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愛知県知事リコール不正署名事件に驚く(2021年5月22日)

 このリコール署名にかかわった政治家の発言に驚く。また、最近韓国に於いて、脱北者の団体が宣伝ビラを気球にくくりつけて北へ向かって放球することが問題になっています。
 それらの事に関連して、2016年1月に友人に宛てたメールを引用させて下さい。過去のメールをUPするのは、時の経過による試練を経ていると思えるからです。

2016年1月14日に、友人へ送ったメールから
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 さらに話は変わるのですが、最近の朝日新聞(1月5日の記事だったと思います)に内田樹氏が書かれていました。それは、“成長はもう望めない公正な分配に焦点”、世の中の人々は“経済成長は良いことと信じてきた。経済が成長すれば景気がよくなり、一人一人の暮らしもよくなるかもしれないと信じてきたが、それは違う”と言う論点でしたが、確かにその通りかもしれませんね。
 内田氏は合気道の愛好家でもあるのですが、彼の論説には時々共鳴するものがあります。それで、時々彼のHP(http://blog.tatsuru.com/)を覗いているのですが、最近のページに、内田氏も昨年母上を亡くされた事を書かれていました。内田氏は我々と同年代なのですが、くしくも母親を昨年に亡くされているのですね。家内の兄(昨年1月)と私どもの母が亡くなってもうすぐ1年になりますが、月日の経つのが歳と供にますます早くなっているのを感じます。
 
 内田氏も上記のページに韓国の事について書かれていましたが、とても興味深い内容でした。最近韓国の慰安婦問題についての報道が多いのですが、それに少し関係する私どもの見聞を付け加えたいと思います。
 
 私は1994年12/25〜12/28にかけて韓国の北部の山にスキーをしに行った事があります。
 
 そのとき旅行ツアーの中にソウルの名所旧跡の観光が1日組み込まれていたのです。その中に旧朝鮮総督府の見学が在りました。朝鮮総督府は日本が朝鮮を侵略して植民地化していたときの統治のため庁舎なのですが、ご覧になられたことはありますか?もしそれをご覧になられた事がおありならば、朝鮮の人々の憤りはお解りになると思います。当時の日記を引用しますと
 
“旧朝鮮総督府
 旅行ツアーの中にソウルの名所旧跡の観光が1日組み込まれており、旧朝鮮総督府を見学をした。もちろん本来の目的は、建物を見るのでは無くてその中のに展示されている学術的・博物学的展示物の観覧です。今日その内部は歴史的な博物館に改装されて朝鮮の過去の歴史的な事物が展示されており、観光客の観光地巡りの順路に入っている。
 朝鮮総督府は日本が朝鮮を侵略して植民地化していたときの統治のための庁舎です。それは独裁国家の政府庁舎ならかくあるだろうと言うように高圧的・威圧的な時代錯誤のグロテスクで横柄な巨大建造物です。それは朝鮮王朝の宮殿の正面に建設されている。その正面から南にはソウルのメイン大通りが通じているが、その大通りと朝鮮王朝の宮殿を分断するようにしてメイン大通りに正対して建てられている。
 その建て方がいやらしいのは、大通りから朝鮮王朝の宮殿跡が全く見えないように、また王宮側から市街地と大通りが全く見えないように、その視界を完全に遮るようにして朝鮮王朝宮殿の正面に建てられていることです。
 この威圧的でグロテスクな建物を見たとき、かって日本が朝鮮に対して行ってきたことの正体を見た感じがした。
 このグロテスクな建物は、おそらく韓国の人々に取って日本の侵略時代を思い出させる我慢のならない建物だったと思う。それなのに、それが今日まで残されているのは、ガイドの説明によると日本の侵略時代を忘れないための記念物として残されていると言うことでした。”
 
 
 それと、当時の旅行でもう一つ感じたのは北朝鮮事情です。以下の文は当時の日記に書いた見聞記の引用ですので年代は1994年に対してのものとしてお読み下さい。
 
 “北朝鮮事情
 ソウルは想像以上に北朝鮮に近いと感じた。事実ソウルより北(にあるスキー場)へ行く国道には、10kmごとくらいに戦車よけの障害の土塁や戦車よけのバリケードアーチ(地峡を遮るように立てられている巨大な城壁で、アーチの上にはそれを落下させるとすぐにアーチが遮断できて戦車の侵攻が防げる巨大なコンクリートブロックが設置されている。)がある。そして国道沿いに軍隊の駐屯地をたくさん見かけた。
 ソウル市内でも毎月15日に防空訓練を全市を上げて実施しているようだし、15年前(つまり1979年)までは夜12から朝4時までは完全な外出禁止だったそうだ。韓国はいまだに北朝鮮の侵攻にそなえて臨戦態勢にあるということが実感として解る。
 韓国はいまだに国民皆兵の徴兵制の国だし、北朝鮮のことは韓国の行動に重く係わっている。4年前(つまり1990年)までは赤は共産党を意味すると言うことでネオンサインでも使用も制限されていたらしい。事実スキー場でも赤色のスキーブーツを履いている人はほとんどいなかったし、赤い色の乗用車は皆無でした。共産主義に対する意識は日本とは比べモノにならないくらい強く、また北朝鮮の侵略には神経をとがらせている。”
 
という感じでした。さすがに今日の韓国はそうではありませんが、先日の核実験などを見ますと北朝鮮が信用できない事実はかってよりも切実になったかもしれませんね。
 
 その後、私は2012年の10月にソウルを再訪したのです。そのとき朝鮮王朝の宮殿跡にも行きましたが、そのとき旧朝鮮総督府の建物が完全に取り除かれているのを発見しました。その跡地は完全な更地にされて宮殿前の広大な広場になっていたのです。朝鮮総督府建設のために取り壊された朝鮮王朝の正門や宮殿を囲む館の城壁も復元されてかっての朝鮮王朝の宮殿の趣が回復されていました。それを見て、私ども日本人もホットする思いでした。
 そのときもう一つ驚いたことがあります。それは中国人観光客の多さです。どこに言っても中国人の観光客であふれかえっているという感じでした。ここまで中国人が押し寄せて来ると韓国人も“やれやれ”という感じではないでしょうか?
 
(P.S. 最近ネットで調べてみると旧朝鮮総督府が取り除かれたのは私どもが旅行した翌年の1995年だったようです。王宮の正門もそのすぐ後に再建されたことが解りました。いずれにしても良かった。)
 
 
 そのときの朝日新聞(1月5日)の記事でもう一つ目を引いたのは今日のアフガニスタン情勢を伝える“「統治」を進めるタリバーン”の記事です。支配地域住民に聞くという特集記事だったのです。
 私が旅行した1975年ころは、エアーポケットの様に時代に取り残された平和でのどかな夢のような国でした。普通の旅行者が普通に旅行できたのですが、そんな時代があったことなどは今日のアフガニスタン情勢を考えると信じられません。
 今日のアフガニスタンの状況を知るにつけ暗澹たる思いです。これというのも元はと言えば、ソ連のアフガニスタン軍事介入とそれを好機とみてアフガニスタンゲリラをあおり立てたアメリカを初めとする西側諸国のおろかな政策です。
 今のアフガニスタンの状況にシリアの10年後20年後を見る思いがしました。シリアへの空爆を始めたフランスの愚かさは、かってのアフガニスタンに対してソ連やアメリカが行った行為の愚かさを見る思いです。
 
新年そうそう暗い話題になって恐縮です。寒い日が続きますが風邪など引かれないよう気をつけられてください。
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