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ナンバ走りの本質

 ナンバ走りの本質を図で説明します。これは古武術研究家の甲野善紀氏が早くから色々な書物で紹介されており、最近では桐朋高校のバスケットボール部が取り入れて成果を上げたことで有名になった走り方です。
 甲野氏の書かれたものや桐朋高校の金田伸夫氏が書かれた本やビデオを見て、色々試していたのですが、最近(2003年)そのメカニズムが解ったので報告します。以下の議論には矢野龍彦、金田伸夫、織田淳太郎 共著「ナンバ走り」光文社新書 が参考になるので購入されて参照されることを勧める。

(1)普通の走りのイメージ

 最初に今まで良いとされてきた走り方について復習しておく。今までの走り方は右(左)足で地面を蹴るときには右(左)手を前に振りだし、右(左)足を前に運ぶときは右(左)手を後ろに振るといったふうに、足と手を逆に動かす走りだった。なぜこのような走りが良いとされたのか?それはおそらく以下の2点からだろう。

  1. 手の運動と足の運動を逆に動かすことにより作用・反作用の力の関係と、運動量保存則を旨く満足させることができる事から手足をスムーズに動かすことができる。特に同じ側の腕を後ろに大きく振り抜くことにより、膝を高く上げて大腿部を振りだし下肢を力強く前に振り出す動き、また同じ側の腕を力強く前に振り上げることにより、脚で持って地面を強く蹴る動きが力強くできると思われていた。そしてそのことがスピードを生み出す考えられていた。
  2. 手と足を逆に動かすことによりバランスの崩れが少なく上体のブレが少なくなる。上体のブレが少ないことが、エネルギーロスが少ないと考えられていた。たしかに両肩の前後のブレはナンバ走りより少なく上半身の動きが安定している。

 両腕を肩を支点として体側に沿って真っ直ぐ前後に振った場合、上図のように両肩は前後にぶれることはほとんど無い。BCDEの4点で作る井桁がほとんどたわんでいないことに注意してほしい。しかしABCDEFの6点の井桁に着目すると大きく捻れている。今まではBDCEの捻れがないのが良い走りとされていたが、それは誤りである。本来次に述べるナンバ走りのABDCEFの様にたわむのが自然な動きなのだ。今までの走りでは腕の振りにより無理やりBCDEが平面を保つように強制されている。その強制がある故にCDのラインとBEのラインは平行を保っているが、AFのラインはCDのラインに対して大きく捻られている。これがエネルギーのロスを生む。このあたりの感覚はナンバと普通の走りを交互に切り替えて走って見れば体感できる。普通の走りでは腕の振りにより体の前進にブレーキがかけられたように感じる。しかしナンバ走りではその感覚が消えて非常にスムーズに体が前に進む。

 一言で要約すると今までの走りは「脚部」と「腕部」の連携を重視した走りだ。今までの走りでは右(左)腕を前に振り上げるとき右(左)足で地面を強く蹴り、右(左)腕を後ろに振り抜くとき右(左)足のももを高く上げて右(左)足を前にふりだし、一見すると手と足は交互に動き力強く進んで行くように思える。しかし、よく考えると、このとき上体の動きは腕の動きにより足の動きとは反対の動きを強制されていることに気付く。右足で地面を蹴って進もうとするとき、右腕の振り出しにより右肩を中心とする上体の右半身は後ろへの動きを強制される。これが体の前進に大きなブレーキをかけている。
 また上体にブレが無いぶん、足跡は一直線上にのる中心軸走法になっている。これも今までは体のブレが少なく良いとされていた走法だ。しかし以下に述べるように、この常識にも疑問が生じる。

 

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(2)ナンバ走りのイメージ

 ナンバ走りは通常「右足を前に出すときには右手を前に出し、左足を前に出すときには左足を前に出す動き。手と足を同時に前に出す動きだ」と言われている。しかしこの言い方は正確ではない。ナンバ走りの本質は「右(左)足で地面を蹴るときには上体(腰から肩まで)の右(左)半身を前に倒し、右(左)足を前に運ぶときには右(左)半身を後ろにそらす動き」である。ナンバ走りは体を捻らない走りであると言われるが、実際には上体のブレは今までの走りに比べて前後に大きくぶれる。特に腹部から両肩にかけての上半身は足の運動に合わせて大きく前後する。ここがポイントである。
 よくナンバ走りは腕を振らない走りといわれるが、腕の振りより上半身特に胸から肩にかけての上部を左右半分に分割して左右を独立に揺り動かしその振れと脚の動きを連動・協調させて走る走り方と思った方が良い。両肩の水平ラインCD、左右の骨盤の水平ラインBE、脚のラインAFは動きにつれてたわむのだが、決してねじるという動作ではない。甲野善紀氏がよく言われる「井桁を崩すような、井桁をたわませるような動き」だ。

