このページを印刷される方はこちらのバージョンをご利用下さい。ブラウザーでは見にくいのですが図の印刷は鮮明です。
脳や神経系は複雑でわかりにくい器官だが、神経細胞の働きは少しずつ解ってきた。中でも軸索を伝わる神経信号のメカニズムは今日かなり良く解っている。しかし高校生物ではきちんと説明されていない。そのあたりをB.Alberts 他共著「細胞の分子生物学」、D.L.Nelson他共著「レーニンジャーの新生化学(第3版)」、J.Darnell他共著「分子細胞生物学」等を参照して説明します。ここの本質は高校物理で習う平衡板コンデンサーの理論です。
最初に神経細胞について復習する。場所により形はかなり異なるが、以下の4つの部分からなる事は共通している。
神経細胞の軸索の末端の枝がシナプスと呼ばれる結合部位を通じて他の細胞の細胞体や樹状突起に信号を送る。沢山の細胞からの信号が樹状突起を通して神経細胞の細胞体に送られる。それらの信号の集約したものがある閾値を越えると軸索に信号が送り出され、軸索の末端の枝に向かって信号が伝達されていく。そして軸索の末端の枝は他の神経細胞の細胞体や樹状突起とシナプス結合していて、さらに他の細胞に信号を伝える。
軸索の末端の枝と樹状突起との接合部をシナプスという。これは電気的シグナルを化学的シグナルに変え、それをさらにもう一度電気的シグナルに替える。化学的シグナルはシナプス間隙に種々の化学物質が放出されることにより達成される。
今日、記憶や学習は樹状突起や軸索の末端の枝が伸びていき新しい細胞とのシナプス結合をつくっていくこと、およびシナプスの伝達性能が変化することにより実現されていると考えられている。こういった変化を神経細胞の可塑性と言う。
ここで注意すべき事は、神経細胞自身は生まれた頃にすべて準備が終わっており、それ以後は細胞分裂をしてその数が増えると言うことは無い事である。これは記憶や学習のメカニズムを考えれば当然のことである。もし生物が成長する過程で上記の可塑性の蓄積により様々な記憶や学習をした後に細胞分裂が起こってしまうと、それまで構築された神経細胞のネットワークが壊れてしまうことになるからだ。
だから生まれ落ちた後に神経細胞の数が増えることはない。死滅し、壊れて行くだけである。ある種の学習は、その死滅や破壊が系統的にコントロールされることにより神経細胞のネットワークが削り出されていくことによって達成されると考えられている。
以下で必要になるので膜の両側でイオン電荷のバラスが崩れている場合に生じることを論じておく。
膜電位を生じさせるイオンは、膜の反対側にある反対電荷の対イオンに電気的に引きつけられて膜のごく近いところに層をなして存在し、決して広がった状態で存在するわけではない。細胞膜の表層以外の部分では陽イオンと陰イオンの濃度は正確に等しくなっている。
これは無限に広がった面が一様に帯電している場合の電場になる。平衡板コンデンサーの電場を思い出せ。
細胞膜1cm2=1×10−4m2当たり0.1μCの電荷(0.1×10−6[C]/1.6×10−19[C/個]=約6×1011[個]=約1×10−12[mol]のイオン)が膜の反対側に移ると、約0.1ボルト=100mVの電位差が生じる。これは細胞膜1cm2あたり1μFの電気容量を持つことを意味する。(C=Q/V=0.1[μC]/0.1[V]=1[μF])
この値から計算すると、直径1μmの軸索で膜の電位を100mV=0.1V変えるのに必要なK+イオンの流出量は軸索内部に存在するK+イオンの約1万分の1である。これは非常に大切な事実である。細胞内外のNa+とK+の濃度のごく微量を移動させれば信号を伝達するために必要な膜電位を生じるので、細胞が電気的に連続的な活動をしているときでも、膜内外のNa+とK+のイオン濃度はいつも一定であるとして良い。実際Na+−K+ポンプを働かなくしても、その後何千回もの活動電位を伝導できる。
通常の細胞では2.(1)で述べるNa+−K+能動ポンプを連続的に働かせ続けることによりNa+濃度は細胞外で4×102mol/m3程度、細胞内ではその10分の1程度に、K+濃度は細胞内が4×102mol/m3程度で、細胞外はその20分の1程度の濃度に調整されている。いまK+イオンが移動する場合で上記の結論を見積もってみる。
