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「本当は誰が私を壊すのか」(中村哲2001.4.3朝日新聞)

2001年4月3日朝日新聞投稿記事
「本当は誰が私を壊すのか」バーミヤン・大仏の現場で
                 中村哲・PMS (ペシャワル会・医療サービス)院長
 
 抜けるような紺碧の空とまばゆい雪の峰に囲まれるバーミヤン盆地は、不気味なほど静かだった。無数の石窟中で、ひときわ大きく、右半身を留める巨大な大仏様がすくっと立っておられる。何を思うて地上を見下ろしておられるのだろうか。
 3 月19 日朝、タリバンによる仏像の破壊が世界中で取りざたされる頃、私は現地にいた。巨大石仏の破壊は半分終わったところで、散発的な戦闘が続いていた。タリバン兵士とハザラの軍民だけがいる状態で、大方の村落はもぬけの殻だった。大部分の人々はカーブルの親族を頼って逃げ出した後だったが、実は仏跡に興味があって来たのではなかった。私たちPMS (ペシャワル会・医療サービス)が2 月下旬、カーブルへの緊急医療支援を決定し、同市の避難民が居住すると思われる地区に5 つの診療所を開設、その一環として、最も避難民が多かったハザラ族の国=バーミヤンへ医療活動の可能性を探りに来たのだった。
 戦乱だけでなく、この30 年で最悪の旱魃で、アフガン国家が崩壊するか否かのせとぎわである。既に前年夏の段階で、国連機関は「1 千万人が被災、予想される餓死者百万人」と、世界に警告を発し続けていた。
 アフガン東部に3 つの診療所を構える私たちは、直ちに事態を深刻に受け止め、医療団体にもかかわらず、飲料水源課題とした。以来個の7 ヶ月というもの、アフガン東部の旱魃地帯に展開して地元民と協力、必至の作業を続けてきた。3 月現在、病院職員150 人とは別に、水計画の職員・作業員670 人、作業地429 カ所。51 か村で約20 数万人の離村をかろうじて防ぐという、会が始まって以来、最大規模の活動となった。地域によっては、カナート(地下水路)多数を復旧、砂漠化を阻止し、難民化した全村民が帰るという奇跡をも生んだ。活動地はさらに拡大を続けている。
 今年2 月、ペシャワルの基地病院で難民患者が激増するに至り、「国外に難民を出さぬ活動」をめざし、首都カーブルに診療活動を計画した。これは、既に一つのNGO としての規模をはるかに超える。しかも、大半の外国NGO が撤退または活動を休止する中である。我々としては、「これで現地活動が壊滅するかもしれぬ」という危機感の中、組織の命運をかけて全力投球せざるを得なかったのである。
 およそこのような中での、国連制裁であり、仏跡破壊問題であった。旱魃にあえぐ人々にとって、これがどのように映っただろうか。仏跡問題が最も熱を帯びていた頃、手紙がアフガン職員から届けられた。
 「遺憾です。職員一同、全イスラム教徒に変わって謝罪します。他人の信仰を冒涜するのはわれわれの気持ちではありません。日本がアフガン人を誤解せぬよう切望します」
 私は朝礼で彼らの行為に応えた。
 「我々は非難の合唱に加わらない。餓死者百万人という中で、今議論をする暇はない。平和が日本の国是である。我々はその精神を守り、支援を続ける。そして、長い間には日本国民の誤解も解けるであろう。人類の文化、文明とは何か。考える機会を与えてくれた神に感謝する。真の「人類共通の文化遺産」とは、平和・相互扶助の精神である。それは我々の心の中に築かれるべきものだ」
 その数日後、バーミヤンで半身を留めた大仏を見たとき、何故かいたわしい姿が、一つの啓示を与えたようであった。「本当は誰が私を壊すのか」。その巌の沈黙は、よし無数の岩石塊となり果てても、すべての人間の愚かさを一身に背負って逝こうとする意志である。それが神々しく、騒々しい人の世に超然と、確かな何ものかを指し示しているようでもあった。
 
ペシャワール会
1984 年、ペシャワルで医療活動する医師中村哲氏の支援団体として発足(本部・福岡市)。中村氏は現地代表で、医療サービス機関がPMS 。基地病院、診療所をパキスタン、アフガンに展開、年間18 万人を診療。

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