 両肩は足の動きと連動して倒れ込むように前後に振れる。そのとき上図のABCDEFがつくる井桁の動きに注意してほしい。脚の動きにつれてたわんでいるが決して捻れてはいない。特にDEFの流れるようなラインに注目してほしい。
 ナンバの走りは普通の走りに比べて両肩は大きく前後に振れるが、この動きは体全体の動きにブレーキをかけない理にかなった動きである。右(左)足で地面を蹴るときに右(左)肩が前に突っ込むように前進するということは右(左)足が地面をけるとき生じる前進力をそのまま殺すことなく上体の前進に利用しているということである。さらに右足を前に運ぶときは、腹部から右肩にかけての上体右半身は後ろにふれ戻る。これも右足を前に出すには非常に理にかなった動きである。そのためこの走りでは脚部と上体の動きに捻れがない。ただし両肩の前後の揺れは大きくなる。右肩が前に出るときには左肩は後ろに振れ、左肩が前に出るときは右肩は後ろに振れる。

 もう一つ着目してほしい点は、腰のBEのラインがよりストライド(stride)が大きくなるように動くことである。上体の肩の揺り動かしに連動して本当にスムーズに腰が揺り動かされてストライドが広がる。普通の走りの様に膝を高く上げて振り出してはいないのだか、ストライドは確実に大きくなる。理に叶った動きの中で自然にその動きができる。それまで感じた事の無かった腰部のこの微妙な動きの感覚はナンバ走りに習熟して初めて体感できるようになった。リラックスしていながら理に叶った動きで腰のBEのラインを前後に揺り動かして自然に足が振り出されていく素晴らしい感覚を感じ取ることができる。

 桐朋高校のバスケットボール部の走りのビデオや、前記の本「ナンバ走り」のP71〜83の写真を、蹴り足と両肩の動きの連携に着目して見てほしい。この中で著者が強調しているように腕の振りは本質ではない。大切なのは肩の動きだ。
 ナンバ歩きを体感するには「ヤクザが両手をズボンのポケットに突っ込んで肩で風を切って歩く」と表現される歩き方がよい。上記の本で言えばP55の左下写真10である。この写真の人物が左足で地面を蹴っているときに左肩が前に出でいることに着目してほしい。この歩き方こそナンバ走りに通じる歩き方である。

 一言で言うとナンバ走りは「脚部」と「胴体上部」の連携を重視した走りだ。そのときの腕の振りは理に叶った上体の動きを妨げないものであればどのようなものでも良い。これは甲野氏や金田氏が随所で指摘しているとおりである。ただ初心の内は金田氏が前記「ナンバ走り」の中で紹介している桐朋高校バスケットボール部の腕の振りが参考になる。上の図はそのような振りである。この形の腕の振りの場合前述の上体の揺れを妨げない振りになり、この走りでは腕の動きはほとんど走りに参加せず脚の動きだけで前進している。言うなれば、普通の前後の腕振りを上下の振りに変換することで前記(1)で説明したブレーキを取り除き、左右の肩の理にかなった前後の振れが自由にできるようにした走りである。

 

 下の図は文字通り手と足を同じ方向に動かす走りである。ナンバ走りを習得するまでこんな形の走り方ができるなど信じられなかったが、両肩をリラックスさせて前後に自由に揺れる様にしてナンバの動きで揺らすと実際にこの形で走ることができる。そしてこの走りでは、腕の振りが、前述のナンバ走りの理にかなった脚と胴体部の動きを助け両肩の前後の振れがさらに大きくなる。この走りをしていると、上体がリラックスして理に叶った動きでバラバラに揺り動かされる感じがする。バラバラに動かされているのだが、てんでんばらばらではなくて理に叶った動きで協調して同時に動かされているという感じである。骨組みがユルユルに揺り動かされる感覚である。このことができるようになって上記の腰のBEのラインの動きを走りの中で実感することができるようになった。