軸索を伝わる電気信号伝達メカニズムで本質的な働きをするのが以下に述べる3種類のイオンチャネルである。いずれも軸索を構成する細胞膜に埋め込まれ膜を貫通している。
能動型とは濃度勾配や電位の勾配に逆らってイオンを移動できるタイプを意味しエネルギーを消費する。
受動型とは濃度勾配や電位勾配にしたがった拡散によってイオンを透過させる型を意味する。このタイプはエネルギーは必要としないがチャネルが開くには何らかのきっかけが必要なタイプ(3)と、いつも開いているタイプ(2)がある。どちらにも通過させるイオン種の特異性はある。
これはATPという小さな分子に蓄えられたエネルギーを消費して、濃度勾配に逆らってイオンを運搬する。Na+を細胞外に、K+を細胞内に入れる。そのとき細胞外はNa+に富、細胞内はK+に富むから濃度勾配に逆らって運搬することになる。またNa+は後で説明する電圧勾配(膜外が高電位)にも逆らって運搬される。そのためこのポンプを働かすにはエネルギーが必要である。そのエネルギーはATPという高エネルギー分子を吸脱着させて補う。
その作動メカニズムは複雑かつ巧妙である。その働きを模式図で説明する。ポンプはATPから外れた高エネルギーリン酸が結合することによりA→Bの構造変化を生じる。この構造変化はNa+やK+の吸着サイトの構造変化を生み出す。そのため、その吸着サイトのイオン吸着性に変化が生じNa+の離脱、K+の吸着が生じる。このときK+の吸着がさらなる構造変化を引き起こしリン酸の脱離を引き起こす。その脱離がB→Aへの構造変化とイオン吸着サイトの構造変化を生み出す。そのためK+が離脱し、Na+が吸着する。その変化が再びリン酸の吸着を誘発して最初のA→B構造変化を誘発する。以下ATP、Na+、K+イオンがある限りこの変化を繰り返しイオンが運搬され続ける。
実際のポンプにはNa+イオンの吸着サイトは3ヶ所、K+イオンの吸着サイトは2ヶ所あり、ATP分子1個の消費による一連のA→B→A構造変化で3個のNa+が外に、2個のK+が内に同時に運搬される。
動物細胞はこのポンプを常に働かせており、細胞内外にNa+とK+の濃度勾配をつくっている。この濃度勾配は主に
の働きをするが、ここでは1.電位差を生じる効果が利用される。動物細胞のエネルギー消費の1/3以上がこのポンプの作動に費やされる。また神経細胞では、細胞消費エネルギーの70%がこのポンプに費やされる。
細胞膜に埋め込まれて、常に働き続けているNa+−K+能動ポンプにより、細胞外はNa+イオンが多く、細胞内はK+イオンが多い状態に保たれている。そのときNa+濃度は細胞外で4×102mol/m3程度であり、細胞内ではその10分の1程度である。K+については細胞内が4×102mol/m3程度であり、細胞外はその20分の1程度である。そのとき、正イオン濃度は膜の両側で等しい。また負イオン濃度も膜の両側で等しい。そしてそれぞれの側で正イオンと負イオンの数はトータルの電気量がゼロになるように正確につり合っている。この状態で、次に述べるK+リーク・チャネル又はNa+リーク・チャネルが存在するとどの様な事が起こるか考えてみる。
イオンは細胞膜を通過することはできない。リーク・チャネルとは細胞膜に孔を開けているパイプである。ただしその穴の大きさ、形、穴の内面の分子の違いにより透過性がイオン種に依存する。K+リーク・チャネルとは主にK+イオンを、Na+リーク・チャネルとは主にNa+イオンが通しやすい穴だと思えばよい。
イオン種を選択するメカニズムを細菌のK+チャネルを例として説明する。このチャネルは下図のように8本の膜を貫通する長いαへリックスと4本の短いものとで構成される。細胞質側の孔は広くイオンは水和層を保持したままチォネル内に入る。
チャネルの入口にいくつかの負に荷電したアミノ酸残基が存在し正イオン濃度を高めている。チャネル内に入った正イオンは短いへリックスの電荷により口腔内を選択フィルターの入口まで引き寄せられる。選択フィルターは細孔になっており内部に存在するカルボニル基の酸素と正イオンが配位結合をつくる。
K+イオン(半径0.133nm)とNa+イオン(半径0.095nm)ではその大きさが違うため、Na+イオンは細孔内で安定な結合状態をつくることができない。(下図参照)
