この稿を作るとき、命題17の手前までは、時間はかかりましたがチャンドラセカールの文献2や和田先生の文献3などに導かれながら、割と順調に読み進むことができて、この稿の原稿も少しずつですが順調に書き進めたのです。ところが命題17に入ったところで、すっかり行き詰まってしまいました。
そこの補足説明に書いたように、
“ここの手順について、つまり万有引力の法則から楕円軌道法則を導く過程に於いて、ニュートンの説明は命題11〜13で証明した事を利用しているので、直接軌道を描く方法(つまり今日の解析学に於ける積分操作)を説明できているわけではないと言う批判が在ります。”
の所です。確かに世に言われている通りで、ニュートンは
“その向心力が力の中心Sからの距離の2乗に逆比例することは、命題11、12、および命題13ですでに証明されており、それゆえ・・・”
という説明で済ましています。
それで、世に一般に言われている通りなのかなあと思っていたのです。ただそのとき、命題17の前の命題16・定理8はその後の説明に比較していかにも唐突に出てきた感じで、何でこんな所でこの事を説明しているのだろうと疑問に思いながら、悶々とした日が続いていたのです。
それで、突破口を見つけるために、世の中で一般的に“運動の法則と万有引力の法則から楕円軌道が導けることを幾何学的に証明している本”と言われている。グッドスティーンの「ファインマンさん、力学を語る」を先に読み直すことにしたのです。
これを読み直してみても、前半のファインマンが“ファノ氏が見つけた事だ”と言っている速度ベクトル図の意味は良く解るのですが、後半のこの速度ベクトル図を使って描いた曲線(私どもの稿で言う作図法1の曲線)が円錐曲線(二次曲線)に成ることの証明がどうしても良く解らなかったのです。
グッドスティーンの説明は証明に成っていないし、訳者の砂川先生の補足説明もピントがずれている様に思いました。
それで、この本を読んでも良く解らず、さらに悶々としていたのです。
そのとき、ファノ氏が見つけた速度ベクトル図をよく検討してみるとニュートンの軌道ベクトル図によく似ているし、ファノ氏の図の二つの頂点OとO’の役割は、それまでさんざん学んできたニュートンの軌道ベクトル図に出て来る二つの頂点を入れ替えたものだと気づきました。
この事については別稿のfig5-2-2-04-01.GIFに於いて右下図のMNを左上図のEFまで拡大して重ね合わせたものと、左下図のKLを左上図のABに一致させて重ね合わせたものを比較検討して下さい。二つの頂点OとO’の役割が入れ替わっていることが解ると思います。双曲線についても同様です。
それで、もう一度「プリンキピア」の説明に立ち返って、図をいじくり回しながらああでもない、こうてもないと考えていたのです。そうしていたとき、突然命題16・定理8の重要性が理解できました。そこの図の線分SYこそファインマンの図の垂直二等分線を作る線分そのものだと気付いたのです。もちろん本文で説明したように、ファインマンの線分は共役焦点(放物線は準線)からPの接線に降ろしたもので、ニュートンのものは焦点からPの接線に降ろしたものです。その点は違いますが、その役割は同じだと解ったのです。この事については別稿のfig5-2-2-04-01.GIF、fig5-2-2-07-01.GIF、fig5-2-2-09-01.GIFをご覧下さい。
そうして、ニュートンが命題17で言いたかった(と私が思う)作図手順が突然理解できたのです。ニュートンが命題17の最後で説明している
“それゆえ、与えられた場所Pから与えられた速度で位置の与えられた直線PRの方向に出発する物体が、そのような力によって描く曲線PQが正しく示されるであろうからである”
の意味とその具体的な手順が理解できたのです。
ここが解ったときは、とても嬉しくて舞い上がりました。その当たりは補足説明に書いた通りです。
そこで、ニュートンの手順をもう一度ファインマンの手順に当てはめてみたのです。しかし、「ファインマンさん、力学を語る」にはただ一つの線分に付いての記述しかないので、ファインマンの手順がなかなか解りませんでした。軌道を速度ベクトルの方向に出発点から伸ばすのは簡単なのですが、軌道点を進める量(つまり速度ベクトルの大きさに関係する所)をどのようにして決めるのだろうかと思っていたのです。
それでファインマンの説明(p190〜191の簡単な言い回しの所)を注意深く読み直してみたのです。そうするとp191の
“・・・・つまり、これらの角度が一致していることから、この図をこの図の上にぴったりと重ねておいたのである。角度が一致しているので、軌道上のP点と速度円上のp点を表すのに、一本の線を引くことができるわけである。・・・・”
の所の意味が突然理解できました。
その内容は、私どもの稿の本文に説明している通りです。ファインマンの言うことがなかなか理解できなかったのは、作図法2で軌道図を描くとき、世の中に出回っている解説書(グッドスティーンの説明を含めて)ではΔθで等分割した動径図で次々繋いでいく手順の説明が欠けているからです。
つまり作図法2or3の本質はΔθで分割された動径を用いることです。そうすれば、ファノ氏の速度ベクトル図の方向を利用するだけで、つまり大きさは用いなくてもΔθ離れた動径に移動することの中で速度ベクトルの大きさはすでに利用されているのです。それがファインマンが“等時間間隔”の動径ではなくて、“等角度間隔”の動径を用いた理由です。
ファインマンの方法はある意味、逆二乗法則に限れば、ニュートンの方法よりも優れています。もちろんニュートンの方法はもっと一般的な距離法則に従う場合にも適用できるのですが。
おそらく失われてしまったファインマンが講義のときに用いた図には私どもの作図法2の様にΔθで区切られた沢山な動径ベクトルが書かれていていたはずです。そして、講義では速度ベクトル図とぴったり重ね合わされる様子が示されたに違いありません。
ここが解ったときには本当に嬉しかったのです。ここでも舞い上がりました。いままで悶々としていた所がやっと解決したのですから。
それともう一つ、私どもの稿の内情を申しますと、第4、5章の現代の解析的説明の部分はかなり早い段階で作りました。そうして、その部分を常に横目で見て意識しながら、プリンキピアを読み進み解説部分を書き足して行きました。そして、途中で気付いた事柄を適宜書き足していったのが「幾何学的証明と解析的証明の比較」の節です。
この中に書いた事は前稿「楕円軌道とケプラー方程式」を作るときに感じていた事柄ですが、プリンキピアを読んでみると確かにその通りでした。
それにしても、ニュートンやファインマンの頭の良さには感心します。上記の事柄が理解できたとき、自分自身を(西遊記に出て来る)お釈迦様の手のひらの上でジタバタしている孫悟空の様に感じました。自分の愚かさが身に沁みました。