 ただしここまですると左半身と右半身のたわみが必要以上に大きくなり、このことによる新たなエネルギーロスが生じてきて体を前進させるという目的にそぐわなくなる。つまりナンバ的な肩の動きを増長させするぎると体の前進とは関係ない動きが増幅されて新たなロスが生じるのだ。
 だから胴体部のたわみの量の調整と腕の振り方の研究は非常に大切である。腕の振り方により胴体部とくに肩のたわみの量が調整でき、上記のエネルギーロスを抑えて前進の動きに変えることができる。実際ナンバ的な走りを取り入れて成功したと言われる世界陸上3位の末續慎吾選手の走りのフォームの連続写真をみると両肩の動きは明らかに前述のナンバ的な動きがみられる。しかし腕は普通の走りのように足と反対に交互に振っている。さらによく見ると腕振りのタイミングは明らかに普通の走りと微妙にずれており振り幅も少ない。振りのタイミングの微妙な調整でナンバ的な上体の自然な動きを妨げない振りになっているものと思われる。特に彼のDEFの流れるようなラインはとても美しい。そして末續選手の走りは他の選手よりも明らかに腰のBEのラインが理にかなった動きで大きく揺り動かされてストライドを稼いでいる。このような走りの原型は彼の東海大学の先輩であり、日本人で初めて10秒00で走った伊東浩司選手のフォームの中にもはっきりと見て取れる。(「ナンバ走り2(末續慎吾選手の場合)」を参照)
 こういった目でマラソンのテレビ中継で選手の動きを子細に観察すると多くの選手が両肩をナンバ的な動きで動かしてエネルギーロスを防いでいることが見て取れる。また手の振りも前記(1)で述べたような短距離走の肩を支点とした振りではなく、肩と肘の間の上腕部の振りはほとんど無く肘から先だけを横に、あるいはこぶしを見ると上下に振る動きで、上記(2)のナンバ的な上体の動きをできるだけ妨げないようにしていることが見て取れる。このあたりはナンバ走りを習得して初めて見えだした所で興味深い。いずれにしても、このあたりは大いに研究されるべき所であろう。

 ナンバ走りでもう一つ着目すべき所は、足跡が2本の線になる二軸走法になることである。これは特にスピードを上げたナンバ走りをするときに顕著になる。少しがに股気味に走ることにより蹴り足の側の肩が自然に前に倒れ込み前記の井桁のたわみがスムーズに実現される。二軸走法がスピードを高めることは様々な人(たとえば小山裕史氏(彼の初動負荷理論は素晴らしい))が指摘している所である。

 

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(3)誤ったナンバ走りのイメージ

 最後にナンバ走りの誤ったイメージについて注意しておく。下の図では肩と足の前後の動きが左右で連動している。この動きが「ナンバ走りは右足を前に出すときには右手を前に出し、左足を前に出すときには左手を前に出す動き。手と足を同時に前に出す動き。」という説明から普通に連想するものだが、これはナンバ的な走りとはまったく関係のない誤った動きである。

 この動きは前記の本「ナンバ走り」のP84〜85で「ナンバ的感覚を養う(正面)(横)」として紹介している写真と同じであるが、これはナンバ的な動きとはまったく関係のない誤った動きなので参考にしない方がよい。
 それは足の動きと肩の動きが前記の本「ナンバ走り」のP71〜83の写真の動きのように連動していないことから解る。肩の動きと足の動きの関係がP71〜83の写真とP84〜85の写真の動きではまったく反対であることに着目してほしい。P71〜83の写真の動きとP84〜85の写真の動きを混同しないことが肝要である。

 

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(4)私の体験

 実際にナンバ走りをしている状態から普通の走りに切り替えると、ブレーキがかかる感じを強く体感できる。いままでナンバ走りにより、上体が引っかかることなく足の運びと連動して前へ前へと、大げさに言えばつんのめるように肩から前に引き出されるようにして、前進していたのが、普通の走りに切り替えたとたん上体の動きにブレーキがかかったようになる。そして上体が捻られぎくしゃくする感じがしてくる。そして再びナンバ走りに戻すと、実にスムーズに体が前進していく。それともう一つはナンバ走りでは前記腰部BEラインの動きを体感しながら走ることができる。この感覚も素晴らしい。
 こんな感じはナンバ走りを習得する前には無かった。この感じの違いからもナンバ走りがいかに理にかなった、エネルギーロスの少ない優れた走り方であるかが解る。ナンバ走りができるようになって両者の違いを体感できた瞬間は感動的だった。そのとき「解ったこれこそがナンバ走りだ!」と思わず叫びたくなるほど素晴らしい体験だった。
 私自身ジョギング(jogging)は好きで40歳を過ぎても暇を見つけては走っていた。しかし50歳を超えてからはとたんに走るのがつらくなった。体が重くぎくしゃくとホントに体が動かないという感じになった。これも歳のせいかと思っていた。さらに50歳をこえると走りたくても、少しジョギングを続けているととたんに膝が悪くなり膝の軟骨に傷がついたような感じで痛みだした。そんなこんなで50歳を過ぎてからはだんだん走る事から遠ざかっていたのだが、このナンバ走りを試しだしてから、まったく新しい境地が開けた。本当にしんどくない。今までのフォームの走りをしていたのをナンバ走りのタイミングとフォームに切り替えるとものすごくスムーズに体が前進し、普通の走りで感じていたぎくしゃくとして体にブレーキがかかった感覚が無くなってスイスイと体(特に両肩)が前に出る。両肩の動きに引かれるようにして、また腰部の揺り動かしに促されるようにしてストライドが伸びて、体が前に進む。これは素晴らしい感覚だ。
 走る事に興味のある人は是非ナンバ走りを試してみることを勧める。まったく新しい境地が開けてくるだろう。

さらに興味のある方は引き続いて「ナンバ走り2(末續慎吾選手の場合)」を御覧下さい

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