K+イオンは水和状態のエネルギーとカルボニル酸素と結合状態のエネルギーがほぼ等しいため、水和層がすんなり剥ぎ取られ細孔に入っていけるが、Na+イオンでは水和状態の方が圧倒的に安定で細孔に入れない。(この選択メカニズムは1998年にRoderic MacKinnon氏により解明された。彼はこの功績で2003年ノーベル化学賞を受賞)
チャネル中のK+イオンの配置間隔は上図(選択フィターの両端に互いに約0.75nm離れて存在)の様であり、細孔中の2個のK+同士の静電的な反発力がK+の細孔からの離脱を助けている。
K+イオンの方がNa+イオンより1万倍以上透過性がよく、1秒当たり約108個が透過できる。他のイオン特異性チャンネルも同様なメカニズムで働いているらしい。
このタイプのチャネルはただの穴だから、濃度の濃い側から薄い側へ拡散によって漏れ出ていく。漏れ出ていくチャネルだからリーク・チャネルと言われる。そのとき濃度差が大きいほど単位時間に漏れ出る量は多くなる。前記(1)の能動ポンプが実現している状況に、リーク・チャネルが加わるとどの様な事が起こるか見てみよう。
K+リーク・チャネルだけが存在するとすると、高濃度の細胞の内側から外側へK+イオンは漏れ出ていく。そのとき、他のイオンは移動できないので、細胞外で+イオン(K+)が、細胞内で−イオンが過剰になる。以前述べたように、それらの過剰イオンは細胞膜のすぐ表面に層状に分布して一種の平衡板コンデンサーを形成し、膜の両側に電位差を生じる。この電位差はK+イオンを跳ね返す方向の電場を生じるからやがてK+イオンの漏出は止まる。つまり、チャネルは開き放しにもかかわらずK+イオンの濃度勾配に対抗するだけの電位勾配になると平衡状態が実現されてK+イオンの漏出はとまるわけだ。その当たりを説明するのが下図である。この平衡状態における電位差は、−70mV程度である。
Na+リーク・チャネルだけが存在するとすると、高濃度の細胞の外側から内側へNa+イオンは流入が生じる。そのとき、他のイオンは移動できないので、細胞内で+イオン(Na+)が、細胞外で−イオンが過剰になる。それらの過剰イオンは細胞膜のすぐ表面に層状に分布して一種の平衡板コンデンサーを形成し、膜の両側に電位差を生じる。この電位差はNa+イオンを跳ね返す方向の電場を生じるからやがてNa+イオンの流入は止まる。つまり、Na+の濃度勾配効果に対抗するだけの電位になると平衡状態が実現される。その当たりを下図に示す。平衡状態における電位差は+50mV程度である。
ここで以下の事に注意すべきである。細胞内にはHPO42−、SO42−、Mg2+、Ca2+などのイオンも存在するが、それらのイオンを通すリーク・チャネルはほとんど存在しないのでここでは考えなくて良い。膜電位の形成に関係するイオンはNa+、K+、Cl−、であるが、それらのイオンを通すリーク・チャネルの中でK+リーク・チャネルが特別豊富に存在しK+が他のものより10倍くらい通りやすい。そのため、実際の神経細胞膜ではK+リーク・チャネルだけが存在すると考えて良いことである。そのため神経細胞膜では1.(4)で説明した状況が生じ、K+リーク・チャネルがつくる平衡電位に近くなり、外側の電位を基準0ボルトとすると、内側は約−60〜−100mV程度になる。
(1)で述べたNa+−K+ポンプと、(2)で述べたK+リーク・チャネルにより以下の状況が実現されている。
このとき次に述べるタイプのチャネルが働くと、どの様な事が生じるか考えてみる。
電位型チャネルとは、膜内外の電位差の変化に応答して開いたり閉じたりするものである。
電位型Na+チャネル
このタイプのチャネルは、細胞内の電位が−70mVの場合は閉じている。しかし脱分極(細胞内の電位が0mVに近づく)が生じると、いくつかのチャネルは開きはじめる。そうするとNa+イオンがさらに膜内に流れ込むので、細胞内の電位はさらに上がっていく。これがより多くのNa+チャネル開放を誘発し脱分極が進む。最終的には2.(2)Na+リーク・チャネルで述べたのと同じメカニズムによりNa+平衡電位である+50mVに達するまで続く。[Na+チャネルがすぐに閉じてしまう(後で説明)]こと及び前記の[Na+平衡電位が達成される]ことによりNa+イオンの流入は止まる。
