しか起こらない。それは加えたOH-がCH3COOHをどんどん解離させてH+を放出させてH++OH- → H2Oになるからである。そのため0.1mol/lあったCH3COOHが0.02mol/lに減少し、0.1mol/lあったCH3COO-が0.18mol/lへ増大している。

(注意1)
 上記の例からわかるように溶かしたCH3COOHやCH3COONaのモル数の8割程度の酸や塩基を加えてもpHの変化は±1以内に抑えられる。

(注意2)
 別稿「酸・塩基と平衡定数」2.(2)の滴定曲線で溶かしたNaOHのモル数が0.05mol/l、pH=5の点の水溶液はCH3COOHとCH3COONaを0.05mol/lずつ溶かしてつくった緩衝溶液になっている。そこを中心にしてNaOHを±0.4mol変化させてもpHの変化量はせいぜい±1程度しか変化していない。

(2) pH=9の緩衝溶液

 pH=9を保つ緩衝溶液をつくるには、pK’=9(つまりKa’=10-9)つまりpK=5(K=10-5)の塩基例えばNH3と、その塩NH4Clを等モル(例えば0.1mol/l)ずつ溶かせばよい。

NH3は弱塩基だから上記の平衡で右向きの反応はほとんど進まずNH3のままで残る。またNH4Clは塩だから溶かした段階では、ほとんど完全に解離している。だから前記溶液中では次式が成り立つ。

(注意3)
 この場合も溶かしたNH3やNH4Clのモル数の8割程度の酸や塩基を加えてもpHの変化は±1以内に抑えられる。
 HClを純水に加えた場合のpH変化(別稿「酸・塩基と平衡定数」1.(1)のHCl量0〜0.09molの部分)とHClを0.1mol/lのアンモニア水溶液に加えた場合のpH変化(前記2.(4)のHCl量0〜0.09molの部分)を比較してみよ。

(注意4)
 別稿「酸・塩基と平衡定数」2.(4)の滴定曲線で溶かしたHClのモル数が0.05mol/l、pH=9の点の水溶液はNH3とNH4Clを0.05mol/lずつ溶かしてつくった緩衝溶液になっている。そこを中心にしてHClを±0.4mol変化させてもpHはせいぜい±1程度しか変化しない。

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2. pHの微細な調整法

緩衝溶液のpHの微細な調整は酸とその塩(又は塩基とその塩)の混合比を変える(1/10〜10/1程度)ことにより±1程度変化させることができる。しかし緩衝能力は混合比が1対1のときが最大である。

(1) pH=5付近の微調整の例

 例えばCH3COOHと、その塩CH3COONaを10:1で混合する。(例えば0.1mol/lと0.01mol/l)すると、0.1mol/lのCH3COOHはほとんど解離せずそのまま存在し、0.01mol/lのCH3COONaは完全に解離してCH3COO-とNa+となる。そして

となり、pHは4程度になる。[H+]=10-4は0.01や0.1に比較してごく微量だからCH3COOHのごく一部が解離すればまかなえる。そしてpH=4になればKa=10-5を満足するので、それ以上解離は進まずCH3COOHとCH3COOH-は最初溶かした量がそのまま存在する。

 逆にCH3COOHと、その塩CH3COONaを1:10で混合する。(例えば0.01mol/lと0.1mol/l)すると

となりpH=6となる。

(2) 一般的な説明

 上の例の式を[H+]=で解いてみれば明らかなように、緩衝溶液のpHは

で表される式により計算できる。このときCaとCsの濃度比が一定なら濃度を変えてもpHはほとんど変化しない。そのとき両者の濃度を濃くすればするほど外部から加わる酸や塩基に対する緩衝能力は大きくなる。だから必要とするpH付近の電離定数指数pKを持つ弱酸や弱塩基を見つけることができればよい。
 強酸や強塩基の水溶液も外部から酸や塩基を加えてもpH変化は小さいが、緩衝溶液とは言わない。それは、水で希釈するなどして濃度を変えるとpHが変化するからである。緩衝溶液はそういった変化に対してpHはほとんど変化しない。

(3) 生化学で重要な例

 別稿「酸・塩基と平衡定数」2.(2)(4)「塩の加水分解」3.(1)(2)(3)の滴定曲線のなかで高原状態(プラトー)の部分が緩衝溶液を実現している。一例として「中和滴定曲線の数式による議論」中の3.(1)リン酸(濃度0.1mol/l)の塩基NaOHによる滴定曲線を利用して説明する。

 上図から明らかなように、H3PO4とNaH2PO4を1対1で混合した水溶液はpH=pKa1=2.15付近の緩衝溶液、NaH2PO4とNa2HPO4を1対1で混合した水溶液はpH=pKa2=7.20付近の緩衝溶液、Na2HPO4とNa3PO4を1対1で混合した水溶液はpH=pKa3=12.38付近の緩衝溶液となる。
 そのとき微細なpHの調整は溶かす溶質の濃度比を変えてプラトー上を移動させて調整する。しかしプラトーの端の方まで移動させると当然緩衝能力は落ちてくる。

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