ここで注意すべき事は、電位が0mV以上の状態でも電位型Na+チャネルは、他のメカニズムにより、すぐに閉じてしまい、電位変化に対する応答性を失ってしばらくの間不活性状態が続くことである。そしてNa+チャネルが脱分極に対して応答不可の間に、次に述べる電位型K+チャネルが開き細胞内のK+イオンが細胞外に流出して細胞内の電位を−70mVに回復してしまうことである。この電位は電位型Na+チャネルが電位変化に対応可能になっても閉じたままでいる値である。
どうしたらこのような性質のチャネルが実現できるだろうか。その答は以下の様なものであることが最近解ってきた。(レーニンジャーの新生化学[上]第3版より)
Na+チャネルは1本の長いペプチド鎖であり、これか4つの領域(TUVW)を形成している。これらの4つの領域が中央に孔を構成するように集まっている。各領域には6本の膜貫通へリックスコイル(126456)がある。
へリックスコイル5と6の間にあるペプチド(赤色)が細胞外表面近くで集まり「細孔領域(赤色)」といわれる部分が形成されている。これは2.(2)で述べたK+リーク・チャネルと同様なメカニズムでイオンを選別するフィルターを形成する。事実前記K+リーク・チャネルの長い2本の膜貫通型αへリックスとその間に挟まれた短いへリックスの分子構造は、ここでのへリックス5→細孔領域→へリックス6の構造とよく似ており、共通の祖先から進化したものだと考えられている。このおかげで、Na+とそれ以外の大きさの似たイオンを区別することができNa+イオンに対して特異的になっている。
各領域のへリックスコイル4(青色)には正に荷電した残基が高密度に存在している。このへリックス4は膜内外の電位差の変化(−60mV→+30mV)に反応して、膜の中を移動すると考えられている。このようなへリックス4の動きによってへリックス5と6が動かされチャネルの開口が引き起こされる。
領域VとWをつないでいるペブチド鎖は不活性ゲート(緑色)である。これはボールのような形をしている部分が、短いポリペプチド鎖(チェーン)によってチャネルにつながれている。ボールの部分はチャネルが閉じているときは自由に動きまわれるが、チャネルが開いているときはチャネルの細胞内側の部位がボールと結合するのでチャネルを遮断する。ほぼ1ms以内にこの閉塞が起こる。イオンチャネルがどのくらいの間開口状態にあるかはチェーンの部分の長さによって決まり、チェーンが長いほど開口時間も長い。チェーンが短いとウロウロできずに、すぐに開口部にはまってしまうからだろう。後で述べる電位型K+チャネルでは領域I、U、V、Wのアミノ末端NH3+側のすべてにボール状の構造物がついており、4個のボール内の一つが開いたチャネルに結合して不活性化ゲートの働きをする。
チャネル開口部にはまったボールは、膜が再び分極して電位センサー4(青色)の位置が元に戻り、活性化ゲート6(橙色)が閉じると、チャネルから外れて自由に動き回り始め最初の状態を回復する。
つまりこのタイプのチャネルは脱分極により一瞬(0.7m秒程度)開いてすぐに閉じてしまう。その状態では脱分極に対する応答性を失っている。しばらく(数m秒後)して再び分極が実現されると最初の状態にもどり、脱分極に対する応答性を回復する。そのため軸索が1秒間に伝達できる神経信号パルスの数には上限がある。
膜内外の電位が変化すると、膜平面に垂直方向に向いているへリックス4(青色)がこれに反応して移動する。へリックス4には正の電荷が高密度に存在しているので、細胞内が負の電位の時内側へ引き込まれている。脱分極するとこの引き込みが少なくなりへリックス4が外側へ移動する。これが活性化ゲート(橙色)の構造変化を引き起こしチャネルが開く。50〜100mVの電位差は小さいように思うかもしれないが膜は非常に薄い(5nm)ので、1cm当たりに直すと105V/cmという非常に大きな電界が加わっている事になる。
これらの開閉の様子を模式化したものが下図である。
電位型K+チャネル
このタイプも電位型Na+チャネルと類似の分子構造を持ち同様なメカニズムで働く。つまり脱分極で開きK+イオンの膜外への流出を起こし再分極を促す。再分極が達成されたら閉じる。電位型Na+チャネルと同様な不活性化状態を形成するボールとチェーンの構造体(4組持っている)もあるが、以下に説明する場合には、その不活性化ボールが働く前にチャネル自体が閉じてしまうようである。したがって以下の議論ではこのチャネルの不活性化状態は無いとして議論している。
チャネル開放の応答時間は電位型Na+チャネルに比較すると遅く1m秒の何分の一か遅れて開く。そのため遅延電位型K+チャネルとも呼ばれる。電位型Na+チャネルが不活性化して閉じた頃にK+に対する膜の透過性が増大することになり、電位型K+チャネルは、膜が迅速にK+平衡電位(膜の内側が−70mV)にもどり静止状態になるのを助ける。(3.(3)参照せよ)そして自分自身もその再分極した電位により閉じてしまう。
以上で準備が整ったので、軸索における電気インパルスが伝達されていくメカニズムを説明する。ここでの本質は2.(3)で述べた電位型Na+チャネルが模式図で言う(1)(2)(3)の三つのタイプを取ることにある。以下それぞれのタイプを右の記号で表す。
長距離にわたる迅速な神経の通信は電位型Na+チャネルを用いて初めて達成できる。これは軸索に沿って十分な密度(ミエリン鞘を持たないもので5〜500個/μm2)で膜中に存在しており、活動電位の伝播をになう。そのときの本質は電位型Na+チャネルが閉じているとき(1)と(3)の二つのタイプがあり、(3)のタイプは(1)のタイプと異なり膜の脱分極に応答して開くことはできないところにある。
下図はイカの巨大神経軸索の膜を平衡状態電位から強制的に新しい電位にしたとき、膜を通過して流れる電流の変化のグラフである。この図から膜電位の変化により電位型Na+チャネルが、すみやかに開き、その後徐々に不活性化される事が読み取れる。
膜をごくわずか(20mV程度)脱分極させる短いパルス状電流により、活動電位の引き金が引かれる。下図中央のグラフで示す用に同じ場所に存在する電位型Na+チャネルが次々と開き2.(2)のNa+リーク・チャネルの時に述べのと同じ平衡時電位になるまで電位の増大が進む。しかし、やがて不活性化が始まりNa+チャネルは閉じてしまう。Na+チャネルが閉じてしまうとK+リーク・チャネルの働きにより徐々に分極が回復し、もとの−70mVになる。
活動電位の引き金となるのに十分なNa+チャネルを開くには、最初に膜をある閾値(臨界値)まで脱分極させることのできる膜電位の変化が生じなくてはならない。この閾値に達しさえすれば脱分極させる刺激の強さは膜に起こる電位変化のピーク値には関係しない。つまりこの系は、いったん引き金が引かれると引き金となった刺激の大きさには無関係に決まった飽和状態(2.(2)で述べたN+イオンのリークに伴う平衡電位である+50mV)に達する。この全か無かの性質のおかげで、シグナルを長い距離にわたって弱めることもゆがめることもなく伝える事ができる。
電位型Na+チャネルだけが働く場合膜電位の回復はK+リーク・チャネルの働きのみによるので、その変化はなだらかなものになる。
電位型Na+チャネルに加えて電位型K+チャネル(Na+チャネルより少し遅れる)が働く場合は膜電位の回復は急速に行われ、その波形は鋭いパルス型になる。そのときK+チャネルの効果が少し効き過ぎて、やや過分極になっていることに注意。
下図のように何らかの原因によりある電位型Na+チャネルが開きNa+イオンが軸索内に流入すると右隣の電位型Na+チャネルの位置にイオンが拡散していき、そのチャネルの位置を脱分極させる。そのため右隣のチャネルが開きNa+イオンを流入させて、さらに右隣のチャネルの開放を誘発する。以下次々に右隣のチャネルが開いて電位変化が右方向へ伝わっていく。
そのとき最初に開いたチャネルはすぐに不活性化して(3)の状態になる。この状態は2〜3msの間続き脱分極下でも安定に閉じているためさらなるNa+イオンの流入は止まる。そして右隣の領域の脱分極によって再び開くことはない。結局チャネルが(3)の状態を経るために電位パルスは軸索の先端に向かって一方向のみへ伝わっていく。
電位型Na+チャネルが不活性化するころには、2.(3)で述べた電位型K+チャネルの働きによりK+イオンが軸索より外側に流れ出て再分極を促し平衡状態の電位を回復する。そのため伝播する電位は孤立したパルス状の波形(パルス幅1ms程度)になる。
電位型Na+チャネルが不活性化している間に電位が回復する。電位が回復してから(3)→(1)の状態に復帰し、つぎなる脱分極の到来を待つ。以前述べたように不活性化の継続時間より短い頻度で信号パルスを送ることはできないので、頻度には上限がある。
伝達速度は神経細胞の種類によって異なるが1〜100 m/s程度である。